惨劇、意地、希望
ルシアの瞳に映る惨劇。
槍のフーゴが前衛、魔石のラルスが中衛、弓のハロルドが後衛を務め、そしてクレイグがフリーで戦局を作る。
それは〈殺戮の戦獣〉の必勝パターンである。──はずだった。
槍使いのフーゴに〈鬼眼〉は言う。
「確かに一撃の威力はある。しかし鈍重極まりない」
物攻+50%、そして武器適正【槍】+50%。それは相乗効果を表すから、槍を手にした時、フーゴの攻撃力は2倍になる。
だがそれも当たらなければ意味が無い。否、すべてが当たっている。但し掠める程度に。
彼は口癖の「理解できない」とは言わなかった。理解しているからだ。
〈残撃〉。
それは躱された攻撃の威力を次の一撃に上乗せするスキルである。逆に言えば、躱されない限り攻撃力は上がらない。
それを知っていて、敵は最小限のダメージをわざと受けている。
「セリムを守ってくれ。恐らくそちらまで気が回らない」
そう言って彼女の出撃を押し留めたフーゴ。ゲイルノートの剣が容赦なく彼を斬り裂いた。
魔石使いのラルスに〈鬼眼〉は言う。
「魔法剣士を相手にするには程遠い。さらに魔石戦術の第一人者はこの私だと自負している」
魔攻+50%、そして知略+50%。バランスタイプのラルスは魔率の低さをそれで補い、魔石を駆使して万策を打つ。
しかし肝心の魔法が中級レベルに留まるのに対し、ゲイルノートの魔法防御力は高かった。
しかも繰り出す魔法は読まれ、当たっても効かず、攻撃はもとより補助魔法の類で崩されることも無い。
そして何より、彼に集中する攻撃。敵は彼を自由にすることの意味を知っていた。
〈戦場工作〉。
闘気、或いは魔力を張り巡らせ、罠にかかった敵に様々な効果を及ぼすスキル。それに魔石を絡めれば、さらにその幅は広がる。
それを仕掛ける隙さえあれば、ここまで一方的な展開にはならなかっただろう。
「これを。使わせるつもりはありませんけどね」
フィンレイは「全部使え」と言い、彼もそれを承諾したはずだ。しかし彼は、残された魔石をひとつ彼女に託してから出撃した。
敵の爆炎魔法を相殺しきれず、ラルスはそれに灼かれる。
弓使いのハロルドに〈鬼眼〉は言う。
「命中精度はいいが、こう軽くては避ける必要さえない」
命中+50%、そして武器適正【弓】+50%。彼の放つ矢を躱すのは至難の技だろう。
だからゲイルノートはそれをすべて受ける。魔法で強化された防御力、さらには闘気の壁。
それによって、彼の攻撃は一矢たりともその体に届くことは無かった。
だが敵は、彼を一番警戒している。
〈標的拘束〉。
それは、遠隔攻撃が見定めた敵をどこまでも追尾するスキル。敵が初めから回避という選択肢を捨て、攻撃の配分を下げてまで防御に注力しているのもそのためだ。
命中しても削れない──矢の尽きた彼が、闘気の攻撃に切り替えてもそれは変わらなかった。
「こりゃあ死んだかな。ルシアちゃん、俺のこと忘れないでね」
結界を出る前、彼は笑顔を見せた。少し気障な仕草で彼女に背を向けたハロルドは、剣撃波による反撃を浴び、やがて動かなくなる。
リーダーのクレイグに〈鬼眼〉は言う。
「どうやら相当ウェルブルグに手こずったようですな。はっきり言って、貴方が一番恐くない」
HP+50%、EP+50%。その頑丈さも手伝って、簡単には膝をつかない相手。戦場では一番遇いたくないタイプだろう。
さらに彼には厄介なスキルがある。
〈戦苦の思い出〉。
受けたダメージを先送りするスキル。防御を捨てて襲いかかるその姿は、血に飢えた獣以外の何者でもない。
だが、クレイグの体調は万全とはとても言えなかった。四重炎戦で負った傷は重く、彼を以てしてもまだ回復しきっていなかったのである。
しかも、それを見抜いた敵に優先順位を下げられるという、かつてない屈辱を彼は味わう。
「道は作る。だから──あとのことは頼んだぜ、ルシア」
傷だらけの顔で敵を睨んだまま、彼はそう言った。決して猪武者ではない男──何か策があったことだけは間違いない。
しかしそれを見せることなく、ダメージも先送りされないまま、彼の巨体は敵の凶刃に赤く染められていく──。
──────────
ルシアの瞳に映る意地。
「何が──可笑しいのです」
「やべえ、笑ってたか。隊長が下手打つとこなんて、一生見れねえと思ってたからよ」
立っているのは後回しにされたクレイグひとり。それに剣先を向けるゲイルノートは、汚いものでも見るかのように眉間に皺を寄せる。
「……傭兵上がりはこれだから困ります。戦を悦楽の場としか見ていない」
「そういう根っからの正規兵は相変わらず甘えな。俺なら首でも落とさない限り……信じねえが」
「む──」
〈天矢降臨〉!
ゲイルノートが振り返るより早く、ハロルドの闘気が上空で炸裂、無数の矢と化して大地に降り注ぐ。
「姑息な、やられたフリか。だがそんなもの──何の意味もない」
慌てたのはほんの刹那、敵は嘲笑でそれを評した。確かに手数を増やしたところで、状況は何も変わらないだろう。
だが、ハロルドの目的も攻撃ではなかった。無差別に地面を打つ矢の雨が、砂埃と共に隠されていたそれを浮かび上がらせる。
〈集気変換装置〉だ。
「何──」
「お先に!」
ゲイルノートが手を伸ばすより早く、ラルスの〈貫通〉がそれを破壊する。
「くっ──おのれ!」
〈鬼眼〉はさすがに顔色を変えた。もう1つたりとも損なうことを許されないそれを、またしても破壊されたのだ。
相手は初めからそれを狙っていた──彼はそのことに気付いたが、時は既に遅い。
そこへすかさず、重い槍を軽快に振り回すフーゴの突撃。動揺した黒衣の騎士は、思わず身を翻した。
「避けたな?」
〈狼牙、極点突き〉!
「ちいっ──」
ゲイルノートは大きく跳躍、槍の射程から外れる。スキルによる攻撃力の上乗せ──それを正面から受けるにはリスクが大きい。
ハロルド、ラルス、フーゴ。チャンスとばかりに3人の戦獣たちがその周囲を取り囲む。
「図に乗るな」
しかし敵も然る者。追い詰められたことで逆に集中し、恐るべきスピードで魔法を編む。
〈繰り返される悪夢〉!
それは与えたダメージを何度でも再現する黒魔法である。
軽傷から重傷へ、重傷から致命傷へ。傷口が暴れ、まるで叫び声のように溢れる血の噴水が、瞬く間に戦場を黒く染めた。
「ぐわああっ……」
「ちく……しょう」
槍、魔法、弓──その牙が敵に届く寸前で、今度こそ戦獣は散る。
しかし──それを認めてさえ何でもないことのように、戦獣のリーダーは敵に歩み寄り、あろうことかニヤリと笑みを見せた。
「これで援軍は来れねえ。敵はあんた1人だけだ」
絶句するゲイルノート。味方を犠牲にすること自体は彼にとっても珍しいことではない。しかしその対象は、関係性が薄く、彼に何も利することのない人間であることが常だった。
仲間として強い絆で結ばれていながら、一方で躊躇いなく踏み台にもするその矛盾は、彼から見てもまさに狂人そのものである。
「……そのために仲間を捨て駒に? 馬鹿な、自惚れるにも程がある。貴方たちなど、私1人で充分だ」
「あんたこそ、自惚れを反省したんじゃなかったのか」
そして激突する両者。クレイグは鎖鎌、ゲイルノートは魔法を籠めた剣で互いの命を削る。
「知っていますよ。もう貴方にダメージを先送りする余裕は無い。このまま死ぬまで斬り刻んで差し上げましょう」
「へっ、俺1人であんたを仕留めるつもりなんてさらさらねえよ。何度も言わせんな。倒れたからって──死んだとは限らないんだぜ?」
「な──まさか」
横目に見た他の3人は身動きひとつしない。だが、誰もいないはずの背後から確かに沸き起こる気配。
ゲイルノートは攻撃の手を止めてまで振り返り、そして固まった。
闘気を具現化した大型弩砲。
「威力はあるが当たらないフーゴの槍を、威力はないが必ず当たるハロルドの弓で飛ばしたら……どうなるんだろうな?」
協力闘技だ。そこから延びた光の手綱がクレイグの手に。
「馬鹿な、いつの間に──」
一直線に〈鬼眼〉を捉える闘気の槍。〈残撃〉、そして〈標的拘束〉の合わせ技によって完成した、不可避の超攻撃!
「ぬおお……」
それを止めるには単純な力比べに勝つしかない。ゲイルノートは魔法で底上げした闘気を全開まで高め、それを盾のように使って押し返す。
「まだだぜ!」
動きの止まったゲイルノートの首を、鎖鎌を短く握ったクレイグが狙う。
しかしその刃は敵に届かずに停止──逆に敵の剣がクレイグの体に深々と突き刺さっていた。
「──甘い」
「……のは、どっちだろうな!」
クレイグはゲイルノートの手を取ると、さらに深く自らの体を抉らせた。
「何──」
「体に仕込んだ〈戦場工作〉──これで逃げられねえ。何もせず、ただ隊長の戦いをボケっと見ていたとでも思ったのか?」
体を貫くことで発動する、爆破の罠。こっちが本命だ。
「男に言う台詞じゃねえが……俺と一緒に死んでくれ」
「く──くそっ!」
戦場に轟く爆音。そして灼熱の閃光──。
セリム、そしてルシアを守る結界がビリビリと震える。
やがて視界は晴れたが、そこには依然として睨み合う2人の戦士が。
「はあっ、はあっ……」
ゲイルノートはそれに耐えた。否、右腕を捨てた。持っていた剣、そして〈空間転移〉を仕込んだ魔煌石と共に。
魔法によって切り離された上腕部から夥しいほどの血が落ち、大地を濡らす。
「ふ、ふふ……。残念でしたね。これで貴方は犬死にだ。いや、〈集気変換装置〉に私の右腕──上出来か」
「おいおい……あんた、本当に物覚えが悪いな。言ったはずだぜ。俺は初めから……ひとりであんたを倒そうなんて思っちゃいない。
これで……隊長みたいに何処かへ飛ばすことも……逃げの手も無くなった。覚悟しろよ。ルシアは……強えぞ」
ゆっくりと、クレイグの巨体が崩れ落ちる。
冷徹なまでに目的を完遂したのは〈殺戮の戦獣〉。だがその代償として、すべての戦獣が力尽きた。
静けさを取り戻した戦場に、〈鬼眼〉の荒い呼吸だけが大袈裟に響く。
──────────
ルシアの瞳に映る希望。
傍らにはセリムがいる。日々、逞しく成長するその横顔は、血塗られた戦場においてさえ眩しく輝く。
彼女は結界から出ると、すぐに最後の魔石を作動させた。
「これは……?」
「結界から出られなくする魔石だそうです」
「な……待って、ルシア!」
狼狽する若き主に向けられた、優しい笑顔。
そして前を向くと、〈永遠の純雪〉を手に彼女は歩き出した。その背にすべてを背負って。




