三ツ星乙女 VS 無双将軍
一方、こちらはコレム平原の〈仮設〉闘技場。
「ぬおおお、こいつ──!」
力任せに引きずられ、他の騎士たちから離されるクロード。それを強いるのはダイキだ。
「何てパワーだ。さっきの〈魔導師〉といい、黒い女剣士といい──マジかよ」
個々で彼らに抗える者など敵には居ない──そんな見立てなど、もはや完全に崩れ去った。クロードはすべての先入観を捨て、好敵手の出現を素直に認める。
「1対1の勝負といこうか」
ダイキは場所を選んで漸く止まる。ジュリアが造った穴の底は充分に広く、彼らは完全に混戦から隔離された。
「……こういうのも悪くねえ、かもな」
長く封印されていた戦士としての血が疼く。指揮官としての立場を忘れ、クロードはニヤリと笑みを浮かべた。
白鷹騎士団VS赤天騎士団と、ダイキVSクロードの頂上対決──二分された構図に落ち着く戦局。
乱戦となった前者は、倍の人数を揃え、ミュラーによる統率で挑むラナリア勢に対し、50騎全員が闘気の使い手である赤天騎士団が、兵質で上回る。
「皆の者、今こそラナリア軍の武勇を知らしめる時ぞ」
岩壁に囲まれた戦場で、機動力が活かせずそれを捨てる者が多い中、ミュラーは依然として馬上から檄を飛ばす。騎乗時に自身の戦闘能力、そして指揮能力が上がるスキルを、彼がそれぞれ所有しているからだ。
陣頭指揮を執りながら槍を手に、彼は強者として名を轟かせる赤天騎士をひとり、またひとりと確実に屠っていく。
一方、天変地異も収まり、敵、そして戦場が明確になったことで、漸く息を吹き返しつつある赤天騎士団。しかしながら、それも戦況を盛り返すまでには至らない。
「くそっ、早くあれを止めろ!」
白鷹騎士団の奮闘以上に厄介なのが、彼らを撹乱して回る神出鬼没の黒い影──ルウの存在だ。彼女もまた、この3ヶ月で力を増していた。
その努力は基礎能力、特に弱点だった体力の強化に注がれ、その効果は元々高かったスピードの維持に顕れる。ジュリアほど劇的な変化はないものの、安定感は飛躍的に向上していた。
「このまま一気に押し切るぞ!」
勝機は我らに有り。ミュラーの声が一層大きくなったその時、〈大いなる軍配〉が予定に無い男の参戦を告げる。
『ミュラー閣下、〈無双将軍〉がそちらに!』
「何だと──!」
思わず見上げたその先に、高空からミュラー目掛けて斬り込む敵影が。
「ミュラーッ!」
「──ドミニクか!」
ウェルブルグの正規兵を束ねるドミニクである。
その剣戟を槍で弾くミュラー。両軍の将軍同士が、戦場の中央にて切り結ぶこととなった。
「遅ればせながら、私も参戦するぞ」
無位無官の一兵卒から、己の力のみで将軍にまで駆け上った男。拠点制圧を目的とする炎極では正規兵の指揮に集中する彼だが、ひとりの戦士として誰もが認め、畏れる存在でもある。
「──ごめん! 止めれなかった」
遅れてジュリアが推参する。彼女の役目は、〈闘技場〉設営後、さらに土壁を盛り後衛の援護を阻むことであった。
断崖を飛び越え、さらにそれを容易く突破したドミニク。これにより戦局は大きく変化するだろう。
「無力化した後衛の指揮を、誰かに預けたのね。ジュリアでも止めれないなんて」
本陣で唇を噛むルディ。予想された展開のひとつではあるが、悪い方から数えた方が早いその事態である。
ドミニクは〈速力+50%〉、〈回避+50%〉のスキルを持ち、ただでさえ捉え難い。さらに敵の数が味方を上回り、且つその差が大きいほど能力が上がる〈孤軍奮闘〉を所有する。
1対多数の斬り合いでは無敵の戦士。数的優位で勝利を目論むこの場面で、彼の参戦は非常に痛い。
しかしすぐ、ズレていない眼鏡を掛け直すと、ルディは〈大いなる軍配〉で作戦の修正を伝えた。
『乱戦は彼の最も得意とする形。しかしこんな所で〈無双〉されるわけにはいきません。ルウが引き付けて、ジュリアが戦場を隔絶──そのまま2対1で抑えて。いける?』
「「勿論っ!」」
目を合わせて頷くルウとジュリア。ルウが将軍同士の一騎討ちに割って入り、そのまま2人を引き離す。
そして間髪を入れずジュリアの〈大地〉が、再び岩壁を隆起させた。
「ほう……」
その所業を間近に見たドミニクは、感嘆の声を上げる。ルディの指示通り、新たな〈仕切り〉によって生まれた第3の戦場。
『横槍を入れるような真似をして申し訳ありません、閣下』
「構わん。個人の武功より、今は全体の勝利が優先だ」
指揮能力なら互角だが、残念ながら一騎討ちでミュラーに勝ち目は無い。ルディは勿論、それは恐らくミュラー本人も自覚しているだろう。
加えて、〈孤軍奮闘〉の効果を抑えるには、兵数で大きく上回る戦場から、どうしても彼を隔離する必要があった。
理想は1対1だが──ルウにしろジュリアにしろ、それで彼を倒せるかどうかは危険な賭けになる。ならば、〈最小限の数的優位〉で勝負に出るというのが、ルディの策だ。
だが彼女は知らなかった。将軍職に就いて以来、自らは殆ど戦うことの無かったドミニクが、ジルヴェスターの情報網にも無い〈4つ目のスキル〉を習得していたことを。
「おやおや。これは、可愛らしいお嬢さん方だ」
その2人こそが、戦況を左右している存在であることにドミニクは気付いていた。
戦場の隔離は寧ろ望むところ。これでミュラーたちを援護する者はもういない。
「褒めても──負けない!」
「ルウ──多分それって、馬鹿にされてるんだと思うよ」
敵から目を離さぬまま、ジュリアが剣を構える。
「気を付けて。あいつ、すごく疾い。でもそれだけじゃなくて──何か〈変〉なの」
「変?」
ルウはその一言でジュリアに目を向けてしまった。その一瞬の隙を、ドミニクの剣技が捉える。
「うあっ」
「──ルウ!」
すかさず援護に入るジュリア。しかし何故か、その動きが一瞬停止した。そして再び動き出した時、既にドミニクはそこにいない。
「後ろ──」
視界の端で微かにその影を認め、振り返ったはずのジュリアは──その逆から斬られた。
「──うっ」
「ジュリア!」
両者とも、闘気によって致命傷は免れている。しかし浅い傷でもなかった。
「また──?」
敵は疾い。しかも初撃と反撃で、明らかにそのスピードを変えて来た。恐らく緩急を使い分けることで、より疾く見せようとしているのだろう。
だがそれだけではない。やはり何か〈変〉だ。ドミニクに剣を向けると、何故かそれを躊躇するように、こちらの動きが落ちる。彼が断崖を越えて来た時も、それで突破を許したのだ。
「様子見などしていると、すぐに死んでしまうぞ」
そんなつもりは毛頭無い。だが確かに、こちらから仕掛けてペースを握らなければ──やられる。
「行け、〈大地〉!」
ジュリアは宝剣を振った。それは、周囲の岩石を一斉に敵へと飛ばす魔法──のはずだったが、何も起きない。
「な、何でよ!」
そして気付けばもう、目の前にドミニクが。
「疾い──」
ジュリアは腕を斬られたが、両者の足が縺れ、ドミニクの体勢も崩れる。それをルウは見逃さなかった。しかし、
「痛っ──?」
思わぬ方向から飛んで来た〈石〉。それは空中から狙いを定めていたルウの背中と腕に当たり、攻撃の手が緩む。
「余所見はいかんね」
逆に、ルウに向けられるドミニクの凶剣。だが宙に浮いたまま姿勢を立て直し、尚もそれを蹴った彼女は、僅かに足先を掠めただけでそれを躱した。
「〈血に染まる十字架〉!」
無理な体勢からの反撃──しかし今度は彼女の技が発動しない。
「どうして──!」
そして着地した瞬間、あらぬ方向に放たれる彼女の闘気。その反動でルウは転倒した。
「もらった」
「ルウ──!」
咄嗟にそれを庇うジュリア。容赦ないドミニクの剣閃が、その背中を──斬り裂いた!
「うああっ!」
ジュリアが、そしてルウが悲鳴を上げる。闘気によるガードも間に合わなかった。
紅の液体が激しく飛散する。そしてたちまち、まるで濁った水溜まりに伏したように──それはジュリアの体を染め上げた。
「──ジュリア、ジュリア! ごめん、私のせいで!」
剣を投げ出し、敵に背中を向けて、ルウはジュリアにしがみつく。
懸命に揺り動かすその手をそっと掴み、ジュリアは、力を振り絞るように顎を上げた。
「ルウ……」
「──最期の言葉となるだろう。若くとも勇敢に戦った君たちに敬意を表し、時間は差し上げよう」
ドミニクは、未来ある若者をその手にかけざるを得なかったことに眉をひそめ、少し離れた位置で彼女らを見守る。
一方、自分を庇って大怪我を負わせた動揺によって、ボロボロと泣き出したルウ。ジュリアの言葉に耳を傾けようとするが、その声は今にも消え入りそうなほど小さく、弱々しい。
「ジュリア……死んじゃ嫌だよ……」
覆い被さるルウに、何かを伝えようと口を動かすジュリア。そこから微かに聞き取れたその言葉は──「大丈夫」だった。
その瞬間、眩いばかりの光がドミニク背後から放たれた。それは二筋に分かれ、一方はルウを、他方はジュリアをそれぞれ捉える。
「何だ──」
光が2人を包み込み、光源が背後から正面に変わったことで、ドミニクは一瞬視界を奪われる。そしてそれが戻った時──。
剣を構えて彼の前に立ちはだかる、2人の少女。
「馬鹿な」
ルウはもとより、死ぬ寸前だったはずのジュリアまで、その傷が全快しているのである。
ドミニクは思わず後ろを振り返った。光の角度から見て、その最初の光源となったのは──そこしか無い。視力の良い彼でも微かにそれと分かる程度だが、それはもうひとりの少女。
この戦いは今、ジュリアの造った大穴の底で行われている。それはさらに仕切りで分けられ、そのうち小さい方にいるのがこの3人だ。
その少女はその反対側、大きい穴の淵から彼らを見下ろしていた。その距離、約2百メートル。
「あんな位置から──治癒魔法を届かせたのか? それも、超回復レベルの」
〈魔導師〉は他にも居た。信じられないがそうとしか考えられない。
驚きを隠せないドミニクに対して、ニヤリと笑みを浮かべ、ジュリアが口を開く。
「〈誤差と修復〉。不可思議な現象の正体はそのスキルだ。誰かひとり、ターゲットに対し技の発動を早める、若しくは遅らせることが出来る。そしてそのズレを埋めるのは、次に出す自分の技。
つまり、敵に対して常に『遅らせる』方を選択すれば、自分の攻撃は本来のそれより早く発動させられるってことになる。元々のスピードと相まって、それが尋常じゃない位の速攻を可能にした」
「貴様──何故それを」
顔色を変えたドミニク。それは主たるレオニールさえ知らない事実である。
「情報を与え過ぎたのさ。遅れて飛んだ石、ズレて発動した〈血の十字架〉。一方、疾すぎる反撃に、連続攻撃だと落ちて躱されるスピード。
ネタさえ分かれば、何てことない。もうそれは通用しないし、ここからは一方的にやらせてもらうよ。〈僕〉をここまで怒らせた奴は久しぶりだ。大切な人を傷つけたお前を、楽に倒しはしない」
トロトロにふやけたジュリアのその顔は、言っていることとまったく合っていなかった。
「何を言って──貴様、何者だ」
「回答は拒否する。これから起こるすべてのことが、お前には理解の外だ。崖の向こうでおとなしくしてりゃ良かったのに──せいぜい後悔しろ。僕たちが誇る〈三ツ星乙女〉の恐ろしさを、存分に味わえ──だって」
ジュリア自身の発言は「だって」だけである。
「良かった──心配したんだよ、ジュリア。もうあんな無茶しないで。──でも、ありがとう」
「うん、ごめんねルウ。それからリゼットにも、後でお礼を言わなくちゃ」
その前に、ニヤケ顔を元に戻すべきジュリアであった。
「ところで、〈三ツ星乙女〉って何?」
「知らない。適当に今、命名したんじゃない? 悪くないと思うけど」
ジュリアとルウとリゼット。同じ15歳の最強少女トリオ〈三ツ星乙女〉が、歴戦の〈無双将軍〉に挑む。
「行くよ、ルウ!」
「うん!」
ジュリアは赤いツインテールを、ルウは短い黒髪を風に靡かせ、二手に分かれた。そして同時に遠隔攻撃を試みる。
「無駄だ。スキルを見破ったくらいで図に乗るな」
「今度こそっ。〈大地〉!」
その言葉にドミニクが反応した。その魔法剣は脅威──ならば、「遅らせる」のはそっちだ。
そして他方に集中すれば、技量で上回る彼にその対処は容易い。
果たしてジュリアの魔法は発動せず、ルウの闘気は躱された。そして〈誤差と修復〉──接近して斬る技なら、そのスピード自体が爆発的に跳ね上がる。
狙われたのはルウ。しかしその瞬間、ドミニクの足が地面に沈んだ。
「何──魔法か!」
「〈血に染まる十字架〉!」
虚を突かれた彼は、至近距離からそれを喰らう。咄嗟に剣と闘気でガードするが、その分背後が隙だらけだ。
「やあっ!」
〈大地〉による直接の斬撃。さっきの仕返しとばかりに、それはドミニクの背中を斬り裂いた。
「ぐはっ」
「まだよ! ルウ、離れて」
2人はドミニクから距離を取る。そして遥か彼方から放たれた、〈3人目〉による魔法の光弾。
彼の足は大地に噛みつかれ、身動きが取れない。
「な、何故──」
超回復を使える──それは即ち白魔法の使い手。それでいて攻撃魔法まで使うなど、まるで──。
「オーランド……四神クラスの〈魔導師〉とでも言うのか……」
閃光、激震、轟音、そして飛散。ドミニクはすべての闘気を盾にしたが、それでも足りず、遂に大地へ平伏した。
「言ったでしょ、『これから起こるすべてのことが理解の外だ』って」
「ジュリア……カッコいい。でも、何で?」
「ここよ、ここ」
人差し指で頭をつんつんするジュリア。彼女のピンチに駆け付けた、脳内に響く声。それがある限り、彼女に恐いものなど無かった。
一方、任されたはずの戦場で〈弟〉の手を借りたルディは、安堵の溜め息を付く。
『かけ声だけで釣るなんて、あの子らしいわ。でも──危なかった。やっぱり双方向の通信手段を準備しなきゃダメね。リゼットも、ありがとう』
ドミニクにとどめを刺したリゼットは、照れたようにそれに応える。
「いえ。この〈翡翠のロッド〉と、ダイキさんに貰ったプレゼントのお陰です」
魔力を爆発的に増幅する、女神の塔での戦利品。そして、ダイキから渡されたスキルの書。
〈正負の転換〉という名のそれは、エネルギーの性質を180度入れ替える。リゼットの場合、一瞬にして、回復魔法が攻撃魔法へと変化するのだ。
リゼットが本陣を離れてそこに居たのは、他でもない、眼下で激闘を続けるそのダイキをフォローするためであった。ジュリアたちの戦いに加わったのはあくまでも予定外である。
敵将を討ち取ったその活躍は、強敵と対峙しながらでもはっきり見て取れた。ダイキが彼女に親指を立てて見せると、それに微笑み返すリゼット。
そして再び、ダイキは前を向く。その視線の先には、自軍の将が倒されたことを知りながら、全身から紅炎を噴き出し、不敵に笑うクロードの姿があった。




