サマーパーティー
夏休みに突入して、すぐにサマーパーティーがある。
美月はドレスを着て鏡の前に立っていた。
ドレスもアクセサリーも髪型も熟考して選び抜いたものだ。
清々しいブルーのドレスに、髪型はハーフアップ、ネックレスにイヤリング……。
聡明で清純そうな麗しのご令嬢であった。
(完璧なのです)
美月は満足そうに頷いた。
悠人が緩んだ頬で言う。
「とっても似合っているよ。とっても可愛いよ」
「ありがとうございます。このドレスはここの細工が綺麗なのです。そしてここの所が綺麗なのです。それと、髪飾りのこの石はとても綺麗なのです」
相手がとても甘やかしてくれる歳の離れた兄であったので、美月は悠人の前では極めて子どもらしくよく喋った。
「そういえば、今日綺麗な石を見つけたのですわ。お兄様に差し上げます」
バッグの中の小さな袋から石を取り出した。
エメラルドブルーの確かに綺麗な石である。
「ありがとう。しかし美月はよくこんなに綺麗な石を見つけられるなあ」
悠人は今のでちょうど10個目の石を美月から貰った。
美月は時には誕生日プレゼントとして石をあげた。
普通は引くだろうが、そんなことを美月が知る由もなく、絶対に嬉しいだろうと思ってあげているのだった。
まあ実際、悠人は1つの曇りもなく喜んでいるのであるが。
「兄上、姉上の石はとても貴重なものなので、大切にしてくださいね? 本当に」
達美は念を押すように言った。
「うんうん、もちろんだよ」
悠人は価値を知らなくとも、美月から貰った物は何でも大切にするのだ。
「そうですよね」
それを分かって達美は苦笑した。
◇◇◇
パーティー会場につくと、美月たち百々瀬家は注目を集めた。
家族全員が容姿端麗で、実に目を引くのだった。
悠彦と縁の後について何人かの人の挨拶を済ませると、軽食のテーブルのところで、目移りするほどのたくさんのスイーツを前に一つ一つ真剣に選んでは、ちょこっとずつ食べる。
これが美月のパーティーの楽しみ方なのだった。
「美月ちゃん、ダンスの時間ですわ」
少し時間が経つと、縁が美月の元にやって来て、ダンスの時間だと告げる。
「うっ……」
ダンスがとても苦手なのである。
(まあ、例年通りお相手はお兄様でしょうから、いくら足を踏んでも笑って許してくれるでしょう)
楽観的にそんなことを考える美月であった。
しかしそんな心の中の平和は、次の瞬間に儚く消えた。
「美月さん」
声を掛けてきたのは、高宮家の夫人である。
「良かったら、晃樹と踊ってくれないかしら?」
「へ?」
突然のことに、思わず固まる。
「縁さん、どうでしょう?」
Sクラス4年生において、非常に大きな名家であり容姿端麗で目立つ存在は4人。
1人は美月であり、あと3人は高宮晃樹、三嶋明、佐倉慎である。
その中で晃樹は高宮家長男であり、性格は非常に真面目、人望があり、女子人気も高い。また補足情報として高ノ宮学院は高宮家が経営している。
(お兄様でも毎年目立っていたのに、高宮様と踊ることになったらそれ以上にとんでもなく目立ってしまうのは確実……。無理ですわ。緊張のし過ぎでどうにかなってしまうのです…………)
美月はプライドが高いくせに小心者であった。
縁の袖を引いて、無理だと伝えようとしたが、そんな美月の気も知らないで、縁は大喜びしていた。
高宮夫人はにこやかな笑みを浮かべている。
(この人、お母様と似たような人だと思うのですけれど、お母様と違って怖いのです。それに何故か私とても気に入られていますし)
「――母上! 美月と踊るのは僕ですよ」
その時、救世主のように悠人が割り込んで言った。
美月は悠人を尊敬の眼差しで見た。
「悠人さんもどなたかお誘いすればいいのではないですか? 良い方はいないのですか?」
しかし期待もむなしく、縁の言葉に悠人は気まずげに目線を逸らし、引き下がるのだった。
晃樹は困ったような顔をしている。
目が合うと晃樹は、どうしましょうか、というように苦笑いした。
そして、晃樹が言う。
「母のあの思いつきも強引さもいつものことなのです。申し訳ありません。もしよろしければお付き合いいただきたいのですが」
そんな晃樹を遠い目をして見た。
(ああ、この人、困ったような風を装っていますけどそれほど困っていませんわねえ。きっとダンスが不得意ではないのでしょうねえ。そうだから、高宮様にとっては、まあいいか、くらいのことなのではないでしょうかねえ。そしてこの人、私なら当たり前にダンスも完璧だと思っているのでしょうねえ……)
「百々瀬さん?」
晃樹の声に我に返り、なんとか断りの言葉を口にしようとする。
「あの、えっと、その――」
しかし言葉が上手く出せない。
(ダンスが苦手だなんて、言いたくないのです。そんな屈辱ありえないのです。何かちょうどいい理由を……)
すんでのところで、プライドの高さと小心者の性質がせめぎ合っているのだった。
難儀な性質なのである。
そうしているとついに縁が美月に声をかけた。
「ほら美月ちゃん! もう音楽が鳴りますから!」
縁はそう言って美月の背中をトンッと軽く押す。
音楽が鳴り始めると、晃樹は困った笑顔で、美月に手を差し出した。
それを断れる訳がなかった。
結局、その手をとって、ゆっくり促されるままに足を進めたのだった。
高宮家の長男と、百々瀬家の長女のペアという話題性もあり小さな歓声が沸いた。
まだ小学生の二人ということもあって、なんて可愛らしい、と煌びやかに着飾った婦人たちが口々に漏らした。
周りを見渡すと、あまりに注目されているので、緊張のあまり息を呑んだ。
ダンスが始まって、緊張しながらもそれでもなんとか今まで練習してきた動きを身体が覚えていて、考えられないままに、ただ身体が勝手に動かした。
(ちゃんとできているか分かりませんが、練習通りにできているのであれば、それなりに踊れているはずなのです)
「――百々瀬さん」
その時、晃樹が美月に声を掛ける。
「はい!?」
(なっ!? ――あ、危うく間違えるところでしたわ……)
「な、何ですか!? 話しかけないでくださる?」
美月は焦った。
一つ動きを間違っただけでも、テンポが掴めなくなって、どうにか切り替えようとしても、どうやってはいればいいのか訳が分からなくなってしまうのだ。
「えっと…………、もしかして怒っていますか?」
晃樹は美月の必死さなど知る由もなく、焦りからでる突き放したような言葉や冷ややかな言い方にそう勘違いしたようだった。
「……」
そして美月がダンスに集中していて晃樹の言葉を聞いていないことも、ただ機嫌が悪く黙っているのだと晃樹は思ってしまったようだった。
――――
――
そうして、なんとか踊り終わると、ホッとして息をついた。
「お相手ありがとう。百々瀬さん」
晃樹の言葉に美月はドヤ顔で返した。
「いいえ、こちらこそありがとうございました。ウフフッ」
(一度も間違えずに踊れましたわあ!
それにキレも良かったのではなくって!? ムフフッ)
端にはけていくと、晃樹の友人の三嶋明、佐倉慎が近寄って来た。
(フゥ、何とかなりましたわ。後はスイーツでもつまんで……――)
すでに緊張は消えていた。
「お疲れ」
慎がそう言って、明も晃樹の肩をたたいて言う。
「おお、目立ってたなあ」
(ああ、今日はなんとプリンが出ていたのですのよねえ、ご褒美にまた食べに行きましょう。うんうん)
頭の中ではすでに違うことを考え始めて、完全に気を緩めていた。
そんな時であった。
美月はそれは良い笑顔で、役目は終わったとばかりに言う。
「それではごきげんよ――――」
「――――痛ッ」
気持ちが急いで言葉が終わる手前に踏み出した足が、晃樹の足を踏みしめていたのだった。
「あ、あら?」
(へ…………!?)
美月はハッとして足をどけた。
「も、申し訳ございません……!」
慌てて謝ると、晃樹は気まずそうに返答する。
「い、いえ」
「うわ、感じわるッ」
明の軽蔑するような声が聞こえた。
「わざとではないのですよ?」
念のために言っておく。
「いや、わざとだろ」
明の言葉に美月は思わずムッとする。
美月の印象的に確かに、ちょっと癇にさわれば足を踏むなんてこともしそうだと思われがちで、明はそう思ったようだった。
「わざとではないのですよ??」
もう一度、少し強めに言うのだった。
「明、これ以上、怒らせるな」
晃樹はそう言った。
しかしその言葉に美月は引っかかりを覚える。
「これ以上…………?」
「あ、いや、怒っていたようでしたから……」
(こ、この人もわざとだと思ってるのですね。
しかも私が怒っている、と思っているのですね。
何故そう思ったのか、分かりませんけれど……)
「心外ですわ……!」
晃樹はやってしまったというような顔をしているのだった。
「フンッ、それではごきげんよう」
美月は棘の入った声で今度こそそう言い切った。
踵を返す瞬間、ふと、目の端に慎が映る。
「?」
不思議に思ったのだった。
慎が何故かとても優しい眼差しを向けていたから。
しかしそんなことよりも腹が立っていたので、美月はさっさと背を向けてその場を後にしたのだった。
その後、美月は軽食テーブルで思わずやけ食いしていた。
時間が経つにつれて、何故かどんどん苛立ちが強まり、鬱憤が溜まってくるのだった。
◇◇◇
パーティー会場から家に帰って、着替えて風呂に入ると、悠彦と縁は紅茶を飲んで一息ついていた。
美月もそれに加わった。
そうすると縁は早速、嬉しそうに美月に聞くのだった。
「今日の晃樹さんとのダンス、見ていましたけれど、とってもよく踊れていましたね」
「そうですかっ? ウフフッ、私も結構良く出来たと思ったのです」
「それで、晃樹さんとは何か話をしたりしましたか?」
その問いにダンスの後の出来事を話した。
「全く、失礼な人たちでしたわ。
足を踏んだことはちゃんと謝ったし、わざとなわけないじゃないですか」
縁も同意した。
「本当ですわね」
「それに、これ以上怒らせるなって、何故私が怒っていること前提になっているのでしょうか。
私そんな不遜な態度取った記憶なんてありませんけどねえ。
ここは百々瀬の長女として、とても礼儀正しくあったつもりなのですけれど」
尚、美月はダンスの最中、ダンスに必死すぎて、晃樹が話しかけた時に蔑ろにして、無視してしまったことを全く覚えてはおらず、もっといえば晃樹に話しかけられたことさえ覚えていないのである。
縁と美月はしばらくグチグチと話していた。
途中、悠彦の「もう寝ないか?」という言葉は完全に無視である。
縁は力強く言う。
「――――ええ、分かります。分かりますよ、美月ちゃん。
やはり貴方は私によく似ていますね。
美月ちゃん、言われたら言い返す、やられたらやり返せばいいのです。
私の経験上、そうすればスッキリするのです。
そしてそれでスッキリしないのならば、それは言い足りなかった時なのです。
もっと言い返してやらないとなりません」
「な、なるほど」
その言葉は心の中のモヤモヤを晴らした。
深く感銘を受けたのだった。
その後、縁と美月はだんだんヒートアップしていき、縁は締めくくるように言った。
「美月ちゃん、高宮家、三嶋家など恐るるに足らずですわよ。決して負けてはなりませんわ!」
縁は美月の肩を掴んだ。
「はい! お母様!!」
美月もしっかりと頷いた。
「私、お母様に相談して良かったのです」
「ええ、困ったことがあったら何でも言ってきて良いのですからね?
私がアドバイスして差し上げます」
「お母様あ」
得意げに言う縁に尊敬の眼差しを向けた。
そんな母娘を見て、悠彦は1つため息をつくのだった。
最後、美月はふと思い出したように言う。
「でもお母様、佐倉様は何も言ってこなかったのですわ。なんだか、あの方不思議な感じがしたのです」
「そうですか……」
縁は先ほどまでの勢いを落として、どこか静かに慈愛に満ちた眼差しを美月に向けるのだった。
◇◇◇
美月はサマーパーティーの次の日から、これまで以上に努力を激しくした。
晃樹と明に負けない、とはどうすればいいのか……。
美月は考えた。
学院でのテスト結果は、小等部では掲示されることはなく成績を知ることは出来ない。習い事も何をしているのか分からず、しかしおそらく自分よりも習い事が多いわけがない。
そこまで考えて美月はひらめいた。
(習い事の数はきっと負けていないのですわ!!)
何故かそれだけで優越感が生まれるのだった。
(なるほど! 分かりましたわ!! もっともっと習い事を頑張るのです)
美月はこれ以上の名案はないと思ったのだった。
――――――
――――
――
「――姉上」
家の練習室でダンスの練習をしていると、達美が入ってくるなり嬉しそうに言う。
「母上がホットケーキを焼いてくれましたよ? 一緒に食べましょう!」
「まあ」
縁が作るホットケーキは絶品だが、縁は特別な日にしか作ってくれないのだ。
「でも私は今ダンスの練習をしていますから――」
「少し頑張りすぎているのではないですか? 家族みんな心配していますよ?」
「お母様は応援してくださいましたわ」
「今は涙目になっています」
「何故ですか?」
「そんなつもりではなかったのだと、しょんぼりしていますよ。母上はその場の勢いとか、そういうもので熱くなりやすい人なのです。そして後になって後悔するタイプなのですよ。姉上が慰めに行ってくれませんか?」
「そうなのですか……?」
美月は不思議に思いながらも、縁のことが心配になってきた。
「分かりました。お母様の様子を見に行ってきます」
「ええ、早く行きましょう。姉上がいないとホットケーキが食べられないのですよ!」
縁の元へ行くと、あの絶品ホットケーキがある。
「美月ちゃん、よく頑張りましたね。これは頑張った美月ちゃんのご褒美ですよ」
「ありがとうございます!」
そしてホットケーキを口に入れると、美月は思わず顔を緩ませた。
「んむ~~~!!! やっぱりお母様のホットケーキはとっても美味しいのです」
「ええ! 本当に!」
達美は美月の言葉に大きく頷いた。
「それより美月ちゃん、朝から晩まで休憩しないで練習ばかりしていたら体調を壊しますよ? そうなったら、私はとても悲しいのですわ」
縁は語りかけるように優しく美月に言う。
「今まで通りでいいのです」
「でも……」
「美月ちゃんはとても頑張り屋さんですから、今まで通りでも充分以上なのですから」
「そうでしょうか」
「ええ、そうなのです」
「そうですか」
「はい」
「なるほど」
「……美月ちゃん、私は美月ちゃんが心配なのですよ?」
「お母様……。分かりました」
(お母様を心配させるようなことはいけませんわね)
「――しかし美月ちゃんの考えには感心させられました」
「?」
「負けてはならないという解釈でまさか、もっと習い事を頑張ろうとするなんて。
私はただ口喧嘩に負けてはならない、という考えでした」
「…………?」
美月は縁のあまりにもな発言に頭が追いつかないのだった。
「冗談ですよ?」
縁は平然とそう言った。
「そうですよね、驚いたのです」
「ええ、冗談に決まっていますよ?」
そんな縁を達美は半目で呆れたように見るのだった。
美月は改めてホットケーキを口にして言う。
「お母様、毎日ホットケーキを作ってくれませんか?」
「それはいいアイディアですね!」
美月の言葉に達美は賛成した。
「それはいけません。これは特別な時にしか作らないのです。
だからこそ、より絶品になるのですから」
「「なるほど」」