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 カロリーナには、この国でこれから起こる事の記憶がある。


 予知ではなく、いわゆる前世の記憶。かつて、この世界を外から俯瞰して見続けた、違う世界の住人という立場。


 具体的には、物語を読み手、この世界がそのストーリーだと。


「かつて私のいた世界では、そのような人間を、転生者と呼びました」

「転生者」

「過去のわたくしは、全く別の世界、別の立場に生まれて、一生を終えました……そういう人間は、どうやら一人ではないようです」

「まあ」

「テンプレすぎて笑えませんけれど」

「てんぷれ?」


 苦笑を浮かべて、彼女の知る筋立ては、かつての世界ではとてもよくある話だった、と言い換えた。


 随分と、昔話の意味が違ったわ、とミリアは心の中で呟く。横顔が、同い年の少女よりというよりもずっと大人に見えたのは、その過去のせいだろうか。


「権力を持った側と、もう一人。庶民として生まれて、この貴族社会に新たに加わるものがいるのよ」


 小さいときにその記憶を取り戻し、いくつかの記憶と符合を得て、確証を得た。その中に、魔法の存在もあった。自身が使えることも確かめたのだ、と。


 技術として未発見、確立もされていない、未完成な力が、国を大混乱に陥れた、記憶。


 例えば、王太子の廃嫡、続く行政での不祥事、あとは我がチェストン家の没落――。

 並べられる大事件の数々に、普段はこのよう場で沈黙したままのディアナでさえ、嘘でしょう、と呻いた。どれもこれも、国の安寧からは程遠い事態だ。間違いなく、国家の揺らぐ一大事が、立て続けに起こるとなれば、最悪は存続の危機となる。ウォレンが厳しい顔つきなままなのが、いっそうカロリーナの言葉に真実味を与えていた。


 だが、悪い事ばかりではない。記憶にあるのは物語だ。


「国難を救う人物が現れる――言ったでしょう、貴族社会に新しく加わる者がいるって。それが、主人公……アンネ・ラフェルよ」


 魔法を使いこなし、悪を倒して窮地から脱し、その後は国を支えていく主要人物となる。あの、少女が、と思い浮かべたのか、ユミルが冷たい雰囲気になった。すっと片手を上げる。


「お言葉ですが……何一つ、現実とは結びついておりませんわ。魔法の実存はともかく、チェストン家の没落なんて……」

「当然でしょう。予測されることに、わたくしが手をこまねいているはずがありません。最悪の場合には隣国との戦争が起こる事もありましたし、それに……」

「それに?」

「……わたくし自身も、よい一生を送れるとは言い難かったのです」


 背けられた表情が暗い。確かに、国の頂点であるチェストン家がなくなれば、彼女の生活は一変する。

 事前に、ウォレンや王太子と接触し、魔法の確立を早め、政治の悪い芽を摘んだ。

 自身の行いには細心の注意を払い、余計な隙をなくした。

 長年の努力において、積み上げてきた結果だ。


 だが、彼女の努力とは別に、起こってしまった事もある。


「主人公の登場、碧天石の損壊、それに……学院での人間関係が、少々荒れておりますわね」

「余計なことをした、とでも? あの、アンネ嬢が国家の危機を救うだなんて」


 ユミルの扇がすすす、と広がった。含みを読み取って、くすりと、扇の後ろで浮かんだ笑みは、例によって氷の微笑だった。明らかに、馬鹿馬鹿しい、と告げている。


「ユミル、何をしたの」

「何もしていないわよ、ミリア。まだ……ね」


 わざとらしく空いた間に、ちょっとミリアは考えて聞き方を変えた。


「何を仕掛けたの、って訊けば教えてくれる?」

「嫌よ。結果を楽しみにしているのに」

「出来れば、中止してくださらない? 余計にこじれて、アンネ嬢を増長させるかもしれないわ」

「だとするなら、あの男たちもそれまで、でしょう」

「あら、駄目よユミル」


 そっけなく断じた侯爵令嬢に、すぐに反対したのは、カロリーナではなくミリアだった。


「だって、魔法かも知れないのよ? 彼らの処遇を決めてしまうようなことなら、手を引かないと。クライド様への正当な評価とは言えないわ」

「……」


 こんな表情は滅多に見られない。呆然としたユミルとカロリーナが、二人して固まってしまう所など。またしても何か変なことを言っただろうか、とミリアは自分の言葉を反芻する。


「……ミリア嬢には、ずいぶんと話の通りがいいわね」


 やっぱり、とカロリーナが考えをまとめるために、目線を下げて呟く。なんだろう、と思いつつ、まだ釈然としない。


「でも……どうして、我がハース、ではなく、私が狙われることになったのでしょうか」

「碧天石だよ、ミリア」

「シューストン様のおっしゃる通り。碧天石が割れることは、物語の上でとても大きな転換点だったわ」


 悪いことが起きる前兆として受け止められ、国は一気に重い雰囲気に包まれた。また、王太子廃嫡の切っ掛けともなり得た。


「……」

「信じられないみたいだね、ミリア」

「ええそうね。だって……あれは確かに素晴らしい石だけれど……」


 続けていいものか、ちょっと迷って出した言葉が、ウォレンと見事に重なった。


「「ただの碧天石だから」」


「……」

「君なら、そう考えるだろうけれどね……あの本がなかったら、そう捉えていた人は少数派だったよ」


 かくいう私も、とウォレンは続けた。


「君の考察を知らなかったなら、全く別の考えをもって、対処に当たったよ。かの方への忠誠は、もちろん揺らがないけれど……父祖の意思があるなら、王位を継ぐべきかどうか、検討しただろうな」


 笑っているのに、どこか陰りのある……いや、この場合は自嘲か。とても悪いことをした気持ちになって、ミリアはごめんなさいの一言が、喉元まで出かかった。


 ――誰かの、とても大切な物を、踏みにじった。そんなつもりは、なかったけれど。


 ウォレンが軽く手を振らなかったら、口にしていただろう。


「いいんだ。君が一番大事にしているものに、私たちは救われたんだから」

「でも……だとしても、私が襲われる理由が……」

「邪魔になったのよ」


 きっぱりと、カロリーナが断言した。


「実際のところ、碧天石が割れても問題なかったのは、あなたのおかげでしょう」


 だから、邪魔。

 主人公が活躍する場を奪ったから。


 ぱちん、と扇を開閉する音がする。


「確かに記憶にある物語と似ているけれど、この世界は……現実よ。決まった未来に向かって流れているわけじゃない……まだ理解していないのか……符合する事実だけに目が向いてしまったのか。夢見ていいのは、子供だけなのに。馬鹿なんじゃないの」


 一人で低く呟くカロリーナの目が、据わっていた。

 なんだか、雰囲気というか言葉遣いが若干崩れたのは……ユミルもまた、きょとんとしているから、ミリアの勘違いではなさそうだ。


「あの、カロリーナ様?」

「悲劇のヒロインでも、救国の聖女でもおいしいのは分かるけどっ……やっていいことと悪いことがあんでしょうに!」

「もしもし? せ、説明を……」


 ああもう、とカロリーナは焦れた表情で立ち上がって、ミリアの方へ身を乗り出した。



「だからっ! これは……恋愛ゲームなのよ!」





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