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炎極を阻止せよ(2)コレム平原

 同時刻。コレム平原にてアースガルド帝国・ラナリア連合軍と、ウェルブルグの両軍が対峙していた。

 数で圧倒するのは前者である。1万2千のそれに対し、後者は半分以下の5千。


 戦の勝敗は、決して数だけで決まるものではないことを歴史が証明している。一方、数に勝る方がそれを有利に進められるというのも、昔から変わらぬ道理であった。

 つまり、勝因は兵数と〈それ以外〉に分けることができ、その両方が敵を上回っていることが理想である。それが叶わぬ場合でも、兵数が必要条件止まりであるのに対し、〈それ以外〉なら単独で十分条件に成り得るということだ。


 では〈それ以外〉とは何なのか──それを熟知しているのはウェルブルグの方だった。


「者ども、かかれっ!」

 同軍の司令官は、レオニールの弟、クロード・ヴィンフリート。血気盛んな武人であり、今や武功だけならその兄をも(しの)ぐ戦上手である。


「兄者はこっちを〈保険〉だと考えておられるだろうが、そうはいかねえ。エルムトを落とすのは俺たちだ」

 その号令とともに〈炎極〉は発動した。それは単純な縦陣で、ひたすら直線的に突破することにのみ、力を注ぐ戦術。


 対するラナリアは、それを迎え討つべく鶴翼(かくよく)の陣を敷いていた。

 鶴翼とは、その名の通りVの字に部隊を展開し、(ふところ)に入った敵を両翼から挟み込むように包囲する陣形である。

 その片翼に各々2千を配し、敵の正面に当たる本陣は2千、3千、3千と3段の構え。敵が突破に手こずっている間に包囲し、数にものを言わせて一気に殲滅(せんめつ)を狙う布陣だ。


 だが、その手の対応はすでに見飽きたクロードである。これまで、兵力に勝る敵は必ずと言っていいほど、彼らを包囲する陣形を選択してきた。


「だから、それが違う(・・)ってんだよ」

 右手を手綱から離すと、彼はそれを高く掲げる。すると、直進するはずだった隊列が、そこを起点に突然進路を変えた。

 味方から見て右、敵側から見て左翼に向けて──いや、さらにその外と言っていい角度へ、綺麗に折り曲げられる炎極。


 実戦経験が豊富なウェルブルグと、そうでないラナリア──両者の決定的な違いは〈目的意識〉であった。

 戦と言うからには敵を殲滅、或いは少なくとも敗走させることを一義的に捉えがちだが、決してそうとは限らない。その戦が「何のために行われるのか」、言い換えれば「勝利条件が何なのか」。


 ラナリアにとってそれは「敵を追い払う」ことで間違ってはいないだろう。しかしウェルブルグにとってのそれは、あくまでも「首都エルムトを陥落させる」ことである。

 敵本陣の方角にはそれが無い。だから目的に向けて〈修正〉した──ただそれだけだ。守備側となるラナリアは、直線的に並ぶ敵へのバランスだけでなく、それを考慮した布陣を敷くべきだった。


 勿論、予め違う角度に布陣したウェルブルグにとっては、フェイントの意味も込めてある。ラナリア勢は慌てて彼らを追うが、本陣に近い左翼軍の一部、そして反対側の右翼軍2千は完全に遊兵と化した。

 機動力に優れる先頭の赤天騎士団が、辛うじて接触してきた左翼軍の先陣を軽く蹴散らし、そのまま敵本陣を無視、本当の目的地へと突き進む。


 尚も追走するラナリア軍。だが後ろの敵をどれだけ倒そうが、最終的に首都を獲られたらまったく意味が無いのである。本陣を動かさぬ限り──いや、騎兵でないそれでは、もはや彼らに追い付くことすら不可能であろう。

 つまり殆ど交戦することも無いまま、この時点で勝敗は決したと言っていい。


 ラナリアは(・・・・・)──負けた。


 しかしそれこそが、アースガルド(・・・・・・)帝国が(・・・)思い描いた通りの戦況なのである。


「さあ行くわよ、〈大地(ガイア)〉!」

 赤備えという、分かり易い特徴を持つ赤天騎士団を見送った後、そこに待ち構えていた1人の女剣士が飛び出した。──ジュリアだ。


「〈断裂する大地(アースブレイク)〉!」

 光り輝く剣。たったひと振りのその剣撃で──大地が割れた(・・・・・・)


 それは騎兵である赤天騎士団と、歩兵である後続の傭兵たちの間に生じた空白地帯に起こる。余りの轟音と衝撃に、前衛は思わず振り返り、後衛は慌てて進軍を止めた。

 その長さはジュリアの前後に数キロ、幅は30メートルほど、そして底は──見えない。


「な──何だ、今のは」

 何が起きたのかまったく分からないウェルブルグ勢。異口同音にその事態の説明を求めるが、何処からも回答は無い。

 しかも、謎の天変地異はそれだけでは終わらなかった。足が止まっている隙に、赤天騎士団の前に回り込んでいたジュリアが、続け様に剣技を放つ。


「〈崩落する大地(アースフォール)〉!」

 それは相対的に、周囲の景色が天に上っていくように感じられた。赤天騎士団の居る一帯が、周囲から取り残されるように陥没していくのだ。


「な、な──」

 何がどうなっているのか。発声方法さえ忘れてしまったかのように、ただ呆然と空を見上げるしかないクロード。

 しかし地上まで50メートルはあろうかという位置で漸くそれが収まると、誰よりも早く叫び声を上げる。


「敵に〈魔導師〉がいるなんて──聞いてねえぞ!」


 魔導師──魔法士の中でも上級魔法の使い手を、特にそう呼ぶ。それは確かに〈魔法〉だった。

 だが、上級魔法ともなれば、エナジーの闘魔比で魔が70%以上の者でなければ、どれだけ鍛練しても使うことが出来ない。ジュリアは完全にその逆、闘が70%で魔は30%程度だ。


 それを可能にしたのが、女神(ガイア)の塔で手に入れた剣である。それを使って鍛練する中で、剣の持つ特殊な力に気付いたジュリアが、意味を変えて名付けた〈大地(ガイア)〉。

 それは〈地の属性魔法すべて〉を、エナジーを一切消費することなく剣技として発揮出来る、まさに夢のような宝剣だったのである。

 だが勿論、それをここまで使いこなすには、相当な訓練を要したに違いない。


「分断、成功!」

 これだけ派手なパフォーマンスだ。戦場の何処に居てもそれと分かったはずだが、彼女は〈報告〉を欠かさなかった。

 遠方にいながらハルトとの会話を可能にする〈情報共有(ブレインシェア)〉。ハルトが所有していたそれに、新たにジュリアを追加した形で、要するにジルヴェスターをマスターにしたものと同一である。

 但し彼女には師の認可が得られなかったため、接続(アクセス)出来る相手はハルトだけ。つまり、ジルヴェスターから見てハルトを子とすると、枝分かれした孫の情報網というわけだ。


『さすが。期待通りの活躍だね』

 脳に響くその声。まだ戦いはこれからだというのに、自然とジュリアの顔がにやける。

『──すぐ次の配置に付けってさ。〈そっちの軍師〉が』

「わ、分かってるわよ」


 ぶんぶんと首を振り、ひとときの幸せから現実に戻る。ハルトを経由して届くルディの指示だ。


「ここまでは順調のようです」

「うむ。この目で見てさえ信じられん光景だがな」


 ラナリア軍の本陣で言葉を交わすのは、コレム平原隊の軍師を買って出たルディと、司令官のミュラー・クレメンス将軍。


 こんなチート能力を使わない理由はない。彼らの作戦──勿論ハルトが立て、ルディは現場で幾つか修正しただけである──はシンプルだった。

 まずジュリアの、正確には彼女の剣の力を使って、赤天騎士団とそれ以外を分断する。幅30メートルにもなる断崖は、闘気でも使わない限り飛び越えることが出来ないから、傭兵以下の後続兵士はこれで無力化された。

 但し最後尾の魔法士なら、何らかの方法でそれを越える、或いは遠隔で攻撃される可能性を残す。それには距離を確保しながら、こちらも魔法士や射手を出して備える。


 次に赤天騎士団を〈落とし穴〉に()め、その機動力を奪う。但しこちらは闘気の使い手がずらりと揃っており、例え50メートルの深さがあっても「閉じ込めた」とまでは言い切れぬ。


「では、私も行くとしようか」

 馬に(またが)るミュラー。彼は左翼軍として展開した白鷹騎士団と合流し、その赤天騎士団と対決する予定だ。

 つまりフォルセム要塞と同じく、こちらも小規模戦に持ち込んで、被害を最小限に留める作戦なのである。そのために、1万2千人で形成した鶴翼のすべてが──罠。


「何かあれば〈大いなる軍配(ミッションブリンガー)〉でお伝えします。ご武運を」

 戦場でのみ有効なそのスキルは、1対多数の遠隔通話が可能。それを使えばジュリアにも直接指示が出せたはずだが、彼らを優しく見守る姉弟子として、そんな無粋な真似はしないルディである。


「このままラナリアとして、何もせずに終わるわけにはいかんからな。奴らは必ず、我らの手で仕留めてみせようぞ」

「でしたら、急がれた方が。彼らの方が穴の近くにいますから」

「そうであったな。では、後は頼む」


 本当の難関はここからだ。ハルトはここに居ないのだから、不測の事態には自分が対処しなければならない。ルディは顔を引き締めた。


 一方、ウェルブルグ側。


「申し訳ありません、レオニール兄様。炎極を──止められました」


 最後尾から、予想だにしなかった報告を上げざるを得なくなったフィオナ・ヴィンフリート。だが彼女は、さらに混乱の中に身を沈められる。


『そうか。こちらもだ』

「そんな──まさか!」

『落ち着け。ただ止められただけ、それ以上のことは何も無い』


 あくまでも揺るぎなく、力強いその一言。それによってフィオナは少し冷静さを取り戻した。


「──これから、どのように?」

『お前の判断に任せる。その様子だと、あの馬鹿がまた暴走するやもしれん。最悪の場合、そっちは撤退させても構わん』


 フィオナはそれに兄の覚悟を感じ取った。いつもなら、勝利を確信する瞬間のはずだ。だが──。


『案ずるな。この私が負ける姿を想像出来るか?』

 その気遣いが余計に不安を煽る。しかしフィオナは、兄にこれ以上の負担をかけまいと、気丈な台詞で通話を終えた。


「いいえ。では、先にエルムトにてお待ちしております」

『……ああ。分かった』


 他方、穴の底では。


「うおおおっ、出せ! ここから、出しやがれ!」

 まるで、暗闇に浮かぶ月のように切り取られた、穴の出口に向かって叫ぶクロード。

 傾斜はほぼ垂直。闘気を込めてジャンプしても、とても届く高さではない。


「無茶ですよ、クロード様。出せと言われて出すくらいなら、最初からこんな所に落としたりしません──って、あれ? 落とされたのかな、俺たち」

「くそっ。なら、やっぱりよじ登るしかないのか」

 ギリギリと歯を噛み合わせ、クロードが忌々しい土壁を睨んだ──その時。


「うおっ、今度は何だ」

「──地震?」


 ガタガタと揺れだす穴の底。またしても天変地異だ。


「まさか──このまま地中に埋めるつもりか!」

 歴戦の赤天騎士団も、さすがにパニックに陥った。だがその予想に反し、少しずつ出口が彼らに近付いてくる。穴の底が上昇しているのだ。

 そして狼狽する彼らを乗せたまま、丸い空間は再び地上へと戻された。


「これは──?」

 変化があったのは地上の方。そこは〈さらに巨大な穴の底〉に変わっていた。いや、正確には四方が、上空に延びた岩壁によって囲まれているのである。


「お待たせして申し訳ない。さすがにここまで地形を変えるには時間が必要らしくてね。穴蔵の居心地は如何でしたか」

 彼らの正面で待ち構えていたのは、ミュラー・クレメンス。


「お久しぶりですクロード様。いや、今や敵なのだから、呼び捨てにさせてもらおうか、クロード」

「ミュラーか! 何の真似だ、この──」


 まるで闘技場みてえな空間は──と言いかけて、クロードは「それだ!」と気付いた。

 さっきの穴では狭くて暗い。馬で突破出来ない状況はそのままに、ここで敵は彼らと対決するつもりなのである。


「あのまま生き埋めにすれば、拾えたかもしれねえのに。余程、その命が要らんと見えるな」

「そうでもないさ。今の我々には貴様らと戦えるだけの力がある。それに、『殺しちゃいけない』というのが軍師殿の考えでね」

「はっ、余裕のつもりかよ。〈炎極〉は何度でも発動するぜ。てめえらを倒して、俺たちは先に進む!」


 ミュラーを潰せば指揮は乱れる。あとはさっきの〈魔導師〉にさえ注意すれば、他は問題ではない──。


 クロードに先駆けてミュラーに斬り掛かった騎士たち。が、その間に突如として吹いた黒い風が、それを瞬時に薙ぎ払う。


「させない」

 ルウだ。その両手には既に二対の黒剣が握られていた。


「分かんねえ奴らだな。だから、それを(・・・)させない(・・・・)ってんだよ!」

 それに怯むことなく、遂にクロードが動く。その武器は両端に刃を備えた〈双炎薙刀(ヒートハルブレッド)〉。

 変則的な回転を加えたその一端が、ミュラーを襲った。しかしそれもまた──。


「何っ──」

「すまんな。結局それも(・・・)させない(・・・・)のが俺の役目だ」


 ダイキが〈素手〉で止めていた。その全身には蒼い闘気が(みなぎ)る。


 止められた〈双極〉。ウェルブルグ優位に思われた戦況を一変させたアースガルド帝国であった。戦はいよいよ重要な局面を迎えようとしている。


 だがこの後、彼らは知る。勝利のためには「もう一度逆転する」ことが必要になると。

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