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「……それは」


 どう返事をすればいいのか、とっさに迷ってしまう。彼にエスコートされたこともあるし、ダンスを踊ったこともある。けれど、今回の夜会は、そもそもの趣旨が透けて見える。


 そんなところに、ウォレンと共に行く――。


 まず間違いなく、殺到する人並みに押し流されてしまいそうだった。


「僕とは、嫌?」

「いいえ。でも……そもそもその日は、お仕事ではなくて?」

「確かに殿下も参加されるけれど、ずっとついている必要はないよ」

「そうなの?」

「もちろん。あの方にもお相手が……」

「いるのね?」

「いや……」


 明らかに、うっかりこぼしてしまった、という表情で、ウォレンが言葉を濁す。が、反対にミリアは、腰かけていたソファから今にも腰が浮きそうなほど身を乗り出していた。


「どなた?」

「あの…ミリア……」


 瞳をキラキラさせて、ミリアがウォレンをのぞき込む。これに、ウォレンは弱い。好奇心と興味に動かされているミリアは、すぐに頬に赤みがさして、笑顔はさらにまぶしく映る。慌てて顔を背けた。見ていると、バレた時に笑顔で叱責される失言をしそうだった。


「……決まっているわけじゃないから。その……」

「別に王太子妃の本命が知りたいんじゃないの。当日のお相手でいいのよ?」

「変わるかもしれないし」

「振られるの? あの方でも?」

「……」


 またしても余計なことを言った、という表情を浮かべたウォレンが、少し可哀そうになって、ミリアは背もたれに背中を戻した。


 別に脅迫みたいなことをしてまで知りたいことでもない。

 ほっと息を吐いたウォレンが、やり取りの間に淹れかえられた紅茶に口を付けて。


「でもきっと、チェストン公爵家のカロリーナ様ね」

「――っ」


 むせた。

 慌てて茶器を置き、口元に手を当てた。苦しそうに胸を押さえて息を押し込む姿に、慌てて侍女たちが駆け寄ってきた。手巾やら水やらを手渡されるウォレンに、しばらく目を見張ってから……あらら、とミリアは呟いた。


「当たっちゃったのね……」


 本当に全然他意はなかった。王家に近い年頃の女性で、一番有名で美しいのがカロリーナ様。話したことはないけれど、学院に通っている以上、彼女を知らないはずがなかった。


 同い年でありながら、評判にはそれこそ天と地ほどの差がある。

 遠目からしか本人を見たことはないが、噂通り、美しい金髪と紫紺色の瞳が輝いていたのを覚えている。


 王太子が彼女を望むのは、当然だ。

 そう、きっと誰もが考えている……と思っただけなのだが。


「あの、ごめんなさい……」

「いや、うん……構わないよ」


 淑やかに白いナプキンで口元を押さえながら、ウォレンが苦笑いを浮かべた。ミリアが、時折驚くほど鋭い指摘を、本人は何の気もなしにやってのける。慣れているといえば、慣れていた。


 そしておそらく、本当にすべてを見抜いているわけではないことも。


「それでミリア。君の返事を聞きたいのだけれど」


 ひとまず、話の軌道を戻せば、ミリアの表情は芳しくなかった。渋々、でもないが、喜んでいるとは絶対に言えない表情だ。


「そうね……行ってもいい、のよ?」

「本当に?」


 念を押されて、ミリアは躊躇った。けれどやはり、これ以上は避けて通れそうにない。


「あの、ウォレンは……結婚、するつもりなの?」

「……」

「あの夜会は、そういう場所(・・・・・・)でしょう?」

「……」


 ウォレンが、ピタリと動きを止めた。

 だってまさか。

 ミリアが「知っている」なんて思っていなかったから。

 ほんの少しずるをしようとしたのをまたしても見抜かれた――そんな気になった。


 けれどなんとか気を持ち直して、ぎこちなく頷いて見せた。


「……もちろん、だよ」

「もしかして、お父様は知っていたのかしら……」

「……そうだね。手紙の返事はとても短かったけれど、ハース伯爵もご存じだよ」

「許してあげてね。今、領地の視察と新しい商会の拠点の確保でとっても忙しいから」


 表情が硬い気がして、ミリアは一応父を庇ってみた。


「いや……気にしてないよ」


 よって、今屋敷にはミリアと使用人しかいない。母はミリアが幼い時に他界してしまっていた。


 ふう、とミリアは息を吐いた。

 今更に……本当に今更に。

 思い知ったというべきか、知らなかったというべきか。


「てっきりお仕事と結婚するワーカーホリックタイプかと思ってたのに」

「わ……?」


 知らなかった、ともう一度ミリアは呟いた。怪訝そうなウォレンはもう目に入っていない。


 いや、今現在、目から鱗、な状態で。

 それとも寝耳に水が正しいかしら、と検討しても、答えは出なかった。

 

 もう一度ウォレンを見上げれば、胸の中がどこかもやもやしてしまう。


 ――寂しい。

 そう。寂しいのだ。


 出会ったころは、自分もウォレンもずっと自由で、転げまわって遊んだって怒られなかった。

 ウォレンが学院を卒業して、士官学校へ行っても、その後にミリアが学院へ通っても、どちらも学舎が首都で、授業の時間も重なることが多く、何かと会う機会はあった。


 けれど、卒業後に王太子付きになると……なんだか急に、遠くへ行ってしまった人のように、噂ばかりが耳に入ってくるようになった。


 ミリアの家の事情が変われば、さらにずっと遠く……どころか、別の世界に住んでいるかのようで。

何よりも綺麗なエメラルドは、こんなに近くにあるのに。


 誰よりも親しい人は、どんどん知らない人になっていく気がしてならなかった。

 俯いてしまえば、どうしたの、と声がかかる。いつの間にか低くなっていた声音は、それでもいつだって優しい。


 だから、とミリアは考え直した。


 これ以上距離が開く前に、ウォレンにしてあげられることがあるなら……きっと、今しかない、と。


「分かったわ、ウォレン。私、夜会に行くわ」





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