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逆・召喚魔法

 ルフィーナの王、ダリル・シェレンベルクの居城は、まるで魔王の城だった。来る者を拒むかのように、陽も差さぬ険しい岩山の中にひっそりと(そび)える。

 それは天然の要害であるという他に、地下がドラゴンの棲む洞窟と繋がっていることに理由があった。まさに〈ラストダンジョン〉だ。


 その洞窟、奥深くにて──。


「可愛いエナジーじゃのう、人間にしておくには勿体ない。お主、〈擬態魔法〉を覚えてみんか? ドラゴンもわりと悪くないぞ」

「い、いえ……結構です……」


 しきりにリゼットに絡んでくる巨大なドラゴン。全身を鋼のような黒い鱗に包まれ、僅かな身動きひとつで煽られるほどの風が吹く。

 当たり前のように人語を話す彼は、一目見てリゼットを気に入ったようだ。厳つい顔をデレデレと崩し、そのアンバランスな様相が、訪れた彼らを大いに困惑させた。


「むう。何なのだ、あいつは」

「竜王ハストゥール……のはずなんだけど」

 ムスっとするダイキ、そして苦笑するしかないハルト。


 ハストゥールは、ルフィーナにいるドラゴンの中でも最年長にして最強の力を持つ。3千年以上も生きていると言われ、それが理由なのか妙に人間臭いところがあった。


「全然イメージと違うよな。何ていうか、威厳みたいのが欠片も無え。あれじゃただのエロオヤジだろ」


 ソーマの陰口が耳に入った竜王が、そちらを振り返るなり、突然吠える。

「我は唯一にして至高なる存在。竜族の王、ハストゥールであるぞ!」


 その直後、強固な岩壁に囲まれた洞窟がガタガタと激しく震え出した。

 ソーマは思わず闘気を発動させるが、得体の知れぬ波動が、蝋燭(ろうそく)の火に息を吹き掛けた時のように一瞬でそれを掻き消してしまう。


「──とか、やってた時期もあったがな。肩が凝るのでやめたんじゃ」

 ピタリと収まる嵐。言葉を失う代わりに、ソーマの身体から大量の冷や汗が流れ出した。


「マジで……ビビった。やっぱり絶対に戦いたく無え」

「弱ってはいても、やはり最強か……」

 意地の悪いドラゴンは、それに惚けてみせる。

「はて、最強とな? ならば、どうしてワシらはかつてのアースガルド帝国に負けたのんかいのう?」


 確かにルフィーナこそが最強なら、何処かの属国になどなりはしない。

 ソーマの頭に真っ先に浮かんだ人物が、その答えだ。


「まさか──ウォーレン!?」

「もう20年ほど前になるか。ダリルを背に突撃し、至近距離から奴の──恐らくは全力の迎撃を受けた。その結果、ダリルはベッドから起き上がるのも難しい体となったのじゃ。エナジー組成そのものが破壊され、治癒魔法もまったく効かぬ状態へとな。ありゃワシから見ても次元が違う」


 本物の怪物は他にいた。それもソーマにとって、より身近な所に。


「まあしかし、そうやって完敗したことで、却ってダリルは無用な野心を捨てることができたと言えるじゃろう。いや、本来の道に戻れたというべきかの。争い事を嫌う性質故にワシらと共存できた──それがルフィーナの民じゃからな。

 実際、それ以降は特に(わだかま)りもなく、死力を尽くして戦った仲として、(むし)ろ良好な関係を築いておったよ」


 彼自身にも遺恨は無いのだろう、竜王は豪快に笑う。ラナリアと同盟関係にあったのも、どうやらそのあたりに理由がありそうだ。


「あんたこそ、それだけ強くて本当に力を失ってるのかよ?」

「そうじゃのう……全盛期の半分の半分といったところか。といっても、本当なら400(・・・)年前に(・・・)死んでいたはずの身じゃから、贅沢は言えんが」


 ハルトがはっと顔を上げる。〈例の男〉と同じ時代を生きた、歴史の証人が目の前にいる──何故こんな簡単なことに今まで気付かなかったのか。


「──ユリウスに会ったことが?」

「勿論じゃとも。ワシらはあのボウズに命を救われたんじゃから。竜族の命運は、本当ならあの時に終わっていた。しかし不思議な魔法で、奴はそれを延ばしてくれたのじゃ。

 次の期限を迎えるまでの400年間、新たな方法を色々と試してはみたが、結局それは見付からずじまい──これも天命なのかもしれん。しかし、それでもあと数年は残っていたはずの寿命が、明日をも知れぬ勢いで削られていくんじゃから……まったく堪らんわ」


「新生アースガルド帝国の仕業ね。一足飛びにルフィーナを狙ってきたのかしら」

 ジュリアはハルトに問いかけたのだが、ルディがここぞとばかりに割って入る。


「そうじゃないと思うわ。こんな言い方はアレだけど、今の話じゃ放っておいてもドラゴンは全滅してしまう。逆に、そうなる前に慌てて動き出した。そしてその理由に、ユリウスが関係している──そうよね、ハルト?」


 やはりルディは気付いていた。ジルヴェスターとハルトが密かに進めていた、〈謎の青年〉についての研究に。

 だが今はまだ、それを詳しく話せる段階ではない。知られても問題の無い情報だけを使って、ハルトは上手く話を元に戻す。


「ルーファウスは……亡くなった妻を生き返らせようとしてるんだ。恐らくドラゴンの強大な力を奪って、魔法で何かするつもりなんだろう。つまりルフィーナの攻略なんて、二の次ってこと」

「むむ、ワシらを犠牲にして、人間を蘇らせるつもりじゃと? しかしドラゴンは魔力なんて持っとらんぞ。食う分には好物じゃが」


 そこへ、鋭い鷲のような印象の老人が話に加わった。フィンレイに呼ばれて推参した、ディオニア教国の特殊魔法研究所、元所長のグレゴール・ハウザーである。

「魔力変換装置にして集積装置。それが〈集気変換装置(パワーグラス)〉なのです」


 見た目とは裏腹に、丁寧な物腰のグレゴール。ある程度のことは、彼らも既に聞いている。


「あの砂時計みたいなやつか」

「確か、それを仕掛けておけば、離れた場所からでも狙った力を吸収できるんだったわよね」

「ええ。但し対象からの距離が近い方が、より早く力を集められます。見つかりにくく、且つ遠すぎない場所を選んで設置したのでしょう。それが黒く染まっておるのは、かなりの容量がありながら上限まで達した証拠。異変から10日も経たずにこれですから、このままでは……」

「僅か数日のうちにワシらは全滅──ということか」


 自然と会話が途切れる。それにより、もうひとつの話し声がやけに大きく響いた。


「要するに、急速に力を失いつつあるドラゴンを救って欲しい。それさえ果たせるなら、無条件でアースガルド帝国の傘下に加わってもいいと……そういうことだな?」

『二言は無いよ。ドラゴンは我らが友──それを見捨てるような真似は絶対に出来ない。既にその条件で皆も納得している』


 寝たきりである王との謁見は、彼の持つ〈遠話(コール)〉のスキルで行われていた。レオニールもそれを持っていたから、その立場では何かと便利な能力であるに違いない。


「ねえ、どうしてフィンレイ(あの人)が王様と2人で話を進めちゃってるの?」

「さあ? 何でだろう」

 ジュリアが耳打ちし、笑顔のハルトが小声で答える。しかしフィンレイは地獄耳、しっかりとそれを聞いていた。

「その方が早いだろうが。あいつとは旧知の仲だ。友というより、殺し合いした仲だけどな」


 戦争に干渉しないどころか、それに反対する砂漠の炎輪花(デザートフレイマー)の長であるフィンレイ。彼がここまで前のめりになる理由は1つしかなかった。

 手の中で遊ばせている〈集気変換装置(パワーグラス)〉。その仕組みを、彼は自らの研究に取り込みたいのだ。


『その手の(トラップ)や魔法に(うと)い我々だけでは対処が困難だ。しかしウェルブルグに勝利した程の者たちなら、何とかできるのではないかと思ってね。……そこに四神の影(マスターマインド)までいるのは、さすがに予想外だったが』


 姿こそ見えないが、よく通るその声は彼ら全員に聞こえている。王にして十聖のひとり、〈竜聖〉ダリル・シェレンベルク。

 ルフィーナの歴史とともに歩んできたドラゴンを、彼は自分の代で滅亡させるわけにはいかなかった。


「しかし、よもやここまで小型化が進んでいようとは。さらに〈空間転移(トランスファ)〉の座標に応用するなど、かつての我が研究所を超える規模で開発を進めてきたに相違ありません」


 グレゴールは思ったより饒舌だ。口を閉じた時のイメージから遠すぎて、フィンレイ以外の面々はなかなかそれに慣れない。


「この国に仕掛けられたのは、コレを入れて全部で7個とみたが──どうだ?」

「さすがですな。その通りです」

「7個? 数が合わない……」


 何故そんなことが分かるのかは、相手が相手だからスルーするとしても、ハルトにはそれが解せなかった。


「グレゴールさん、これはひとつにつき、ドラゴンの誰かを狙い撃ちするようなものですか。それとも見境なく?」

「前者です。但し、上限に達しているのはそこにある1つだけですね。遥か西にも……ぼんやりと魔力の塊を感じますが、この距離で感じるほどですから、それとは違う何かでしょう」

「そっちは多分、別の方法で集めた終わったエネルギーだ。10匹のドラゴンに7個のカプセル──まだ仕掛けてないだけなのか、それとももう回収した後なのか」


 人差し指を口許にあて、残りのピースを探すハルト。薄々答えは分かるが、念のためにそれを訊く。


「それをドラゴンに戻すことは可能ですか」

「残念ながら。既に魔力に変換されていますから、もはやドラゴンの力とは別物……かといって魔法士への供与も難しいでしょう。奴らもよく考えている。巨大なエネルギーでありながら、さらなる変換を加えるまで、転用ができない仕組みになっています」


 ハルトは唇を噛みしめた。それでは例え残りを全部回収したとしても、カウントダウンを緩めるだけに終わってしまう。

 ただでさえ滅亡に瀕したドラゴンの寿命。せめて削られた分を取り戻せなければ、彼らを救ったとまでは言えない。 

 

「グレゴール。こいつの仕組みを解析できるか」

「それなりの設備と要員、時間さえ戴ければ」

「知ってる奴に吐かせた方が早いな。なら、これはもう要らねえ」


 フィンレイは手の中でそれを粉々に砕いた。確かにドラゴンに戻すどころか敵に利用されるしかなく、転移座標として使われれば解析すらも危険な代物なら、こうするより他にない。

 しかし少なくとも、これで悪用される可能性はゼロになった。決して何物にも混じることなく、周囲に拡散するエネルギー。


 ちょうどその時、薄暗い洞窟の奥から、ふらふらとした足取りで別のドラゴンがやって来た。


「竜王……様」


 緑竜ゲルト。およそ500年前、最後の母竜から生まれた一番若いドラゴンである。


「どうしたのじゃ、ゲルト。まるで生気を感じぬ」

 竜王よりひとまわり以上小さい緑竜は、何かを言おうと顎を上げたまま、その場に倒れてしまう。


「ちょっと──大丈夫!?」

「まさか、さっきの……」

「えっ? 俺のせいかよ」

「違う。回収した時にはもう真っ黒だった。あれから3日……今になって急変するなんておかしい。

 さっきのは多分、竜王の力を奪い切れず上限に達した物だろう。恐らく別の〈集気変換装置(パワーグラス)〉。一番若いドラゴンが、真っ先にすべての力を奪われたんだ」


 未回収の6個、それが憎むべき装置のミニマムである。フィンレイが数える前に回収された分があるならそれ以上──つまり現在進行形で、危機は続いているのだ。

 緑竜ゲルトは弱々しい呼吸を繰り返し、それは今にも止まってしまいそうだった。


「ハルト! どうにかできないの?」

「失った力を何かで補うしか……」

「ドラゴンさん! この光を受け入れて」


 治癒魔法を発動させるリゼット。すぐさま、翡翠(ひすい)のロッドがそれをブーストした。しかしそれはもともと対人間用の魔法であり、ドラゴンに対して効果は薄い。

 理屈ではそれが分かっていながら、誰も彼女を止めることができなかった。代替案が思い付かないのだ。


 しかしやがて、誰よりも早くハルトがひとつの可能性に辿り着く。


「彼の力を奪った〈集気変換装置(パワーグラス)〉については、今さらどうすることもできないだろう。だけど、力を失った根本的な原因の方なら──何とかなるかもしれない。

 ドラゴンは本来、神獣界にいるべき生き物だ。そこでなら力も奪われないし、回復だって可能になるはず。召喚──呼び寄せる力が違う世界の間に働くなら、こちらから送ることだって……」

「貴方──さすがジルヴェスターの弟子だわ」


 進み出たのはパトリシア。彼女は振り返り、グレゴールに問う。


「お爺さん、神獣召喚は?」

「私は破壊魔法の専門家でして……」

「なら、魔力を貸して」

「魔力供与ですと? そんな簡単に……ぬわわっ──」


 問答無用。どんな能力なのか、パトリシアがグレゴールの魔力を吸い上げると、小さな蛇が瞬く間に輝く光に包まれる。

 そして彼女は──蛇の姿からは想像もつかない、妖艶な美女へと変貌を遂げた。


「まさか──お前、ラシェルか!?」


 それこそが、実際にその姿を見るまで、フィンレイにさえ見破れなかったパトリシアの正体。

 しかし初めて聞く名だ。他のメンバーには何が何やら分からない。


「彼女は──」

「〈魔聖〉ラシェル・ティファート。セヴィオラの天才魔法士だ」

 辛うじて疑問の声を上げたハルトに、薄く汗を(にじ)ませながらフィンレイが答えた。


「私に見とれるのは後! 今から神獣界に突入して、そのドラゴンを向こう(・・・)から(・・)召喚する」


 既に何かの魔法を生成しつつあるパトリシア──否、ラシェル。彼女は自らの腕を躊躇(ためら)いなくナイフで切りつけると、流れ出た血を緑竜の口元へ。

 若き緑竜と、強引に〈契約〉を結んだのだ。


「馬鹿か。魔法士なんかがそこへ飛び込んだら、すぐに神獣のエサにされちまうぞ」

「その前に逃げるわよ。この程度(・・・・)の魔力でも、それぐらいできる。でも逆に言えば、今はそこまでしかできない」


 スカスカになるまで魔力を吸収され、倒れて丸くなったグレゴールの背中が切ない。


「つまりサポートしろと。ちっ、しょうがねえな」

 フィンレイも闘気を発動させた。と同時に、何やら呪文を唱えたラシェルがその場からいなくなる。


「い、嫌だ。そんな所に行きたくない!」

「大丈夫。皆がきっと何とかしてくれる」


 500年も生きているとはいえ、ドラゴンの中ではまだ子どもなのだろう。治癒魔法を発動したまま、リゼットが優しくそれに寄り添う。

 次の瞬間、緑竜のすぐ傍から激しい閃光が放たれた。早くもラシェルの〈召喚〉が始まったのだ。


「まずい、離れろ」

「きゃあっ!」

 しかし恐怖を拭えない緑竜は、リゼットを捕らえたまま放さない。そして、彼女を道連れにするかのように光の中へと消えていく。

「リゼット!」

「よせ、戻れなくなるぞ」


 フィンレイの叫び声に、伸ばされた全員の手が一瞬止まる。ただひとつ──ダイキのそれを除いて。


 リゼットとダイキ。しっかりと繋がれた手は離れることなく、そのまま2人はさらなる異世界へと落とされた。

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