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再会、集いし者たち(1)

 ジュリアの機嫌は、マイナスの方向で最高潮に達していた。


 (きた)る戦に備え、自らの鍛練を欠かさなかった彼女。姉ルシアの指導は厳しかったが、おかげで僅か15歳にして闘気の初歩を身に付けるに至った。それはルシアより若年での習得となる。

 加えて、女神の塔で入手した剣。ジュリアが〈大地(ガイア)の剣〉と名付けたそれは、ただ切れ味が鋭いだけの代物ではなかった。期待を遥かに上回るその能力は、まだルシアにさえ明かしていない。


 それは(ひとえ)に、ハルトを驚かせる──とジュリアは自覚しているが、実際には喜ばせると言う方が正しい──ために、密かに努力した成果に他ならなかった。

 時々戻って来たハルトを極力避けていたのも、時が来れば一度にお披露目しようと考えてのことである。それなのに──。


 あろうことか、ハルトは〈女と一緒に〉戻って来たのだ。


 ルディという名のその女は、ハルトと同じくジルヴェスターに師事する者らしいのだが、この際そんなことはどうでもよかった。溜めに溜めた期待を裏切られたような、何とも言えぬその感情。

 それによって、ハルトが帰還して3日が過ぎようとしているのに、ジュリアはその腕を披露するどころか、ロクに口も聞けずにいるのである。


 そんなジュリアが所在無さげに部屋の中をウロウロしていると、「大変!」と叫びながら、大慌てのリゼットが飛び込んで来た。転がり込むように──いや、本当に足を取られて派手に転ぶ。


「うう、痛い──」

「はい、落ち着いて。まずは深呼吸から」


 穏やかな性格のリゼットは、突発的な事態に遭遇した場合、まず間違いなくそのスピードに取り残される。

 そのあたりは相変わらず──しかしジュリアは、そんな彼女もまた、この3ヶ月間で人知れず努力してきたことを知っていた。


「どうしたの?」

「だ、ダイキさんが戻って来たって」

「良かったじゃない! もうすぐ期日だからね。ソーマもそろそろかな?」

「ジュリア──私どうしたらいいの?」


 意味が分からず、ジュリアは首を(かし)げる。


「出迎えに行った方がいいのかな。──でもそれじゃ、如何にも『待ってました!』みたいでしょ。鬱陶(うっとう)しがられたりしないかな。かと言って行かないのも──」


 微笑ましくさえある、その狼狽ぶり。それを見て、ジュリアは漸く気持ちが落ち着いてきた。


「分かった、じゃあ一緒に行こう」

「え? いいの?」

「当たり前でしょ。ほら、早く」


 笑顔でリゼットの背中を押し、廊下へ出たジュリア。そして笑顔のまま──固まる。

 騒ぎを聞きつけたハルトが、そこに立っていたのだ。


「ダイキが戻ったって?」

 爽やかないつもの微笑──しかし以前よりさらに余裕を感じさせる落ち着きがプラスされ、その佇まいにも自信が溢れる。

 ジュリアは目を背けようとして、出来なかった。ハルトが、出迎えにしては大袈裟な、まるで旅に出るような格好をしていたためだ。


「何処かに──行くの?」

 戻ったばかりでまた居なくなる──そんな不安が、ハルトに対して久しぶりに声を掛けさせた。


「うん、ルフィーナまで。頼んでおいたアイテムを取りに行くんだ。戦のキーになる大事な物だから、この目で確認しておこうと思ってさ。勿論、ダイキには会ってから行くよ」


 北にある〈竜国〉ルフィーナは、ラナリアと国境を結び、古くから同盟関係にある国家である。交易も盛んに行われており、道中の危険は少ない。

 しかしハルトは軍師。彼自身の戦闘能力は決して高くはなく、ジュリアも彼が直接戦う姿は見たことがなかった。


「ひとり──で?」

 何かあってからでは遅い。ジュリアは辛うじてその一言だけを絞り出したが、ハルトにはそれで充分に意味が通じた。


「上手くタイミングが合えば、イルドからこっちに向かってるソーマと合流出来るかもしれない。でもこんな時代だし、さすがに心細いかな──」

「行く!」


 天井からの声(・・・・・・)。気まずい空気を修復するための一言を、それが横取りしてしまった。彼らは仰天して見上げるが、入れ違いに彼女は床に降りる──ルウだ。


「早くソーマに会いたいから。連れてって」

 そう言って目をキラキラさせている。彼女にしてみても、待ちに待った──が結局待てなかったこの日。


「あんたね……普通に天井を歩くの、やめてくれない?」

 ジュリアは言外の意味も含めて、猛然とルウに抗議する。しかしルウもまったくペースを乱されない。

「だって──癖だし」

「お願いだから、それ直して。毎回ビックリするんだから」


 言いたいことを淀みなく──彼女たちが仲良くやっていることを改めて実感したハルトは、思わず口許を綻ばせた。


「いいよ、その方が僕も安心だし。あと、出来ればジュリアにも一緒に来て欲しいんだけど──ダメかな」

 飛び上がるルウの横で、一瞬ジュリアは肩を震わせた。一緒に来て──欲しい?


「あ、あたし忙しいんだけど!」

 ──馬鹿、そうじゃないでしょ。


「そこを何とか。ジュリアじゃないとダメなんだ」

「え──?」


 またしても意地の張り合いになるというジュリアの直感は、ハルトの意外な言葉によって砕かれた。そしてそのまま──脈が、早くなる。

 それは駆け引きでも、まして御機嫌取りなどではなく、ハルトの正直な気持ちだった。


 ジルヴェスターの下で過ごしたこの3ヶ月──師は事あるごとに、感情の重要性を説いた。それは道徳的な意味ではなく、人の行動理由を決定付ける要素として、軽視すべきではないとの立場からである。ジルヴェスターに言わせれば、感情論の排除は非論理的以外の何物でもない。

 自分を偽るな。他人に興味を持って、猟奇的な動機にさえ理解を示せ。その上で、軍師としてのオン、オフを使い分けろと。


 戦争が続く限り、軍師であるハルトがそのスイッチをオフにできる時間は短い。ならば、笑っていられる時間は少しでも長く。氷のような謀略で次々と敵を()めることになるなら──大切な人に対しては、せめて素直に。


「ど、どうしてもって言うなら行ってもいい……けど」

 目を合わせることは出来なかった。ジュリアは渋々(・・)了承の意を伝える。ハルトは(うなず)いて、

「リゼットはダイキと一緒に待っててくれる? その方があいつも嬉しいだろうから」


「え? ──いえ、そんな……でも、はい」

 そわそわしていたリゼットの、肯定なのか否定なのか、よく分からない返事。


「まずは出迎えに行こうか」

 彼女たちは、笑顔のハルトに続いて外へ向かった。


 ラナリア城を出てすぐの所で、既に集まっていたセリムたち。そこにハルトたちが合流すると、今ここに居ないのは、まだ戻っていないソーマと、間もなく戻るダイキ──そして〈リーザ〉だけということになる。


「それ、姉様には内緒で頼むよ。毎日『ソーマはまだですか』って、矢のような催促なんだ。聞いたら絶対に『一緒に行く』って言い出すから」

 待つ間、ハルトから同じ説明を受けたセリムは、苦笑いしながらそう言った。


 修行が残っていたソーマとは、途中で引き離されたリーザ。その彼女がラナリアに辿り着いたのが、およそひと月前のことである。だから〈予言の勇者〉3人は、感動的な再会の場面に立ち合うことが出来なかった。

 しかし何事もなく「間に合った」リーザは、持ち前の天然振りを発揮し、瞬く間に彼らの中心的存在となった。彼女は今、シルビオ司祭の経営する孤児院に預けられた、子どもたちに会いに行っているために不在である。


「来たぞ──って、あれ?」

 クレイグが目を細める先に、確かにダイキとおぼしき人影が。だが彼もまた、1人ではなかった。


「おい、もしかして──」

 クレイグと〈息子〉3人がざわつく。その隣でルシアも──。


「ダイキ! 久しぶり」

「たたた、隊長?」

「まさか──ヴィルヘルミーナか?」


 ハルトとクレイグとルシア、3人の掛け声はバラバラで、それぞれが違う人物に向けられていた。


「ハルト! すまん、遅くなった」

「こりゃ、随分と懐かしい顔だな。クレイグ」

「ルシア──?」


 ダイキとフィンレイとミーナ。その反応も三者三様である。

 ダイキが連れて来たのは、その2人以外にも、目付きの鋭い老人と、10代前半くらいの少年の──全部で4人。


「えっと……」

 誰が誰について、どこから話していいか分からず、人数にそぐわぬ沈黙が彼らを覆う。

 それを破ったのは〈照合〉を終えたハルトだった。


「〈砂漠の炎輪花(デザートフレイマー)〉──花言葉は『絶望から希望を生む』。それを名に冠する、非公認の活動グループ」

 フィンレイたちがさっと顔色を変える。と同時に身構える。しかしすぐ、ハルトは便利な勇名を使ってそれを鎮めた。


「ジルヴェスター先生のDB(データベース)にアクセスしただけだよ。誰かが説明しなきゃ、先に進まないでしょ」

「ジルヴェスター──先生(・・)? あのオッサン、遂に弟子を取ったのか」


 フィンレイは驚き、しかし肩の力を抜くと、仲間にも警戒を解かせる。そして抵抗を諦めたようにハルトに先を促した。

 それを受けて、今得たばかりの情報を脳内から読み上げるハルト。


砂漠の炎輪花(デザートフレイマー)は様々なアプローチで戦争に反対する活動を行う。ディオニア教国の〈特殊魔法研究所〉元メンバーによる離反組織がその前身で、そこから数々の研究成果を持ち出したため、現在は彼の国のお尋ね者。

 リーダーは〈ボロンゴ〉と名乗る謎の男だけど、それは偽名だ。その正体は元アースガルド帝国の傭兵部隊総隊長、フィンレイ・クラーク。つまりクレイグたちの元上官ってことだね。

 メンバーは他に、主にディオニア教徒で構成され、クローデン枢機卿の娘、ヴィルヘルミーナ──ルシアとは士官学校時代の同期か。それに〈特殊魔法研究所〉元所長のグレゴール・ハウザー大司教。そっちの少年は──残念ながら先生の情報網には無いみたいだ」


 素性は慎重に隠してきたつもりだ。新顔の面々は驚きのあまり言葉も無い。


「まあ、あのオッサンの弟子だからな」

 フィンレイだけは肩を(すく)めて納得した。


「自分だけ──情報無しっすか。やっぱりまだまだ未熟者っす。自分の名前はユーリ──以後、お見知りおきを」

 少年は礼儀正しく頭を下げた。出で立ちからすると、武道を(たしな)んでいるようだ。


「それにしても──」

 ハルトは思わずニンマリするのを抑え切れない。

「大金星じゃないか、ダイキ。誰にも師事しないとか言っといて、彼らを連れて戻るなんて」

「いや──俺も今、初めて聞くことばっかりだった……」


 彼らが仲間になれば、戦力が大幅に上がることは間違いない。だが、その視線を感じたフィンレイが機先を制する。


「戦争反対の組織が、それに加担するわけねえだろ。俺らは俺らの目的があって、こいつに付いて来ただけだ。だから宛てにするんじゃねえぞ。

 それから、今のはここだけの話にしといてくれ。もしバレたら、俺たちはダイキを(さら)って逃げるからな」


「うん、それは分かってるよ」

 言葉とは裏腹に、どうやって彼らを巻き込む(・・・・)か、早くも思案を巡らせ始めるハルトである。


「久しぶりだな、ヴィルヘルミーナ」

 ルシアはミーナに握手を求め──しかしそれは冷たくあしらわれた。

「まさか生きていたなんてね。良かったわ、これで貴女より私の方が上だってちゃんと証明できそう」


 2人は、士官学校で常にトップを争った良きライバルであった。

 当時はお互いにかなり意識し合っており、成績はいつも僅差。だが最終的に、首席で中等部を卒業したのはルシアである。


「悪いな。(むし)ろ埋められぬ差がついたことを知って、がっかりさせることになるだろう」

「それはどうかしら。勝ち逃げできなくて残念だったわね」

 まるで時が巻き戻されたかのように、才色兼備の2人は火花を散らす。


「師匠がオヤジ殿の隊長って、どういうことだ?」

 干渉しない姿勢を貫いてきたダイキには、分からないことだらけ。明らかに一回りも歳が上のクレイグが、師匠の部下だったことは特に解せない。


「隊長は確かに俺より5歳下(・・・)で、終戦時にまだ24だった。でも初めて戦場に出たのは10歳のとき、その後17歳で総隊長になった天才なんだよ」

 その実力をよく知るダイキは〈天才〉であることは否定しない。しかし、

「5歳下──ってことは、今40歳!?」


 思っていたより10歳以上も上だ。闘気の達人ともなれば、見た目を若々しく保つことも可能なのだろうか。


「変わんないっすね、隊長」

「いや、今の方が万倍強えぞ。試してみるか?」

「遠慮しときます……」


 ダイキを出迎えるだけだったはずのその場は、懐かしい顔との意外な再会によって、一気に騒がしくなる。

 そんな中、ジュリアに背中を押され、遠慮気味にリゼットがダイキの前へ。


「あの……お帰りなさい、ダイキさん」

「うむ……ただいま」


 そして無言。モジモジしながらバキバキに意識し合う2人に、思い切りじれったさを感じるジュリアだった。人のことは言えないのだが。


「そうだ、これを」

 突然思い出したように、ダイキが荷物の中から何かを取り出した。〈スキルの書〉である。


「確かもうすぐ、誕生日だろう。本当は花が良かったのだが……摘むと、枯れてしまうから」

 このあたりはマメなダイキ。ただ、目的が修行の旅だったから、女の子が喜びそうな物には縁が無かった。


 しかし、実はこれ──入手に苦労したという点では、プレミアを付けたくなる程の逸品なのだ。

 修行の一環で、ダイキは何度も魔物と戦わされ、うち4回は本当に死にかけた。その割りに運が悪く、なかなかドロップアイテムに恵まれなかったが、唯一のレアドロップで入手したのがそれである。


「師匠が、治癒魔法士でも攻撃参加できるスキルだと言っていた。これがあればより行動の幅が広がるだろう。後でハルトにでも、有効な使い方を訊くといい」


 単にフォローするだけでなく、「皆の役に立ちたい」と願うリゼットに、ダイキは誰よりも期待を寄せている。それが伝わる贈り物だった。


「──嬉しい。ありがとうございます。大切にしますね!」

 元気な声でお礼を言うと、貰った本を宝物のように胸に抱えるリゼット。消費アイテムなので、スキルを習得すると消えてしまうのだが──細かいことは置いておこう。


 話が切れるタイミングを待っていたハルトが、デレデレするダイキに話し掛けた。ダイキは慌てて顔を戻す。


「色々経験したみたいだね」

「良いことも、悪いこともな。結果的に、最高の師に巡り会えた」


 ともに煌国の四神という、生ける伝説の男に師事したソーマとハルト。だがダイキにとっては、フィンレイ以上の師は考えられなかった。


「最強の男が最高の先生になるとは限らないからね。相性も重要だし。それに実力的に見ても、フィンレイはウォーレンにさえ見劣りしないだろう」


 世界最強の男、ウォーレン。無敵の彼にもひとつだけ弱点があった。

 それは〈ひとりしかいない〉こと。当たり前のことだが、戦争が拡大するにつれ多方面の敵と対峙しなければならなくなった旧アースガルド帝国は、ウォーレンを始め煌国の四神がどうしても参加できない戦線に、〈代わりが務まる男〉を送り出した。

 それこそが、かつての傭兵部隊総隊長フィンレイであり、組織上その手綱を握っていたのが、参謀長のジルヴェスターだったのである。


「さて、あとはソーマか。途中で〈仕事〉を押し付けたんだけど、ちゃんとクリアしてくれたみたいだし──楽しみだ」


 決戦を前に続々と集まる仲間たち。自分が立てた作戦に、〈上方修正〉が必要となることを予感するハルトだった。

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