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キレイ事とハカリ事

 勝利──じりじりとした時を過ごしていた彼らは、別動隊からの吉報を受け、漸く安堵の表情を浮かべた。

 しかしすぐにそれを引き締めると、ハルトはドアの方へ歩き出す。


「さあ、行こうか」

「う、うん」


 緊張したようにその後に続くセリム。ここフォルセム砦における攻防も、同じく最終局面を迎えている。


 砦の西側、ウェルブルグ方面に取り残された敵軍は退却を余儀なくされ、かなり後方へ引いた位置で待機していた。守勢である彼らは砦から動かず、両者が戦況を窺っている状況だ。

 一方、東のラナリア方面では、四重炎(フォーブレイズ)を始めとする赤天騎士団が敗北。結界に捕らえられた獅子王ことレオニールが、依然として孤立したままであった。


 まさに彼らが思い描いたとおりの、理想的な形。しかし正直に言えば、ここまで上手くいくとは考えていなかったセリムである。

 それ程までに、ハルトが立案したこの作戦は、あまりに非現実的、且つ突拍子もない考えに基づいて成立していた。


 その原案は、レオニールが3ヶ月前に単身で宣戦布告した、あの席上で決まっていたという。

 ヴィンフリート家3人を捕縛した上での完全勝利。隔離するはずだったドミニク将軍の参戦で多少の混乱は起きたものの、結局は彼をも虜囚とすることに成功し、却って予想以上の戦果となっている。

 

 残るは最後にして最大の難敵、レオニール・ヴィンフリートだが──その前に、セリムにも仕事が待っていた。

 彼らが要塞を出て戦場に降り立つと、それに気付いた獅子王が静かに顔を上げる。


「その様子だと、わざわざお知らせする必要はないみたいだね」

 まだ結界の効力は続いているとはいえ、敵軍最強の男に(おそ)れることなく近寄るハルト。レオニールは〈遠話(コール)〉のスキルが使えるから、コレム平原での出来事も逐一把握していたであろう。


「何のつもりだ?」

 隣国の王は、若き軍師に鋭く返した。彼らがそこへ来た意味を察しての質問である。

「僅か3人の将官(・・)と、ウェルブルグの未来。秤にかけるとでも思ったのか」


 捕虜の命と引き換えに、降伏を勧告しに来た──彼はそう受け取ったようだ。しかしその戦意は(かげ)るどころか、怒りによって益々高まっている。

 炎のような闘気を発動させると、彼は抜剣し、その先を彼らに向けた。


「私は単騎でもエルムトを落とすぞ。この結界は時間の制約があるタイプだろう。それまでの命だ──震えながら待つがいい」


 セリムはごくりと唾を飲んだ。その発言には一切の誇張がない。彼ならば、万を越える敵を蹴散らし、本当にそれをやりかねなかった。


「弟や妹を切って捨てるとはね。王としての覚悟はさすが──だけど、そうじゃないんだ。決着はここでつけるつもりだよ」

 いつもの微笑を浮かべて、ハルトが応える。死の宣告を受けながらその余裕。3ヶ月間の成長を、レオニールはそれに感じ取った。

 ここまでの戦況を作り出したのは、他ならぬこの少年だと彼は信じている。ただ殺すには惜しい逸材──何としてもウェルブルグの陣営に加えたいというのが、その真意(ほんね)


「得意の策謀か。私の動きを封じながら、追撃してこなかったことと繋がりそうだな。ローリスクで打てる手があるとは思えないが……いや、君のことだ。ここは甘く考えない方がいい」

「買い被りだよ。それに、それをするのは僕じゃなく、彼さ」


 ハルトはセリムの背中を押した。親子でもおかしくないほど歳の離れた、2人の主導者が顔を合わせる。

 レオニールがギラリと若き皇子を睨み付けるが、セリムはもう臆することなく、それを受けて立った。

 

「そしてもうひとり」

 ハルトが示した先から、剣を携えた少年が歩いて来る。ソーマだ。


 まだ見ぬ最後の〈予言の勇者〉。レオニールも彼の存在は気になっていた。

 闘気を読む限り、確かに年齢の割りには恐ろしく強い。但しそれは一般論で、王を基準にすれば評価は異なる。さすがに、彼の存在を以て〈決着〉というわけではないだろう。


 しかしここで、意を決したようにセリムが意外な言葉を口にした。


「僕は貴方に、〈決闘〉を申し込む」

「何──?」


 レオニールは耳を疑う。それは事前に取り決めた条件を敗者が遵守する、古来からの仕来(しきた)り。かつてソーマが山賊の首領と交わしたものと同様、つまり1対1の勝負を意味する。


「何を言い出すかと思えば。気でも触れたのか」


 最終局面に差し掛かった戦争は、アースガルド帝国・ラナリア大公国の連合軍が、既に圧倒的優位に立っている。ウェルブルグ軍が勝利するためには、味方と分断されたレオニールが、ひとりで何千という敵を突破しなければならない。

 それを敵の方から、わざわざ1対1にする意味など何も考えられなかった。しかも彼は十聖のひとり。それに勝つどころか、まともに戦える人間さえ少ないだろう。


 しかしセリムは本気だ。


「残念ながら僕には、貴方と対等に戦えるだけの力は無い。だから〈代理〉を立てさせてもらう」


 そこへ颯爽と現れたソーマ。しかしボスの視線が自分に向いていない。レオニールが思わず見上げたのは、遠方の丘、始めに彼が目を奪われた2人。

 ソーマはあからさまにムッとし、たまたま彼らの会話を繋げる役割を果たす。


「あいつらはただの見物人だよ。何があっても手は出さねえ。あんたの相手はこの俺だ」


 獅子王は驚きを隠せない。彼はそれと知らないが、戦翼傭団(ウイング)のマックスとヴァシリー。苦戦するとすれば彼らだと、王が踏んでいたからだ。

 あまりにも都合の良すぎる〈決闘〉。それが却って、王に回答を躊躇(ちゅうちょ)させた。


 それを見たセリムが、強い口調で主張を展開する。


「貴方は僕なんかより実力も、実績もある優れた王だ。ちょっと悔しいけど、貴方になら、アースガルドの将来を託してもいいと考えたことさえあった。

 だけど今回、貴方は侵略という手段に出た。アースガルドの王となるには、あまりにもウェルブルグだけに(こだわ)り過ぎる。そのためなら家族さえ見捨てるやり方も──やはり僕は、貴方に道を譲るわけにはいかない。

 これ以上被害者を出さないために、それでいてお互いに遺恨を残さないために。この場面だからこそ〈決闘〉で決着をつけるべきだと、僕は考える」


 真剣な眼差しでそれを語るセリムの姿は、自然と記憶に眠る人物と重なった。レオニールは、16年前のある光景を思い起こす──。


 アースガルド帝国の大軍を相手に、引くことを知らず、無謀とも言える突撃を繰り返す若き獅子王。

 しかし敵の将軍、ウォーレン・ハイドフェルドによって取り(・・)押さえ(・・・)られ(・・)、その戦歴で初めての苦杯を()めることとなった。


 そして現れたのが、初代皇帝アルヴィン・レイアースである。最後の戦いに総大将として参加していた彼は、レオニールのもとへ歩み寄るなり、大声でそれを一喝した。


『このバカタレが! それだけの力がありながら、何故ウェルブルグ一国に拘る? これからは儂とともに、アースガルドすべての民を守ってみせい。異論は聞かぬ!』


 今思えば、その勢いに巻き込まれて軍門に降ったと言っても過言ではない。少なくとも、それによって「生き恥を(さら)すくらいなら死を選ぶ」という考えは、微塵も起こらなかった。

 見ているもの、目指している場所がまるで違う──彼にはその後塵を拝することが、苦では無かったのだ。


 この少年皇子には、強烈なカリスマ性を備えていた初代皇帝に通じる何かを感じる。とすれば、〈予言の勇者〉はさながら煌国の四神か。


「成程。あくまでもそれを綺麗事とは認めず、信念として貫くと。だが、主の希望を最大限に尊重しながら、戯れ言に終わらせないだけの打算も周囲にはある。〈決闘〉とはつまりそういうことだと理解したが──間違いないかな」


 ハルトは苦笑した。彼が傍にいる限り、レオニールは言葉どおりの意味には受け取ってくれないらしい。

 しかし、王が話に乗ってきたと受け取ったセリムは、ここで〈決闘〉の条件を提示する。


「こちらが負けたら、アースガルド帝国の全権を貴方に譲る。勿論、そうなってからラナリアの離反は認めない」


 セリムがそれに賭けたのは、単にこの戦の結末だけではなかった。初戦ではなく終戦──それによって本当に、両国の争いを収めようとしている。


 レオニールは得るものの大きさを考えた。彼が欲しいのはラナリアであってアースガルド帝国ではない。だが、ラナリアは事実上その傘下となったから、服属を確約させるなら意味は同じだ。

 さらに、まだ多くの国に影響力があるセリムと、アースガルドに覇を唱えるには必須となる〈予言の勇者〉を、その手に抱えることができる。

 そして何より──クロードやフィオナ、ドミニクら捕虜の解放。このままでは難しいそれが可能になるなら、そこにどんな罠が潜んでいようが、受けて立つだけの価値はあった。


 遂にレオニールは首を縦に振る。


「いいだろう、必ず守ってもらうぞ。ではこの結界を解いてもらおうか」

「ちょっと待てよ。あんたが負けた場合の条件がまだだぜ?」


 真面目な顔のソーマに指摘され、レオニールは一瞬唖然とし、そして思い出したように薄く笑う。

 決して敵を軽視していたわけではない。ただ己が負けるという想定を、形式的な条件としてさえ、彼が思い浮かべることができなかっただけだ。


「……好きにしろ。何でも言うことを聞いてやるさ」

「よし! 成立だ」


 ソーマが剣を抜く。手にするのは雲外蒼天──もはや腕の延長と言える程に馴染んだ相棒である。

 それと同時に蒼い闘気も身に(まと)った。考えずとも、相手に応じた所作が自然にできるようになっている。


「じゃ、解くよ。どっちにしても、そろそろ限界だったんだけど」

 ハルトが解除用の結界石を発動させると、五芒星(ペンタグラフ)が消滅し、王は漸く呪縛から解き放たれた。

 レオニールは既に闘気を発動させている。散々待たされた挙げ句のその時。もとより臨戦態勢だ。


 そして、ハルトとセリムが足早にそこから離れると、両雄が互いに剣を構えて対峙する。いよいよ始まる、最後の戦い。


「こちらからもひとつ、いいかな」

 出先を窺うソーマを、メラメラと火焔を立ち上らせた剣で威嚇しながら、獅子王は口を開く。


「ここまでは〈決闘〉も含めほぼそちらの思惑どおりだろう。だが、私にはそれが(しゃく)でね」

「何だよ。別の条件でも付けようってのか」

「そうだ。但し、君は何もしなくていい。私が勝手に、自らに制約を課すだけのこと。──5分だ。それ以内に君を倒す」


 ハルトが顔色を変えた。それを見たセリムに狼狽が走る。


「こんの……舐めるのもいい加減にしろよ。じゃあその5分が過ぎたら、俺の勝ちってことでいいんだな?」

「構わん。それに逆だ。一切の油断を捨てるために、そうするのだ。初めから全力でいくぞ」

「そうかよ。何秒以内とか何分以内とか。それで本当に敵を倒せるのは、主人公サイドだけだって教えてやる!」


 レオニールはそれを実践するため、ソーマはそれをさせないため──彼らはすぐには剣を合わせず、闘気の上昇に時間を費やした。

 セリムは、隣にいる軍師の動揺が伝播したかのようにそわそわし、不安げな視線を横に送る。


「ハルト……?」

「僕の作戦はここまでなんだ。あとはソーマを信じるだけ……でも、少しでも長く戦うことにこそ、この戦いの勝機があった」


 〈軍神の寵愛(アレスフェイバー)〉、〈戦闘狂の愉悦(バーサクプレジャー)〉、そして〈背水の陣(リスキーバースト)〉。最強のスロースターターであるソーマにとって、格上の敵を倒すには必須となるそれらが、5分という限られた時間では充分に発揮できない。


「となると、あとはウォーレンから伝授された〈覇剣〉が頼みの綱。何度か練習してるのを見たけど、まだ完全とは言えなくて、少なくとも数十秒は集中する時間が要る。様子見無しの斬り合いになったら、とてもそんな時間は取れない」

「そんな……」


 追い込んだことで反対に追い詰められた。決してスキルを見抜いての判断ではないだろうが、それ故に、やはりレオニールは持って(・・・)いる(・・)と確信させる。


「やってくれるじゃないか」

 冷や汗を拭うハルト。僅か5分間の戦いが始まった。

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