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 今日は、普段通うユヴェルト学院――貴族の子息子女が教養を身に付けるために通う国立の学院――が、社交シーズンに入ったことに合わせて多くなった休日にあたっていた。


 朝からのんびり、趣味に走っていたのだけれど。


「『つい』じゃ、ありません。お休みでなくったって、ちょっと変わった石が届いたと聞けば、すぐ自主休校(けっせき)なさっているじゃありませんか。いつものと変わりませんよ」

「……あはは」


 ミリアの顔に乾いた笑みが浮かんだ。全く否定できないので、目をそらす他に出来ることがない。

 そんなミリアに、まったく、とディアナから小言がこぼれる。


「由緒あるハースの家にお生まれになりながら、学院の事を疎かになさるなんて、嘆かわししゅうございますよ!」

「……だって苦手なの」

「そういう問題ではありません! 貴族は縁。縁でつながる社会です。お嬢様の未来があの学院での生活にかかっているといっても過言ではないのですよっ!?」

「で、でもほら……父様は」

「伯爵様はお嬢様に甘すぎるので、意見は反映されません!」

「……」


 ハースの家で、一番偉いはずの父がばっさりと切られてしまい、ミリアは黙った。でも多分、おっとりとした寛容な伯爵であるマーノク・ハースなら、少し笑っただけで許してくれるだろうけれど。


 ふう、と息が漏れる。

 ミリアはハースの一人娘だ。このオーディア国の、確かに由緒ある貴族の一員。


 ただ昨今、貴族の繁栄は商業の発達により、陰りが差し始めていた。領地の経営がうまくいかず、金銭が底をつきて没落した話が風のように流れるときがある。


 歴史と名誉を重んじる「貴族」。

 それを……父マーノクはあっさりと投げ出していた。


 人を雇って商会を起こすだけでなく、最高責任者として自ら査察に赴き、さらには領地の麦や特産品を首都へ持ち込み、商人たちに交じって売りもした。

 また、商売を領地内だけに収めず、他領や他国への販路を拡大した。時には土地の買収まで行い、首都の社交界の顰蹙を買ったのは二年前だ。


 歴史ある伯爵家ながら、今では成金紛いなどとさえ指差される始末。

 そのすべてを、ただ穏やかに笑って躱したマーノクは、誰が何と言おうと、ミリアは立派な当主であり、誇れる父親だと思っている。


 けれど。

 ふう、とため息をついてしまう理由もまた、そこにあるのだ。


 と、ようやくここで、ミリアはさっきの考え事を思い出した。

 さっとあたりを見回せば、手紙はとっくにディアナが拾い上げてテーブルの上に置いていた。そばには翠玉エメラルドの原石がある。


 ただの偶然だろうけれど、何となく気が重くなってしまった。


「お嬢様」

「なあに、ディアナ」

「その封筒は確か……数日前に、わたくしが手ずからお渡ししたものだと記憶してございますが」

「……どう、だったかしら」


 誤魔化せるはずもないのに、ついつい曖昧な返事をしてしまって、ミリアはきりりと侍女に睨まれた。


「なぜ、まだお開けになっていないのですか?」

「えっとその……」

「シューストンの家紋ということは、ウォレン様からでしょう」

「そう……だと思うわ」

「なぜ未開封なのです?」


 うっかりこのまま見なかったことにしたかった、なんて言おうものなら、ディアナはその場で吹雪になりそうな冷たい声だ。気迫に押されて、言い訳も浮かばない。


「うーんと、その……」

「開けてもよろしいですか?」

「……」

「よろしいですか?」


 駄目だと言えないが、逃げを打ちたいミリアはそっとあらぬ方を向く。が、そんな態度にも付き合の長いディアナには通じない。


「よろしいですね。開けますよ」


 最後は答えを待たずにペーパーナイフがさっと封筒に走った。あーあ、とため息を吐く。

 パラリと開かれた紙。文章を追う少しの間があって……そっと手紙が元に戻される。ちらり、とディアナの目がミリアへ向けられてから……ディアナはもう一度、ミリアの手へ手紙を戻した。


「ウォレン・シューストン様からですね……お嬢様、これちゃんとお読みになってくださいね」

「夜会のお誘いではなかったの?」

「いいえ。その通りでしたよ。二か月後の公爵家主催の夜会に、ご一緒に参加なさりたいとのことです」


 やっぱり、とミリアは心中で呟いた。


「それってあれでしょ? 童話みたいな舞踏会」

「童話?」

「知らない? 女子力バリバリの女の子が、花嫁探しをする王子様に舞踏会でアピールして、見事玉の輿に乗るお話。絵本で読んでくれたの、ディアナじゃなかったかしら」

「じょし……りょ? お嬢様、申し訳ありませんが、ちっとも訳が分かりません。もう一度お願いいたします。まずその、じょしりょく、とは何でしょうか」

「……なんでしょ? よく分からないわ」


 はあ、とディアナが侍女らしくないやや間抜け表情になった。


「あの、お嬢様がおっしゃったのですよ」

「そうね。でも、自分で言っといてなんだけど……うまく説明できないわ。忘れて、ディアナ」

「さようですか」


 とにかく、とミリアは仕切りなおした。


「この夜会の出席者は条件がほとんどなくて、要は紹介者か身分証明が出来ればいい、と一月前に王令が出た夜会でしょう。主催は公爵様でも、実際は陛下であらせられるとか」

「ええそうですね。ただし、付添人以外の出席者本人は未婚に限るそうですが」

「出会いの場、ってやつね。お見合い夜会、だわ」

「……口さがないですよ、お嬢様」


 それでも事実だ。さらについでに言うなら、王命である手前、王太子も出席するとか。眉目秀麗で、優秀なことこの上ないと誰もが口をそろえる「未婚」――ただし、相手が決まっていないとは限らない。発表されてないだけなことも十分ある――な男がいる。それだけで参加者はうなぎのぼりだろう。


 人が多すぎる夜会は、宝石がありすぎて、まさしく玉石混交だ。ミリアは出来るなら、お目当てにさっと会ってさっさと帰りたい。普段は会えない人の装飾を見る絶好の機会でもあるけれど……正直、あまり気のりはしない。


 うーん、と考え込んだミリアに、ディアナは大仰に肩を落とした。


「お嬢様、本当に手紙をご覧になっていなかったのですね」

「?」

「それから、昨日の夕食のお席は上の空でしたか」

「そうねえ……だってこの橄欖石(かんらんせき)が届いたばかりだったから。あまり覚えていないわね」

「道理で……こちらにも書いてあるのですが……この件で、ウォレン様がハース家にいらっしゃるのです」

「……あら」

「さらに、日付は今日! 旦那様にもご連絡が入っております」

「あらら」


 びしり、びしりと突きつけるようにディアナが手紙を前に出す。その度に、ミリアはちょっと肩をすくめながら、焦げ茶色の瞳で上目づかいにディアナをチラ見する。


「あの……てことはまさか」

「先ほど、ウォレン様が到着いたしました」


 まずい、とさすがのミリアも唇を引き締めた。

 






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