夜話
結局、行く当てもなく家から一番近い自動販売機まで20分程かけて歩いて行くことにした。
歩きながら特にすることもないので、ぼんやりと空を眺めながら街灯もまばらな道をトボトボと進んだ。
田舎暮らしの人間の特権として、夜空には満天の星々が蜘蛛の子を散らしたように広がっていたが、それを綺麗だとか美しいと思ったことは、僕は一度もない。むしろ、あの真空の暗闇に無数の石やチリが、何の目的もなく漂っていることを想像すると、凍えるような恐ろしさを感じてしまう。
きっと僕の性格が相当に曲がっているせいだろう。思い返せば幼少期からこんな性格だった・・・。
そんなくだらないことを考えている間に目的地の自動販売機にたどり着いた。目的地とは言っても、行く当てもなく思いついた目的のない目的地だ。
そう言う意味では、僕はあの宇宙に漂う石やチリと等しく、漫然と漂っているのだろう。ああ、恐ろしい。冬の寒さも相まって本当に凍えそうだ。白い溜め息が、微かな風に流されて虚空に消えていった。
到着したところで何をするでもないが、とりあえず缶コーヒーを買う。
しゃがんで取り出し口からあたたか〜いコーヒーを、いや、むしろ熱され過ぎて触れたくない程温まってしまった高温のコーヒーを、何度も熱さに耐えきれずに地面に落としながら、なんとか取り出したところで、自動販売機の裏手にある草や木が無秩序に生えた空き地の方から急に声が聞こえた。
「ところで、私の分はないのかい?」
どこか人を見下げるような口調で、四足歩行の汚ならしい、あの灰色の犬が、こちらを両の目で見上げながら、ぬらぬらと暗闇から姿を現した。
「おい、脅かすなよ」
僕は缶コーヒーのフタを開けながら言った。こんな時にまでこいつが現れると予想していなかったので、内心ではかなり動揺していたが、そうとは悟られないように冷静を装った。
「お前神社の中でしか出てこれないんじゃなかったのか?」
自称神様のこの犬は、こちらの問いに対して、ふんと息を吐きながら僕の足元まで来て足を畳んで座った。そして顔を前足に乗せて、さも面倒くさそうに話し出した。
「誰がそんなことを言った?私はこの辺り一帯の氏神だよ?氏子の生活圏内は全て私の体現し得る所なのだ。社はあくまで信仰の場だ。つまり人間のために造られた場所だ。私を縛る理由にはならないよ。しかし、まあ、お前の場合、私を信仰しようが背神しようが、小菅の血筋であるという事実だけで私が赴く理由になる。諦めることだな」
小菅の血筋。父親の受けた呪い。この一週間のうちに起こった様々の出来事。
「そんなこと僕に押し付けられても・・・」
「迷惑とでも言いたいようだが、それはどだい無理な話だ。この前にも言ったが、血縁とは否応なく繋がりとなる。お前がそれを拒もうともな」
何度もつまらない事を聞くな、と説得されているような気もする。だが、今でも納得はできないし、やっぱり迷惑だと感じてしまう。
僕はその場にしゃがみ込んで、神様の頭を撫でた。神様は喜びもせず、嫌がるわけでもなく、ただ無反応に撫でられていた。