殺戮の戦獣 VS 四重炎
場面はフォルセムの要塞に移る。
「結構やるぜ、こいつら。〈アレ〉で一気に片を付けるぞ」
次々と倒される仲間の姿を目にして、四重炎のリーダー格、〈反鬼〉エレンフリートは様子見が不要と判断した。
彼が北へ走ると他の3人もすぐに呼応、彼らは四方に散開する。
「先に周りをやってくれたおかげで、却ってやり易くなったな」
西には〈投爆〉ティーロ。
「業火に灼かれて死ね」
東に〈速撃〉イェルク。
「我らが呼び名の由来、四重炎によって」
そして南、〈大盾〉アロイス。
「いきなり協力闘技か。さて、どうするよオヤジ」
敵に関する情報は、ハルトの、つまりジルヴェスターの〈世界一の情報網〉から既に得ていた。敵の動きを察知して矢を構えるものの、それを射たないハロルド。
「敵のボスは『正々堂々、完膚なきまでに』を矜持とする。だったら『それと同じことをこっちもやってくれ』──いつもながら無茶を言いますね、ハルト君は」
やれやれと、既に諦めた顔のラルス。
「そして相変わらずの秘密主義者だ。わざわざ難易度を上げてどうする。悪いが理解出来ん」
本来敵に向けるべき槍を、地に突き刺すフーゴ。
「そうだな。だがあいつの言うことだ。普通に殺る以上に得られるモンが、きっと何かあるんだろう──ぜ!」
闘気を込め、地面に叩きつけられたクレイグの拳。それは爆発的な威力があり、まるで爆心地のような穴が空く。
「やってやろうじゃねえか。〈正々堂々〉なんて、逆に俺らの矜持にゃ反するがな」
彼らが殺戮の戦獣と呼ばれるようになるずっと前から、クレイグは徹底した結果主義者である。それに僅かでもリスクを与えるような戦い方は、本来しない。
嘘でも毒でも使えるものは何でも使い、敵がやりたいことはその前に封じ、逆に嫌がることを進んでやる。矜持と言うなら「卑怯者と罵られようが必ず勝つ」のがまさに彼のそれだった。勿論、その教えを受けて育った他の3人も同様である。
それこそが、彼らが今、生きてここにいる理由に他ならないのだ。
「取り敢えずここに隠れろ。協力闘技は俺様ひとりで何とかする」
息子同然の3人は、その言葉の意味をするところをたちまち理解した。何も言わずクレイグの空けた穴に身を伏せ、力を合わせた闘気で蓋をする。
「さて、敵さんは──」
クレイグが目を散らすと、四重炎たちは闘気を空高く、見えなくなる位の位置にまで高めていた。
そして両手を広げ、その光が各々の点を結ぶと、巨大な四角形が、いや四角柱が形成される。
「じれってえな。どれかひとつを囲んでりゃ、今頃〈一殺〉完了してらァ」
クレイグは、持てる闘気のすべてをハロルドたちを覆う蓋の強化に注ぎ、その上に立った。そして攻撃どころか防御の型すら取らず、棒立ちのまま敵の攻撃を待つ。
「ひとりを犠牲に、何かするつもりか」
依然として闘気を高めながら、西を担当するティーロが目を凝らす。彼は慎重な性分で、それは時に仲間内からも揶揄される程だ。
「一度限りの技でも無ければ、そもそも防げる技ですらありませんがね」
意味の分からぬ敵の所業を、鼻で嗤うアロイス。ティーロとは対照的に自信家な彼である。
だが確かに、この状況で罠など考えられない。例えあっても無意味だ。彼らは互いに目を合わせると、技の発動準備が完了したことを確認した。
そして──見る。標的が〈欠伸〉しているのを。
「な、舐めやがって──! 今すぐ絶叫に変えてくれるわ!」
すぐ頭に血が上るイェルク。発動の口火を切ったのは彼だ。
四柱結界、四重炎!
四角柱が炎による紅に染まり、たちまちその中が見えなくなる。そして次第にその体積を縮め、それとともに中の温度と圧力が増していく。
力を単純な和算から乗算にする協力闘技。それは個の力の平均を人数乗したものを総力と成す。つまりこの場合、仮に力の平均を10とすると、その総力は1万にもなる計算だ。
さらに結界術でもあるこの技は、敵の脱出を封じ、灼熱の炎によって内なるすべてを灼き尽くす。
「まずいよ、ハルト! 何だってクレイグたちは、あんな──」
味方が残っているうちは、使い所が難しい広範囲攻撃。わざわざそれを使うべき相手と認識させた上で、その使い手だけを残し、今まさに自らそれを喰らおうとしている。それはセリムの目から見ても明らかだった。
「んー、そういうリクエストしちゃったからね。勿論、彼が見ている前提での話だけど」
少し困った顔のハルト。その視線の先にいるのは──。
「レオニール!?」
敵国の王は結界に抗うでもなく、静かにその戦況を眺めている。
それだけでは答えになっていない。しかしそれ以上、ハルトは何も言わなかった。
紅い四角柱は、熱風と閃光を撒き散らしながら尚も収縮を続け、やがて天に伸びる一本の直線に。その軌跡には草木のひとつも残っていない。至る所から煙を吐く地面にその名残を残しつつ、それは静かに消えた。
そして──技とは対照的に、彼らの笑みが一瞬で凍りつく。
「──え?」
「何故……」
四対の目線の先で、服を少し焼かれた以上のことは何も無かったかのように、呆けてさえいるクレイグ。
そして、驚愕したまま固まる四重炎に対し、僅かに一言。
「終わりか?」
──あり得ない。
エレンフリートは、言葉にならぬ思いをぐるぐると頭の中で反芻する。
四重炎は同じ〈火の属性〉を持つ者か、反する属性で相殺しない限り、どれだけ防御力が高くても無傷でなどいられない。クレイグが属性攻撃、或いは防御した形跡は無く、そもそも彼自身は闘気さえ帯びていなかった。つまり、彼は生身でそれに耐えたことになる。
──いや、違う。
アイテムか、スキルか。何か必ずカラクリがあるはずだ。
そう悟った彼は、4人の中で一番早く動いた。彼がリーダー格と言われる所以は、その〈勘の良さ〉にある。
そう、彼は間違っていない。敵が簡単な相手でないことをすぐに見抜き、最強の技を最初に持ってきたこと。そして、それを受けて尚、無傷でいられるこの男こそ、彼らの矜持に反してでも、4人で囲み真っ先に仕留めるべきだと断じたこと。
「うおおっ」
彼は剣戟を振るう。一瞬遅れて、他の3人がそれに続く──が、その進路に放たれた複数の矢。
「ちっ」
咄嗟に目標を変え、エレンフリートはそれを弾いた。だが誘導するように連射されるそれに、少しずつクレイグとの距離が開いていく。
既に穴から飛び出していた敵の3人。彼は横目に、ティーロがラルスに、アロイスがフーゴに捕まったのを認める。狙うクレイグに対するは──イェルク。
──まずい。
短気なイェルクでは、勝つどころか敵の本性を暴くことさえ厳しいだろう。否、それ以前に四重炎を無傷で耐えた男に、誰であろうが1対1で勝ち目は無い。
「余所見してる余裕なんてあるのか?」
ハロルドによる矢の攻撃は続く。それはいちいち正確であり、急所ではなく彼の動きを限定するように放たれる。
エレンフリートは覚悟を決めた。ならば、先にこの弓使いを倒し、せめて2対1の局面を作るしかないと。
「弓使いの弱点は──その懐だろうが!」
急転、エレンフリートは矢を掻い潜りハロルドとの距離を詰めにかかった。素早い連射が得意なハロルドだが、矢を持ち、構え、弓を引く──その一連の動作より、エレンフリートのスピードが上回る。
対するハロルドは、あっさりとその弓を捨てた。そして人差し指をエレンフリートに向けると、先端の光から一直線に飛ばされる〈闘気の矢〉。
「なっ──?」
間一髪、剣でそれを弾く。いや、弾いたのではない。弾いてくれたのだ。
エレンフリートが持つスキル〈自動相殺〉。それは身に迫る危険を、反射神経以上の速度で斬り返す。それが無ければ──喰らっていた。
「弓使いが闘気を使えるなら、それを丸ごと具現化するとでも思ったか? 矢だけでいいに決まってんだろ。それに、敵が近い方が威力も上がるんだが──懐が何だって?」
「てめえ……」
クレイグだけではない。〈全員〉が強敵だ。それを認めざるを得ないエレンフリートだった。
一方そのクレイグは、この期に及んでまだ、彼の方から一切手を出さずにいた。
その彼に向けて遮二無二、拳の連打を浴びせ続けるイェルク。
「騎士なのに武術が得意。1発分のエナジー消費で連続攻撃できる〈徒手連撃〉のスキル持ち。で、お前──馬鹿だろ?」
ぶち、と切れる音が聞こえる程に、イェルクは怒りで我を忘れた。
「くそがアッ!」
「さっきのが効かねえのに、そんなモン何百受けても効くか。それに──忘れてるぜ。俺にも攻撃する権利がある」
そして漸く、武器を使うクレイグ。見かけによらず器用な彼は、あらゆる武器に長けているが、一番のお気に入りは扱いが難しい鎖鎌だった。
その鋭い刃先が〈敵〉目掛けて飛んでいく──。
変わって、〈大盾〉アロイスと対峙するフーゴ。彼は〈攻戦一方〉だった。
しかし槍によるそれは悉く盾によって弾かれる。
「無駄ですよ。私のスキルは防御力、そして回避力アップで固めてあります。それにこの盾は、その両方に優れた逸品。槍の攻撃は至極読み易い──貴方の攻撃が私に当たることなど、永遠に無いのです!」
勝ち誇ったようなその顔。対するフーゴは無表情だ。
「悪いが、理解出来ん」
最近、彼の口癖になりつつあるその台詞。と同時に、闘気を込めた技を繰り出す。
狼牙、〈極点突き〉!
だがそれは、アロイスの体どころか大盾にすら当たらない。
「わはは、遂に狙いまで──」
その刹那、アロイスの背中を何かが切り裂き、赤い飛沫が散る。
「な──」
振り返った彼が見たものは、〈巨大な鎌〉。さらにその先で、〈闘気の槍〉に貫かれるイェルクの姿。
「いつ言おうか迷ったが──後ろがガラ空きだ。そっちは4人掛かりで1人を攻撃したんだから、これくらいなら卑怯でも無かろう」
「そんな──馬鹿、な──」
相手を交換され、瞬殺されたイェルクとアロイス。いや、死んではいないのだからその表現は不適切だ。
それもまた、ハルトの希望である。
「あの2人が──」
狼狽を隠せない〈投爆〉のティーロ。その相手はラルスで、彼らは我慢比べの最中だった。
ティーロは、闘気に爆破の性質を与える〈闘気爆弾〉のスキルを使ってラルスを攻撃するが、そのすべてが水系統の魔石で無力化されてしまう。
一体何個、魔石を持っているのか。一向に弾切れしないその反撃に、ティーロの方が先に音を上げそうになる。
「僕らは似た者同士みたいですね。決して近付き過ぎず、離れもしない。慎重で、なるべくなら無駄な戦いもしたくない」
唄うように滑らかな口調で、敵に話しかけるラルス。戦闘中にも拘わらず、それは優雅な気品さえ感じさせる。
一方、言葉の意味自体には同意するティーロだが、この戦いは敬愛する王の命によるもの。決して退くことは出来ない。
「私は──戦う。王のために」
「ふふ、それも僕と一緒ですよ。だけど──正真正銘、これで最後です」
ラルスは両の手指を広げて見せた。片手に4つずつ、計8個の魔石が指と指の間に挟まっている。
──あと8回。残りの闘気を考えれば、何とかなる。
その戦いに漸く終わりが訪れることを知り、ティーロは内心、安堵した。
勝てる。他の相手はもう無理だろうが、王への忠義はそれで果たしたと言っていいだろう。それ程の強敵だった。
「さあ、行きますよ!」
爆撃と水魔法が8回ずつ交錯する。そして魔石が尽き──。
「もらった!」
9回目の爆撃。だがそれは、9回目の水魔法によって落とされた。
「な、何──」
「〈氷葬終劇〉!」
困惑するティーロに更なる魔法攻撃。とどめは氷魔法だった。疑問を訴える表情のまま、氷塊に囚われるティーロ。
「嘘は言ってません。ただ『魔石を使うなら、普通に魔法も使えるかも』と考えるべきでしょう。〈慎重派〉なら当然ね」
これで3敗。四重炎はいよいよ後が無くなった。
「馬鹿どもが──何やってやがる」
悔しさに血が滲む程、唇を噛み締めるエレンフリート。
「褒めといてやるよ。オヤジ──あのでかい人な、あの人を真っ先に仕留めに行った勘の良さだけは」
ハロルドはじりじりと間を詰める。エレンフリートの足は自然と、後ろに下がっていく。
──この俺が恐れてる? 目の前の男を。いや、敵全員を。
「お前が一番厄介そうだったから、俺の相手にした。カッコ付け過ぎて、万一にでも死なれちゃ困るからな」
「何を──言ってやがる」
会話の内容などどうでも良かった。エレンフリートの頭の中にあるのは、どうやってこの男を倒すか──ただそれだけである。
敵は指先から光線のような矢を出す。それもかなりのスピード、そして威力だ。しかし〈自動相殺〉さえあれば、初撃は躱せる。その隙を付いて一撃入れられれば──。
「それから、ひとつ忠告しとくぜ。俺たちは全員、前の統一戦争経験者だ。先輩はちゃんと敬わないとこうなる。──見えるか?」
ハロルドは指先で空間に線を描いた。闘気による芸当である。
「この直線上に、点は幾つある?」
「ど、どういう意味だよ」
「俺の矢は指先から出るんじゃねえ。空間に描く点すべてから射てるんだ。分かんねえだろ、線が何個の点から出来てるかなんて。なら、これは?」
そして今度は、掌を使ってベッタリと太い線を描く。そして──エレンフリートの顔が青ざめる。
「さっきので何とかしてみろよ。この〈点〉全部」
その瞬間、描かれた光の軌跡から無数に飛び出す矢の大群。いや、もはや重なり合って1本の太い光線にしか見えない。
エレンフリートはそのうち〈ひとつ〉を討ち落とし、残りのすべてをその身に受ける。
「がはっ……」
こうして、四重炎は殺戮の戦獣に喰われた。正々堂々、完膚なきまでに──。
「やった、勝ったよ! さすがクレイグたちだ」
セリムが喜ぶ横で、厳しい表情のハルト。
「いや、やり過ぎだよ。すぐに救護班を向かわせよう」
セリムはその意味を履き違える。
「敵の治療を? レオニールがまだいるのに、さすがにそれは……」
「違う、クレイグだ。彼はスキルを使って四重炎を止めた。何度やっても無駄だって思わせるために。でもそのスキルは──」
〈戦苦の思い出〉。ダメージを〈先延ばし〉に出来る能力である。
クレイグは強大なその攻撃を、わざと生身で受けた。それは後で、必ず〈再現〉されるから、下手をすると命に関わる。
「そ、そんな──どうしてそこまで」
「僕のせい──なんて小さなものじゃないね。これまで一味で最強の一角を担ってきたプライドかな。脱帽だよ。さすがとしか言えない」
クレイグは既に、人目に付かない場所へと移動していた。このまま遺恨を残さぬよう〈完勝〉するためには、傷付く姿を見られるわけにはいかない。
その姿を遠目に見ていたソーマは息を吐き、歯を噛み締めると、刀を手に歩き始めた。




