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 手にした「招待状」なるものに、一体この後どうしよう、などと考えるのは、たぶん今のところこの国では自分一人だろうな、と埒もないことを考えた。


 表には見事な手蹟の藍色のインクで、間違えようもないミリア・ハースの宛名。

 裏にはこれまた見覚えのありすぎる封蝋。深紅の蜜蝋に、細やかな薔薇がくっきりと浮かんでいる。


 灯りに透かしても、内容は見えないけれど……なんとなく、中身は察している。

 うーん、と開ける前から悩んでしまう理由がそこにあった。


「……さま」


 でもねえ、と独り言が漏れた。開けないのはさすがにまずいだろうか。


「お……さま」


 後で叱られる。いや、この際身内に叱られるのはいい。想定内だ。ミリアをミリアとして認めてくれる彼らは、怒ったとしてもそこまで怖くはない。


「……おじょうさま」


 ただ……ただ。ちょっと想像がつかないのが――


「お・じょ・う・さ・まっ!」

「わあっ!?」


 飛び上がった瞬間に、手から手紙がこぼれ、ひらひらと少し遠い床の上に落ちた。そこに、つま先があって。

 目で追いかけて、ようやく振り返った先に人がいることに、ミリアは遅まきながら気が付いた。


「……ディアナ。いたの」

「いましたとも。お嬢様はわたくしがお呼びしてもお呼びしても、まったくお気づきにならなかっただけでございます」

「ごめんなさい。てっきり一人だと思っていたの」


 侍女のディアナははあ、とよく聞くあきらめの混じったため息をついた。


「お気遣いなく。慣れておりますよ」


 言葉通り、気にした様子もなく年上の侍女は慇懃に腰を折って見せた。ただそれだけの動作だけど、何となく品がある。行儀見習いの侍女なら当然で、貴族であり淑女でもあるのだから、多少ドレスが機能的で装飾がなくたって、言動の一つでどうとでもなってしまう。


 黒い髪には艶があるし、きびきびと動くサファイヤと同じ色の瞳はまず人を惹きつける。これまたいつものようにちょっと見惚れてから……何をしていたんだっけ? とミリアは周囲を見渡した。

そこは……ミリアを良く知る人以外が見れば、十人中十人がとても驚く。


 石だ。

 ミリアが座り込んでいた場所を中心に、床いっぱいに、石が置かれていた。


 宝石、だけではない。不可思議なごつごつとした形の物から、鋭くとがった結晶や鉱石まで、種類は様々だ。

 ざっと百近く。赤、青、黄色。剣に似たもの、角の取れたもの。手のひらに乗る大きさから、箱に入れられた小石のようなもの。さらには、金や鎖で彩られた装飾品までもが混じっている。


 色も形も大きさも、なに一つ同じものがなく、ぱっと見た限りではどんな序列も配列もない。

 一番近くにあったのは、つい最近ミリアの手元に届いたものだ。


「ねえ、ディアナ。しってる? この橄欖石って土の中から出てくるだけじゃなくて、空からもやってくるんですって。東の国の王様が持っているって本当かしら。ここにあるのは南の方から出てきたものだけれど……本当は違うものかもしれないわね。見てみたいと思わない?」


 どことなく夢うつつな言葉に、ディアナはため息を押し殺した。

 いつもの事だが、付き合う時間が今は惜しい。


「まったく存じませんし、あいにくとんと興味もございません。お嬢様、趣味も結構でございますが、もう少し片付けやすくしないと、メイドが可哀そうでございますよ」

「ええその……学院がお休みだと思ったら、つい」


 石を机の上に置きながら、ディアナがちくりとミリアを刺す。同じように片付けながら、確かにちょっと悪かったかしら、とミリアも反省していた。


 ミリアは、「石」が好きだった。

 正確には、輝く宝石が一番好きだ。


 真贋を見分ける力はもちろんあるし、宝飾品の批評だって、社交界ではちょっと名が知れるほど。ミリア・ハースが認めたアクセサリーは、一晩の夜会で注目の的になれると噂されるし、事実そうなったこともある。


 話せと言われれば一晩中、書けと言われなくてもその手のメモや考え事を書いた紙などは自室の書棚にたまっているくらいある。


 ミリア自身は、身を飾ることにはさほど興味がないから、宝飾品は「観賞用」で、一目見ればまず満足する。所有欲はないので、同じものが欲しくなったりはしない。

 

 けれど、だれそれが珍しい宝石を手に入れたと聞けば夜会には出かけるから、変な呼び名までついた。


 ――宝石姫。


 夜会に出れば、親しみとからかいの両面で、そんな風に呼ばれる。

 あとは、時々。


 ――石愛ずるハースの魔女。


 少し揶揄される方に傾けば、物騒になる。


 さらに、ミリアの石好きは、ごく普通の人の「宝石好き」や「装飾品好き」の範疇には収まらない。領地が鉱脈を有していたこともあり、興味は宝石の原石、さらには鉱物へと広がっていた。


 いつから、と聞かれても困るほどだ。

 小さい頃から、としか答えようがない。


 宝石は、夜会で見られる。

 が、鉱物は、そうもいかない。


 珍しいものは見たいし、触りたい。ルーペでぜひ観察したい。けれど、そのためには購入するしか、取れる手段がない。


 結果として、ミリアは変わった形や色の石を収集する、変わり者の伯爵令嬢としても有名だった。








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