八夢 異世界:Ⅷ
----ぬわぁ! これは夢だ! ここどこだよ! いやぁ夢でした!
……一旦落ち着いて、現状を把握する事にした。
一般的に夢って起きて初めて気づくと思うのだが、俺にとって夢っていつもはっきりしているんだ。おかしい話だ。
夢ってぼやーっとしているイメージが一般的だと思うのだが、俺にとっては殆ど、いや寧ろ現実そのものと言っても過言ではないくらいのリアリティがある。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。全てが現実のまま、はっきりと見える青々しい草原や長く伸びた髪をそよぐ風、生々しい酒場の臭いに苦く濃い血の味に、手に触れる大樹の感触。
全てが現実のままに、俺が拒絶した、現実のままにこの世界は出来ていた。
しかし、そんな世界も全てが全て俺の拒絶した現実と同じではなかった。
その世界には魔法があり、未知の人種や文化が広がり、俗に言う異世界だ。
異世界。だが、俺の異世界は一味違う。どこが違うのか、そんな事を尋ねられれば一言、こう言えばいい。
「これは夢だ」
そう、この異世界は夢なのだ。
◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆
切り替えて、いつも通り辺りを見渡すが、何も見えない。ということはまたあいつの所に? それなら好都合なんだが。
俺は今怒ってる。 それはそれは、大激怒。眉間でスプーンを曲げられるくらい……は言い過ぎかもしれないが、俺は今怒ってます。
昨日の夢で胸糞悪いことしやがって……!
許さんぞ! 諦めません、殺るまでは!
俺
ブラック
に制裁。これが今の目的。まあ制裁ついでに何が目的か白状させるけどね。なんで夢の中に? ここ異世界ですけど? もう一体全体どういう事?
まあそんな事聞いても答えないよな。なら俺も然るべき対応を取るべき。ふふふ、腕がなるぜ……!
やる気満々、準備万端。拳を握ってレッツゴー!
なんて思ってると、光が斜め上から差し込んできた。
俺は立ち上がり、拳に力を込める。
喧嘩経験皆無な俺だけど、殴る。一発殴ってビビらせてやる!
ファーって感じなBGMが流れそうなぐらいの神聖な光。
ん? なにこの音。まじでファーとか聞こえるんですけど。
パイプオルガンとかか? 神降臨! 的な感じ?
眩しい光を浴びながら、どう嬲ってやろうかなんて考えていると、光の中にシルエットが現れた。
目を細め、シルエットを確認する。
シルエットには羽が生えてる? 羽? でかい羽が両肩あたりに二つ生えている。
でも、鳥というわけでもなく人型で羽が生えている。
人型で羽の生えているといえば、天使とか?
いや、ガーゴイル、ハーピィーとかもあり得るよな。逆に悪魔とか? 悪魔がファンファーレってw
でもなんで天使が出てくんだよ。何?夢で死んだの?俺。
てか、今まで死ねば夢から覚めてたのに、いきなり天国て……。
まあ俺
ブラック
じゃないって分かったし、拳は収まるべきだな。
……まてよ、あいつは生物ならなんでも操れるんだよな。神が生物に該当するかは知らないけど、もしもって事もあるよな……。いきなり襲ってくるとか、即死もあり得る。
もういっそのこと、殴ってみる?
ほら、天使とか神様とか、イメージ的に優しそうじゃん。殴っても許してくれるでしょ?
むしろ殴った拳を心配してくれるかもしれない。いやそれはさすがに気がひけるけど……。
物は試しだ。よし、殴る。
再び拳を握り締め、肘を引き、左腕を前に構える。
降臨BGMが終わり、天使? が地に足を降ろす。
今だ!
「ファアァァァァァァァァッ!」
殴っ……!
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
唐突でごめんね。土下座ってさ頭を1センチくらい浮かすのが正しいらしいんだよね。
でもさ、本当に申し訳ない気持ちになった時って本気で土下座するわけだから、頭くらい地面に擦り付けますよねぇ!
てなわけで、俺は頭を地に擦り付けたまま土下座をしてるのだが。事のあらましを説明するとだな--------
「ウォアァァァァァァァァ!! ッ?!」
「顕現せよ、守護の光。我を守護せし反撃の盾……!」
天使? の言葉に突如、金色の光が天使?! の前方に集まり、歪な光の集合体がだんだんと形を整えつつ、その光を増していく。
気づいた時には遅かった。俺の拳が吸い寄せられるように型をなしていく光に近づいていく。
ついに盾の型をなしたその光に、拳が触れる。瞬間、力を込めた筈の拳は柔らかく、へたれ、それと同時に盾からの衝撃が俺の拳から腕へ、腕から肩へと伝道する。
衝撃は肩へと渡り、体を突き抜けて俺の体を突き飛ばす。何もなかった筈の暗い場所にすっ飛ばされ、背中に衝撃を受ける。硬く、丸く、細長い。
痛みを右腕と背中に受け、ヒリヒリする意識の中で正面の相手を目で捉える。
痛みで意識がハッキリしているのか、相手の顔の睫毛まで数えられそうだ。
それは流石に冗談だが、今は見える。
光に包まれていたその顔を見て。唖然とした。俺≪ブラック≫だと思っていた、その相手は、まごう事なき、天使であった。
よく整った顔立ち、黄金比とでも言えるような顔だ。背中には羽根らしきものが生えている。白いワンピースを着ていて、目を瞑り、手を広げ、盾が消えて、その光が手の内に入っていく。
俯けた顔を俺の顔の目線に合わせ、目を開く。
「不敬者め、何をするっ!」
「すっ、すいませぇぇええん!」
……というわけなのだが、冷静に考察したら、不思議過ぎてちょっとどころか、かなり頭が追いつかなくなっているのだが。
まとめてみようか。俺≪ブラック≫だと勘違いした俺は先制攻撃を食らわしてやろうと、殴ったが、俺≪ブラック≫ではなく天使であった彼女は光の盾とやらを発動し、俺のパンチを倍にして跳ね返し、俺自身が吹っ飛んだ。
その事で一喝された俺は、頭を擦り付けて土下座をしてるという訳だな。
「何故に貴方は、初対面の私に対して暴力を働いたのですか? 怒りはしません。言ってみなさい……」
「え、いや、あの、……えーっとですねぇ」
そこからの説明は割愛するが、状況を理解した大天使様は俺に言葉をかけた。
「なんと哀しき事でしょうか……! 貴方もそのブラックとやらに!」
「そうなんですそうなんです! それはもうヒドイ目にぃぃ! って、貴方も?」
「ええ、そうです。訳あって詳しくは話せないのですが、あなたがこの世界にいるのも世界中の異常と関わっているようなのです」
この世界の異常ねぇ。実際ピンとこないな。言ってしまえば俺が来てから異常というほどの異常なんて起きてないと思うんだが。……殆どテンプレイベントだったし。まあ、俺が遭遇してないだけってこともあるかもしれない。
「異常って……例えばどんなものが?」
「お答えしましょう。始まりはほんの一週間前ほど、西の方にある街の近辺で謎の魔物が現れたとの話を聞き、見にいくとそこには得体の知れない物体が居たのです」
一週間前ほどって言うと、異世界の夢に来たのもちょうど一週間前くらいか……。
流石に関係なさそうだけどなぁ。得体の知れない魔物なんて見てないし。
「その魔物には特徴とかないんですか?」
「ありますとも。まず皮は透き通った水のような色。弾力のある体。切っても切っても再生する力。こんな魔物今までは居ませんでしたので、私たち神の使い達も心底驚きましたよ」
ふむ。透き通った水色で弾力のある体に切っても死なない……と……。
ん?思い当たる節が1つ……気のせいだな!気のせい気のせい。
「そいつは実際に何かしたんですかね?」
「それが不思議なんですよ。その魔物の周りには血が飛び散って居たのに、死体も何も無かったんです! キレイサッパリと」
ん〜…………俺だぁぁ……! その魔物はスライムだぁ……! なるほど、これなら話の筋が通るか?
「他にも、同性愛という文化が出来たり謎の神器の出現や神樹の不調やら、色々あって……かなり大変なのですよ」
「……お疲れ様です」
全部俺がらみじゃねぇか!? 同性愛?! ゲイランサーかよ! 神器?! あのくず鉄か? 神樹?! ユグユグッ! もうどうなってんだよぉ……。
「もう本当にめんどくさいです……全部の事象に同一の関係者がいるのは分かったのですが、どこを探しても! 世界中駆け回っても! これ以上の情報は出ませんでした……」
俺だぁぁぁぁ! その関係者、俺だぁぁぁぁぁ! どーしよ……本当にどーしよ……素直に言ってみる?
「……出て来たら酷い目見せてやる」
だぁめだぁぁ! 殺されるぅ! あの力で殺されるぅ! もう黙っとこ……、バレなきゃいいわけだしな。
「というか、あなた、なんか……」
ヤベェ……! やっべ、やっべぇ! さっき全部話したの忘れてた……。
「……素直に話しなさい?」
「実はその関係者僕です!」
「地獄へ落ちろぉぉぉォォォォォォォォォォォォ!」
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
天使のかざした俺の足元がぱっくりと口を開け、俺は真っ直ぐ下へと落ちていった。悲鳴を上げながら……。
◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆
「ふぁっ?! ……ぅわぁぁ……」
体が急降下したみたいな感覚に襲われ、びくりと体が脈を打つ。よくあるよな。
いや、俺は実際落ちたらしいけど。
ていうか、俺はあの世界にとって敵の部類に入るっぽいな。……キツイなぁ。
軽く泣きそうになったが、目を細めて我慢する。泣いたら負けだ、泣いたら負けだ。そう言い聞かせた。
どうにか誤解を解いて味方に回ってもらわないと……。
不安のタネがまた1つ増え、俺は二度寝としゃれこむことにした。どうせ眠れないのだが。