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ダイキ VS クロード(1) ジレンマ

「馬鹿みてえな質問があるんだけどよ。訊いてもいいか」


 ウェルブルグの王弟クロード・ヴィンフリートは、炎に具現化した闘気を身に(まと)いながら、眼前に立ちはだかる少年に問いかけた。


「経験は勿論、闘気も、技術も、すべてに於いて俺が上。だがお前も、相手が見えないレベルじゃねえよな。それでも戦う理由は何だ」


 リゼットの介入で決した戦いの余韻。それはまだダイキの中に残っていたが、彼は明快に即答する。

「決まっているだろう。勝つためだ」

「……だよな。そういう〈目〉してやがるぜ」


 そして再びぶつかる両者。双炎薙刀(ヒートハルブレッド)を振るうクロードに対して、ダイキは素手だ。

 いや、正確には闘気を固めた装甲、〈闘装〉を使っている。それは必要な時、必要な箇所に、必要な強度で装着出来る一方、その利便性故に多用しがちで、闘気の枯渇に繋がり易い側面も持つ。


「俺はな、闘気を使えるようになったからって、武器や防具を軽んじる奴が嫌いでよ」

 攻撃しながらでもクロードはよく喋る。それは余裕というわけではなく、久しぶりの一騎討ちに興奮しているのだ。


「徒手空拳が得意でも、装備品はごまんとあるだろうが。何故それを使わねえ」

「武器に慣れればそれを失った時に困るだろう。高名な使い手になる程、敵はそれを狙って来る」

「成程な。だがそれなら、そのリスクも分かってるはずだ──ぜ!」


 炎装連舞、三刃!


 双炎薙刀(ヒートハルブレッド)を振り回しての3連撃。刃が直接触れるポイントは3点だが、それに纏わり付く炎が付加価値を(もたら)す。

 ダイキは冷静にその動きを読み、刃の接触には強く、炎に対しては抑えた闘装でそれを弾いた。


「やるねえ! その歳で闘気の基本はしっかり身に付けていやがる。だがこれを続けりゃ、先にへばるのは間違いなく、装備に頼らないお前の方だ」


 炎装連舞、五刃!


 クロードは連撃の回数を増やした。ダイキはそれでもすべてを防ぎ切るが、反撃に転じる程の余裕は無い。


「分かるだろ、俺は誘って(・・・)んだよ。何か手があるならさっさと使え。闘気切れでつまんねえ戦いにだけはしてくれるな」


 そして、自ら距離を取るクロード。その目は何かを期待している。明らかに一軍の将、いや、王族であることすら忘れた戦士の目付きだ。

 ダイキにも修行によって得た技が幾つかあった。それは望むところ──なのだが、ここまで互角の攻防を続け、どうしても腑に落ちないことがある。


「あんたは何故、俺の攻撃を避けない?」

 クロードはあからさまに、ギクッと肩を震わせた。どうやら嘘は付けない体質らしい。


「さっきから言うように、装備に自信を持ってるからか。しかしそれも、俺には何かの前フリのような気がしてならん。何故、(かわ)せる攻撃までわざわざ(・・・・)受ける?」

「それは……お前、アレだよ」


 急に歯切れが悪くなるクロード。確信があったわけではないのだが、ダイキは彼から動揺を引きずり出すことに成功した。


「俺の師匠が言っていたのだ。一番恐れるべきなのは〈意外性〉だと。『即断即決の士なら策謀を疑え。用意周到の士であれば覚悟を疑え』。どんな敵にも裏があり、それを表に返す時が要注意なんだそうだ」


 つまり、攻撃を避けないことには何か意味がある。そしてそれは、大技を誘っていることに繋がっているとダイキは踏んだ。


「ふっ……やるじゃねえか。俺が覚えたてのスキルを試したくて、ウズウズしてることに気付くとは」

「スキル?」


 事前に得た情報では、彼は〈火属性〉のスキルを持つだけで、あとは己の腕っぷしのみという豪傑のはずだった。

 しかしクロードは、「ラナリアを侮るな」という兄の言葉に従い、この日のためにそれを準備していたのだ。


「〈回避計画(エスケーププラン)〉。攻撃を受け続けることで、致命的な一撃を回避するスキルだ。回避率は攻撃を受ける度に1%ずつ上がるが、避けちまうと逆に下がる。便利な反面、何とも面倒臭くていけねえ」

「それは厄介だな。俺に大技を出せと言うからには、つまり──」

「ああ、そうだ。既に〈100%〉溜まった。俺でさえ耐えられないような技をお前が持っていようが、もうそれが俺に当たることは無えってことだ」

「ちょっと待ってくれ。『耐えられない』とはどの程度だ? 喰らえば戦闘不能になるレベルか、それとも死ぬのか」


「そりゃあ、お前──」

 やっとクロードは気付く。


「何で俺がスキルの解説をしなきゃならねえんだ! お前、俺を()めやがったな」

「いや、あんたが勝手に勘違いしただけなんだが……」


 クロードは双炎薙刀(ヒートハルブレッド)の中央を持ち、それを激しく回転させ始めた。両端の刃が炎に包まれたそれは、大きな輪を形成する。


「遊びは終わりだ。技を出す気が無えなら、出し惜しみしたまま()け死ね」


 炎装連舞〈改〉、円刃!


 今度はかなり距離を置いた位置からの発動。炎の輪が幾重にも連なり、ダイキを襲う。

 それはただの炎では無かった。たっぷりと闘気を練り込んであり、無防備で喰らうと大ダメージは必至である。


 だがダイキは避けず、防御の姿勢も取らなかった。思い出されたのは「攻撃は最大の防御って言うだろ。ありゃ、嘘だ」という師の言葉。

 別にターン制バトルというわけでは無いのだ。攻撃中は最も防御が手薄のはず。勿論リスクはあるが、試すだけの価値もある。


「波動一式、〈(こう)〉!」

 左手で右手首を掴み、手指を少し折り曲げたその右手から放たれる、闘気の砲弾。

 狙いは、輪の中心にはっきり見えるクロードだ。


 ──今なら自力での回避は不可能。ノーダメージでもいられない。


 それでどうなるのか(・・・・・・)、相討ちになってでも、ダイキは知りたかった。

 スピードに勝るそれは炎の輪を潜り、真っ直ぐにクロードの元へ。


「何っ?」

 クロードは──躱さなかった。


 つまりスキルも発動しなかった。自慢の装備があるとはいえ、攻撃中は防御への闘気配分が下がっているはずだ。それにも拘わらず──。

 数瞬遅れて、ダイキも炎に灼かれる。


「ぐわああ!」

 防御にもかなりの比率を割いていたダイキ。しかしその威力は彼の予想を超えていた。

 衝撃をガードするだけでは駄目だ。炎が、彼の体を闘気ごと燃やし尽くそうと絡み付いてくる。ダイキは瞬間的に闘気を高め、何とかそれを振り払った。


 一方クロードは、鎧にヒビが入る程の攻撃を受けながら、立ち位置が少し後ろにズレただけで、依然として技の構えを保つ。


「何で──とか訊くなよ。格上の俺が真正面から応戦してやってるんだ」

「くっ──」


 さすがは敵のナンバー2。防御に気を取られた半端な攻撃では、ノーガードでも「耐えられない」とは判定されないらしい。


 しかしこれで、少しは手の内が知れた。完全に不意を突き、実際にダメージも与えた今の攻撃。クロードとしても、無条件で回避出来るならそうしたかったはずだ。

 それでもスキルが不発に終わったのは、一度発動させると回避率がリセットされるなどの理由で、まだ使いたくなかったからか。それとも、「耐えられるかどうか」の判定が、彼自身の判断に()らないからか。


 前者の場合、一度リセットさせてから、回避率を上げられる前に、再び「耐え切れない」技を叩き込む必要がある。

 後者なら、例えクロードが油断していても、それが本当に「耐え切れない」攻撃であれば、スキルによって躱されてしまうことになる。どちらにしても厄介だ。


 小細工で倒せる相手ではない。しかし一撃必殺の技は回避される。

 何とか主導権を握りたいダイキだったが、そんなジレンマを抱えた彼に、さらにクロードは追い討ちをかけた。


「さっきの技──〈一式〉とか言ったな。なら、2も3もある。そして、一気に飛ばして百が奥の手か。いや、〈(ゼロ)〉も考えられるな。直接触れた状態、つまり零距離からの一撃とか」

「な、何故それを──」

 顔色を変えるダイキ。クロードはしてやったりという表情で、

「ははっ、引っ掛かったな。さっきの仕返しだ」


「むう……しまった」

 技の名を口にしてしまったことで鎌をかけられ、あっさりとその概要がバレてしまった。こんなことでは不利になる一方だ。


 ──そんな彼らを、遠くから見詰める者たちが居る。


「緊張感の無いバトルやってんな」


 砂漠の炎輪花(デザートフレイマー)の面々。ダイキの師であるフィンレイは思わず頭を掻く。


「念のために訊くけど、貴方、彼らの声が聞こえてるの?」

 ヴィルヘルミーナ、仲間内ではミーナと呼ばれている魔法士がフィンレイに問いかける。それに対し、彼は何でも無いことのように、

「聞こえるわけねえだろ、この距離だぞ? 唇の動きを読んだだけだ」

 どんな視力よ──何とか彼らの姿を確認できるだけのミーナは、呆れたように溜め息を付いた。


「で、どうなの? 貴方ご自慢のお弟子さんは」

「どうやら波動の〈零式〉は敵にバレたみてえだな。逆に敵への攻略法は未だ見つからず──情けない奴だ」

「でも彼は〈限界を超える〉力を持ってるんでしょ。だったら、誰が相手でも勝つ可能性はあるんじゃないの」


 隠そうともせず、眉間に(しわ)を寄せるフィンレイ。


「〈限界突破(リミットブレイク)〉は禁じ手にした。あいつはまだ16で、(うつわ)が出来ちゃいねえ。今無理したら、この先戦いどころじゃなくなる」

「へえ。その力を狙ってる割りに、随分と優しいのね」

「人聞きの悪いこと言うな。狙ってるんじゃなくて〈研究〉してるんだ」


 それを使わせないということは、結局その研究にも支障が出るはずだが。


「確かに敵は強いが、あいつも強くなった。限界なんて超えなくても、勝算ならちゃんとある。問題は、この場面でアレを使いこなすことが出来るかどうか──いや、(むし)ろそれを測るには絶好の相手かもな」


 彼は再び戦場に目を向けたが──それに不安の色は見られなかった。


「〈闘魂(スピリッツ)〉よ。俺に力を貸してくれ。俺はどうしても、あいつに勝たねばならんのだ」

 突然独り言を口にしたダイキに、クロードは驚いた。独り言にではない。闘魂(スピリッツ)という単語にだ。


「まさかあのレアスキルを──お前が?」

「〈あいつに勝てる分だけ〉でいい。頼む」


 クロードの問いを無視して、爆発的に上昇するダイキの闘気。それは周囲の風を巻き込み、視認できる蒼い光もみるみる拡散していく。

 しかし次の瞬間、まるでそんな事実は無かったかのように、忽然と蒼い闘気は消えた。否、目を凝らさないと分からないほど薄い幕になり、ダイキの体を覆った。


 闘気習得の基本、膂力(りょりょく)変換。


 ダイキが動く。クロードはそれに備えていた──が、それを上回るスピード。

 右手に展開したダイキが視界から消える。その、地を這うような位置からの水面蹴りで、クロードは足を取られた。


「ぬおっ」

 そこへ正拳の嵐──正式に彼の技となった、無限爆裂拳が炸裂する。


「うおおおおっ」

 連撃とは思えぬほど一打が重い。クロードは地面に倒され、マウントポジションからさらにそれを喰らう。

 さすがのクロードにもダメージが蓄積されていくが、それでもスキルは発動しなかった。


 だが、それこそがダイキの狙い。必殺の一撃ではなく、手数でHPを──と言っても数値は不明だが──削り取る策に出たのだ。


「図に乗るんじゃ──ねえっ!」

 自らをも巻き込む爆炎で、ダイキを吹き飛ばすクロード。そしてすぐに立ち上がると、双炎薙刀(ヒートハルブレッド)にその力を込めた。


 炎装連舞〈真〉、龍刃!


 炎が巨大な龍の形に変化し、投げ出されたダイキに向かっていく。

 しかし、盾ではなく矛──それを矜持(きょうじ)と決めたダイキは、爆炎の衝撃と重力に身を任せたまま、両の手の手指を折る。


 波動二式、〈(しょう)〉!


 クロードの位置からは、炎龍によって完全に死角となっている。しかも、今度は技の名を叫ばなかった。

 炎龍の左右に光線が伸び──ダイキが合掌すると、それらは中間地点で合流、炎龍とその先にいるクロードを呑み込む。


 大技の激突、威力勝負!


 しかし軍配はクロードに上がった。光の帯を内側から喰い千切るように、炎龍が再び姿を現したのだ。

 クロード自身も〈(しょう)〉の攻撃を受けたが、そのダメージは小さく、さらに高揚感が打ち消す。


「もらった──!」

 多少は相殺されたものの、残る威力は充分。炎龍がダイキに牙をかけたその瞬間、勝利を確信してクロードは()えた。


「くそっ!」

 ダイキの見立てでは、炎龍を粉砕した上で、クロードにもある程度ダメージを与えるはずだった。こんな大事な場面で敵の力を見誤り、闘気を調節し損ねた──厳しい修行の成果がそれでは、あまりにも自分が情けない。

 だが彼は諦めていなかった。〈それ〉はもう捨てて来たのだ。


「うおおおっ!」

 更に闘気を呼び込んで、攻撃に耐えようとしたその時──彼は(さら)われた。


 周囲の景色が一瞬で流れ、前後左右さえ分からなくなる。しかし肌で感じるその優美なまでの闘気、そしてこの銀色の閃光は──。


「ルシア!?」

 割って入ったのはルシアだ。エサを失った炎龍は、そのまま上空で飛散する。


「新手か。一騎討ちの最中だぞ!」

 クロードは罵声の如き勢いで、ルシアに向かって叫ぶ。少し離れた場所でダイキを下ろし、振り返った彼女の表情は厳しい。


「手を出したのはそちらが先だ」

「何──?」


 その視線が自分に向いていないことに気付き、今度はクロードが振り返る。


「今は一騎討ちなどしているときではないでしょう」

 いつもは下ろした金髪をポニーテールに纏め、凜とした態度で腕組みをした王妹フィオナ・ヴィンフリートは、歳の離れた兄にそう諫言(かんげん)した。

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