アニメショップ
美月は自転車をこいでいた。
今はちょうど夏休みに入ったばかりである。
自転車をこいでいることもあって、目的地に到着する頃には少し汗ばんでいた。
(しかし、この服装はとても動きやすいのですねえ。気に入ったのですわ)
美月は早速、この前璃子と理沙と考えた変装をしてきていた。
あの後、悠彦にも許可をもらえたのだ。
柊と同様、やはり少し笑っていたが。
(まあ、確かにこの格好はいつもの私とはかけ離れていますし、美貌の欠片もないようですからね。
でもそれでもいいのです。好き勝手に遊び歩けるというのなら。
ええ、そうですね、これならば以前よりも好きに動けますわ。ムフフッ)
到着した場所、そこはアニメショップである。
美月は意気揚々と入って行った。
そこは漫画はもちろん、アニメのDVDやフィギュア、ゲームなんかも売ってある。
また、読まなくなった漫画などを逆に売ることもできる。
美月は店の中を一通り見回った後、12冊の漫画を手にしてレジに向かった。
大きめのバッグに入れてきた12冊の漫画も売る予定である。
今日は人が少なく、美月の後ろに並んでいる人はいない。
「――村上さん」
美月はレジの店員が通い詰めて知り合いになった人だったので声を掛けた。
村上は女子大学生でここのバイトだ。
村上は美月が話しかけると首を傾げる。
そんな村上に美月はキョトンとしてから、ああ、そうでした、と納得して言う。
「私ですよ? 美月ですよ!」
「へ? 美月ちゃん?」
「はい」
「どうしたの? その格好」
「まあ、色々と事情がありまして、これからはこの格好で来ることになったのです」
「? そうなんだ?」
そして漫画を買ってから、家から持ってきていた漫画を売る。
「いつも状態がいい漫画売ってくれるから有り難いって店長も言ってたよ」
「そうなのですか? それは良かったです。
私の部屋の本棚はいっぱいいっぱいなので、買う分だけ売らなければならないのですわ。良作が出る度に厳選に厳選を重ねているのですが、ああ、本当はコレも売りたくなかったのです……」
美月はそう言ってレジの向こうに行った自分の漫画だった物を悲しげに見る。
そうして話していると、もう一人、美月の知っている店員がやって来た。
30歳くらいの少し太り気味の男である。
引きこもりだったらしいが、ここ数年でようやく部屋を出てここでバイトし始めたそうだ。
「あ、西野さん、美月ちゃんですよ!」
村上はそう言って美月に顔を向ける。
「うそ?」
西野は美月を見る。
「美月ですよ? これからはこの格好でここに来ることになったのです」
「ほーん。それより美月ちゃん、今日でた新刊『アリスメイド』買った?」
西野は美月の外見よりも、漫画の話の方がしたいようだった。
「ええ! もちろん!!」
それは美月も同じである。
「うち、朝に買ってたから、さっきの休憩時間で読んじゃったよお」
そして村上もである。
「な、なんですと!?」
村上の発言に西野は大袈裟に声を上げた。
「えっとねえ、この前の続きは~」
「ちょ、やめ!」
「ネタバレはなしですよおお」
「うん、分かった分かった」
美月はこの2人と話している時間がとても楽しいのだった。
(ああ、幸せなのですわ。
璃子ちゃんとも漫画の話をしたりしますが、ここまで熱心ではありませんからねえ。やっぱり熱く語りたくなるのですわ)
「――この前のアニメ作画、神ってたよなあ」
「うんうん!」
「凄まじかったですよね!」
ちなみにアニメは、パソコンやタブレットで、動画サイトに会員登録をしているためそれで見ている。
そうこうしている内に習い事の時間が迫っていた。
「あ、そろそろ時間ですわ」
「じゃあ、またねえ」
「気をつけて帰ってねえ」
「はい、それではまた」
――――
――
美月が帰った後に、村上が言う。
「美月ちゃん何であの格好にしたんでしょう?」
「お嬢様だってバレないようにしてるんじゃね?」
「なるほど」
「何か事情があるんでしょ」
「うむ」
美月は百々瀬家の令嬢あると2人に言ったことはなかったが、口調や変装する前の服装などで、どこかのお嬢様であることは分かっていたのだった。
「まあ、それよりも美月ちゃんはあの『世界を救う歌姫』ではリリ派らしいけど、村上さんはどう思う?」
「うちもリリ派ですけど」
「へえ、僕もリリ派なんだよね!」
「本当ですか!? うちが入っているアニメサークルではほとんどサラ派なんですよ!」
「まあ、リリみたいな天然系って嫌いな人は嫌いだし、サラみたいなしっかり者は――」
しかしながら、美月がお嬢様であることはほとんど気にしておらず、オタク仲間という認識であった。
◇◇◇
美月は帰ると達美の部屋に行く。
達美の声があり、中に入ると、美月は今日買った少年漫画を貸してあげた。
「姉上ええ、ありがとうございます!!」
「いいですよ、私はこれから習い事ですし、他にも買いましたから。
明日、明後日には返していただければ」
「分かりました! 姉上、今度一緒にゲームしましょうね!」
「ええ、いいですよ」
達美もすっかり漫画にはまっていて、漫画は美月が買うのでそれを貸してもらっていた。しかし漫画よりもゲームの方が好きらしい。
美月はゲームは楽しいと思うが、不器用ということもあって下手くそだった。
漫画ほどのめり込んではいないが、やり始めると、中々やめられない性質ではあった。