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アースガルド帝国始動

 彼らの不安は杞憂に終わった。ウェルブルグは開戦の日時とともに、場所まで明言してきたのである。

 それにより戦場は、要塞フォルセム、そして北部に位置するコレム平原の2箇所に確定した。つまり計画通りだ。


 レオニールはあくまでも正々堂々、手の内を(さら)した上で勝利をもぎ取るつもりなのであろう。それは「止めれるものなら止めてみろ」と言わんばかりに彼らを挑発し、未だ不敗の実績を誇示するかのようであった。

 勿論、それには「どれだけ備えようとも勝てない相手」と内外に知らしめる計算もあるに違いない。逆に不敗の〈炎極〉が、増して〈双極〉で敗れることなど想定すらしていないと思われる。


 対する彼らは〈宣言〉の後すぐに出発し、本日中に予定の布陣を完了させる予定であった。そして明日の正午になれば、いよいよ戦端が開かれるのである。


「つくづくやってくれるよね。確かに、あれじゃ戦う前から心を折られても不思議じゃない」

 笑えぬことに微笑んで、そう呟いたのはハルト。城下を一望できるテラスの隅っこで彼らは時を待っている。


「そうか? 俺はむしろワクワクしてきたぞ」

「俺もだ。聞けば、この世界でも有数の猛者たちらしいじゃないか。今こそ鍛練の成果を見せる時だ」


 ソーマとダイキは戦いを楽しみにさえしているようだった。彼らの精神的な成長を、ハルトはそれに感じ取る。


 セオリーに従えば、序盤で戦うにはまだ早い──そう設定されているウェルブルグ。第2次統一戦争でも、最後まで残ったのが彼の国である。

 結束が固く、内応や流言で内側から崩すことはほぼ不可能。主力の遠征中に(かす)め取るか、周囲をしっかり固めてから一気に攻め込むか。或いは、民のことを第一に重んじる王の性格を利用して、物品の流通をすべて押さえ、降伏を勧めるという方法も有効かもしれない。


 だがいずれにしても、自勢力がそれなりの規模になってからでないと、本来とても太刀打ち出来ない強国である。事実、彼らが別の勢力を選択していたら、ラナリアは真っ先にウェルブルグの標的となり、知らぬ間に潰されていただろう。

 CPU同士の戦いならそれは何度プレイしても変わらない──つまりラナリアを滅亡から救うには、早々にプレイヤー側の国として守る以外に無いのである。


 そして今日、それが成る。〈亡国の皇子一行〉は、ラナリアを事実上の傘下に収め、乱立する勢力のひとつとして、遂に天下獲りへ名乗りを上げるのだ。


「それにしても……長えな」


 集まった聴衆に向け、テラスの最前列に備えられた壇上で熱弁を奮うルーベルク大公。セリムに繋げるための〈前置き〉であるはずなのだが、それは幼い頃の兄との思い出から始まり、今漸く、王立士官学校を卒業したところである。


「仕方ないよ。張り切って草稿を書き上げたみたいだし──あと2時間はかかるんじゃないかな」

 なかなか出番の来ないセリムが、そわそわしながら彼らを振り返る。待たされるほど緊張が増すから、それも無理からぬことだ。


「冗談じゃねえ。ウチの校長以上じゃねえか」

「生活指導の小言をも上回るな」


 現実での素行があまり宜しくない彼らは、思い出したくもないことで辟易とする。

 かと言ってここを離れるわけにもいかず、ソーマはやり場の無い目線をキョロキョロさせていた。


「──そう言えば、ダイキの連れは何処行ったんだ?」

「さあな。師匠たちの活動には口出ししない約束だから、俺にも分からん。だが、それを言うなら戦翼傭団(ウイング)の2人もだろう」

「あいつらは俺の監視役なんだよ。姿が見えなくても、どっかで必ず見てる」

「むう……気味が悪いな」


 ダイキは辺りを見回すが、それらしき姿は見当たらなかった。


「彼らが味方になってくれたら、もっと楽な展開に持って行けるのに」


 ハルトはまだ諦めきれていない。ダイキが連れてきた砂漠の炎輪花(デザートフレイマー)、そしてソーマの仲間である戦翼傭団(ウイング)。どれだけ交渉しても、彼らは戦争に関して不干渉の立場を崩さなかった。

 しかし一方で、アースガルド帝国としての初戦は、何とか彼らの力だけで勝利したいという想いもハルトにはある。形だけでなく実力も備えていることの証明──その相手として、ウェルブルグは充分過ぎる相手であろう。


「初陣においても、勇敢なる我が兄は一切怯むことなく──」

 まだまだ中盤にさえ差し掛からぬ大公の演説。


「……ああ、もう無理!」

 遂に我慢の限界を超えた。まだ大公の演説中だというのに、テラスの淵に飛び乗り、ソーマが群衆にその姿を晒したのである。


「それから何だかんだと色々あって、今俺たちはここにいる。予言の勇者だ! 闘気が見える奴はよく目を凝らせ。俺たちがアースガルドを統一する!」


「──ぬえ?」

 頓狂な声を上げるルーベルク大公。驚いたセリムが、慌ててソーマの足元に駆け寄る。

「ソーマ──一体何を」


 彼は構わず、セリムを危険な〈壇上〉へと引き上げた。そこから落ちれば、ひとたまりもない高さ。

「うわあっ」

「今まで正体を隠してきたが、こいつはセリム・レイアース──アースガルド帝国の皇子だ。俺たちはこいつに、天下を獲らせるために来た」


「皇子──!」

 絶叫したのはルシア。すぐさま後方から飛んで来て、無理矢理2人を引きずり降ろす。


「ば──馬鹿なのか、お前は! 皇子の身に何かあったらどうするつもりだ」

「だって──待ちくたびれちゃって」


 悪びれる様子もなく、舌を出し笑顔さえ見せるソーマ。一方、久々に公の場に姿を現し、弁舌に酔いしれていたルーベルク大公は、口を開けたまま呆然と固まっている。


 そして彼らの眼下で、次第に大きくなっていく聴衆のざわめき。


「み、見たか、今の──」

「ああ、〈蒼い闘気〉。間違いねえ」


 所々で聞こえる驚嘆の声。エナジーは誰でも持っているが、使える──つまり〈ちゃんと見える〉のは100人に1人。

 彼らは、ハルトの策によって紛れ込んでいた〈サクラ〉なのである。予定の順番とは違ったが、彼らはその役目を果たすべく口々にそれを叫ぶ。


「それに、あのマリオス殿が──セリム皇子だって?」

 瞬く間に内乱を鎮め、ルーベルク大公の命を救った救国の英雄──それが実は、狂黒の乱によって国を追われた悲劇の皇子だった──。


 ざわめきはどよめきへ、やがて、喚声に変わる。如何にも民衆が喜びそうな英雄譚、それにはさらに〈続き〉があったのだ。


「憎き新生帝国の凶刃に倒れた、皇帝陛下の忘れ形見が──今、あそこに」

「それも、予言の勇者を連れて──もしかして、それって……」


 サクラたちの演技は上出来だ。ハルトの狙い通り民衆を煽ることに成功し、いよいよ収まりがつかない興奮の渦へと彼らを導く。


「呼んでるぜ、セリム」

 ソーマが改めて促す。突然順番が回ってきたセリムには、まだ心の準備が出来ていなかった。

 しかし、やがて意を決したように、名残惜しそうなルーベルク大公に代わって壇上へ。


 いよいよ、アースガルド帝国の復興宣言が始まる──。


「我が名はセリム・レイアース。アースガルド帝国の皇子である!」


 一際大きくなる喚声。だが歓声ではない。依然として歓迎より疑念が、疑念より驚愕が上回る。


「10年もの歳月を費やし、私は遂にここへ辿り着いた。敬愛するジェラルド・ルーベルク大公殿下の支援を受け、今ここにアースガルド帝国の復興と、新生アースガルド帝国の打倒を宣言する!」


 一転して、言葉を失う民たち。

 経済的に豊かなラナリアでは、ルーベルク政権の支持率は高い。人徳者である彼への敬意も相当なもの。これまで目立った戦争も無いこの国で、不満などあろうはずがなかった。その支配者が──変わる?


 彼らは静まり返り、皇子の次の言葉を待つ。他ならぬ自分たちの今後に関わるその内容を、委細漏らさず聞くためだ。

 セリムもまた、そうした民衆の〈声〉を聞いていた。そこに不安の色を感じ取った彼は、まずそれを払拭する。


「聡明なるラナリア国民よ。我々は貴方たちから何も奪わない。そして何も奪わせはしない。ラナリアはこれからも、ルーベルク大公の下、より一層の発展を遂げるだろう。

 だがそのために、我々はラナリアと軍事同盟を結び、新生帝国に対して討って出る。今はまだ遠く、しかし近い将来必ずやって来るその脅威に対し、我々は手を携え、共にそれを排除するのだ」


 ざわざわ。また少しずつ聴衆の声が大きくなる。最も代表的な感情は──困惑。


 彼らにしても、決して良い噂は聞かない新生帝国によって、この地を支配されることには恐怖がある。

 だが皇子が生きていた──仮にそこまでを素直に認めたとしても、それに抗えるほどの力があるとは到底信じられない。ラナリアをそのまま残すと言うなら、一体そのアースガルド帝国とは、何処にある国なのか。


「我らアースガルド帝国は、奴らに奪われた土地を取り戻すまで〈領土を持たざる国〉として活動する。反新生帝国の呼び掛けに応じた国々の盟主としてだ。イーリスを、そしてイシュトリアを取り戻したその時こそ──私は皇帝となる」


 それは国民との〈会話〉。民の意を汲むことが出来ない独裁者には不可能な演説であった。


「勿論、それに応じない国もあるだろう。我々はギリギリまで交渉の手間を惜しまないが、最悪の場合、新生帝国と同様に戦という選択肢に出る可能性もある。今まさに、決戦を控えたウェルブルグがそれだ。だが、我々は必ずそれに勝つ。──見よ」


 セリムは壇上へ姉リーザを招く。素性を隠す必要が無くなった今、彼女は見事なドレスに身を包み、一分の隙もない仕草で以て民衆の前に現れた。

 その余りに美しく、すべてを許す女神のような笑顔にどよめく民衆。それは彼らが思い思いにイメージし、美化したどんな〈プリンセス〉をも遥かに(しの)ぐ、高潔で優美な本物の皇女。


「新生帝国による囚われの身でありながら、傀儡(くぐつ)となる戴冠を拒否し続けたリーザ皇女である。そして、敵陣の真っ只中にあった彼女を救い出したのが──彼ら、〈予言の勇者〉たちだ」


 そしていよいよソーマたちが壇上へ。正しくは戦翼傭団(ウイング)としてであるが、ややこしいのでそれでいい。


 そこでソーマが、またしても予想外の行動に出る。まったく予定に無かったことだが、彼は刀をするりと抜くと、空へ向けて闘気を込めた一撃を放ったのだ。

 それは誰の目にも見える蒼き閃光となって、遥か彼方へ消えていく。それを見届けた民衆は、神憑(かみがか)り的なそのパフォーマンスに度肝を抜かれた。


 セリムが後で聞いたところ、「何となくそれで場が締まる気がした」とのこと。


「彼らが味方として現れた今、我らに恐れるものは何もない。彼の大賢者、ユリウス・キルシュタインが残した予言の第一歩──それを踏み出す今このとき、皆はその生き証人となるのだ。

 我らと共に進め。必ずこの戦争を終わらせ、安寧の日々を(もたら)すと──私はここで誓いを立てる!」


 ウェルブルグとの戦を前に、ますます厭世感(えんせいかん)が高まっていたラナリア国民。それが覆されるどころか、忍び寄る新生帝国の支配からも逃れられる未来。

 彼らはそれを、若き皇子の姿に重ね、確かに見た。


 そして遂に──怒濤のような〈歓声〉が首都エルムトに木霊(こだま)する。


「ラナリア万歳! アースガルド帝国万歳!」

「セリム皇子──そしてリーザ皇女に神の祝福を!」


 それは決して止むこと無く、いつまでも続くようにさえ思われた。

 ソーマは頼もしい若き皇子の顔を見る。セリムもそれに気付き、衆人環視の中心で、固く交わされた2人の握手。


「領土を持たない盟主としての復興。考えたわね」

 テラスではなく、民衆に混じってそれを聞いていたルディ。それはジルヴェスターに師事するより前から、ハルトが描いていたアースガルド帝国の姿だった。


「傘下に入ることを強制するのではなく、あくまでも対新生帝国を目的とした軍事同盟の盟主として。単独で対抗出来る国が無い以上、所領が安堵されるなら、それに応じる国も多いはず。今現在、敵対関係にある国々にとっても緩衝材の役割を果たし、ひとつに(まと)めるにはまさに理想的な存在。ウェルブルグに勝利することで実績さえ作れば、必ず大きく成長する。──そうですよね、先生?」


 隣には誰も居ない。返事は直接脳に届く。


『イーリスを取り戻す頃には、もはや誰も逆らえぬ権力を有するようにもなる──腹黒さも見え見えじゃがな』

 苦笑するルディ。決して綺麗事だけの絵ではないと、師にはお見通しだった。


『それに──』

 ハルトには、まだルディの知らぬ思惑がある。


 彼が最も懸念していること──それは滅亡によるゲームオーバーだ。

 特定の所領を持てば、それを治める労力だけでなく、守る必要性が生じる。反対に、土地に縛られない自由な動きを取れば、敵に的を絞らせにくくなる。

 彼らの立場は特殊で、セリムと彼ら自身の身さえ守れば、例えラナリアを失っても滅亡にはならない。それで再び山野を宿にすることになっても、である。


 そのためには、〈命を賭してでも守るべきもの〉となり得る国民や領土は、まだ持ない方がいい。ジルヴェスターはそのあたりの事情も理解している。


「──先生?」

『いや、何でもない。見事な復興宣言であった。繋いでくれて礼を言う、ルディ』

「いえ……それでは」


 毎日、修行が終わってから、ハルトがジルヴェスターと何やら密談していたことを、ルディは知っている。

 ハルトの素性を知って一度は納得したのだが、恐らくそれだけ(・・・・)ではない(・・・・)


 何か、自分の知らない所で物事が進んでいる──彼女はそう確信していた。

 そしてそれは、師やハルトを以てしてさえ、容易に答えを導き出せぬ難問であることも。

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