交わる影
いきなりの手詰まり。それを解決したのは見返りだ。
アースガルド帝国として、〈集気変換装置〉の破壊が急務であると断じたまでは良かった。しかしその場所を探れるのは、フィンレイとグレゴールの2人だけ。
彼らは砂漠の炎輪花のメンバーであって、帝国の人間ではない。ルフィーナから依頼を受けたのはあくまでも後者である。
自然と協力を要請する流れになったが、装置そのものからは既に興味を無くしたフィンレイ。いくらダリル王や竜王ハストゥールと旧知の仲でも、タダでは動いてくれなかった。
以下、ハルトとフィンレイのやり取りである。
「素性をバラさない」
「当たり前だ。バラしたらダイキを拉致して逃げるって言ったろ」
「じゃあ、お金」
「金で動く俺らだと思ったか」
「しょうがない、あの蛇をあげるよ。魔力をあげると、何と美女に変身するんだ」
「お前……殺されるぞ。あの女の恐ろしさをまるで分かってねえ」
「はい、これ」
「何だ?」
「先生の家でこっそり書き写した〈闘魂〉の資料」
「初めからそれを出せよ! そのために準備したんだろうが」
こうして共同作戦を採ることになった両者。それには注意すべきことがあった。
当然のように場を仕切ったのはルディだ。
「いい? 必ず6つ同時に壊すのよ。ひとつでも失敗したら〈空間転移〉で敵が飛んで来るから」
〈集気変換装置〉は依然として6個のまま、増減も移動もしていなかった。その間、ただひたすらドラゴンの力を吸い上げるのみである。
「俺らに1個持って行かれたのに、何であいつらは他を回収しようとしないんだ?」
「見つけられないって高を括ってるのよ。それに彼らが欲しいのは器じゃなく、あくまでも中身。それが満たされないうちに回収しても意味がないでしょ」
1つを奪えたのは彼らがたまたまその場面に遭遇したからであって、形を頼りにそれを探すのは砂漠の中で砂粒を探すようなもの。慌てて回収する必要は無いと敵も考えているのだろう。
まして、こちらにその場所が探れる人間がいることなど想定していない。いや、可能性として考えてはいるが、ドラゴンの力という絶大な成果物を秤にかけて、様子を見ている段階だとルディは読んだ。
「但し、彼らはその座標を調べる術を持ってると思うわ。少しでも移動したら、きっとその瞬間に〈空間転移〉で刺客を送って来る。勿論、そうなったら他もすぐに引き上げるでしょうね」
つまり、敵は作戦を続行しながらも注意深く動向を見守っている。それは同時に、すべてを破壊するチャンスは僅かに一度きりだということを意味していた。
「問題なのはチーム分け。最終的に6チーム必要なわけだけど」
大まかな場所だけなら図示でもいい。しかし詳細までとなると、フィンレイらが随行しないと無理だ。
彼らは目標となる6箇所を南北3箇所ずつに分け、北をフィンレイチームが、南をグレゴールチームが捜索することにした。
各チーム全員で1個目の場所を特定した後、それを壊すメンバーを残して2個目に向かう。そしてまた誰かを残して3個目へ。小型の炎極とでも言おうか。
但し〈集気変換装置〉は〈空間転移〉の座標でもあるから、敵に備えて最低でも2人以上で動くことになった。
一度ラナリアに戻ったハルトが連れて来た、心強い増援を含めると総勢15名での作戦となる。
北のフィンレイチームは1つ目の破壊をクレイグ、フーゴ組が、2つ目をハロルド、ラルス組が担当。セリムとルシアもそこに参加、念のため飛び抜けた戦闘力を誇るフィンレイと共に3つ目まで行く。
一方、南のグレゴールチームは1つ目にソーマ、ルウ組。2つ目にヴィルヘルミーナ、ユーリ組。最終3つ目、グレゴールと組むのはチートアイテム〈大地〉を持つジュリアだ。
さらに、双方の連絡係として〈情報共有〉で繋がった2人、ルディが北、ハルトが南に加わった。
ちなみにダイキとリゼットはダリル王の城で療養中である。
「合図はセリムの〈遠話〉で。3、2、1、0で壊す。OK?」
レオニールの勧めもあり、これを機にそれを習得することにしたセリム。やはり主導者には便利なスキルらしく、店で〈スキルの書〉も売っているから身に付けるのは難しくない。
相手が持っていなければ呼び掛けが一方的になるものの、それは1対多数の会話が可能である。この先も頻繁に使うことになるだろう。
そして翌日。
「行きましょうか」
結局、作戦段階ではハルトに口を挟ませなかった。ルディはルフィーナとの交渉役だったから、ここぞとばかりに張り切っているのだ。
〈集気変換装置〉の場所が分かるわけでもないのに、彼女は颯爽とフィンレイチームの先頭を行く。
国土の大半が山地であり、交易ルートから外れると途端に道が悪くなるルフィーナ。彼らは徒歩を選択したが、それでも1時間もするとすっかり人気が無くなった。
さらに1時間ほど歩いて──。
「嬉しそうですね、皇子」
ルシアがセリムに声をかけた。
「うん。てっきり『待ってろ』って言われると思ってたから」
すんなり作戦メンバーに選ばれたことが彼には意外だった。
ルディの〈大いなる軍配〉は戦場限定、〈情報共有〉も決められたメンバー間だけの通話を可能にするもの。故に〈遠話〉が必須となるが、簡単に習得できるスキルだから、それが理由なら別の誰かでも良かったはずだ。
「それだけ頼られているということです。皇子としても、遊撃隊の長としても」
ルシアは眩しそうに皇子の姿を見る。レオニールに師事してまだ日は浅いが、セリムの貪欲なまでの吸収力は目を見張るものがあった。
「ただ、事情を考えれば、そこにいるメンバーだけですぐ行動に移すべきだったとは思うのですが」
「いや、ドラゴンの問題は『根本的な解決策が見つかった』ってハルトが言ってたよ。何でも奪われた力どころか、僅か数年だった余命まで延ばせる可能性が高いって。だから今回の作戦は、新生帝国の計画を妨害する目的の方が強いんだと思う」
何気に伝え聞いた情報を口にしたセリム。しかし自らの発言でその顔を厳しく引き締めた。
「……妻を生き返らせるために戦争を起こしたなんて、本当なのかな?」
初めてそれを聞いた時は耳を疑った。今でも半信半疑である。
「あれだけ人を殺めておいて。禁忌を破り、自分の細君だけ蘇らせようとするなんて……絶対に許されることじゃない」
「ええ。しかもやり方が卑劣です。力を奪われたのも、恐らくドラゴンだけではないでしょう」
余程愛した相手なのだろうが、そのルーファウスに親を殺された2人だ。同情など微塵も湧いてはこなかった。
「奴らを止めて、もしその方法が目の前に転がり込んできたらどうする?」
話を聞いていたらしいフィンレイが、意地の悪そうな表情を浮かべながら会話に加わった。
しかしセリムは、それに険しい表情のまま即答する。
「勿論、破棄するよ。もう二度と、誰にも使われることがないように」
「ご立派。だが、何の犠牲も払わずにそれが可能だとしても、同じ意見を通せるか」
一瞬、会話に間が開いた。ルディが視線をそちらに向ける。
「どういうこと?」
「過去にそれをしたらしい奴がいるってことだ。お偉いさん方は必死に隠してやがるけどな。魔神が女神を掠いに来る話──聞いたことねえか?」
「……あれはただの御伽話だろう?」
「そうなるように工作したんだよ。それは今から14年前、本当にあった話なんだぜ」
歩を休めず、誰にともなくフィンレイは話し始める。
「ある日、途轍もなくでかい魔力を持った奴が、突然オシピオス海のダラムルーファって島に現れた。はっきり言ってオーランドより上──だったな。
かなり危険な奴で、四神全員で何とかそれを倒したらしいんだが、その後ジルヴェスターとウォーレンが立て続けに退役、オーランドも自国へ──それっきり、表舞台に出て来なくなった。
解決した事件にしては何かおかしいだろ。ルーファウスに権力が集中するようになったのもそれからだ」
語り手は四神を知る者。誰もが知る名が登場したことで、御伽話は現実的な過去へと上書きされた。
「それともうひとつ。俺は〈女神の塔〉に興味があって、今もメンバーのひとりを守衛に紛れ込ませてる。そいつからの情報によると、その事件以降ジルヴェスターが何度もそこへ訪れるようになったらしい。
あのオッサンがラナリアに居を移したのも、多分それが理由なんだろう。だがあの天才でさえ未だに制覇できてねえみたいだ。
あちこちでドンパチが始まってんのにまるで見向きもせず、それに掛かりきり。それがさっきの話と無関係だと思うか?」
〈女神の塔〉と言えば、ジュリアたちが挑戦し、やはり途中で諦めたと聞いている。
ジュリアは「女神に会った」と言い張っていたが、試練をクリアしていない以上、それは単なる仕掛けのひとつだろうということで彼らの意見は一致していた。
「で、だ。この2つの話を合わせてみると、ある人物が浮かび上がる。膨大な魔力を使って数々の偉業を遺し、〈女神の塔〉も制覇、晩年にはその研究に没頭したとかいう大魔導師……」
「──ユリウス・キルシュタイン」
勿体振られた答えをルディが出す。師匠と弟弟子が進めているその研究が、以前から気になっていた彼女である。
「確かに魔神の正体がユリウスだったなら、先生の動きとも繋がって来るわ。何百年も前に死んだその彼が、何の代償も払わずに復活したってこと?」
「少なくとも魔神が現れる前、誰かがルーファウスみたいに魔力集めしてた事実なんて無かった──と断言してやってもいいぜ。まるで予定されてた事のように、奴は忽然と──」
話は途中で止められた。
「……見られてんな」
遥か西に、ぼんやりと見える森に目を向けるフィンレイ。しかしセリム以下、ルシアでさえキョロキョロするだけで何も感じない。
「だ、誰に?」
「知るかよ。俺が気付いた途端に気配を消しやがった。完璧な無機物化、恐らく密偵だ」
彼らは暫く様子を窺っていたが、やがてフィンレイが独り言のように言う。
「新生帝国の奴らか? だったら呑気に見てないで、さっさと〈集気変換装置〉の回収に動くはずだ。だが他国の間者にしては──気になる」
「何が?」
「そいつ、笑いやがった。それも、何か良からぬことを期待した時みたいな、歪んだ感情で」
「……そんなことまで分かるのか」
感嘆の声を上げるルシア。いくらエナジーを探る能力に長けているといっても、次元を異にするレベルだ。
それは〈探知〉の魔法より広範囲、且つ正確なのではないか。
「作戦を中止するべきかしら?」
「いや、このまま泳がせて様子を見よう。念のため向こうのチームにも知らせとけ。探し物を見つけても、合図が来るまでなるべく離れた場所で待機してろってな」
その後、敵への警戒によって会話は無くなった。しかしそれから何事もなく、彼らは無事に最初の目標地点に到達する。
些か拍子抜けしたように、〈集気変換装置〉の探索へと移った彼ら。
「違う、もっと右だ。そう、その辺」
フィンレイが指示を出し、クレイグらが探す。傷まみれの顔が苦笑で歪められた。
「……隊長は昔から、人使いが荒かったよな」
「しっ、聞こえるぜオヤジ。あの人の耳の良さは異常なんだから」
暫くして、それを発見したのはルディ。まるで考古学者のようにソロソロと土を掻き分ける手の先に、1つ目の〈集気変換装置〉が。
「あった、あったわよ。地面に埋めて──」
その瞬間、事態が急転する。
顔を上げた彼女を下から照らす光。そして同時に、彼らの死角、左後方に突然現れた何者かの影──。
「ちっ──!」
咄嗟に影とセリムの間に飛び込むフィンレイ。が、そこから振り返る間もなく視界が歪み、彼らは高い場所から落下した時のような浮遊感に襲われた。
「な、な──」
まさにあっという間の出来事。不思議な感覚はすぐに落ち着き、視力も回復したが、彼らが本当に狼狽したのはその後だった。
周囲の景色が変わっていたのだ。
「え、何で……」
「──〈空間転移〉」
目で見るより早く、フィンレイは気配で状況を把握する。そこは最後に見つけるはずだった〈集気変換装置〉のすぐ傍。
全員無事──いや、ルディがいない。彼女に代わる8人目、それはすぐ後ろにいた。
「お前は──!」
〈鬼眼〉ゲイルノート・シュネーベル。向き直った視線の先で、黒衣の騎士が微かに嗤う。




