エト視点本編二話目『呪』
最も信頼していたファイサル国王に裏切られたエト。傷ついたエトを保護したのは一層に住む一人の青年だった。第一話はエトと青年との出会いまでの物語。
※ダークファンタジー要素強め
一層→魔術師が大半を占める
二層→人間界
三層→魔界
詳しい設定→ https://tartu-riri.webnode.jp
本編 第三部 〜エト視点 第二話〜
『呪』
バタバタと走ってくる音がしたかと思うと、乱暴に戸が開かれる。入って来た金髪の少女は涙を溜めた大きな瞳にオレの姿を映し、直後勢いよく抱きついてきた。
「エト‼︎」
「ヒ、ヒビキ?」
ここが槍術師の拠点だと聞いてもしかしたらと思ってたけど、会えて良かった。金糸雀響、勝気で優しいオレの友達。
「良かった・・・! 怪我をして門の前で倒れてたって、治療しても意識が戻らないって聞いて、私心配でっ、このまま目を覚まさなかったらどうしようって思って・・・!」
少し癖の入った長い金髪がくすぐったい。あったかくて懐かしいにおい。心配してくれてたんだ・・・息を詰まらせながら話す友の姿に胸がじんと熱くなる。知らない環境で気を張っていたせいか、親しい知人が居たことに少しほっとする。
「病み上がりに君のハグは強烈なんじゃない?」
ヒビキを追うように後から入って来たヒエンが苦笑いしながら言う。
「兄様! レディに対して失礼じゃない?」
「にいさま?」
引っかかった単語を口にすると、ヒエンは肩をすくめた。
「兄といっても実の兄妹ってわけじゃないんだ」
その台詞にヒビキが不満そうに頬を膨らませる。
「兄様ってば薄情だわ! 私は兄様のこと本当の兄のように思っているのに」
「勿論俺だってそうだよ。ここに暮らしているみんなが俺の家族さ」
「ヒビキもここに住んでるの?」
「ええ。私達の他にあと三人いるんだけど」
「槍術師ってそんなに少ないの?」
拠点だというからある程度人員は揃っているものかと思っていた。確かに人の気配の少なさは感じていたけど。組織ってよくわからない。王宮みたいに護衛とかも居ないんだ。
「槍術師は十人しかいないの。拠点は二箇所、五人ずつに分かれて暮らしているわ」
「俺はここの管理者で、通信と司令が俺の役目。広い家だし、落ち着くまでここに居てくれて構わないよ」
「いいのか?」
「大した事じゃないさ。それに今の君には休息が必要だ」
有り難い申し出だけど、些か不用心にも感じる。家族の友人といっても、オレは赤の他人なのに。
「兄様、鈍感だし不器用なところもあるけど、すっごく優しくて甘々だから安心していいわよ」
「聞こえてるよヒビキ」
「ふふっ 後で私の部屋も案内するわ。書類片付けたらまた来るから待っててね」
「うん。ありがと」
ヒビキも聞きたいことはいっぱいある筈なのに。オレのこと考えてくれたのかな。すぐ済むからと言い残し、手を振って部屋を出て行った。変わってないな。賑やかなヒビキが居なくなると部屋が静かに感じる。
「お腹空いただろ? パンとスープで良ければすぐ持ってこれるけど、食べれそう?」
「スープだけでいい」
「わかった。取りに行くから待ってて」
“パン”か。オレの正体、もうバレてるものと思ってたんだけど。でも喉も渇いてきたとこだったから丁度良かった。
暫くすると、スープ皿とスプーンを乗せた盆を持ってヒエンが戻ってきた。盆をテーブルに置き、自身もオレの正面に腰掛ける。
「どうぞ」
「ありがとう」
ほんのりと湯気が立っているスープをそっと口に含むと、暖かいスープがじんわりと身体に染み渡っていく。
「・・・あったかい」
具が溶け込んだとろみのあるスープは、甘くて優しい味がした。
「美味しい?」
コクリと頷くと「よかった」と安心したように微笑んだ。
ヒエンは、親切で優しい人間だ。少なくとも敵ではないと思う。だけど、ヒビキと親しいからといってオレにとっても味方であるとは限らない。勿論助けて貰った恩は感じているが、今は自分のことで精一杯だ。
「オレのこと、どれぐらい調べた?」
空になったスープ皿を置き、頬杖をついてこちらを見ていた男に訊ねると彼はあからさまに困った表情をしてみせた。
わざわざ早急に確認したのには理由がある。オレの正体、竜族であることを知られているか否かで、今後の身の振り方が変わるからだ。王宮でもオレとルカが竜族だと知っているのはファイサル王と、ラシード先生をはじめ一部の近しい者だけだった。勿論ヒビキにも明かせなかった事だ。“人間は力を畏れ、同時に力を欲する生き物だから隠せるなら隠しておいた方がいい”そう口を酸っぱくして言われたっけ。オレたち戦闘種族の力を利用したがる奴等は五万といる。そんな輩から狙われる危険を減らすためなんだろうけど、半端に知られるくらいなら早めにハッキリさせておきたい。
「まいったな・・・黙っておくつもりじゃなかったんだけど。君から切り出されるとは思ってなかった」
「別に。調べられてて当然だと思っただけ」
オレが逆の立場ならそうしただろうし。
「わかった。順を追って話そう」
そう言ってヒエンは観念したように事の経緯を話し出した。
「君を保護した日、俺は仕事で門の近くに来ていたんだ。用事が済んで帰るとこだったんだけど、その時一緒にいた鼻の利く友人が血の匂いを嗅ぎつけてね。辿った先に君がいた。とにかく出血が酷くて一刻を争う状況だった。傷口が深くて止血は追いつきそうになかったし、治癒魔法は専門外だしで焦ったよ。世界樹の樹液の力でなんとか傷は塞がったんだけど、専門家に診て貰った方が良いだろうって事で治癒魔法の講師をしてる友人に来てもらったんだ。そして診て貰った時に君の背中全体に残っている術の痕跡に気がついた。後から調べて貰ったんだけど『魔人が使う魔力封印の陣に似ている』って事と『人間には使われることのない術』だって事しかわからなかった。オレが調べた内容はこれで全部」
「簡潔に言うと、君の正体や君が受けた術について調べた事は事実。でも実際何一つ確証は得られなかった。勝手に調べたことは謝るよ」
「はじめから責めるつもりはない。それにちゃんと礼も言えてなかった。助けてくれてありがとう」
「はは、改まると照れるな」
そう言ってヘラりと笑って見せたが、すぐに真剣な表情に戻り、オレの方に向き直った。
「エト、俺は君のことが知りたい。でも無理に聞き出そうとは思ってない。君の心に負担を掛けてしまわないか心配なんだ。これ以上詮索しないで欲しいと言うなら、君の意思を尊重しようと思ってる」
ヒエンは真っ直ぐにオレの目を見てそう告げた。向こうには調べる術がある。正体が知られるのも時間の問題であることは明白。隠したところでどうにもならない。
「いい」
「え?」
「なんでも訊いてくれて構わない」
「脅してるわけじゃないんだよ?」
オレの返事にヒエンは呆気にとられたような表情をする。それにしても表情がころころ変わる男だ。
「お前が知りたいと言ったんじゃないか」
自分の方が圧倒的に有利な状況にいるというのに変な奴。
「合理的なんだね」
「立場はわきまえてるつもりだ。現状オレはお前に頼る他ない」
「そっか。じゃあ俺が調べた情報を提示するから、補足をして欲しい」
「わかった」
「金糸雀から君のことをいくつか聞いたけど、君の正体については分からなかった。君は長く人間界に居たようだけど、ヒトではないね」
頷いて答える。
「君の身体を診て貰ったけど、俺が知るどの種族の特徴にも当てはまらなかった。君は一体なに?」
「竜族だ。兄妹以外の同族には会った事がないから特徴についてはよくわからないけど。双子で産まれたオレたちは他の竜族と少し違っていると言われた事がある」
「竜族・・・そうか、本当に・・・!」
「信じるか信じないかは勝手だ」
「君の背中の紋様、術式に詳しい人に調べて貰ったけど、さっき言った通り魔力を封印するものって事しか分かってない。その印を受けたのは君の意志なのかな? しかもその陣は不完全なもの。君の傷を見た時に、どうしても君が自ら望んでそうなったとは思えなかった」
魔力の、封印・・・? 違う、それだけじゃない。半端になったのはオレが抵抗したからで、その陣はきっと、オレの竜族としての力を封じるためのものだ。わからない。わからないよ。ファイはなんでオレにこんな術を・・・
「エト、エト? 大丈夫?」
「あ、」
はっと我に帰ると、ヒエンが心配そうにオレの顔を覗き込んでいた。
「真っ青だ」
「・・・」
「ごめん、エト。話したくない事は話さなくていい。嫌な思いをさせてしまったね。少し休もう」
「・・・っ」
咄嗟に裾を掴み、部屋を出ようとするヒエンを引き留める。
「エト?」
「・・・一つ、頼みがある」
「うん。言ってごらん」
「オレの双子の兄妹が魔法学校に通ってる。名前はルカ。どうしても連絡を取りたいんだけど、できる?」
「へぇ 魔法学校か。あそこの制度は独特で、寮生への干渉は迂闊に出来ないよう厳しく定められてる。ちょっと難しいけど、君のことを診てくれた友人がそこで治癒魔法の講師をしていてね。彼に頼んでみよう」
「ありがとう」
「構わないよ。金糸雀も心配していた。出来る限り力になろう。早速連絡を入れてみるよ」
そう言ってヒエンは部屋を後にし、オレは一人になった部屋でふぅと息を吐いた。色々な事がいっぺんに起こって頭の整理が追いつかない。深く考えていると頭がグラグラして目の前が真っ暗になっていく。運よく命拾いして、友人とも再会出来てよかった筈なのに、心はずっしりと重いままだ。人を疑う事にも慣れない。本当は誰かに縋りたくて、助けを求めたくて堪らない。今まではずっと、信頼出来る仲間と大好きな家族がいつも側に居てくれた。オレはなんでここにいるんだろう。ファイがあの時オレに向けた顔。憎しみ、悲しみ、怒り、諦め、いろんなものがぐちゃぐちゃに合わさったような瞳に、表現し難い狂気を感じた。あの目を見た瞬間、貫くような視線に現実を受け入れるしかなくなった。なぜこんなことになったのか、理由が知りたい。そのためにもまず、ルカとイェルクにこの事を伝えないと。二人が知らずに王の元に戻ったらと考えるだけでゾッとする。ルカのことだ。話を聞いた途端王に直接問い詰めに行く可能性だってある。そうなったら止めなくちゃ。オレは報復したいんじゃないし、して欲しいわけでもないから。今はただ、胸が苦しい。
Twitter→ @EtoRuka7
[次話予告]
緋焔に保護されているエトは彼の協力のもと、双子の兄妹ルカとの再会を果たす。悩んだ末にエトが導き出した己の居場所とは。
次話 『決断』