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第三部  作者: ゆーる
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エト視点本編一話目『悪夢』

最も信頼していたファイサル国王に裏切られたエト。傷ついたエトを保護したのは一層に住む一人の青年だった。第一話はエトと青年との出会いまでの物語。

※ダークファンタジー要素強め


一層→魔術師が大半を占める

二層→人間界

三層→魔界


詳しい設定→ https://tartu-riri.webnode.jp

本編 第三部 〜エト視点〜


『悪夢』


こわい

わからない

どうして

目の前のこの人は、よく知る人の筈なのに

どうして全然知らない目でオレを見るの?

尊敬していた

信頼していた

なのに、なんで?


痛い、きもちわるい、こわい、助けて!

助けて‼︎

「・・・っ‼︎」


勢いよく起き上がり、胸に手を当てる。息が上がり、ドクドクと心臓が脈打って、胸元をぎゅっと握りしめた。

夢じゃない・・・

傷は消えているし痛みもない。けれど身体に残っている強烈な違和感が、これは現実だと突き付けてくる。ただの悪夢だったのならどんなに良かったか。


きもちわるい


全身を掻きむしりたい衝動に駆られ、自らの肩をキツく抱いた。

オレは逃げて来た。あの場所から、彼から逃げて来た。

尊敬していた、大好きだった。いつも優しく笑っていた彼。見ず知らずのオレたちを王宮に招き、生き抜くための知識をくれた恩人。けれどあの日、全てがガラガラと音を立てて崩れてしまった。



---あの晩、王に呼び出された。急な呼び出しはよくある事で、別段気に留める事もなく、約束通りの時間に彼の私室へと足を運んだ。

「ファイ、来たよ」

扉をノックして声を掛けると、入りなさいと返答があった。

重厚な扉を開け、中へ入ると奥の椅子に腰掛けた彼が目に入る。

もう夜も深い時間だというのに、未だ堅苦しい正装を纏ったままだ。たまにしか使わない眼鏡を掛けて分厚い書物を睨んでいる。

要件はわからないが邪魔にはなりたくない。そう思い「また今度にする?」と尋ねるとファイは書物に目を通したまま「直ぐに済むから大丈夫。少し待ってて」と言った。

閉めた扉に背を預けて待っていると、暫くして息を吐きながらファイが立ち上がった。

眼鏡を机に置き、オレの顔を見て困ったように笑った。

いつもと様子が違う。なんの根拠もなくそう感じたのは只の勘に過ぎなかった。

「待たせてしまってすまないね。ギリギリまでかかってしまったよ」

「別に。暇だし平気。ファイこそ仕事お疲れ様」

「ありがとう。どうしても見せたいものがあってね。こっちへ来てくれるかな」

そう言ってファイは、左奥の書斎へと繋がる扉を開け、中に入るよう促した。

王の書斎。ファイの私室とは繋がっているものの、一度も入った事のない部屋だ。

全体が高い本棚に囲まれていて圧迫感がある。窓もないようで、壁の蝋燭の灯りだけが頼りの薄暗い部屋だ。

背後で扉が閉まる音がした。

「ファイ?」

振り返ったオレは、蝋燭に薄く照らされたファイの表情に息を飲んだ。

刹那、襲ったのは重く鈍い痛み。

「が、ぁッッッ⁉︎」

全身に走った鋭い刺激と、腹部の熱で、思考すらままならない。


一体何が、何が起きた?

もがき苦しむような痛みの渦の中、それすら叶わない事に気づく。

身体が動かない。

ここに来てようやく、自分の腹部に視線を落とした。

「え」

腕が、

ファイの右腕が、深々と自分の腹を抉って、

状況の飲み込めない頭が、ブツブツと呟くファイの声を聞いた。

「まっ・・・もど・・・の・・・かい」

口から漏れでたかのような言葉は繋がりがなく、痛みで遠のく意識では、ただ漠然と聞くことしか出来なかった。

「なん、で」

微かに出た声も彼には届かず、彼の呟く言葉は、やがて確たる意思を持った詠唱へと変わった。

その呪文に呼応するように床、天井周囲の壁に禍々しい陣が浮かび上がり、部屋全体が術の陣になっている事に気づく。

陣が紫の光を放ち、完全に術中にハマっていることを認識しても尚、オレは目の前の現実を受け入れられずにいた。


脳内で困惑が恐怖へと、そして腹部から発せられた強烈な感覚に支配された。

それは身の内の不快感、言葉にし得ない程のなにかが、身体の中で暴れ回り、声にならない叫びに変わる。

脳に警鐘が鳴り響いた。

止めなければ!

本能に近い抗いが、自身の腹部を貫いたままの彼の右腕を、払った。


ぽっかりと空いた腹部の大きな穴からはぼたぼたと赤黒い血が滴り落ちる。

詠唱を止めたファイは、初めて抵抗を見せたオレに驚く素振りもなく、赤黒く染まる自身の右手を見つめていた。


傷口が燃えるように熱い。

数歩後ろによろめき、片膝をつく。

出血が多い。このままでは保たない。

そう時が立たないうちに確実に・・・


「ああ、駄目だよエト。拒んでしまっては」

頭上から降ってきた声は、まるで何でもない日常のやりとりのような柔らかな口調(もの)

見上げた先で、穏やかに嗤う彼の姿は狂気そのもののようで、痛みが遠ざかる程の恐怖に背筋が凍った。

逃げなければ、ここから、今すぐに‼︎

力の入らない足を奮い立たせ、逃亡を決意した瞬間、足元浮かんだのは新たな陣。

「っ⁉︎」

「この陣の中にいる限り、失血死する事は無いから安心しなさい。けれどいけない子だね。半端になってしまったよ。崩れた部分の術式を修復するまでいい子にしているんだよ?」

「あ、あ・・・・」

いつもと変わらない穏やかな口調で、優しい表情を浮かべて「逃げると死ぬ」そう言っているんだ。

でも、逃げなければ・・・

逃げなければ、オレは、どうなるんだろう。

「ルカ・・・イェルク・・・」

書斎から出て行くファイの背中を見つめながら、辛うじて保たれていたオレの意識はふっと途切れた。


丸一日、ぐらいは経っただろうか。

ぐったりとして力の入らない身体、失血で思考のまとまらない脳内。現状を打破する策も無く、オレは半ば諦めてしまっていた。

陣から出ると死ぬ、か。

理由はわからないが、ファイはオレを殺すつもりでは無いらしい。“術式の修復”恐らくその準備が整い次第、またファイは此処へ来る。

けれど本能が告げる。あの術は完成させてはいけないと。

けどどうする?

自分が何をされたのか、彼が何をしようとしているのか。何一つ見当が付かない。オレはこんなにも無力で、無知だ。

やるせなさに涙が溢れる。

ここから逃げたい。


唇を噛み締め途方に暮れていた最中、カチリと静かな室内に小さく金属音が響いた。

心臓が跳ねる。

足音がしなかった。気配を消して忍んで来た所から察するに、ファイではない誰か。

一体誰が?

視界の隅でキィと静かに扉が薄く開く。

周囲を警戒しつつ現れた初老の男性は、オレを見るなり青ざめた顔で駆け寄って来た。

ラシード先生。元軍人でオレに戦術を教えてくれている先生だ。見知った人の姿に緊張の糸が僅かに緩む。

けれど、どうしてここが分かったのだろう。

「せん、せ」

「・・・ああ。エト」

掠れ声で呼ぶと、先生は辛そうに顔を歪めてオレの名を呼んだ。

「訓練の時間に姿を見せなかったものだから、何かあったのではないかと・・・お前が訓練をサボる事なんて滅多にないだろう?」

心配して、探してくれたんだ。

「王には訊かなかった。悪い予感がしていた。その判断は、正しかった」

先生はオレの傍に屈み、絞り出すように話し出した。

「三十年前、彼女を亡くしたあの日から、王の心は壊れていった。優しい王の仮面を貼り付けたまま、少しずつ。昔から王をよく知る私達は、それを知りながら目を逸らし、気づかないふりをしてしまったんだ・・・すまない。すまないエト。お前をこんな目に合わせてしまったのは、王を止められなかったのは私達だ」

消え入りそうな声で続ける。

「お前には全てを知る権利がある。だが経緯を語る言葉を、私は持ち得ない・・・説明するには余りに複雑で、私では到底伝えきることは不可能だ。いずれは知ることも叶うだろう。だから今は、お前を逃しに来た」

そう言って懐から取り出したのは、手の平大の透明な石。

「それ・・・」

花の入った転移用のクリスタル。前に金糸雀から貰ったものだ。

「お前の部屋から持ち出した。これで一層へ行くんだ。王から逃げるにはこれしか方法がない」

一層? 逃がすため? 一体何を・・・

「転移門を潜れば必ず助けが来る。時間がない。こんな方法になった事を詫びる」

そう言ってクリスタルをオレの手に握らせた。

リンゴンと、時刻を伝える王宮の鐘が鳴り響いた。もしファイが戻って来て、先生がオレを逃がした事を知ったら、先生はどうなる?

「せんせっ・・・!」

「さぁ行きなさい、私の可愛い教え子よ。私の事は気にしなくていい。どうか、どうか無事に生きのびてくれ」

悲しげに微笑んだ後、転移の呪文を叫んだ。


“リート・ムダールセ 転移・一層!”


その瞬間、握ったクリスタルから緑色の光が溢れ、身体が枝のようなものに包まれた。

転移による強い力の渦に呑まれ、オレは再び意識を手放した。



---やっとの思いで荒れた呼吸を整え、自身の置かれている状況を認識するため、ゆっくりと起き上がり周囲を見渡す。知らない場所。見覚えのない服。見たことのない造りの建物。恐らく一層のどこかだろう。部屋にはオレ一人、拘束もされていない。窓は一つ、扉に鍵はかかってないし、結界が張ってある気配もない。建物内に人の気配は、近くには二、三人くらいか。

自分が寝かされていた布団とは別にもう一式、乱雑に捲られたままの布団が目に入る。

他に誰か居たのだろうか、触れると僅かに温もりが残っていた。


身の危険が無いことに安堵しかけた最中、とんとんと近づいてくる足音にビクリとする。大股でこちらへ向かって来る足音は一人分。この布団の主だろうか。殺気は感じられないが、無意識にも全身は緊張し手足に力が入る。足音は扉の前で止まり、横開きの戸がガラリと開かれた。


入って来た男はオレの姿に少し驚いた後、にこりと笑って「おはよう」と言った。

風呂に入って来たのか、濡れたままの髪。薄い着物にタオルを首に掛けただけという、余りにも生活感のある姿に若干呆気に取られる。毒気を削がれたような気になりつつも、注意深く男の様子を伺う。

深い赤の髪に同じ色の瞳。人間に見えるが、不思議な気配がする。似た気配を前にも感じた事があるような気がする。

「驚かせてごめんね。俺は緋焔。怪我をして倒れていた君を見つけて俺の家に運んだんだ」

オレの警戒心を緩める為か、距離はそのままに話しかけて来た。

「痛い所は?」

首を振って答えると、ヒエンと名乗った男はホッとしたような表情で「良かった」と微笑んだ。

「名前はなんて呼べば良いかな」

「・・・・・エト」

「エトで良いかな? 俺のことは緋焔で構わないから」

男はそう言うと戸の側に腰を下ろして「槍術師って聞いた事はある?」と続けた。そうじゅつし、聞き覚えがある。記憶を辿っていると二年くらい前に知り合った友の顔が浮かんだ。そうだ、カナリアから聞いたんだ。槍術師、確か転移門の近くに本拠地を置いている組織だ。

「ここは一層、槍術師の拠点の一つで『蘇芳棟』って建物の中だ。この部屋は自由に使ってくれて構わないよ」

なるほど、妙な気配にも合点がいく。確か槍術師は“元”人間。オレと同じヒトでないもの。詳しくはわからないが、敵ではない、と思って良いのだろうか。少なくとも敵意は感じない事だし、と考えを巡らせていた矢先、チリンチリンと電子音が鳴り響いた。

「おっと、ごめんね。俺は隣の部屋に居るから何かあったら声掛けて」

少しびっくりしたが、どうやら通信が入ったようだ。ヒエンはいそいそと立ち上がり、隣の部屋に入っていった。

カナリアの事は知っているだろうか。

「ルカ・・・」

魔法学校に入学するため一年前に一層へ旅立った双子の兄弟。ルカに会って、伝えねばならない。卒業まで校外には出られないと言っていたから、ファイの元に戻る事は無いだろう。けれど・・・

「会いたい」

自分がこんなに弱いなんて知らなかった。心が折れてしまいそうだ。これからのことも、何もかもが不安で潰れそうになる。優しく介抱してくれた人の事でさえ、今は信じられそうにない。考える程、癒えている筈の腹の傷が悲鳴を上げるようで、うずくまって固く目を閉じた。

Twitter→ @EtoRuka7


[次話予告]

ファイサルによりエトに施された呪術の正体。それが明らかになり、深刻な現状が浮かび上がる。

次話 『呪』

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