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ソーマ VS レオニール

 1分。


「はあ、はあ……」

 早くも息を弾ませるソーマ。だがそれも無理からぬことだ。全身に付いた剣傷は、既に20を超えていた。

 そのうちいくつかは相当な深手──闘気を、それも大量に使って応急処置しなければ、敗北だけでは済まない。


 一方、宣言どおり最初から飛ばしてきたレオニール。全開まで高めた闘気、臨機応変の剣技、そして勝利への気迫。そのどれもがソーマを圧倒する。

 しかし、ここまではっきり明と暗を分けた理由、それは王が持つ特殊能力にあった。


 〈先見の明(フォアサイト)〉。


 最大でも10秒程度だが、それは具体的に展開(さき)を読ませる。不都合があればそれに干渉することができ、常に自らを有利にする選択が可能──極めて実用性に優れたスキルだ。

 攻防にも気を配るこの状況では、効力はおよそ3秒程度であろう。しかし1対1のこの場面。歴戦の士であるレオニールには、それは気が遠くなるほど長い猶予であった。


「ちょっと……ズルくねえ? それ無しでやろうよ」

「言ったはずだ。私は一切の油断をしない」


 ウォーレンとの修行で、ソーマは劇的に強くなった。単純な能力比較なら、スピードとスタミナ、それに闘気量で彼が上回る。

 攻撃力や防御力ではやや劣るものの、それだけでここまでの差はつかないだろう。やはり〈先見の明(フォアサイト)〉を何とかしなければ、ソーマに勝ちの目は無い。


「にいちがに、ににんがし、にかんが……」

「右からの斬撃。それを上へ弾けば(ふところ)が空く」


 レオニールが神のように予言(・・)し、その敬虔な信者であるかの如く、またしてもソーマは斬られる。


「心を読んでいるわけではないぞ。別のことを考えても無駄だ」

「痛ってえ……洒落まで通じねえのかよ」


 そのスキルは強制ではなく任意型──あくまでも現在の視野に織り混ぜて先を見ているのだから、隙はあるはずなのだ。

 しかし、レオニールがそれを身に付けてからもう20年近くになる。そう容易く、使うべきタイミングを外してはくれない。


 加えて、5分という制約も効いているだろう。長期戦になるほど有利となるスキルを封じるだけでなく、決して無理をさせないよう、彼は心理的にも敵を追い込んでいた。

 その猛攻に5分間耐えきれば、彼を倒せずともソーマの勝利となる。それが無意識にせよ、思い切った戦術に踏み込むのを、ソーマに躊躇(ためら)わせているのだ。


 2分。


(うず)くな。あいつと()ってみてえ」

「それ、本気で言ってる?」


 戦翼傭団(ウイング)のマックスとヴァシリー。彼らは、戦いが始まると同時に腰を浮かせ、近くまで移動していた。


「何だよ。俺じゃ無理だって言いてえのか」

「もしあいつを仕留める指令(ミッション)が出たら、間違いなく1級になるでしょ。たぶん〈四神を継ぐ翼(エア・ウイング)〉全員での仕事になると思うけど」


 煌国の四神を苦しめるライバルとして認められたのが、レオニールもそのひとりである十聖だ。最終的には前者に軍配が上がったが、力は互角と言っても過言ではない。


「でもあいつは、団長に手も足も出なかったって聞いてるぜ?」

「いつの話だよ。〈勇聖〉のピークは今、それぐらい分かるでしょ。つまんないことばかり言ってると、本当に殺すぞ?」


 いつもならそれに噛み付き、ケンカが始まる場面。しかしマックスは舌打ちしただけで、それきり口を閉ざした。


「今ならば──時々、そう考えることがある」

 剣戟を止めることなく、王は語る。


「世界最強と言われたあの男とも戦える。いや、勝つことも決して夢ではないと」

「ウォーレンのことか。悪いけど、あんたにゃ無理だぜ」

「彼を知っているのか?」

「俺は戦翼傭団(ウイング)でもあるんだ。思い出すのも嫌になるくらい、みっちり鍛えられたよ」


 それを聞いた王は驚きの表情を浮かべ、そしてすぐに口角を上げた。


「ほう。では君は、あの男の弟子ということか。ならばその歳で、そこまで力を付けたことにも納得がいく。

 こちらはいずれ再戦を挑む身──まずは弟子の方から叩かせてもらうとしよう。失礼の無いよう、全霊をもってな!」


 炎装連舞〈真〉、竜牙虎咬!


 それは正面からの斬り込みだった。だが対処は可能──ソーマは鋭い牙のような剣撃を刀で受け、ほんの刹那、2人の動きは止まる。

 しかし次の瞬間、レオニールの全身から吹き出す灼熱の咆哮(ほうこう)。ソーマは至近距離からそれを浴びた。


「ぐうわあっ!」

「初撃を止めたくらいで図に乗るな。手を(・・)抜いた(・・・)攻撃には必ず二の手がある──常識だぞ」


 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。レオニールはさらにソーマを追撃した。


 3分。


 〈龍爪〉では(かわ)される。〈虎擘(こはく)〉はなおさら無理だ。避けられるかもしれない──自らを信じる気持ちに一点でも曇りがあれば、それは本来の効果を発揮しない。

 蒼真流の奥義で、ソーマが使えるのはその2つだけ。ならば、打つ手はひとつしか残されていなかった。


「30秒、いや20秒でいいからさ、ちょっと時間くれよ。すげえ技があるんだ」

「残念だが。意外にというかやはりというか、君はしぶとい。それに応えてやる余裕は無さそうだ」

「あんたは案外ケチだよな。王様なら、もっとドーンと構えてろっての。……流れの中で、できるかどうか分かんねえけど」


 ──やってやるよ。


 ソーマは正眼に構えた。マックスとヴァシリーがその気配に気付き、身を乗り出す。

 〈覇剣〉──準備時間は足りないが、『万全でなければ使えぬものを技とは呼ばぬ』という師の言葉を思い出したソーマは、大きく後ろへ跳躍、その刀を高く(かざ)す。


 だがそれは、何のことはない、闘気を乗せた普通の剣撃波──レオニールは笑みさえ浮かべ、そして見た。


 斬られる(・・・・)


 ソーマが刀を振り下ろすのと同時に、それは実現した。高価な鎧を紙のように、そして闘気に守られた肉体をも容易く斬り裂く。


 (きらめき)の太刀──〈音煌〉!


「ぐ……」

 確かに〈先見の明(フォアサイト)〉は働いた。が、対処が間に合わなかった。

 無意識に体が反応し、急所は免れているものの、傷は決して浅くない。


 それまで一方的にやられ続けたことで、〈背水の陣(リスキーバースト)〉が働き、ソーマの攻撃力は上がっていた。適用範囲が広い分、それに比すれば僅かだが、セリムの〈鼓舞(インスパイア)〉も後押ししただろう。

 しかしそれだけではない。スピードに特化した斬撃──回避や防御が困難である証明は、今の一撃で充分だ。


「音速の剣撃波──だと?」

 初めて焦りの表情を見せるレオニール。最強のスロースターターの、やや早い──否、(はや)い反撃が始まる。


 4分。

 

「時間をくれ……そう言ったからには、まだ疾くできる。音速を超えてそれは上がり、やがて光速に至る──それが奥義か」


 人間が音速を超える、まして光速の技を放つなど(にわか)には信じられない。だが、相手はウォーレンの弟子であり、使ったのも恐らく伝説の〈覇剣〉。返事は無いが、外れてはいないとレオニールは読む。

 彼は、傷の回復より膂力(りょりょく)の向上に闘気を割いた。少しでも気を抜けばやられる。自らに課した制限時間もあと僅か──ならば敵の攻撃を受ける前に、勝負を決めるのみ。


 炎装連舞〈終〉、煉獄流破(れんごくりゅうは)


 炎に包まれた全身すべてを凶器と化す、レオニールの最終奥義。〈先見の明(フォアサイト)〉を持つ彼に、一撃必殺は必要ない。

 そのまま敵の攻撃を躱し、追い込み、削った上でとどめを刺す。正々堂々、完膚なきまでに──正面から彼は突撃した。


 それに対し、再び後ろへ跳躍して時間を稼ぎ、頭上高く刀を構えるソーマ。後手を踏んでも、その技は敵の攻撃より早く届く。

 しかも、初めてダメージを負わせたことで、今度は溜めの時間が作れた。音から光へ、さらに昇華されるその斬撃。


 煌の太刀──〈光煌〉!


「無駄だ!」

 しかしレオニールも、今度は落ち着いてそれを見て(・・)いた。

 刀が振り下ろされる角度、そこから真っ直ぐに伸びる光線。前もってそれが分かれば、ほんの少し進路を変えるだけで、その軌道から外れることができる。光をも躱す、彼以外には成し得ないその動き。


 ──〈覇剣〉でさえ、今の私には無力。


 光速の斬撃をやり過ごし、レオニールはニヤリと笑う。しかし、隙だらけのソーマを斬るはずだった先見(つづき)は、彼の予想とは異なった。

 背後からの炸裂音。距離を詰める彼が、始めにソーマがいた場所を通過するとそれは起こる。思わず足を止め、身構えるレオニール。


 パーン!


 先見から少し遅れて、乾いた音が戦場に響いた。だがそれだけだ。色も形も、その後の出来事さえ何も無い。


「──気付いてるか? もう20秒、あんたの攻撃は止まってる」

 レオニールがはっと顔を上げると、ソーマが再三、刀を振り上げていた。しかも今度は、明らかに様子が違う。

 膨れ上がる蒼い闘気。歴戦の王さえも(しの)ぐ、その爆発力!


 煌の太刀──〈無煌閃空剣(グロウレスグロウ)〉!


「舐めるな。どんな技だろうが私には──」

 目を凝らした瞬間、既に(・・)王は(・・)斬られて(・・・・)いた(・・)


 左の肩から右の腰へと抜けた一閃──先見ではなく実際の出来事。意味も分からぬまま、レオニールは衝撃で吹き飛ばされる。


「馬鹿な──何故……だ」

 〈先見の明(フォアサイト)〉にそれは映らなかった。見逃した──いや、見えなかった?

 防御を捨てたことが仇となる。それは、勝敗を決するに相違ない一撃。

 

「斬ってから刀を逆に振り、構えに戻る──ように見える。難しいことはよく分かんねえけど、光速を(・・・)超えると(・・・・)そうなるらしいぜ。理由が後から来るんだ。最初に見えるのが斬られる瞬間なら、どうやっても防げねえって」


 基本技の〈音煌〉、応用技の〈光煌〉、そして奥義の〈無煌閃空剣(グロウレスグロウ)〉。それは覇剣の中でも最速の奥義であった。


「あんたを倒すにはこれしか無かった。けど溜めの時間が無きゃ出来ねえ技。『手を抜いた攻撃には必ず二の手がある』──そのヒントをくれたのは、あんただ」


 さっきの炸裂音は、魔法剣によるものである。だが闘魔比の魔率が僅か5%のソーマに、大それたそれは使えない。いつかロイに仕返ししようと企んでいた〈ビックリ玉〉──つまり大きな音を立てただけだ。

 単独で必殺技となり得る、光速の斬撃さえも(おとり)に使い、低レベルの魔法剣で動きを止める。緊迫したこの場面で、レオニールには思いもよらぬその発想。

 それによってソーマは、奥義を放つには足りない時間を補うことに成功したのである。


 レオニールは立ち上がろうとして──できなかった。まだ制限時間内。確かに勝敗はついたが、それを制したのはソーマだ。


 そして、5分。


 こんなにも遠いのか。世界最強の男に刃が届く遥か手前で、その弟子の手により、レオニールの覇業は阻まれた。

 倒れたまま動けぬ彼に、セリムとハルトが歩み寄る。すると王は、顎だけを上げて、信じられぬ言葉を口にした。


「……頼む、命だけは……」


 あれだけ悠然と構えていた、王の命乞い。少年たちは驚きのあまり、顔を見合わせる。


「無様だと……笑うだろうな。あれだけの大言壮語を吐きながら……だが私は……まだ死ぬわけにはいかないのだ。

 お前たちが実力を備えていることは分かる。将来的には……さらに強くもなるだろう。それでも……〈奴〉は止められん」


 レオニールは個人を指してそれを言った。彼が目指す最強の男──それに比肩する四神のひとり、ルーファウス・シュトラー。

 王は少年たちより〈敵〉をよく知っている。他ならぬその男が反乱を起こしたことで、最も強い危機感を持ったのが彼であった。

 誰よりも早く独立を宣言したのもそのため。少しでも国を大きくし、それに抗えるだけの力を備える──強引な手ではあったが、ラナリアへの侵攻も、その意味では目的ではなく手段だったと言える。


「虫のいい話だ。恥知らずだということも……重々承知の上で言う。私にこのまま……剣を握らせてくれ。民を守らせてくれ」

 彼の率いるウェルブルグに勝利を収めてさえ、セリムたちでは新生アースガルド帝国には敵わない。それが、実際に〈敵〉と戦ったことのある王の主張。


 ハルトはすぐにその意味を理解した。ソーマの〈覇剣〉を始めとして、今回、各所で展開されたすべての戦いで、〈初見殺し〉を連発したことにその勝因がある。言わば不意討ち──情報はあっという間に拡散するであろうから、これからも同じ手が通用するとは考えない方がいい。

 仮定の話が許されるならば、彼らがウェルブルグと再戦した場合、かなりの確率で敗北を喫することになるだろう。これからも勝ち続けるためには、奇抜なアイデアより、安定した力こそが必要になる。敗れたとはいえ、それを持っているのはウェルブルグの方なのだ。


「頼む……」

 自国民を守るためなら、迷わず敵に頭を下げる──それがレオニールという男だった。

 しかし若き皇子は、不満げに首を振る。


「残念だけど、〈決闘〉の結果は変わらない。何でも言うことを聞く──それが条件だったね。だったら、ウェルブルグの獅子王ことレオニール・ヴィンフリートには、この世から消えてもらう」


 唇を噛み締める獅子王。皇子は続けて、命令するかのようにそれを告げた。


「今日から貴方は、レオニール・ルーベルク(・・・・・)だ」

「なに……?」


 聞き間違いか。瀕死の半身を起こしてまで、レオニールは少年皇子の顔を見た。


「知ってのとおり、ルーベルク大公には跡継ぎがいない。それを貴方が継ぎ、ウェルブルグ王位は弟のクロードに譲る。それが〈決闘〉に負けた貴方に課す、僕らの望みだ」

「馬鹿な……ラナリアを、くれてやるというのか」


 さすがに予想外の要求──いや、それを通り越して、王には意味すらも理解できない。

 しかしすぐ、彼らの軍師が一言でそれを説明した。


「そのラナリアは、アースガルド帝国の盟友だということをお忘れなく」


 笑みを浮かべるハルト。ラナリアは事実上、彼らの盟友ではなく傘下にある。つまり「レオニールが彼らの軍門に降る」というのがその真意。

 しかも、それにはまだ続きがあった。


「〈決闘〉で交わせる約束はひとつだけだからね。ウェルブルグについては何も言えない。次代の王はフィオナかもしれないし、貴方を見限って、あくまでも対立するかもしれない」


 そんなことはあり得ないと──分かっていながらハルトは言った。結束の固いウェルブルグ。彼らは、レオニールが王だから従っているのではない。王が他ならぬ彼だからこそ、それに追従してきたのだ。

 そのレオニールがラナリアの覇権を握るならば、ウェルブルグの資源問題は解決したも同然、そもそも争う理由自体が消滅する。但しそれは、セリムの下にレオニールが、さらにその下にクロード、或いはフィオナが連なる構図が完成することを意味していた。


「そういう……ことか」


 ここまでが敵の作戦だったのだと、王は悟る。レオニール以下、ウェルブルグをすべて(・・・)配下に加えるには、ただ戦に勝利するだけでは叶わない。

 他の主要メンバー全員の命を奪うことなく完勝し、王に〈決闘〉を持ちかけた上で、用意していた〈跡継ぎ〉のカードを切る。その過程で少しでも遺恨を残せば、それは到底受け入れられるものではなかった。


「これからはラナリア()〈自国〉になる。だから、命がけで守ってもらうよ。貴方が大陸中にそれを広げて、その頃にまだ僕が未熟者なら、その時こそ本当に道を譲ったって構わない」


 セリムが真剣に語るが、レオニールにもうそんな気は起こらなかった。初代皇帝の面影を色濃く残し、あくまでもアースガルド全土のために戦うと言い切る皇子──やはり器が違う。

 まるで先見のスキルがそれを見せたかのように、王の瞳に映るのは、夢を幻想に終わらせないだけの力を秘め、やがて皇帝となるであろう凛々しき皇子の姿。


「……敵わんな。お前たちならば或いは……いや、それが足りぬというなら、私が後ろから支えれば済むことか」


 王は〈決闘〉の結果を受け入れた。


 それから一気に、戦場は慌ただしくなる。双方分け隔てなく、負傷者の治療にあたることが命じられたのだ。


 基盤を大きく拡大したアースガルド帝国。この勝利によって、彼らはさらに大躍進を遂げることになるのである。

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