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 宝石に合わせて馬車まで造ったという、チェストン公爵家より招待状が届いたため、ミリアは喜んでドレスを纏って出かけて行った。うきうきと心を弾ませて、礼儀通りに、それでも一番に会いたい公爵夫人のもとへ挨拶に向かう。


 馬車は見られなかったが、もしかしたら案内してもらえるかもしれない。チェストン公爵家の女主人・アリアナは、賛辞だけでなく批評めいた言葉を贈るミリアを、敬遠するどころか、大のお気に入りだと公言していたから。


 広い会場を歩きながら――付添人は父親だが、彼はすでに別の貴族につかまってしまった――失礼にならない程度に周囲を観察する。もちろん、こちらを同じように見ている視線には、気づいてないふりをするのがマナーだ。


 宝石姫、なんて呼ばれるようになったのは、いつだったか。こうやって誰のか分からない視線を向けられるのは慣れっこだし、こちらも似たようなことをしている。

 が、ミリアが注目するのは人ではなくて宝石だ。新しいもの、見覚えのあるもの。古いもの。さすがに、主催者が選別した招待客たちは、誰もが美しく着飾ってはいるけれど。


 いまいち、おざなりな感が否めない。


 宝石は見る。当然、合わせたドレスとの相性や、他のアクセサリーとのバランスも目に入る。一つ一つを取れば一級であることは間違いないが、色の合わせや大きさが、所々取り合わせがよくない。


 仕方ない、か。とちょっと内心でため息をついた。

 ぽろぽろと漏れ聞こえてくるのは、ついこの間ウォレンと話題になったあの夜会の話。誰が、どんな人が

 ――なにより、王太子の動向は。興味関心と、情報収集をめぐる駆け引きに、多くの人が夢中になっている。


 もちろん、完璧な人もいるのだけれど……こういう時だからこそ、目についてしまうのだ。


 ――やっぱり、面白くなさそう。

 ため息を押し殺した時。


「ミリア」


 柔らかく名前を呼ばれて、はっとする。振り返れば、淑やかな声を体現した、この会場一番の淑女が、いた。慌てて、微笑を浮かべるが、まあ、と扇の後ろで彼女は微笑んだ。もちろん、ミリアとは比べ物にならないくらい美しい微笑だ。


「そう、取り繕わなくていいのよ。ごきげんよう、ミリア・ハース伯爵令嬢」

「ご機嫌麗しゅう、アリアナ様、チェストン公爵様」

「久しいね、ミリア嬢」


 もちろん、夫人は侯爵と共にいた。言葉は少ない上に、口元が引き結ばれた固い表情だが、これで彼は十分に歓迎している。


 対照的な二人だった。とても簡素に、しかし贅を尽くしている衣装の公爵と、どこもかしこも計算しつくして着飾ったアリアナと。


 生真面目な表情の通り、彼は無口だ。身分が高いとはいえ、結婚相手は自らが決めると公言して憚らなかったアリアナを、どうやって射落としたのか、かつてはずいぶん話題になったという。残念ながら、詳細を知るのは二人だけだ。


 儀礼通りに、一礼してからミリアは遠慮なくてっぺんからつま先まで、夫人の装いを観察した。目を引くのは、首元に輝く見事な漆黒の石。複雑な形に整えられたそれらの石は、つなぎ合わせて大輪の花を模しており、周囲を取り巻く小粒のダイヤは、きちんと中央の輝石を引き立てていた。もちろん、銀を基調にした刺繍やレースをあしらったドレスも、美しく見事だった。


 と、指先に目を止めた。何もついていない指先に、あら、と扇の先を口元に当てて、言葉を一旦飲み込んだ。夫人の微笑がきらりと光ったからだ。少なくとも、ミリアにはそう映った。


「……目敏い事」

「恐れ入ります。今宵も美しいですわ、アリアナ様」

「通り一遍の賛辞は聞き飽きたところなの。どうぞミリア。あなたの『言葉』が聞きたいわ」


 恐れ入ります、ともう一度ミリアは軽くお辞儀をした。ここまではっきりと言われてしまっては、ミリアとしても正直になるしかない。怒られないよね、と心配症の父をちらりと思い出したが、どこにいるのかは人の波に埋もれてしまい、見当もつかなかった。ならいいかしら、と逆に開き直った。


「細工師をお替えになったのでしょう? せっかくの黒瑪瑙ですが、それで少々見劣りいたします。肝心の真球の形が、活かされておりませんもの」


 お抱えだと聞いた、公爵家の金銀細工師。今回の細工が弟子の物なら、いささか夫人の胸を飾るには未熟だと、ミリアとしては思わざるを得ない。

 夫人の微笑は、変わらない。ただ、半歩後ろにいるチェストン公爵の方が、口元を若干引きつらせていた。何かありそうだと思っていたけれど、と遅まきながら気づく。


「さすがね。ここのところ、南の方に行ったままなのよ」

「南、ですか。わがハースに近いなら、ぜひとも立ち寄っていただきたいのですが」


 かの細工師に見てもらいたい石が、領地の館にもたくさんある。公爵家のお抱えだが、それにしてはまだ若かったはずだ。確か四十になっていなかった。きっと、見たことがない貴重な原石や宝石がある。それらについて、ぜひとも意見を聞きたかった。これはチャンス、手紙を出せるなら出したい、と夫人を伺うが、いいともダメとも告げない。


「ねえ、ミリア。この宝石は、あなたが気づいたとおり、わが夫の贈り物なの」

「はあ……でしたら、以前の黒曜石の指輪の方が、見事でございましたね」

「――っ」

「あれは確か、ご婚約の前に頂いた贅を尽くした一品というお話ですし、彼の者が腕によりをかけただけあって、あれほどの物はなかな――」

「もうよい、ミリア」

「は……」


 ふふふ、と夫人が意味深に扇の後ろで笑った。苦々しく遮ったのは公爵の方だ。ついつい話すのに夢中になっていたミリアは、慌てて申し訳ありません、と謝った。さすがに、まずいのでは、と青くなったが、ほうらね、と夫人が楽しげに夫を振り返ったので、公爵の矛先はそちらに向いた。


「言ったでしょう、あなた。彼女の目はごまかせないのよ」

「……君はいつも、私を驚かすのが得意だ」

「脅かすのも、動かすのも、得意ですの」

「差し詰め、私は操り人形だな」

「意地悪をなさるからですわ。こんな貞淑で美しい私に」


 指先を胸に当てて、つんとしましたアリアナは、言葉通り、惚れ惚れするほど気品にあふれた貴婦人だ。突然始まった夫婦の会話に、ミリアは黙って成り行きを見守るしかない。大体、国の最重鎮と囁かれるチェストン公爵が、操り人形などと口にする相手はアリアナだけだ。ここで下手に口を開いてはならないと、ささやかな貴族の勘が訴えていた。


「心無い贈り物で私の気を引こうだなんて、つまらないことはなさらないことね」

「わかった」

「それから、ライセルを呼び戻してくださいな」

「ああ」

「それから……」


 アリアナが、軽やかな動きでミリアの後ろに回った。手袋の指先が、ちょんちょん、とミリアの頬に触れる。きょとん、として見上げれば、眩しい笑みが降ってきた。


「私は、彼女の味方ですの」


 どういう意味かと問う前に、公爵が軽く諸手を挙げた。降参、と口の形だけで示し、肩をすくめる。そのまま、なんのお咎めもなく、公爵は人の中へと入っていった。後姿が、どことなく悲しかった。


「あの」

「大丈夫よ。あなたはよくやってくれたのだから。さすがは、ハースの魔女ね」

「……ありがとうございます」


 成り行きは見えてこないが、無礼な、と不興を買わずに済んだのはアリアナのおかげだと思い、御礼を言った。どうしてハースの魔女なのかしら? とアリアナから出てきた単語に戸惑った。からかっているようには聞こえなかった。


 けれど、忙しい本日の主催者といつまでもおしゃべりを続けられるはずもなく、すぐにあちらこちらからアリアナは引っ張りだこになってしまう。ごく自然に取り残されたミリアは、これ幸いと、人気のない庭の方へ向かった。


 きらきらと眩いばかりの照明は、遠くなるにつれて優しく穏やかになる。開かれた窓は庭に繋がっており、手入れの行き届いた緑の芝と、その奥にはつるバラのアーチが見えていた。時期が外れているため、今は葉だけが、かすかに灯りの中で影を作っていた。


 残念ながら、馬車は見られそうにない。一通り会場を回り、めぼしい宝石にも出会えなかった。ユミルがいれば会いに行くのだが、彼女は滅多に夜会に出席しない。厳選してあえて自分の価値を高める戦略だと言いつつ、半分は面倒くさいだけだといつかこぼしていた。ゴーイル家の末妹だからこそできる技だ。


 彼女がいれば、それはそれは見事な宝石に出会える可能性はあったのだが。


 帰ろう、と決心した。踵を返したところで、すぐそばに人がいたことに、驚いて後ずさってしまった。叫び声は飲み込んだ。可愛く「きゃっ」では済まないので。


「――失礼、ミリア・ハース嬢」

「……はい?」


 ゆるくうねる金色の髪、瞳は青。装飾を見ても、特徴……見覚えのある宝石はなかった。もちろん、ウォレンを見慣れたミリアからしても、相手は十分に整った顔立ちだった。人形のように儚げなのは、少しユミルと通じるところがある。気弱そう、という印象はない。


「申し訳ありません、どちら様でしょう」


 正直に尋ねると、落胆した表情になった。やはり一度は面識がありそうだ。


「……前の一時を、お忘れになられましたか? 同じ月が浮かんでいたのですが」


 おそらく、一か月ほど前にあった夜会でダンスの相手になってもらったのだろう。主催者が誰だったかは覚えていないが、誰かが変彩柘榴石(カラーガーネット)を手に入れたという話を耳にして、出かけた。その時も確か、本物にはお目にかかれず、どこかの伯爵家が手に入れた真珠を見せてもらい、満足して帰った記憶がある。


 誰かと踊ったかどうかは……思い出せなかった。







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