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Doggy House Hound  作者: ポチ吉
猟犬

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23/159

断章二 犬小屋

 酒が好きで、ギャンブルが弱いから金が無い。

 人生は単純なほど美しいとは良く言ったものだ。

 そんな訳で、その日の朝は美しかった。何と言ってもギャンブルで稼ぎを全額吹き飛ばした挙句の深酒からのお目覚めだ。

 二日酔いだ。じわりと痛む頭はどうにも中途半端で、思い切り痛んでくれれば仕事を休む理由にでもなってくれそうなもんだが、これでは出社出来てしまう。

 普段ならば休んでも良かったが、今日は『お留守番』の当番だ。こんな状態の俺を使ってくれる様なお客サマは居ないだろうが、出社出来るのにしなかったら罰金が発生しちまう。

 前日の稼ぎがゼロだった以上、ここでマイナスは勘弁して欲しい。

 何と言っても、宇宙人との戦争真っただ中のこの時代、ただ生きるだけでも危険が溢れている。自殺志願で無いのなら、その危険を減らすために準備を整えてやる必要がある。

 良い家、強靭な護衛、高性能な装備、等々……。んで、それには金が要る。金、金、金だ。

 腕に“それなり”の覚えがあった俺はその腕を金に換えている。

 傭兵酒場ソルジャー・サルーン、ドギー・ハウス。

 職人組合に根城を持つ同名の軍事会社が経営するその場所が俺の仕事場だ。







 両開きのウェスタンドアを押して入った店内は酒と硝煙の匂いが漂っていた。

 薬の匂いがしないことと、一部、素面で眼光がやたらと鋭い奴が居ることを除けば、何処にでもある酒場だ。朝日を浴びて尚、覚醒の兆しを見せてくれない頭をどうにかこうにか宥めながら、カウンターへと向かう。

 そこには何時もの様にジャガイモの様な顔をした大男が居た。

 その見た目からか、それともメニューのポテトサラダがやたら美味いからか、誰かが呼び出し、定着した仇名はポテトマン。

 頭は見事に禿げ上がった癖に、髭だけはしっかり残っているからか、今日も今日とて無駄に手入れされたカイゼル髭がお見事だ。

 デカい図体では考えれらないほどに繊細な手付きでグラスを磨くポテトマンは随分と暇そうだ。今日はそれ程デカい仕事が無いのかもしれない。


「何か食わしてくれよ、ポテトマン」

「金はあるのか?」

「どう思うよ?」

「――」


 肩を竦めて見せた俺の態度で何かを理解したポテトマンは無言で水と小皿に盛った塩を出して来た。


「これは無いだろうーがよ、ポテトマン! お前には人情ってもんは無いのかよ!」

「金が無いのにメシを寄越せと言うなよ、ハルヒロ。お前には常識ってもんは無いのか?」

「そんなもん、母ちゃんの腹に置いてきたよ」

「それじゃ、今から母ちゃんの所へ行って取り返して来いよ。序に朝飯でも食って来い」

「……母ちゃんは、墓の下だよ」


 少し、トーンを下げる。


「知ってるよ。だから、ほれ」


 カウンターから取り出したのはスコップだった。掘って来いと言うことだ。


「マジでひでぇじゃねぇか、ポテトマン。そこは同情してホットサンドでも出す場面だろうがよ! いや、それよりも何でカウンターにスコップが入ってんだよ? 衛生管理とか大丈夫なのか? あー、そだ。おい、こらポテトマン、衛生局にチクられたくなかったら俺に朝メ――」

「『お客さん』スコップの使い方を知りたいって?」


 喉元に迫る鋭利な金属の先端。その先を辿って見えたのは俺を『お客さん』呼ばわりしだしたポテトマンだった。

 スコップの使い方を知っている俺はポテトマンが間違ったスコップの使い方をしない内に退散することにした。






 ソイツが入って来たのは俺が俺のパピーに同情されてそのお慈悲に縋っていた時だった。

 格別の“匂い”がした。

 硝煙の匂いがした。命の残り香がした。奪う側であるモノの匂いがした。

 犬だ。ドギー・ハウスの中でも数少ない一流どころ、犬の名を冠することを許された連中と同じ匂いがした。

 俺と同じ『お留守番』の連中も気が付いたし、仕事を受けに来た外の傭兵も気が付いた。ポテトマンだって勿論そうだ。

 無言でポテトサラダの調理を始めた所を見ると、随分とあの男を気に入ったらしい。

 十二機のモノズと一匹の仔犬を連れた若い男は鋭い目で周囲を見渡す。あれは狙撃手の眼だ。あれと同じ目をした爺さんに心当たりがある。だとすると背中に背負った長物はスナイパーライフルか?

 男はどこか緊張しながら歩き、カウンターへ腰を下ろす。


「……注文は?」

「登録を、しに来ました」


 低い声。酷く聞き取り難い癖に、耳に残る。それでも流石に位置が悪い。あぁ、畜生。馬鹿なことをやらずに大人しくカウンターに陣取っておけば良かった。話が聞こえねぇ。

 奴に注目しているのは俺だけじゃねぇ。しかもマリィの姐さんが動いている。パピーウォーカーの姐さんが動いてるってことは誰かの内弟子パピーか? いや、だったら何で親が居ない?

 色々考える。ぐるぐる考える。それでも先ず、俺がやらなきゃいけないことは決まっていた。


「アリス」

「うす。行ってくるっす!」


 金色の毛並みの可愛らしい仔犬をけしかける。

 ちゃんと“匂い”を嗅ぎ取っていたアリスはそれだけの会話で走って行った。

 誰のパピーかは分からないが、アレとは繋がりを持っておくべきだ。

 登録と言っていたので、登録試験を受けることになるだろう。そこに同行できれば御の字だ。俺はアリスが頼んだフライドポテトを齧りながらアリスの奮闘を見守ることにした。


「――ハルヒロ!」


 が、呼ばれたのは何故か俺だった。少し面食らいながらも、席を立ち、そちらへ向かう。


「どうしたよ、ポテトマン」

「試験の立ち合いを頼みたい」

「はぁ? 俺がか? いや、そこの兄ちゃんが金になりそうなのは分かるぜ? けど、パピーの登録だろ? アリスか姐さんに頼みゃ良いだろう?」

「その二人だと帰ってこれないかもしれない。こいつはパピーでは無いからな。おあつらえ向きに厄介な仕事もあるからやらせたい」


 ますます意味が分からない。そんな俺に、ソイツがペコリ、と頭を下げる。


「はじめまして。トウジ、狙撃手です」


 そして、ソイツは犬の証であるドギー・ハウス特製のドッグタグを見せてくる。

 おいおいおいおいおい。マジかよマジかよマジかよ。


「猟犬です」

「――」


 二日酔いが一気に醒めた。だが、身体が固まった。どう反応したら良いのかが分からねぇ。マジか。あの爺さんの後を継いだのか。あの爺さんランク5の狙撃持ちでも継がせなかったし、継げないことを『理解』させてんだぞ? それを、こいつが――

 思わず、まじまじ見てしまう。うわ、こいつめつきわるい。


「――」

「?」

「――……」

「がうがう」


 吼えてんじゃねぇ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] がうがうが好きです ていうか全部好きですけど トウジはあんまり猟犬になったすごさを分かってないような気がしますねw お前すげーんだぞ!!?!? [一言] 今後も応援しています!
[一言] ┌ (°Д゜)┐ガウガウ
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