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戦士たちの休息

 セリム皇子によるアースガルド帝国の再建。さらには〈予言の勇者〉が到来し、ラナリアと組むことでウェルブルグに勝利──東方で次々と起こる大事件は、瞬く間にアースガルド中に広まった。


 真の意味でラナリア、ウェルブルグ両国の戦争が終結したと国内では歓迎ムード一色だが、他方、各国の反応は様々である。

 いち早く祝辞を送ってきた前者の同盟国ルフィーナ。彼らにすり寄る形で、援軍を求める早馬が数件。それに対し非難や敵対を表明する国は無く、対応を決めかねているのか、静観する国が最も多かった。

 最も注意しなければならない新生アースガルド帝国も、不気味に沈黙したまま、今のところ特に目立った動きは見せていない。


 新体制の構築や諸国への対処など、やることが山積みの彼ら。だが今は、束の間の休息──ここラナリア城では、戦勝を祝うパーティーが催されていた。


「総力戦で掴み取った勝利だ。皆の力が合わされば、強敵を……その、打ち破ることだって、決して不可能じゃないと証明された……」


 セリムの勝利宣言はいつもの彼らしさが見られず、どこか歯切れが悪い。視線もチラチラと、落ち着きなく動く。

 だがそれも無理からぬことであった。すぐ隣には、何と()敵国の王、レオニールの姿が。


 ルーベルク家を継ぐと決まった以上、彼がラナリアにいること自体は不自然ではないが、これは対ウェルブルグ戦での勝利を祝う席である。普通なら居辛いだけの場に、堂々と姿を現したその度胸──それは(むし)ろ潔い。

 そもそも、ウェルブルグ勢の中では、彼は両腕をバキバキに折られたクロードに次ぐ重傷者だった。彼を倒したソーマでさえ、まだ万全ではなくベッドの上。それより先に完治するとは、彼もまたバケモノの類に相違無かった。


「何か……調子が出ない」

 平然と佇むレオニールとは対照的に、セリムは小さく溜め息をつく。


「ねえハルト。これも美味しいよ」

「どれどれ……ホントだ、どこか違う国の料理かな」


 気まずい空気の中で、まるで異空間に隔離されたかのように、仲睦まじく寄り添う2人。ハルトとジュリアである。

 何でもない会話の、語尾すべてにハートマークが付いているかのようだ。見るのも聞くのも、周りの方が恥ずかしくなる。


 そこへ、赤い顔をしたルシアが歩み寄った。

「ハルト。セノール家の家訓は厳しいものばかりだぞ。覚悟は出来ているのだろうな?」

「へっ──?」


 ルシアは酒に弱い。まだ宴は始まったばかりだというのに、既に出来上がった彼女は、妹と付き合うことになった少年に容赦なく絡む。

 

「き、気が早いよ姉上。あたしまだ15だよ?」

 こちらはただの赤面。それ以上の発言を阻止しようと、ジュリアは大慌てで首と手を振った。


「善は急げと言うだろう。だが、くれぐれもジュリアを泣かせてくれるな。もし泣かせるようなことがあったら──その時は」

 ゆっくりと、殺気さえ覗かせて、ルシアはハルトに迫る。

「私も泣くぞ」

「何でだよ!?」


 意味が分からない酔い方をするルシアに、さすがのハルトもどう対応していいのか分からなかった。


「いいなあ……」

 少し離れた場所から、それに羨望の眼差しを向けるリゼット。彼女の想い人は、フィンレイに連れられ何処かへ行ったきり、まだ戻らない。

 彼の師は、弟子が〈二番手〉の相手に選ばれたことが気に入らなかったらしく、こんな時でさえダイキに特訓を課しているのだった。


「私も、あんなふうに素直になれたら……」

 小柄な魔法士が寂しそうに(うつむ)くと、素直すぎる少女が急に大声を張り上げた。


「ソーマ!」

 ルウだ。何やらこそこそと場に姿を見せたソーマに、HPが削られるほどの突進で飛び付く。

「ぐえ」

「良かった。治ったんだね!」


 今の一撃で傷口が開いた。ソーマは悶絶し、答えることさえ出来ない。

 それでも顔を上げ、そして彼ら(・・)がそこにいるのを認めると、慌てて逃げ出そうと身を(ひるがえ)す。


「漸く起きたか。そのままずっと、死んだ振りでもしてるのかと思ったぜ」

 戦翼傭団(ウイング)のマックス。ヴァシリーが既に、ソーマの退路を断っている。


「な、何でお前らがここにいるんだよ。任務以外のことには干渉しないはずだろ」

「ただ待ってるだけじゃ腹も減るだろうが。どうもご馳走様。──さて、行こうか」


 強引にルウから引き剥がし、途轍もない握力でその腕を掴むと、マックスはソーマを連れて外に向かう。


「待って、何処に行くの?」

 慌てて呼び止めるルウに、ソーマではなく筋肉の巨人が振り返り、明快に答えた。

「決まってんだろ、修行の続きだよ。〈覇剣〉の伝授はまだ終わってねえ。寧ろこれからが本番だ」


 〈覇剣〉は全部で4つの系統、それぞれ3段階の技から成ると、ソーマは聞かされていた。基本技でさえ、敵軍を蹴散らすという意味で〈覇軍〉、応用技は国をも揺るがす〈覇国〉、そして奥義は世界を変える〈覇界〉と別称が付いている。

 それが大袈裟でも何でもない、強すぎる剣技。継承者に選ばれたとはいえ、そのすべてを習得するのは簡単な道程ではない。


 ソーマが使えるのは、そのうちスピードに特化した〈無煌閃空剣(グロウレスグロウ)〉の系統のみ。確かにまだ3系統残っていた。

 他ならぬセリムのため、戦があればそっちを優先するが、それ以外の時間は修行に励む約束なのだ。


「嫌だ! もうあそこには戻りたくねえ!」

 吐き気を堪えてソーマが叫ぶ。しかしマックスの手から、簡単に逃れられるはずもない。


「行かせない」

 修行(じごく)行きを拒否するソーマを助けるべく、ルウが彼らの行く手を塞いだ。宴の席だから帯剣こそしていないが、今にも闘気を発動せんばかりの勢いで、彼女は大男を睨む。

「力づくでも、止める!」

「どうやって?」


 少女の背筋を、冷たい風が吹き抜けた。籠手に仕込まれたヴァシリーの刃が、静かにその首に添えられている。


「う──」

 素早さには自信のあるルウだが、それとヴァシリーは比べるべくも無かった。戦翼傭団(ウイング)において、マックスがパワーで最強なら、彼はスピードで最強の戦士である。


 だがそこへ、意外な助け舟が。器用にドレスの裾を持ち上げながら、負けてはいられないと駆け寄ったのは、かつてソーマを守ると誓ったリーザ。


「ソーマは嫌がっているではありませんか。それを無理矢理、連れて行くというのなら……」

 皇女は顔を真っ赤にしていた。どうやら怒っているらしい。

「私を倒してから、行くことです!」

「はあ?」


 思わず間の抜けた返事を口にするマックス。リーザの戦闘力は、ほぼ──いや、はっきりとゼロだ。

 セリムが血相を変えて輪に加わった。


「ま、待ってよ。ソーマのこととなると、姉様は人が変わるんだ。勿論、冗談だよ」

「冗談などではありません。私は本気です」


 ルウとリーザ。彼女たちが戦っているのは、戦翼傭団(ウイング)の2人か、それともお互いに対してか。


「おいおい、本当にいいのか? ゆっくりやっても1秒かからねえぞ」

やめろ(・・・)


 喜劇のような空気が一変する。その一言は、歴戦の傭兵2人を、無意識のうちに戦闘モードへ導いた。


「冗談でも、その2人に武器を突き付けるような真似……すんじゃねえよ」


 マックスに捕まったまま、ソーマから発せられる怒気──それがただならぬ気配の理由だと気付いた彼らは、緩やかに戦闘態勢を解く。

 僅かだが冷や汗が(にじ)むのを、はっきりと自覚した2人。


「──言うようになったじゃねえか」

「せめてどっちか1人にしてよ。モテないマックスが(ひが)むでしょ」


 マックス、そしてヴァシリーは、ソーマの成長をすぐ近くで見ていたから、その力の程もよく理解している──と勘違い(・・・)していた(・・・・)

 レオニールとの、僅か5分の激戦を経て彼はさらに強くなっている。恐るべき早さで、彼らに近付いてくる。

 それは〈軍神の寵愛(アレスフェイバー)〉に〈覇剣〉という反則技を加えたら、彼らでさえ勝敗は分からないと思える程に。


「気構えひとつで、ここまで変わるか」

 ずっと無言のまま見ていたレオニールが、思わずそう呟いた。


 王では無いソーマが、国や民のためという大義名分ではなく、もっと直接的に感情に訴えるものをその理由にした時、そこには一体どんな戦いが待っているのだろうか。

 それを楽しみに待ってはいけないと、彼は自分を戒める。何故ならそれは、ソーマが戦争の惨禍(いみ)を知るのと同義だからだ。


 より一層、気まずくなった雰囲気を見かねて、ここでハルトの登場。彼は一言で場の空気を変えた。


「ソーマは勉強(・・)しに行くんだよ。例え本人が嫌がっても、それはやらなきゃいけないことだろ?」


 気勢を削がれるルウとリーザ。子どもに対するそれのように、沸き起こった使命感のようなものが、彼女たちの気持ちを上書きする。


「レベッカみたいに? 勉強なら……しなきゃダメだね」

「仕方ありません。ソーマ、あまり駄々をこねるものではありませんよ?」


 2人はあっさりと意見を覆してしまった。ソーマ争奪戦、終了。


「お前らまで……おい、ハルト。何か上手く(まと)めてんじゃねえよ!」

 そのハルトは勿論、ソーマを送り出すつもりだ。この期に及んでソーマは解放を訴え、抵抗を試みるが、残念ながら味方はもういない。


「あはは、諦めるしかなさそうだね。バイバイ、ソーマ」

「てめえ、この──仲間を売る気か! 放せ、こら」

 絶叫が遠ざかる。暫くすれば、別の国で別の意味のそれが響くことになるだろう。


「ちょっと、羨ましいかも」

「羨ましい?」

 少し時間が経って──ぼそっと(こぼ)したセリムの呟きを、ハルトが拾い上げた。


「あの2人って、表向きはソーマの監視役とか言ってたけど、実は護衛だったんじゃないかな。聞けば、フィンレイもダイキの戦いを見てたらしいじゃないか。危なくなったら、きっと助けるつもりでいたんだよ」


 ソーマはウォーレンに選ばれた〈覇剣〉の継承者、ダイキはフィンレイが探していた〈闘魂(スピリッツ)〉の所有者である。彼らは戦争に不干渉の立場を表明していたものの、確かに、いざとなればその可能性はあった。


 しかし、それが羨む理由ではないだろう。護衛というなら、ルシアを始め、セリムを守る者の方が遥かにその数は多い。

 加えて、ヘルマンを始めとする闇の一族──〈鬼影衆〉がいる。それは、実在するかどうかが議論になるほど、影であることに徹したジルヴェスター個人の配下。彼らがいる限り、セリムの身に滅多なことは起こり得ないのだ。

 (もっと)も、誰とも分からぬ人間が、姿も見せずずっと傍にいるのは気分がいいことではないだろうから、ハルトはそれを話してはいなかった。その彼でさえ、ヘルマン以外の人物は見たことも無い。


「もともと強いのに、凄い師匠がいて、さらに強くなれるんだから。僕も誰かに師事できたら……」

 それが、自立心の強い彼の望み。上からものを言うだけの皇帝にはなりたくないセリムである。


 剣術の師ならルシアがいるが、皇子たるセリムには、政治や経済──他にも多くを学ぶ必要があるだろう。

 それに相応しいかどうかはともかく、彼の教育を担当していたマティアスはもういない。


「レオニールは? 系図はちょっと遠いけど、同じ皇族になるわけだし、彼なら進んで引き受けてくれるだろう。それに自分が認めた人物からの教えなら、吸収も早いしね」

「成程。まだ身内になる実感がなくて、考えもしなかったよ。忙しいだろうけど、お願いしてみようかな」


 どんな話でも、すぐにハルトは的確な答えをくれる。セリムは改めて、それを頼もしく感じた。


「やっぱりハルトは凄い。誰かの助けが無くても、作戦を次々と的中させちゃうんだから」

「……本当にそう思う?」

 途端にいつもの微笑を崩し、ムスッとした顔を見せるハルト。セリムはびっくりしたように押し黙る。


「確かに今回の作戦は僕が考えた。結果的に、それがすべて上手くもいった。だけどね、先生に言わせりゃ穴だらけ──運が良かっただけなんだ」


 レオニールをルーベルク大公の跡取りとしてラナリアに迎え、ウェルブルグ勢をすべて味方に抱えるという、突拍子もないアイデア。それを基本に据えれば、普通に勝利するより遥かに難易度が上がり、勝率としては下がる。

 ハルトはどうしてもそれを成し遂げたかったが、必勝とまで言える策は、結局思い付かなかった。


「特に最後。レオニールが5分で決着をつけると言った瞬間、〈看破(インサイト)〉が示す勝率は17%まで落ちたんだから」

「じゅ……そ、それにすべて賭けたってこと?」


 確かにその時、ハルトが顔色を変え、それが自身を不安にさせたことをセリムは思い出す。


「勿論、僕はソーマを信じてたさ。だけど『賽子(さいころ)を振るような軍師になるな』ってのが、先生の教えでね」


 要するに──どういうことなのか。まだセリムには分からない。


「修行の成果を存分に発揮させて、危なく(・・・)なったら(・・・・)助けに入るとか、先生はそういう人じゃないんだ。

 言わなかったっけ、僕の策は(・・・・)ここまでだって。もし本当に負けそうになったら、〈謎の天変地異〉が起こって、勝負自体がうやむやになる予定だった」

「──ええっ?」


 臨機応変な対応は必要だが、必須ではない。戦う前にすべての決着をつけておく──それが、軍師としての理想の姿。


「まあそれも、僕がまだ未熟なせいなんだけど……何か悔しいだろ。弟子の僕まで、ずっと掌の上で踊らされてたみたいでさ」


 つまりハルトもまた、師匠のフォローを受けていたということだ。負けず嫌いな彼が、それを素直に喜ぶはずがなかった。

 苦笑いを浮かべるセリム。ジルヴェスターの存在は彼の記憶には無いが、目の前の少年軍師が成長すれば、きっとその人物像と重なって見えるに違いない。


 厳しくもどこか甘い3人の師匠と、何とかその手を借りずに事を成し遂げた弟子3人。彼らの良好な(・・・)関係は、まだこれからも続いていく。

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