ダイキ VS クロード(2) ゼロ
「何を言って──お前、まさか!」
クロードは身に起こった変化に気付いた。〈付加魔法〉──いつの間にか攻防速すべての能力が上がっている。
つまり、さっきダイキに押し勝ったのは、それに助けられた結果なのだ。
「何の真似だ、フィオナ! 男と男の勝負だぞ」
思わず声を荒げるクロードに対し、あくまでも沈着冷静な王女。
「レオニール兄様の炎極が止められたのです。さらに先程、四重炎までやられたとのこと」
「何だと?」
端的ながら衝撃的な報告。それによって、漸くクロードは戦の全体像を想起する。炎極を止められ、分断され、ドミニク将軍までやられた自軍の状況。
それでいて尚、彼がダイキとの一騎討ちなどに興じていられたのは、先を越されまいとする一方で、兄レオニールの揺るぎない戦果を信じていたからに他ならない。
「そんな……あり得ねえ」
「今より、お力添え致します。一刻も早く軍を立て直し、戦線を突破しなければ──」
フィオナは最後まで言うことが出来なかった。今度は彼女が、ルシアによって掠われたのだ。
「──フィオナ!」
動揺で一瞬遅れた初動。クロードは慌てて後を追おうとするが、その進路を既にダイキが塞いでいる。
「ダイキ、ここは任せた。私はフィオナ王女を」
「すまん、助かった」
手を挙げるダイキに少し微笑みかけた後、ルシアは前を向き、一気に加速。銀色に輝くその閃光が、岩壁などあっさりと飛び越え、瞬く間に戦場から遠ざかる。
「て、てめえら……」
クロードはギリギリと歯を噛み合わせた。予想以上の難敵──勇猛で鳴らしたウェルブルグ軍が、いつの間にか窮地に追い込まれているのである。
フィオナの言うとおり、ここは早急に立て直しを図る必要があるだろう。だがそのためには──。
「あいつの付加魔法は強力だ。自然に解けるにゃまだ時間がかかる。勝負に水を差すようで悪いんだが──」
「構わんさ、あんたにも立場があるだろう。そのままでいい」
言葉を失うクロード。時間が無い以上、ハンデ戦となってでもこのまま決着をつける──指揮官としては当然、だが個人としては不本意なその判断を、ダイキは受けて立ったのだ。
「成程。それ程だってんだな?」
無限に闘気を提供するとも言われる〈闘魂〉を、敵は持つ。故に、それがハッタリではないと彼は断じた。そして同時に、もう決して格下などと見下すまいとも。
しかし逸る気持ちを抑え、クロードは敵に背を向ける。正々堂々、完膚なきまでに──もはやそう言える状況ではないが、彼にもそのプライドはあった。
「せめて傷を回復させろ。全快にしても文句は言わねえ」
ダイキは、隙だらけのその姿を見てやや呆気に取られたが、僅かに笑みを浮かべると、リゼットの下へ歩み寄る。
これまでに出会った敵とは違う。彼としても遺恨なく、全力でクロードと戦いたい。
「リゼット、頼む」
「はい!」
準備はしていた。リゼットは治癒魔法を発動させ、眼下の格闘家へ柔らかい光を届ける。
ヒヤヒヤする展開の連続──だが彼女はダイキの勝利を疑っていない。以前にも増して彼から溢れる自信。そして何より、彼が精神的にも大きく成長したことを、彼女が一番強く感じていたからだ。
いつ、どうなるか分からぬ戦場においてさえ、その背中はリゼットを安心させる。そして、それを後ろから彼女が支える限り、ダイキもまた前だけを向いて戦える。
「よし。いいぞ」
傷は粗方消えた。体力を戻すには時間が足りないし、そこまではダイキも望んでいない。これで不意打ちとなった援護分はチャラだ。
後は、強化されたままのクロードに、どうやって立ち向かうか。
「間違っても魔法士から狙うような真似はしねえ。だから戦いに集中しろ。最後まで──楽しくやろうぜ!」
闘気を全開にするクロード。具現化された炎が、それに呼応して猛りを上げる。
一方、ダイキは大きく後方へ跳躍、クロードから距離を取った。己の力だけでは到底及ばないから、〈闘魂〉は必須──だが、過ぎた力は「体を破壊する」と師匠に止められてもいた。
ギリギリの線引き。そのためには、相手の力量をどれだけ正確に測れるかが、勝負の鍵となるだろう。
闘気を発動させると、彼もまたそれを高めるべく集中する。
互いに相手を確認し、準備が整ったところで、クロードが先手を取った。
「これが受けきれるか」
炎装連舞〈真〉、千刃!
クロードのそれは、敵を仕留めるまで止まらない、双炎薙刀による連続攻撃である。重なり合う火が炎に、炎が焱に──呼吸が困難になるほど、それは周囲の酸素を急激に奪ってゆく。
「受けはせん、こちらも攻撃だ」
闘気術奥義、〈八千矛神〉!
対するダイキは、闘気を100%使いこなすバトルフォームで迎え撃つ。〈闘魂〉によって膨張した闘気が、全身から蒼く溢れ出した。
それは闘気術の第1段階、膂力変換の最終型にして、さらにそこから様々な技を派生させることができる。
そして両雄の激突。轟音とともに、紅蒼のフラッシュが、切り取られた戦場の中で乱れながら反射した。
互いに守りを捨てた攻撃の応酬は、あっという間に百を超える。それでも尚、互角の撃ち合いは止まらない。
「本当に合わせてきやがった──」
王族、そして指揮官として決して笑うべきでない場面で、クロードは笑う。思わぬ強敵の出現に、戦士としての血が騒ぐのを抑えきれないのだ。
さらに彼は挑発する。
「〈闘魂〉にゃ上限が無いって聞いてるぜ? それを互角にしてどうすんだ。ほら、早くその上を解放しろよ」
「これで充分だ」
「素直じゃねえな。『これが限界です』だろ!」
闘気量では、兄をも凌ぐ自信があるクロードである。しかも能力全般が強化されているから、今の彼に抗える存在など、大陸レベルで見てもそう多くはないだろう。
だがそれが目の前にいる。〈闘魂〉を所有するとはいえ、まだ少年。いずれ、さらにその上まで駆け上る逸材に違いない。
戦いはクロードを興奮の渦へと引き込んだが、さすがに歴戦の士。彼は目的を見失ってはいなかった。
確実に勝鬨を上げるため、戦いながらでも次の策を練る。
フィオナの付加魔法は、クロードが経験したことがないレベルにまで彼を引き上げていた。彼でさえ制御するのに精一杯──それと対等ということは、力の上昇幅からみて、ダイキには相当な負担がかかっているとみて間違いない。
〈闘魂〉は脅威だが、つまり長くは持たない──長期戦に持ち込めば、必ず勝てる。
一方、全体の戦況を考えると、早期決着が望ましいのも事実であった。
その場合、決め手となり得るのは、彼の最強技である〈龍刃〉ということになるが、2度目が簡単に通用するとは考えない方がいいだろう。一息に勝負を決めるなら、何か別の手が要る。
──完成したとはとても言えねえが。
クロードは後者を選択した。ちまちまと消耗戦を挑むのは性分ではない。
技を出す隙を窺うために、彼はダイキから少し距離を取ろうとして──それに気付いた。ダイキがなかなか離れない。いや、振り切ることができない。
強い攻撃を加えても固く弾かれ、逆に重い一撃を受ける。見た目には何も変わっていないのだが、少しずつ敵の戦闘力が増しているように感じられた。
「──何かしやがったな」
ダイキは確かに「充分だ」と言った。しかしそれは嘘で、〈闘魂〉によって、さらに闘気を呼び込んだのか──。
「そうじゃねえ。加減が分かってきただけだ」
遠くから観戦していたフィンレイ。傍に座るミーナに通訳を交え、解説する。
「殴る、蹴る。或いは受ける、払う。動作によって、働く筋肉はそれぞれ違うだろ? だからそれに応じて闘気を配分してやれば、無駄遣いを抑えられ、瞬間的になら威力も上げられる。
細かいコントロール無しに、何となく纏って一気に使っちまう奴の方が圧倒的に多いがな」
「それが〈奥義〉ってこと?」
「いんや。そこまでなら使い方が〈上手〉ってだけだ。あんな大層な名前まで付いてるんだぜ。体から溢れさせた分まで使って、漸く100になる」
フィンレイはニヤリと笑う。強化された力に振り回されるクロードに対し、そのあたりの基本をしっかりと修めたダイキ。力が互角なら、その使い方で上回っている弟子の方が、より勝利に近いと言える。
「随分、回りくどい戦い方ね。もっと闘気を上げれば済む話じゃない」
「言っただろ。〈闘魂〉は望むだけ力をくれるが、体が出来てなきゃ自滅するんだ。大きな力の80%で雑に戦うんじゃなく、抑えた力の100%を出しきって戦う技術が、あいつには必須なんだよ。1回でも楽をすりゃ、悪癖がつく」
「──打算で師事を買って出た人の言葉とは、とても思えないわ」
ミーナは呆れたように、真面目に語るフィンレイの横顔を見た。彼が誰かの師匠になるなど想像もつかなかったが、いざなってみれば、なかなか様になっている。
「こ、こいつ──!」
一方、クロードは混乱していた。戦闘に慣れた者ほど、闘気や魔力の多寡によって相手の力量を計りがちだ。それが変わらないのに、少しずつ、だが確実に、彼は押され始めていた。
特に、敵の体を覆う闘気が厄介だ。空振りした拳に殴られ、届かぬ蹴りで抉られる──それはまるで、手足が伸び、その数も増えた怪物に攻撃されているかのようだった。
やがて、完全に劣勢となったクロード。背後に岩壁が迫るのを認め、彼は覚悟を決めた。
「準備不足だが仕方ねえ!」
「ぐおっ!」
一転、ダイキは予想だにしない側面からの攻撃によって弾かれた。転ぶ前に手をつくが、続く背後からの一撃を受けて、初めてのダウンを喫する。
「何だ──あれは」
顔だけを上げて、ダイキはそれを見た。宙に浮いたまま静止する、2つの赤い光。
「ちっ、たった2個かよ。今の俺なら7個はいけると思ったのに──焦ったか」
不満げなクロード。それは大量の闘気を消費して作った、炎の玉である。彼の意のままに攻防自在──しかも単発の技ではなく、彼自身を倒さぬ限り決して消えない。
「理論上の最大数は12個。しかも消費する闘気は今の半分以下で、俺自身も戦う。それが炎装連舞〈終〉、炎帝玉だ」
大胆にも兄王の別称を冠する予定の技。それが完成する時が、名実ともに兄を超える瞬間だとクロードは信じている。
それにはまだ及ばないとはいえ、勝負を決すると信じた一手──クロードは視線を鋭く尖らせた。
「さあ、終わりにしようぜ!」
彼は炎帝玉に攻撃を命じる。回転しながら迫るそれは、直接の衝撃に加え、呑み込んだものを灼き尽くす性質も一際強い。
ダイキは闘気配分からそれを悟り、炎帝玉を無視、クロードを捉えにかかった。が、それに容易く先回りされ、同時に背後からも狙われる。
間一髪、挟撃は免れたが刹那──ひとつに足を掬われ、他方をまともに喰らった。
「ぐはあっ」
やはり普通の攻撃ではない。スピードだけならクロード自身より上。それに乗せての攻撃──当然、ダメージは甚大なものとなる。
闘装でガードしているとはいえ、続けて喰らうとさすがに苦しい。
「これが12個など……考えたくもないな」
炎帝玉が追い、ダイキは逃げる。しかし、人間には不可能なその動き。回避は困難を極め、腕や足に、鈍い痛みが増えていく。
ダイキは一転、それの破壊を試みて、逆にその拳を灼かれた。相手はエネルギーの塊である。効率よく闘気を操るだけでは打つ手が無い。
一方クロードは、そのダイキから、かなり離れた位置に移動していた。闘気の大部分を炎帝玉に使う今は、彼自身が弱体化している。ハイリスク故の未完成──だがこれだけ距離を取れば、遠隔攻撃にも難なく対処できるだろう。それを詰めようとしても、逆に炎帝玉の餌食となるだけだ。
加えて、万一に備えての〈回避計画〉もまだ未発動である。一度発動すればリセットされるが、それは致命傷を、ゲーム的に言えばHPをゼロにする攻撃を、自動で回避してくれるスキルであった。
「さあ、追い込んだぜ。どうする少年」
まさに盤石。思い描いた必勝パターンに持ち込み、余裕を取り戻したクロード。
だが、まだ何かあるだろう──それを期待するかのように、その目はダイキを捉えたまま離さない。
ダイキは何も答えず、その腕を広げる。続けて大きく息を吸い、呼吸を整えると、静かに目を閉じた。
そして両の拳を握り、後ろに反らせて溜めを作った後、それを同時に──繰り出した。
波動零式、〈生者必滅〉!
ダイキの、渾身の力を込めた一撃──名は叫んでいないが闘気の流れから、それが奥の手、零距離からの放出系攻撃だとクロードは判断した。だがクロードはおろか、炎帝玉さえその眼前には無い。
「血迷ったか。いくら強力でも、当たらなきゃ意味が無え」
確かに感じる巨大なエネルギー。しかし視覚的には何も変化が訪れない。不発──豪快な空振りだ。
それでも一瞬、戦士としての長年の経験から、何か嫌な予感がしたクロード。間を置かず、背後から炎帝玉でダイキを攻撃し、容赦なく彼を倒す。
それでもダイキは──ゆっくりと立ち上がった。
「おい……まだ立つのか。いい加減、諦めろよ」
クロードは本心からそれを言う。将来有望なこの少年を、殺したくはない。
しかし少年は、今度はそれに言葉で応える。
「あと1回だ」
「何?」
「俺の攻撃はあと1回だけだと言った。あんたは敵だが──その戦い振りは尊敬できる。だから、不意討ちのような真似はしたくない」
この期に及んで、ダイキは自らの勝利を疑っていなかった。何かを狙っている。いや、既に始まっている──?
「最後まで足掻くか、面白え。いいぜ、来いよ。俺も最大限の警戒で迎え撃つ」
「いくぞ!」
ダイキが素早く腕を動かすと、クロードの腕が、後ろ手にクロスしたまま固められた。
「──何?」
「名を呼ばせてもらう。この技は〈交差崩し〉──組技だ」
ダイキの巨体が宙を舞う。するとクロードの体も、不自然に腕が捩れたまま、それに合わせて空へ──。
「え──炎帝玉!」
ダイキを襲う2つの凶器。が、ダイキはそれに構わない。
「うおおおっ!」
「うわあああっ!」
志向を異にする、絶叫が重なった。
地面に激しく叩きつけられる音。と同時に、何かが砕ける音。
両肩、両腕、両手首。関節を極められたまま投げられたことで、そのすべての骨を破壊されたクロード。後頭部から墜落した彼は気を失い、ダイキに触れる寸前で、炎帝玉も消滅──。
ダイキの勝利である。
そのままぐったりと、大地に横たわり、天を仰ぐダイキ。〈闘魂〉が効果を失った途端、酷い脱力感に襲われ、傷もズキズキと痛み出す。
リゼットが転がるように崖を降り、慌てて彼に駆け寄った──。
「火の玉が、術者がやられても消えねえ技なら相討ちだった。相手に恵まれたな」
再びフィンレイ。その顔には安堵の表情が浮かぶ。
「そう言えば、実力を測るには絶好の相手だって言ってたわね」
「ああ。あいつより強く、正面から向かってきてくれる馬鹿正直な敵。スキルのことも、自分からヒントをくれただろ。それがなきゃ、この結果にはなってねえ」
「負けてた──ってこと?」
「いや。追い込まれて仕方なく〈限界突破〉を発動、一撃で終了。但し、確実に寿命は縮んだだろうな。罰として地獄の特訓もプラスだ」
どちらにしても〈負け〉はなかった──フィンレイはそう読んでいたのだ。
しかしながら、戦場では何かを隠すどころか、嘘を付くことさえも普通である。次に会う敵も、クロードのように実直な武人であるとは考えない方がいいだろう。
「最後のあれ。離れた相手に組技って、もしかして……」
「違う違う。あいつは〈無機物化〉もまだ出来ねえんだぜ? その上の〈干渉〉なんて、まだ無理に決まってる。スキルだよ」
闘気習得ステップのその6〈干渉〉。フィンレイのように、触れることなく敵を操るそれを、ダイキは早く身に付けたかった。
しかし3ヶ月の修行でできたのは、5の〈無機質化〉どころか4の〈具現化〉まで。「それに近いことができる」という理由で、ダイキは師からそのスキル伝授されたのだ。
「〈零距離射程〉って言ってな。そのまんま、視界にさえ入れば、どんなに離れてても間合いをゼロにするスキルだ。
まず、零式でそれを使い──言わばダブルゼロだ──防御力の落ちた敵に、回避スキルを発動させた。リセットしたことに敵が気付いねえうちに、再度〈零距離射程〉。溜めの時間が取れなくて、組技に切り替えたんだろう。
最後のそれだけはあいつ独自の発想だ。だからまあ──今回は、良くやったことにしといてやるか」
師が師なら、弟子も弟子だ。激戦の余韻が冷めやらぬ中、彼らと戦うことになる敵を、寧ろ憐れに思うミーナであった。




