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「ミリア。会えたのは嬉しいのだけれど、あなた、あまり学院に来ない方がいいかもしれないわ」

「どうして? 一応二学期からは、真面目に来るつもりだったのだけど」

「騒がしくなるから」


 声は細いし表情はほんのりと笑みが浮かんだまま、ばっさりと言い捨てた。貴族然とした優雅さが、本当に見事だった。


 秘められた瞳の強い意志と誇りは、青い月長石(ムーンストーン)の奥の奥の輝きにも、青金剛石(ブルーダイヤモンド)の光を見逃した時のようにも思える。

 本当に、ごく薄く水と同じ青に色づいた宝石は、どちらもなかなかお目にかかれない幻で……


「……ミリア、戻ってきて」

「あら?」

「相変わらずね、本当に」


 考え事が過ぎたせいで、黙り込んでしまったらしい。ユミルの微笑が、本物になって少しの困惑を浮かべた。


「貴方くらいよ、私の前で無防備に考え事をするのは」

「ごめんなさいユミル。それで……騒がしいのは、本のせいなの?」

「ええ……それもあるけれど」

「他にもあるの?」

「……ミリアの本は、とても興味深かったわ」


 どうやらあまり説明はしたくないようだ。ミリアも、ありがとうとお礼を返すだけにする。


「ユミルは興味ないと思ったけれど、そう言ってもらえると嬉しいわ」

「宝石は、好きでも嫌いでもないの」


 重いんだもの、と伏し目がちに嘆くユミルは、見た目の通り非力さだ。時々、貧血や立ちくらみを起こす(振りをする)時もある。


「知っているわ」

「ただ……いろんな想像が出来たから、楽しかったの」


 どんな、とか何を、とは尋ねないのが得策だと、さっきと同じ美しい微笑が教えてくれる。どうやら本には、意図せずにユミルが「面白いもの」を盛り込んでいたらしい。


「それに、ギスレイ家のような人もいるでしょうし」

「ジュリア様は話しかけてくれたのよ?」

「ええ。全然あなたが聞いていなかったから、骨折り損になっていたわね」


 苦情と文句を言いに来たのだと、ユミルの目には明らかだった。宝石を絡めてミリアと話をしても、方向が明後日にずれて飛んでしまうことが多いので、例によって全く伝わっていなかった。宝石さえなければ、普通にミリアはちゃんと「察して」くれる。


「そうだったのね……さりげなく無視をされるのも、本が出たせいなのかしら?」

「無視? どなたが?」

「周りにいた人。さっき、ここに入ってきた時。目が合わなくて、挨拶がしづらかったわ」

「子供みたいなことを……何の得もないのに」

「そう。変、よねえ……」


 ミリアを無視したって、いい事はない。ならば型通りにあいさつを交わしておいた方が無難。そう判断するのが「貴族」だ。感情に繋がるよりも、まず疑問が浮かんでしまうミリアも、ある意味立派な貴族だった。


 なにかほかの原因が、と考えていると、不意に外が騒々しくなった。少し落とした、それでも十分聞こえる人の声のざわめき。不思議な状況に、ミリアはそちらを振り向いた。


 あら、と首を傾げる。


 別にどうってことない場面だった。一人の少女が、左右と後ろの人と楽しそうに会話しながら廊下を通っていく。


 ドレスは派手でもなく、目につく宝石もない。通り過ぎてしまった後姿に流れるピンクブロンドは、まっすぐに背中を覆っていた。


 多分、知らない人。

 ただ、目が離せなかったのは。


「……あの、ユミル?」

「どうしたのミリア」

「今あの……クライド様では……?」

「そうよ」


 尋ねてもいいものか、と思いつつ、廊下とユミルを往復し、普段通りのユミルなことにこれまた変だと首を傾げた。


「なんか……仲がよさそうだったけど……」

「そうね」

「あと、もうお二人、名前忘れたけど、確か……」


 確か、婚約者(ユミルと同じ人)がいるのではなかっただろうか。噂に疎いミリアでもわかるくらい、有名な縁で結ばれていた、はずだ。


「見てしまったなら、仕方ないわね……」


 残念、とユミルが呟く。ということは、とさすがのミリアにも通じるものがあった。


「騒がしくなる原因って……あの方? 見覚えがないのだけれど」

「ミリアはここ最近、学院に来ても上の空だったもの。転入生よ、あの方。一月前くらいね」

「転入生? もう卒業の年なのに?」

「だからよ。アンネ・ラフェル男爵令嬢……ご出身が平民だから、箔付けも兼ねているのかもしれないわ」

「養子なの? てことは……」


 ちょっと言いよどんでしまった先を、ユミルは読み取った。


「いいえ。血の繋がりはないのよ。とても才能があるから、という理由で、きちんと教育を受けさせたいと男爵が入学させたの。確かに成績はずば抜けているわ。あのカロリーナ様と肩を並べる方だもの」


 ふうん、と長い髪の後姿を思い出す。身分と立ち位置にふさわしく、カロリーナ公爵令嬢はいつもミリアなんて比べ物にならないくらい学業に秀でている。同じくらい、がどの程度なのか今一つ実感はないが、引き取られた理由の通り、優秀なことには変わりない。


 けれど、さっきの光景や「原因」の話には繋がらない。

 えーと、言葉に迷うミリアに、ほころぶようにユミルは優しく微笑んだ。


「ミリア、分らないなら考えなくていいのよ」


 ただね、と続けるときには、場合によっては氷柱にも見える白い歯がほんの少し見えた。


「私、今すごくやる気になっているの」

「……」

「出来れば邪魔しないでほしいのだけれど」

「……」


 先ほどと同じ、「何を」と訊いてはいけない言葉。

 ね、ミリア、とそっと腕に手が乗る。冷たくはない。ミリアは……別に怖くはないのだが、周囲にいたはずの人は、いつの間にやら遠ざかっていた。


 これまた、ミリアは返事に困ってしまった。


「……私、ユミルの邪魔をした覚えがないのだけれど?」

「……」

「前例があるなら謝るわ。でも、いつもユミルが何をするか、先読みできたこともないし……今回もなにもしないつもりよ」

「……そうね……」


 そういう所よ、と指摘しても無駄なので、ユミルは微苦笑を浮かべるにとどめた。いきなり毒気を抜かれてしまって、やっぱり、と思わずにはいられない。


 ミリア・ハースは真っ直ぐだ。好きな宝石に、好きなものに、好きなことに。

 人の悪意も害意も、跳ね飛ばして進んでいくし、人の好意や善意をただ受け入れる。


 周囲を鑑みて多くを取捨選択するユミルとはあまりにも対照的だし、選び進む小道が迷路のように入り組んでもいない。

 だから時々羨ましくなり……煩わしい自分の周囲に手を掛けるのが面倒になる。


 けれど……今回の事態をこのまま放置するわけにもいかない。


「ねえ、やっぱり……しばらく学院を休まない?」

「そうね……考えとくわ。なるべく行くって約束しちゃったのよね、ウォレン…シューストン様と」

「……」


 すう、とユミルが真顔になった。

 家名も名前も聞きたくない人間の第一位が、堂々と顔を出したせいだ。

 出てくるとろくなことのない、敵対関係にある侯爵家。


 さらに、ミリアの近くにいれば当たり前のように耳にする名前。

 浮かんだ顔は、すぐに凍らせてばらばらに割ることが出来るのに。


「ミリア」

「なあに」

「学校、休みなさい」


 乗せていた腕の指先に、力を入れてごく近いところで囁く。ささやかな命令は、他の人には絶対有効な最終手段なのだが。


「うーん……」


 ミリアの返答は、鈍い。

 約束したし、休みなさい……という押し問答は、しばらく続いた。





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