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魔王のいる日常  作者: 境一
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現行犯、バイトを始める

「よう!新人君!調子はどうだ?」

声を掛けられたので、見てみると、バイト先の先輩殿が軽く手を挙げている。

「うむ。順調である。ホットスナックの補充も先程済ませたし、棚出しも完了した」

仕事の報告をしてやる。先輩殿は、ウォークインの中に入っていたらしく、夏場だと言うのにダウンのジャケットを着込んでおる。

棚出しというのは、店の商品が少なくなった場合、補充する仕事。ウォークインとは、飲み物を冷やしている巨大な冷蔵庫のことだ。ウォークインは、表からでは無く、裏側から入り込んで商品の補充を行う。

そのため、夏場でも暫く冷えた場所に(こも)ることになるので、上着は必須なのだ。

我輩、現在はバイトの身分である。何故、こんな事になったかと言えば、事の起こりは一昨日の晩に(さかのぼ)る。


「ふんふふ〜ん♪」

風呂上がりに上機嫌でキッチンへ向かう勇者。それを尻目に我輩は先程、鹵獲(ろかく)したアイスという氷菓を頬張る。

この世界は、我輩がおった所より、食も技術もあらゆる面で優れている。

魔道具と異なり、魔力の有無に関わらず、誰でも扱える電化製品と言う物には心底驚いた。食にしても、ただ、腹に収めるだけではなく、嗜好品(しこうひん)飽食(ほうしょく)し、一つの娯楽へと昇華されておるのが素晴らしい。

まぁ、何が言いたいかと言えば、アイスおいしい。となるのだが。

「ああ!」

この世の終わりみたいな声が上がる。何かと思ってキッチンへと目を向けると、

「わ、私のアイスが‼︎ハーゲン◯ッツが‼︎」

あ…何か嫌な予感がする。我輩は自分で言うのも何だが、学習能力は高いのだ。

よって、こっそり足音を殺して、玄関へと…

『ダンッ』

足元に聖剣が生えておる。後一歩踏み出しておれば、足に刺さっておったであろう。

「ひふぁま!なにをふる!」

「ドヤかましいわ‼︎現行犯‼︎」

勇者は指を突き付け、

「私がせっかく、お風呂上がりに楽しみにしてたアイスを!よくも!よぐむぉ!」

後半涙目になっておるが、そこまで怒らずとも良いだろうに

「待て。話せば判る。人類の歴史は争いの歴史。それを糧として、話し合いへの道を模索すべきではないかと」

「だらっしゃあ!」

言葉の途中でラリアットを喰らって仕舞う。勇者の本気とは恐ろしい。HPの半分を持っていかれた。

しかも、(くわ)えていたアイスの棒が咽喉(いんこう)に刺さり、追加ダメージも発生する。

「げほげほ。落ち着けと言うとろうが!あ、いや、落ち着いて下さい。お願いします」

同じ構えをとる小娘に頭を下げる。何故(なにゆえ)我輩が頭など下げねばならんのだろうか。

釈然としないながらも、どうやら勇者の機嫌が治った…というか、とりあえずのところ、話に耳を傾ける姿勢にはなった様である。

「何さ?遺言でもあれば聞いてあげるけど?」

「アイス一つで!我輩殺されるの‼︎」

何処の蛮族かと

「元々、あっちでは死んだことになってるんだから、別にいいっしょ?」

ヘラッとした笑みで勇者はいうが、

「待て待て!さすがに魔王の死因が「アイス」では納得いかん!」

「大丈夫よ〜。死因が「天ぷらとスイカ」っていう将軍様もいる訳だし」

どこの初代様の話をしておるか!そもそも、人間と魔族では頑強さが雲泥の差なのだぞ‼︎

声に出すのは怖…いや、恐ろし…でもなく、とにかくやめておく。

「今回の件は、我輩が全面的に悪かったと認めよう!すまぬ!」

「で?」

え?なにこれ?一言だけしか反応が無いのが恐ろし…くはないが、何かアレだ。

「え?いや、あの、どうすれば許して頂けるので?」

判らぬことを長々と考えても仕方なかろう。素直なのも我輩の美点なのだ。

それにしても、風呂から上がって暫く経つというに、何だ?この汗は。暑くも無いのにとまらぬのが不快である。

「はぁ」

ため息をついて、臨戦態勢を解く勇者。こやつ、最近ため息が多くはなかろうか?幸せが逃げてしまうぞ?

「まぁ、やっちゃったもんは仕方ないわね。ほれ」

手を伸ばしてくるので、半分程食べたアイスを差し出す。

それを食しながら、

「仕方ないから、同じのを弁償してくれたら許してあげる」

(のたま)う。こやつ、何様のつもりだろうか?

「うむ。判った」

今度はこちらが手を出すと

「ん?なにその手?手相でも見て欲しいの?」

「いや、そうではなく、買って来るので、代金を請求したいのだが?」

「なにを悪気なく言ってんの‼︎自分で稼ぎなさい!」

「えー」

正直面倒い。

我輩の態度を見て、またもや臨戦態勢に移行したので、

「イエスマム!」

という返事をするしかなくなった我輩なのである。


ということがあり、バイトに精を出している次第である。

「しっかし、新人君は覚えが早ぇなぁ。俺なんか覚えんのに2ヶ月はかかったぜ」

ふん。下等な人間種と同じと思って貰っては困る。

が、まぁ、褒められるのは気分が良いので、

「あざーっす」

礼を返しておく。

「新人君は何処住みよ?」

客が居ないので、少しばかり談話に付き合ってやることとしよう。魔王サービスというものだ。

「近所の団地だ。ほれ、ここからでも見えるであろう?」

「ああ、あそこに住んでんのか。通勤楽でいいじゃん。俺なんかチャリで15分はかかるんだよ。マジパネェ」

チャリオットで15分だと?確かにそれは遠いな。しかし、何処にも停めて居なかったと思うのだが…

「先輩殿よ。バイト中、馬はどうしておられるのか?」

疑問に思ったので、訊いてみる。

「あ?馬?ああ、なんだ。新人君もそっち、興味ある系?」

「うむ」

「んだよ。仲間じゃん。ナッカーマ」

何やら不明な呪文を唱えて両手を上に突き出す先輩殿。この世界の信仰かなにかだろうか?

「あ〜。ハイタッチ(こういうの)は恥ずかしい系か〜。おけおけ」

桶がどうしたというのだろうか?たまに先輩殿が何を言っているのか判らぬ。

「とりま、それはいいとしてさ。馬っしょ?やっぱ、今回はサンプラザが来るっぽいんよね」

サンプラザが来る?サンプラザとは、中野に屹立(きつりつ)している物では無かっただろうか?

「え?あれが?」

「そうそう。アレが‼︎あんま調子良く無かったっぽいけど、今回は好調ぽいんよね」

サンプラザは好調だと動くのか。覚えておこう。

「(横浜スーパー)アリーナはどうなのだろうか?」

「アリーノ?あー。ダメなんじゃね?大穴だし」

ほほう。誰ぞが大穴を開けてしまったのか。分厚いコンクリートに穴を開けるなぞ、四天王の誰かもこちらに来ているのやもしれぬな。

「「らっしゃぁっせぇ」」

談話を続けておったが、客が来たので、一時中断する。先輩殿は見た目はチャラいが、こういうところはプロ意識での切り替えが早い。我輩も見習わねば。

「あら。まー君!ここで働いてたの?」

やって来たのは、おシズさんだった。

「うむ。今日から世話になっておる」

「あらあら。そうなの。梅さんにも教えなきゃ」

暫く世間話をし、おシズさんは煎餅と汁粉うどんを買って帰った。

なんだ?汁粉うどんって?美味いのだろうか?今度、試してみるか。

「新人君、やるじゃん!お得意さん一号獲得じゃん」

我が事の様に喜んでくれる先輩殿。割といい人だ。

とまぁ、我輩のバイト生活も満更でもなく始まったのだ。

「マーダ。もうすぐバイト終わるんでしょ?」

バイトの終わり間近で、家主が入店する。会社帰りに立ち寄ったらしく、スーツのままだ。

「うむ。残り20分といったところか」

「OK。んじゃ、ちょっと待ってる」

ということで、この日は一緒に帰る事になった。

後日、というか、翌日のバイトで、先輩殿に

「新人君超ヤベェ。あのベッピンさん誰よ?」

と詰め寄られたのには少しばかり閉口したが、

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