8話:鬼刃チェーンソーの過去
「チェーンソー様!」
起動したチェーンソーに歓喜の声を上げるリオロザ。
「おうリオロザ、元気かいな」
地面に突き刺さったままリオロザに反応するチェーンソー。
「(なんだ……この武器は……?)」
「なんやなんや、お兄やんボロボロやないか。これ放っといたら死ぬでぇ」
「チェーンソー様! 危ない!」
短剣をチェーンソーのハンドル部分に突き立てる赤髪の女盗賊。
……しかし短剣は刺さらずチェーンソーは微動だにしない。
「ちょ、ビビるわぁ……随分物騒なお姉やんがいるやないか」
「!?」
全く動じないチェーンソーを警戒し赤髪の女盗賊は距離を取る。
「チェーンソー様! バッサイザ―様はその方にやられたんです、ここは私に任せてお逃げください!」
そう言ってリオロザは足を震わせながら盗賊団の落としたこん棒を拾い上げ構える。
「リオロザ、お前は勇敢な女やな。でもここは殺戮マシーン、チェーンソー様に任せときぃ」
「で、でも」
「なんや? わしが信用できんのかリオロザ?」
「いえ……そんな事……」
「だったらこのお姉やんはわしに任せとったらええ。その代わり……そこに転がっとるお兄やんの事は任せたでリオロザ」
「……はい! 任されました!」
そう言うとリオロザはチェーンソーの近くに転がるバッサイザ―に駆け寄る。そしてチェーンソーに向けて胸で十字を切った後、重そうにバッサイザ―を担ぎズルズルと引きずりながらその場から離れて行った。
「貴様魔物の類か何かか?」
少し距離を取ってその光景を見ていた女盗賊が口を開く。
「魔物やない。わしはチェーンソーや」
「チェーンソー? 初めて聞く名だな。だがそのような異形で意思を持って話す者は魔の物。つまりは魔物だ」
「ただのお喋り機能なんやけどな。まあ魔物でもなんでも構へん、それよりお姉やんの名前も教えてくれへんか?」
「……リファリー」
「おっ意外と素直やん。リファリーか、ええ名前や」
「……自分を殺す相手の名くらい知りたいだろうと思ってな」
そう言って再び短剣を強く握り直す。
「他人の心配などしている暇はない事を教えてやろう」
「心配なんかしてへんよ? あいつはああ見えて優秀な僧侶や。あの程度のお兄やんの傷なら治すのはわけないわ」
ガイドバー部分を小刻みに震わせながらチェーンソーは続ける。
「それに目の前にいるお姉やんの傷はリオロザには治せへんからなぁ」
「詭弁を……! 貴様に何が分かると言うのだ!」
「分かるでリファリー。何故ならお前の目は昔のわしと同じ目ぇや」
「……なにをわけの分からない事を!」
「わしも若い頃はやんちゃしとった。触れる物みな傷つけるセンチメンタルバーストチェーンソーさんなんて呼ばれていた時期もあったんや……お前はその頃のわしと同じ目ぇをしとるんや」
「……」
「照りつける太陽の下、あの頃のわしはなんでも切った……木、竹、氷。最も荒れてた時期はパンなんかも切った……それが自分の存在意義やて勘違いしとったんやな。でも切っても切っても気ぃは晴れんかった。それでも切り続けるしかなかったんや。そこで切る事を止めてしまったら今までの自分を全て否定してしまうような気ぃがしてな」
「……言いたい事はそれだけか?」
これ以上は聞けぬとばかりにリファリーは再びチェーンソーに襲い掛かる。
キイィィン!
しかし再度の高速斬撃もただそこに刺さっているだけのチェーンソーに傷一つつける事はできなかった。
「くっ!」
「今の太刀筋だけでも分かる。リファリー、お前は相当の手練れや。比べてわしの主たるお兄やんはまだまだひよっ子。まあ普通に考えたら瞬殺や。……だが見事に急所全部外れとったな、アレ」
「……何が言いたい」
「お前の斬撃は確かに鋭い。そやけど人を殺す剣になっとらんのや。自分を偽って悪人ぶっても辛いだけやで」
「悪人ぶってなどいない! 私はもう何人もこの手で殺めて来たのだ! 私は私の意志で何人も……何人も……あの勇者のように……」
「……そうか、辛かったなリファリー」
「……! だから貴様に……」
リファリーは両手で短剣を握り力いっぱい振り下ろす。
「何が分かるというのだぁぁぁぁ!!」
「ここ、お前の村なんやろ?」
「っ!?」
リファリーの動きが一瞬止まる。
「図星やろ? リオロザから盗賊団の話を聞いた時にな、おかしいと思ったんや。廃墟と化した村を拠点に暴れるリファリー盗賊団……普通盗賊団なんてやっとる奴はねぐらを変えていくもんや。それなのにその盗賊団は二年も前から一つの村を拠点として動いてない。これはどう考えても変や」
「……」
「しかもその盗賊団の団長は凄腕のナイフ使い。もうちょっといい狩場に移住しても良さそうなもんや。移動しない理由はこの何もない村への拘りとしか思えんからな」
チェーンソーが言い終わると同時にガクッと膝を突くリファリー。
「話してくれへんかリファリー? わしは殺戮マシーンや、勇者とはちゃう」
「……七年前……この村は滅んだ……村人の半分は魔物に、村人の半分は勇者に殺された」
「……さよか」
「村が滅びる少し前に『聖水結界』を導入するかしないかの議論が行われた。古い村だったから反対する人も多かったが魔物から村を守るのが困難になって来ていた事もあり最終的には『聖水結界』を使うという結論に至ったのだ……そして所定の手続きを踏み、いよいよ結界発動の当日……『聖水結界』を張る為の神の聖水を持って一人の勇者がこの村へやって来たのだ……」
リファリーは強く唇を噛む。
「その勇者は神の聖水を散布する事無く村人を次々と惨殺していった。私の父も、母も、それまで村を守ってきた初代自警団の団長であるおじい様も……皆殺されたのだ……。そして勇者は村の防壁を壊し、さも魔物によって村が壊滅したかのように見せかけ……その魔物を討伐する事で名声を手に入れた……」
「……」
「幼かった私は生き残った人々に連れられて村から脱出した……幼心に必ず復讐すると心に誓いながらな」
憎悪に満ちた表情でナイフを地面に突き立てるリファリー。
「当然その勇者は必ず殺す! だがそんな勇者が魔王に対抗し得る三大勇者の一人と呼ばれ、希望の光として崇められるこんな世界も私は許せないのだ!」
はぁはぁ、と声を荒げるリファリーにチェーンソーは優しく語りかける。
「話してくれてありがとうなリファリー」
「……」
「そや、さっきのわしの話の続きなんやけどな。荒れて荒れて荒れまくったわしが今の紳士なチェーンソーになった理由なんやけどな」
「……理由?」
「わしが当時何も考えずただただ切り倒していった木ぃなんやけどな。その木ぃはどうやら公園の遊具に使われたり子供たちが住むログハウスに使われたりしとったみたいなんや。恥ずかしい話なんやけどな、わしが救われたのはたったそれだけの事やったんや」
「公園? 遊具?」
「ああ、分からんか。簡単に言えば笑顔に使われとったちゅう話や」
「……笑顔か……私にはもうその資格はないな……」
「アホ抜かせ! 笑顔になるのに資格なんているかい!」
「!?」
「お前のナイフも最初は誰かを斬る為に鍛えた技術かもしれん、でもな! 別の使い道やってあるんや、わしと同じように人を幸せにできる方法やってあるはずなんや!」
「人を、幸せに……」
「そや、例えば料理を使う包丁さばきに応用するとかな」
「ふ……無茶苦茶な奴だなお前は……」
リファリーの口からクスリと笑みがこぼれる。
「あ……」
「ほら、笑えるやないかい」
「チェーンソー……私は……」
「リファリー。わしの味噌汁……作ってくれへんか?」
「チェーンソー……!!」
リファリーは大粒の涙を流しながらチェーンソーの燃料タンク部分をギュッと抱きしめる。