V.Sコロニー118 前
ドギー・ハウスからのオーダーは簡単だ。
インセクトゥムの巣を壊せ。
巣の規模は小。ただし、本格的に拠点を作るつもりなのか、上位個体である巨大ダンゴムシ、アーマーロールの姿が確認されている。
自腹を切るのならば、他の傭兵を雇っても良いと言うことだったので、イービィーも連れ立ってきた。ルドに至ってはデビュー戦だ。
「デビュー戦でアーマーロールが相手とはルドは大物だな!」
――ひゃん!
そんな一人と一匹は少しだけ仲良くなっていた。
ここ数日間、ルドの餌やりをイービィーが担当していたからだろう。ルドはイービィーを『ごはんのひと』と認識したようだ。
そんな一人と一匹を放置し、僕は双眼鏡を覗き込む。インセクトゥムの戦車とも言えるアーマーロールが確かに見えた。ダンゴムシの様に見えるが触角は無い。
外殻に所々鎧の様に固い部分が見て取れる。資料によると、あの奥が弱点らしい。だが、その厚くなった鎧の様な外殻は僕の手持ちでは撃ち抜けない。徹甲弾に変える程度の小細工では駄目だ。銃から変えなければならない。だが、そんな金は無い。無いのだから仕方が無い。別の手段を考えよう。
「イービィー、君のスキルが知りたい」
「スキル? あぁ、何かお前らが決めてる奴だよな? 調べたことが無いからわからんな」
「そうか。では――何が出来ますか?」
「兵隊としての基本は一通り。だが、お前も知っての通り、基本は狙撃手だったな。おれはトゥースとしては頑丈な方じゃなかったから」
成程。確実に僕よりも強いな。良く勝てたものだ。
「……移動速度は? 僕はモノクで移動する気でいるのですが……」
「午号だろ? アレよりも速く走れるけど、長くは無理だ。あー……でも、レアクリスタルを貰えれば乗り物も作れるぞ? そうすれば午号と並んで走れるくらいにはなるな」
「……レア物か」
有るには有る。だが、イービィーに使わせる気は無い。
「では、今回はそのままで」
「おう、任せとけ!」
だから彼女は走らせよう。全力疾走させよう。
丑号からアラガネを受け取り、身に着ける。重い。起動をさせる。アラガネの背骨から伸びたDNAフィラメントが僕の強化プラスチック製の背骨に絡みつく。腕が動く。足が動く。外付けの肉体が僕の肉体として機能しだす。軽くなった。
さて。
それじゃあ考えろ。時間は五分だ。
先ずは削る。
狙撃手である僕の基本戦術はソレだ。
その為に狙撃技能持ちと観測手のペアを作っていく。
「いつも通りに行きましょう。僕、子号、午号、それとルドをS1、巳号、卯号をS2、イービィーをS3とする」
「はいっ! おれが巳号より下なのは納得がいきません! S2が良い!」
ヘッドセットの調子を確かめていたイービィーが何か言っていた。
彼女も強化外骨格を纏っている。
トゥースの強化外骨格は僕の様に購入したものでは無く、生物改造の結果だと言う。あのプテラノドンの様な頭部装甲も、その周りのキチン質な外殻も元はイービィーが飼っていたペットで、実は今も生きているというのだから驚きだ。率直に言って気持ち悪い。
そんなイービィーに巳号から一言。
――ピッ!
警告:黙れ新入り!
「酷い! おい、トウジ、新入りいじめだ!」
いじめではない。信頼度の問題。そう言うことだ。無視して他の班分けを進めていく。
「戌、申、酉のチーム桃太郎をA1、寅号、亥号をA2、丑号、辰号、未号をC1、そして目標のコロニーをB1、最大脅威と思われるアーマーロールをB2と呼称します。Aの役割は陽動、及び追い込み、Cは各チームのサポートをお願いします」
最強チームをA1に、近接武闘派の二機をA2。最大火力を誇るものの、燃費が悪い辰号のフォローと、物資の運搬と言う戦場の要をC1に任せる。
ルドがもう少し頼りになればCかA2に入れて遊撃に参加してもらうのだが――
「……」
背中にシューターを搭載した新しいドッグアーマーが嬉しいのか、特に理由が無いけど楽しいのか、その辺りは分からないが自分のしっぽを追いかけ回している今の彼に任せられる仕事は余りない。
「SとAは送った初期配置に移動を、C1は最初は僕――S1の位置でお願いします。攻撃開始は一時間後です。時間合わせ3、2、1、0。――では、作戦開始」
一時間が経過した。
僕は辰号にチャージの指示を出した。
それと同時にA1、A2が攻撃を開始、B1からわらわらとインセクトゥムが出てくる。アントが多いが、その群れから突出する形でグラスホッパーが居る。B2はA2を追い始めた。
Aチームが逃亡という形の陽動を開始、A2はS3の方へ、そしてA1が僕の方に向かって転がってくる。
「S1リーダーからA1へ。五秒後に撃つ、合わせて反転」
回答:A1了解
「――子号、カウント」
ぴっ、ぴっ、カウントが進む、ぴっ、ぴっ、呼吸を止める、ぴっ、引き金を引く。当たった。
柔らかく絞られた引き金が仕掛けを動かし、雷管を炸裂させ弾丸が飛ぶ。正面からグラスホッパーを撃っても仕方が無いので、高低差を生かし、背中を狙った。胴に孔を空けたグラスホッパーが跳んだ勢いそのままに、それでも見当違いの方向へ跳んで、落ちる。その間に、子号から送られてくる照準のずれを確認。それを頭の隅に置き、息を吐き出す。
自我が有るインセクトゥム達は、一瞬、狙撃手である僕を探そうと意識を割く。
それは隙だ。意識の隙間だ。
それをこじ開けるのがA1で、それに付け込むのが狡猾なS2だ。
動揺を見逃さずに仕掛けるアタックと、動揺を広げるスナイプ。
「S1リーダーからS2、ナイスキル。そのままA2のフォローへ」
言いながら、スコープの中の世界を確認する。グラスホッパーの足が止まっていた。突破力を失ったグラスホッパーなど、良い獲物でしかない。A1のコンビネーションアタックが、僕の援護が、次々にグラスホッパーの死骸を増やしていく。後続のアントが着くよりも前になるべく数を減らしたい。そう言うことだ。
「っ!」
だが敵もさるもの。一匹のグラスホッパーが戌号達のジェットストリームアタックに対応してみせた。
戌号を踏み台にしただとッ!
だが隙しか無い。
そう、空高く跳んだそのグラスホッパーは隙しか無かったので僕が撃っておいた。
黒い三連星は実は四連星だったと言う酷いオチだ。
あんっ! と仔犬が吼えた。見ればルドが尻尾を振り回して、前足で、たしーん! と地面を打っていた。『ぼくもやりますよー! やりますよーっ!』。期待とヤル気に満ち溢れた円らな瞳が可愛らしい。
「……」
二秒、考える。戦場の空気に触れさせるだけのつもりだったが、本犬がその気なら吸わせておいても良いかもしれない。アントの相手位ならば出来るだろう。
「合図を出したら直ぐに戻る様に」
遺伝子操作の結果、人間の言葉を解するようになったウェルッシュコーギーペンブローク・サンダーボルトの仔犬は、わん! と良い返事をした。良い返事過ぎて心配になったが、言っても仕方が無い。ゴーサインを受け、ルドが駆けて、駆けて、駆け――駄目だ。きな粉おはぎが転がっている様にしか見えない。
そのきな粉おはぎは戌号達と合流して噛んだり撃ったり戌号の邪魔をして叱られたりしていた。元気そうだ。良い事だ。
戦闘中にも関わらず、少し笑ってしまった。これはいけない。ネックレスを握り、意識を研ぎなおす。
スコープから視線を外して戦場を俯瞰する。
A1とA2に誘導された戦線は良い感じに伸びて、B1を手薄にしていた。
そろそろ良いか。
「辰号、砲撃用意、狙いはB1。十秒後に行けるだろうか?」
回答:了解である件
「S1リーダーから各位。十秒後に辰号が砲撃を開始します、その瞬間、動きが止まると思われますので――」
狩りましょう。
僕は通信に乗せることなくそう呟いた。