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 身構えるほどの事は、数日何も起こらなかった。

 新しい石も届かず、人づてに公爵家の細工師ライセルが呼び戻されたと聞いた。どうも、ミリアは知らなかったが、公爵夫人との仲を疑われる噂があったとのこと。戻ってきたのなら、嘘だと証明されたのだろう。


 学院は、結局毎日通っている。ユミルが来るなと言わなくなったし、家にいてもディアナにため息を吐かれるだけ、父親は忙しく、相変わらず留守がちだ。


 だったら、大人しく勉強をしている方がいいと、かつてないほど真面目に取り組んでいた。最終学年にもなると、貴族子女たちの授業内容はマナーやしきたり、難しいダンスの実践などになる。とくに、例の夜会が控えているとなれば、教師たちの熱は上がっていた。


 ミリアとしては、少々、辟易してしまうほどだ。

 ので、昼休憩を挟んだ教室移動の際、遠回りして人気の少ない中庭の一つを通ったのは、偶然の現実逃避だった。


 が、そこで名前を呼ばれて、驚いて足を止めることになった。


「……ミリア嬢、ですね」

「まあ、ディラント様」


 どうしてここに、と問いかける前に、服装が答えを教えてくれた。男子生徒が剣術の授業を行う格好だ。年上と思っていたら、彼は同い年だったようだ。かつてのウォレンといい、彼といい、自分はつくづく男性を見る目がない。


 流石に、和やかにとはならない、ミリアは困惑し、ジルは固い表情だ。逃げるべきかと考えつつ、彼の耳飾りとチョーカーに目が行ってしまった。こちらは本物の蒼玉だ。おそらく、先日の装飾品と揃いだったもの。色がほとんど同じという事は、合わせて作られたのだろう。せっかく見事な一揃いだったのに、と残念になる。同じ宝石の名がついても、全く同じ色になるとは限らない。巨大な原石を買い、そこから良い部分を取ったからこそ、出来ることだ。高い技術もって贅沢に作られた逸品が欠けてしまったのは、本当に損失でしかな――


「ミリア嬢、ミリア嬢……」

「あ、申し訳ありません。つい」


 またやってしまった。じろじろと観察されて、怖い表情だったジルが戸惑いを浮かべていた。話しかけやすくなっていて、あの、とこの前の続きを口にしていた。


「ディラント様のお宅に、よいガラスと職人がいらっしゃるようですね」

「そ、れは……」

「勘違いなさらないでください。先日の事はお忘れになって……実はその、うちのハース商会では、あのような物を作れる人材を探しておりますの」


 もちろん、まっとうな商売ですわ、とミリアは念押しした。


「あれはあれで、大変美しいでしょう? 相場を鑑みた正規の値段で売り出そうしています。もちろん、わが商会にも職人はおりますが、生産量を上げたいので、人手が足りないのです。お力添えをいただけるなら、大変助かりますわ」


 にこり、と社交用に微笑めば、呆然とするジルがいる。あれ、とミリアは首をかしげた。練習の甲斐なく、変な顔になっているのかもしれない。ぐいぐい、と頬をさすって、もう一度笑いかけた。


「良い職人を、我がハースは応援したしますわ。もちろん、その後ろにいるディラント家の方とも、素晴らしく良好な関係を築いていけるかと存じますの」


 いかがでしょう、と尋ねても、ジルはあいまいな返答しかくれなかった。だが、折を見てハース商会を訪れるという約束を交わせたのだから、収穫だ。


 去っていく後姿に、これで少しは父親の役に立てたのでは、と一人顔がほころんでしまう。


 もしかして、父と同じく商人の才能があるのでは――

 実は後を継げるのでは――


 なんて考えていたら、またしても目の前に人がいた。そしてやはり、どこか雰囲気が良くない。


「ちょっとあなた!」

「はい?」

「ジル・ディラントはどこよっ」


 おやまあ、とミリアは目を丸くした。親しいのかもしれないが、呼び捨てとは驚くしかない。


 ピンクブロンドの髪と、澄んだ水色の瞳。紅水晶ローズクウォーツ土耳古石ターコイズに似ている。どこかで見たような気がするが、すぐには思い出せなかった。


 帯びた色は美しいのに……どうも、心惹かれない。


「ディラント様でしたら、先ほどお戻りになられましたわ」

「嘘でしょ!? イベントがなくなった?! どうしてよ!」

「どうしてと訊かれても……」


 困る。大体、「いべんと」とは何だろうか。こんなに怒るくらいなのだ、きっと彼女には大事なことなのだろう。なんて考えていると、じろじろと無遠慮にこちらを観察しだした。ここまで露骨なのは、ミリアも初めてだ。ひとまず、頑張って微笑んでみる。


「あなた……モブじゃないの」

「そうね……どうだったかしら」

「うそっ。話通じる? 転生者なの」


 あいにくと、ミリアはただ、話が分からなくなった時に使う「適当に合わせる」という事をしているだけだ。ここで大事なのは、まず笑顔である。あと、中身のあることをあまり言わない。


「だったら邪魔をしないで。見てわかるでしょ。私が主人公よ」

「主人公、ですか……さあ? それはどなただったかしら。申し遅れましたけれど、私、ミリア・ハースでございますわ」

「アンネ・ラフェルよ」


 とりあえず、無難に自己紹介をすれば、妙に胸を張って少女は名乗った。そこは反対にお辞儀をするところでは、と思ったが、言わないでおく。

 名前から、ようやく思い当たった。先日、ユミルの、例の、あれだ。


「ラフェル家の……ご息女、いえ、ご養女でしたわね」

「どっちだっていわ! やり直して!」

「やり直す……?」


 全然、意味が分からない。ただ、今まで不思議と気づかなかったのだが、胸には赤いペンダントがあった。その石が、一瞬光った気がして、眉根を寄せる。


 反射、したのだろうか。曇り空なのに?


 不意に、つきり、と頭が痛くなった。ふらりと体が揺れる。風邪だろうか。父親の体調不良が移ったにしては、時間が空きすぎている。


 目の前の像が歪んだ、その時。


「お二人とも。始業時刻が過ぎてしまいましてよ」








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