3話:修道女リオロザ
完全に日が落ちる前になんとか下山した俺は麓の町の入口でペタンと座り込む。
(疲れた……)
チェーンソーも結構重いし一日中歩きっぱなしは正直きつかった。
(今日は宿を取って休もう……)
町の看板にふと目をやる。そこには「ようこそペルシャの町へ」とでかでかと書かれていた。
ペルシャの町か、そこそこ大きそうな町だし宿くらいあるよな?
俺は重い腰を上げてもうひと踏ん張りと町の中へ入って行く。
ペルシャの町は魔物から身を守るためか外壁に囲まれていた。町の中は民家と思われる家が建ち並び、人々は質素な服を身を纏い往来していた。路上には出店もあり食材だけでなく武器屋や防具屋と思われる店も数件見かける。まさにRPGなどでよく見る中世的な町、という印象だ。
できればすぐにでも元の世界に帰る為の情報収集をしたいところだが今は疲れていて頭も回らない。
(今はとにかく宿の確保が先だな)
「20Gになります」
やっと見つけた宿。しかし受付のお姉さんに金額を提示され俺は大事な事に気づく。
金持ってねぇ……
さっきグリズリー倒したけど金なんて落とさなかったぞ? 魔物を倒したら経験値とお金が手に入るものなんじゃないのか常識的に考えて。
一瞬固まった後、野宿にするか土下座にするかを真剣に考える。
その時――――
「キャアァァ――――! リファリー盗賊団よぉ!!」
宿の外から叫び声がする。
(なんだなんだ?)
外に出てみると中央の広場でガラの悪そうな男が三人、馬に跨りグルグルと噴水前を周回していた。そして最後尾を走る馬には……人?
見間違いではない。目の前で修道服を着た女性が馬の後方部と縄で繋がれ地面を引きずり回されていた。
(酷ぇ!)
「ぎゃははは! 俺らに楯突く奴はこうなるんだよ! お前等もこうなりたくなかったら俺たちリファリー盗賊団に逆らおうなんて考えない事だな!」
先頭の馬を操る目つきの悪い男が鞭をビュンビュンと振り回しながら叫ぶ。
ありがちな見せしめ展開って奴か……だが目の前でやられると吐き気がするくらい気分が悪いな……
俺はチェーンソーに形式変化型刃を装着させる。
「ぎゃははは! おらおらどうしたぁギャラリーの皆さんよう。気に入らなかったら止めに入ってもいいんだぜ? ぎゃは、そんな事できるわけねーか! ぎゃはは!」
ザッ……
「ぎゃは……はぁ!? なんだてめぇは!」
盗賊団の前に仁王立ちする俺。
「いや、気に入らないから止めようかと……」
「……ぎゃは! おいおい自殺志願者様がお出ましですよっと!」
「火鉛」
盗賊団を無視して火鉛で修道女に繋がれた縄を焼切る。縄から解放された修道女はそのまま地面にうつ伏せになって横たわる。
その様子を見ていた鞭男は明らかに俺に敵意を向けていた。
「……おいおい、カッコつけか偽善者か知らねぇが正義面して気に入らねぇな。おい、やっちまえ!」
鞭男の指示で俺目がけての盗賊団の一人が馬と共に突っ込んで来る。
俺はいつものように安全ロックを外しアクセルスロットルを回す。音を立てて起動するチェーンソー。
そして俺を踏み潰そうと迫ってくる馬に対してチェーンソーを振り下ろす。
カッ……チン
慣性の法則で宙を舞う盗賊団の一人。跨っていた馬は時間が停止したかのように固まっている。
いや……時間が停止したかのように、ではないか。今この馬の時間は停止しているのだ。
「な、なんだてめぇ!? 何しやがった!?」
目の前の光景に慌てふためく鞭男。
「あぁ、これ? 時間操作・形式変化型刃、『赤信号』」
『赤信号』の攻撃力は0。しかし切った対象物を三十秒間停止できるという能力を持った形式変化型刃だ。近接戦闘系になる為多少の危険は伴うが『流星破壊』と違って使用制限もない。
(時間無くてまだこれしか試せてなかったからな~。でも一応使ってみといて良かった……)
「ぐ……てめぇ、顔覚えたからなぁ……」
「それはどうも」
「くそが! 引き上げだ!」
宙を舞って地面に叩きつけられた盗賊団の一人を回収すると時間が停止したままの馬を置いて尻尾を巻いて逃げ帰っていた。
(なんなんだ全く……治安悪いなぁ)
時間を止めてしまった馬に頭を下げてその場を立ち去ろうとする俺。その時広場から歓声が沸きあがる。
「おぉぉぉ!! 凄い! なんだ今の力は!」
「あのリファリー盗賊団に立ち向かっていくなんて……まさか勇者様か?」
「神じゃ……この町に神の使いが現れたのじゃ」
おぉ!? マズイ、なんか騒ぎが大きくなってる。ひとまずこの場は退散しよう……
ガシッ
「ん?」
急いでその場から離れようとした俺のマントを誰かが掴む。
「君は……」
先ほどまで馬で引きずり回されていた黒髪の修道女がそこにはいた。歳は俺と同じ二十歳くらいかな?
「あの……助けて頂いてありがとうございます。私はリオロザ、神の教えを広めている未熟な修道女にございます」
「あ、そうなんですか」
深々とお辞儀をする修道女。
……しかしこのリオロザって子、右肩から手の甲まで酷い擦り傷だ。
「民間療法」
ポゥ、と緑色の光が修道女の擦り傷を癒す。
「ごめん、俺まだこれしか使えないから。後は病院とか行って手当して、じゃあ!」
「お待ちください勇者様!」
立ち去ろうとする俺をまたも引き留めるリオロザ。
「いえ……勇者様……なのでしょう? せめてお名前を聞かせて頂けませんか?」
「まあ、確かに勇者……みたいですね。名前はバッサイザ―」
「勇者バッサイザ―様……」
そこまで話したところで広場にいた民衆がこちらに向かって押し寄せる。
「うぉぉぉぉ! やっぱり勇者様だ!」
「俺たちの救世主が現れたぞぉ!」
げ、マズイ。勇者って結構希少なのか?
元の世界に戻りたいだけの俺はあまりこの世界に関わる気がない。できれば静かに元の世界に戻る解決策を探りたいのだ。
「じゃあそういうことで!」
俺は修道女リオロザに別れを告げる。
グイッ
先ほどより強い力でマントを引っ張るリオロザ。なんなんだもう!
「勇者バッサイザ―様! 私を娶って下さいませんか!」
「へっ? 娶る? 結婚してって事!?」
「はい!」
「ごめん、彼女いるから無理!」
そう言って俺はリオロザを振りほどくと押し寄せる人の波をかき分ける。
「うおぉぉ勇者様を追え――!」
「勇者様ぁ!!」
(いや、怖いって!)
俺は逃げるように裏路地へと走り去る。
「バッサイザ―様……」
残されたリオロザは寂しそうな表情を浮かべてその場に座り込む。
「ほんま難儀なやっちゃで」
「え?」
広場に置き忘れられたチェーンソーがリオロザに話しかける。
「悪い奴やないんやけどな。あれはまだガキやで」
「貴方は?」
「わしか? わしはチェーンソーや」
「チェーンソー? まさか先ほどお馬さんを止めた……」
「そや、わしや」
「そうだったんですか。先ほどはありがとうございました」
またしても深々とお辞儀をするリオロザ。
「では、私はこれで……」
「ちょっと待ちぃ」
立ち去ろうとするリオロザを呼び止めるチェーンソー。
「帰るあて、あるんか?」
「……いえ、私は流浪の修道女。神の教えを広めるまで、帰る場所などございません」
「さよか……わしはただの殺戮マシーンやから神様とかとは無縁の存在なんやけどな。自分の教えを広めてくれる、あんたの帰る場所すら用意できないような奴ならそいつは糞や」
「……いえ神様は糞ではありません」
「なら神様を糞にしたらあかん。自分を傷つけたらあかんのや。誰もそんな事望んどらん。神様も、あんた自身も、そしてわしもな……」
「……」
「対価を必要とする幸せなんて、本当の幸せとは言わんのや」
「……う……わ、私は……」
「辛い時は……泣いても、ええんやで……」
「チェーンソー様ぁぁ!!」
泣き崩れるリオロザ。
その肩を抱くかのようにチェーンソーはそっと刀身を傾けるのであった。