表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/85

夢の終わりは異世界の始まり

 バラバラになった記憶の欠片が少しずつ集まり、ほんの数瞬前までいた別の世界を塗り潰していく。

 覚醒とは、思い出すこと。そして忘れること。夢を必ず見る彼にとって、それは世界が入れ替わる瞬間でもあった。


 いつもより寝覚めは早い。後ろ髪を引かれつつも、高揚感がそれを上回ったからだ。


 ソーマは目を開けた。


「うわ……すげえ」

 辺りを見回し、思わず唸る。


 そこは疎らに木々が生い茂る森の中だった。陽はまだ高く、枝葉の隙間から心地よい日差しが降り注いでいる。

 音といえば遠くで鳥が(さえ)ずる程度で、静寂と表現しても差し支えない。そこは余りにも長閑(のどか)であり、時間の流れが違うと言われても信じてしまいそうな、喧騒とは無縁の空間。


 これといった特徴の無い風景であるが、ソーマには感嘆するだけの理由があった。それらがすべて〈リアル〉であることだ。


 光彩によって変わる幹や枝の複雑な色合い。一枚一枚が微妙に異なる葉脈。手を付く地面の冷たい感触。

 どうやらここで一晩を過ごした〈設定〉らしく、近くに焚き火の跡があった。そこにも半分だけ燃え残った枝があるなど、何とも芸が細かい。


「何もかも、本物と変わんねえ」


 違和感が無いことこそがソーマにとっては違和感であり、そしてそれは初めての経験でもあった。

 知らない場所、しかも外で寝ていたことを、ちゃんと気持ち悪く感じることができた。初めて目にする光景を、〈作り物〉ではなく、ごく自然に森の中と認識することができた。

 肌を撫でる風さえも……彼にはそれが新鮮なのだ。


 異世界体験型ゲーム、〈アースガルド・レクイエム〉。ここはプレイヤーが擬似的にその世界を体験できる、ゲームの中の世界である。


 周りの風景は勿論、ソーマ自身でさえ実体はそこに無く、彼の脳がそれと認識しているに過ぎない。

 オンライン化にはまだ至っていないが、同じゲーム機でなら、友人とその世界を共有することさえも可能である。


「ようこそ、アースガルドへ」


 未だ感動に浸るソーマは、背後から声を掛けられた。振り返った視線の先に、爽やかな微笑を湛えた少年が佇む。


「ようこそって……お前も一緒に来たんだろうが」

 (もっと)もな声を上げるソーマに対し、言われた本人はまったく気にする様子もなく、その表情を崩さなかった。


「誘ったのは僕だからね」

 かなり明るめの金髪に、中性的で整った顔立ち。平均より少し痩せてはいるが、そのわりにどこか堂々とした態度からか、ひ弱な印象は与えない。

 彼の名は遥人、ゲームの中ではハルト。ソーマと同じ高校、クラスの悪友だ。そしてその隣にもう一人。


「ふん。それにしても、よくできているな」

 野太い声、坊主アタマに四角い顔。目は開いているのか判別できない程細く、おまけにタレ気味である。一方、百九十センチを超える身長と、鍛え抜かれた筋肉を持つ。

 ハルトとは対照的なこの少年もソーマの同級生で、大輝──ダイキという。


「ああ。リアルを通り越して、もはや〈普通〉だもんな。石の下にダンゴ虫とかいたりして」

 ソーマは手近な石を退けてみた。そこには本当に虫がいた。


「確かに、クオリティはこれまでに発売されたゲームの比じゃないね。感覚的にも現実世界と何ら変わり無い。さすが〈アーク〉が社運を賭けたとまで言い切る新作、と言ったところかな」


 体験型ゲーム自体は既に幾つも経験済みであり、今回もかなりの予備知識を持って挑んだはずのハルトである。

 その彼でさえ驚愕させる程の、まさに圧倒的なクオリティ。それが業界最大手〈ノアズアーク〉が放つ最新作だった。


 その需要の高さと注目度から、体験型ゲーム業界は今最も熱い市場だと言える。一方で、それはまだ黎明期の域を出ず、高度な技術力を要する故に、クリアすべき課題が依然として多いのも実状だ。

 各社が手探り状態で開発を進める中、これだけの作品を商品化する段階にまで持ってきた同社は、他社にとっては脅威以外の何物でもないだろう。


「ところで、どうだった? 〈オープニング〉」

 ハルトが2人に〈夢〉の感想を求めた。


「ああ、あれ……何か、可哀想だったな」

「…………終わり!?」


 決して興味が無いわけでも、馬鹿にしているわけでもなさそうだが、ソーマのそれはまるで小学校低学年の読書感想文だ。

 単に表現力が乏しいのだろう。ハルトは呆れて両手を広げた。


「いや、実に見事だった。何と言ったか──あの武人。彼こそ(おとこ)の中の漢。いつか手合わせ願いたいものだ」

 不甲斐ないソーマをフォローしたつもりなのか、感慨深そうにダイキが続く。いつものことだが、彼の感想もすぐに〈そっち〉へいく傾向がある。


「手合わせ? 何だよそれ。お前、実はこっちの世界の住人なんじゃねえの?」

 けらけらと笑うソーマ。確かにダイキは少し──かなり変わった話し方をする。話す内容もだ。

 しかしソーマに笑われるのだけは心外だっただろう。


「……やれやれ。お前らに聞いた僕が馬鹿だった」

 ハルトは深く溜め息をついた。


「あのね。あれ、かなりいろいろな情報が詰まってたんだよ? 世界情勢とか、登場人物とか──僕らがこれから挑むゲームのさ」


 〈アースガルド・レクイエム〉は、中世ヨーロッパをモデルにした架空の世界、アースガルド大陸で、戦乱を勝ち抜くゲームである。プレイヤーは大小様々な勢力からひとつを選び、それを大陸統一に導くことを目的とする。

 物語の舞台がとてつもなく広い上に、登場人物の数も多い。従って、いち早くこの世界に馴染めるよう、選んだ勢力ごとにオープニングが用意されていた。


 マルチエンディングならぬ、マルチオープニング。中にはゲームをクリアする為に重要な情報もあり、そういう意味では既にゲームは始まっていたのである。


「今はあれから10年後という設定なんだ」

 ハルトは相変わらず微笑を浮かべたまま続けた。


「その分、だいぶ情勢が変わってるところもある。だけどそのへんは、ゲームを進めればちゃんと説明されると思うよ。

 それから彼──ラインホルトね。明確な描写こそ無かったけど、残念ながら死んじゃったから、戦うのは無理」

「むう、そうなのか」


 ダイキは本当に残念そうだ。彼とて同じように〈見ていた〉のだから、あの状況でラインホルトが生き残れるとは思えないはずだが。


「でもゲームだろ? 生き返らせる方法とかあるんじゃねえの?」

「無い」

 即答するハルト。


「このゲームじゃ、基本的に死んだ人間は生き返らない」

「〈基本的〉に?」


 その単語に、ソーマは妙な引っ掛かりを覚える。


「うん。難易度を上げる為か、緊張感を出す為か知らないけど、基本的にはそう──なんだけど、死者を甦らせる(・・・・・・・)ことが、ゲームを進める上で何か重要な鍵になるらしいよ。わざわざタイトルに〈レクイエム〉とか付くぐらいだし。

 ただ、天下統一が目的のゲームでそれがどう絡んでくるのか、雑誌の先取り特集やネットでも話題になってたわりに、詳しくはまだ明らかになってないんだ。ゲームの核心に触れるからかな」


 そう言うと、ハルトはふと真顔に戻る。


「ひとつだけ確実なのは、プレイヤーが死んだらその時点で〈ゲームオーバー〉ってこと。それが僕ら3人のうち、誰でもね」


 一瞬考え込んで、ソーマが言った。

「なら、パーティ構成が重要だな」


 ハルト程では無いにしろ、この手のゲームの、最低限の知識はソーマにもある。

「どんな設定なんだ、俺たち」


 初期設定はすべてハルトに任せきりだったために、彼はこのゲームでは自分が〈誰〉なのか知らなかった。


「職業のこと? このゲームには明確な職業ってのは無いんだけどね。確かに得意な武器は選べるし、初期パラメータを振って指向性は決められるから──敢えて言うなら、ソーマが剣士、ダイキは格闘家かな。当然、僕は軍師」

 さらりとハルトは言った。ぎょっとした顔で、ソーマは堪らず抗議する。


「ちょっと待て、何だそれ。あり得ねえ、普通は攻撃、補助、回復だろ」

 RPGの要素を持つゲームでは、それぞれの役割が重要になる。パーティの人数にもよるが、それをバランスよく配置することが理想とされる。

 特に安全を重視するなら、そこに最低でもひとりは回復役が欲しいところだ。物理的な戦闘要員2人と軍師では、それが居ないどころか余りにバランスが悪い。


「だって、本人のイメージと違うから」

 何でも無いことのようにハルトは言う。


「でも死んだら終わりなんだろ。せめて回復役は──」

「いや待て。攻撃、攻撃、攻撃というのも捨てがたいぞ。先手必勝、攻撃こそ最大の防御なり」


 ソーマを遮って力説したのは、拳を握りしめ、不敵に笑うダイキだ。


「やかましい、この筋肉馬鹿」

「何だと?」


 互いに詰め寄る両者。身長差から、どうしてもソーマが見上げる形となる。


「まあまあ。戦記モノとはいえゲームだから、個の力が重要なのは事実だけど──ずっと決まった人数だけで戦うわけじゃない。政治や経済の要素だってあるんだから、足りない分は仲間を集めて補強するんだよ」

 ハルトがまるで他人事のように仲裁に入る。ソーマは(にら)む相手を変えた。


「お前のその〈軍師〉っての、魔法とか使えるのか? ちゃんと戦えるんだろうな」

「まさか」


 ハルトは飄々(ひょうひょう)とした姿勢を崩さない。とにかくマイペースな少年である。


「僕の役目は主に作戦立案。荒事はお前らに任せるよ」


 はあ、と大きく溜め息をつく。ゲームの世界に来てさえブレないこの少年に、ソーマは感心するしかなかった。


 ──その時。


 甲高い音と共に、突然、目の前の空間に何かが表示される。


「言ってる間に、読み込み完了か」


 ハルトの声に2人は幾分緊張した。ゲームではお馴染みのセーブ、ロードなどのメニュー項目である。

 それらは背景が透けて見え、さらに視界を遮らぬよう端々に配置されていた。いよいよ本格的にゲームが始まるのだ。


「何か、少なくねえ?」

 ソーマは項目の少なさに違和感を覚える。思わずキョロキョロするが、メニューは視点に対して固定されており、後ろを向いても表示は変わらない。


「ステータスは全部、隠しデータなのさ」

 予想どおりの反応を楽しむかのように、やや意地悪そうな笑みを浮かべてハルトが説明する。

 それによると、通常プレイヤーに知らされることが多いレベル、HP、攻撃力などのステータスは、一切空間モニターに表示されないとのことだった。


「リアルさに欠けるだろ。戦う前から『あっ、こいつ自分より強い』とか、『HPが半分になったから回復させよう』とか。そういうことができなくなってるんだよ。あくまでも普通の方法では、だけど」

「──あ? どういう……」


 含みを持たせたその台詞に、ソーマが間の抜けた声を発したのと、ほぼ同時だった。


「きゃああっ!」


 女性の悲鳴。そしてつい先程まで無かったはずの人の気配。それも複数が入り乱れ、ただならぬ様子だ。


「早速始まったみたいだね。さ、助けに行く(・・・・・)よ」


 ポカンとするソーマとダイキ。その背中を〈軍師〉が押した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ