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ソーマ編(4)運命に抗いし者②

「何で──だよ」


 強烈な既視感(デジャ・ヴ)がソーマを襲う。イシュトリアはまたしても(・・・・・)燃えていたのである。


 いや、正確に言えばそれは局所的で、オープニングで見た光景とは比較にならない。それでも所々から火の手が上がり、駆け巡る人々の喧騒によって、街は大混乱していた。

 この数分の間に何が──と考えかけて、ソーマは物陰に身を潜める。衛兵と思われる一団が、慌ただしく王宮を飛び出して来たためだ。


「〈侵入者〉だって?」

「ああ、さっきの〈探知(ディテクト)〉にかかったらしいぞ。西地区のD3から4エリアに17人、王宮に向かってる」

「でも火災は北地区だという報告も──」


 ソーマたちに気付かず、彼らはそのまま何処かへ消えた。


「何かあったようですね」

 突然リーザが耳元で呟き、驚いたソーマは思わず彼女を落としそうになる。


「そりゃ、〈予言の勇者〉が(もっぱ)ら皇女様を誘拐中だからな」

「いえ──それとは違う何かです」


 さすがにこれは、ツッコミを期待したソーマが悪い。リーザの言うとおり、何か良からぬ事態が発生しているのは明確だった。

 問題は、それが敵にとって(・・・・・)なのか、そうでないのか。


 古都イシュトリアを擁するここイーリスは、新生アースガルド帝国の中核と言ってよく、本拠地のティバルディアよりもさらに戦場と隔たっているから、それが前触れもなく急襲を受けるとは考え難かった。

 ならば内輪揉めか。急成長を続ける勢力が統制を失い、内紛や暴動によって崩れる──考えられなくはない構図だ。


 ソーマの懸念は、それが何故今(・・・)なのか(・・・)、そして衛兵を始めとする強い気配が、自分たちから離れる(・・・)ように(・・・)流れている点にあった。

 偶然(チャンス)謀略(ワナ)か──どちらにしても、あまり悩んでいる暇はない。


「大丈夫でしょうか──あの子たち」

 リーザは、背中を上にした「く」の字状態で担がれているため、その声はソーマの後ろから聞こえる。

「心配ねえよ。ユルゲンの能力は、逃げることに関しちゃ最強だ。あっちは任せといて大丈夫」

 半分は自分に言い聞かせたその言葉で、ソーマは動いた。


「任せたぞ」と託した以上、ユルゲンはこちらに何があろうとも子どもたちを無事に逃がすだろう。そして「任せたで」と託された以上、これが謀略(ワナ)だろうが、ソーマは必ずリーザを連れて帰る──それだけだ。

 それは初めてセリムに会った日、彼と交わした、大切な約束でもあった。


 大きな荷物や子どもを抱え右往左往する民衆に紛れ、リーザを担ぐソーマの姿は、違和感を発するどころか、見事なまでに彼らへの同化に成功する。


「あの……重く、ありません?」


 来た、と思わずソーマはニヤリとしてしまう。

 主人公が、か弱いお姫様を抱えて走る──そんなシチュエーションでは、お約束のその質問。


「いや、全然。それより、この体勢が辛かったら言ってくれよ。悪いな、無茶させて」

 別に用意していたわけではないが、さらりとソーマは答える。暫く感じることのなかった〈主人公感〉が実に気持ちいい。


「いいえ……私なら、全然──」

 リーザは力を抜き、その身をソーマに預けた。そうしているだけで、不安が消えていくのが分かる。


 自身に予知能力があることを自覚して以来、常に恐怖と戦ってきたリーザ。周囲には明るく振る舞いながらも、それが途切れたことなど一度も無いと言っていい。

 彼女の予知は、良いことも悪いことも、その(ことごと)くが的中した。但しユリウスの予言とは違って、イメージが抽象的であるため、後から考察しなければそれと分からなかった事象も多い。

 つまり言い方を変えれば、悪い暗示でも事前に阻止することは難しく、〈いずれ来る何か〉に対する無力感に、リーザは悩まされ続けたのである。


 そんな彼女に残された最後の予知──。


 蒼く輝く風により、時代は動く。

 王は我を求め、風が我を(さら)う。祈りは届かず、我は静かに消え()くだろう。

 哀哭(あいこく)の王に風が終焉を(もたら)す時、人々は終わりなきものに終わりが訪れることを知るのだ──。


 ソーマが現れてからも、その予知は変わっていない。その後が紡がれることもない。

 そしてそれは必ず(・・・・・)現実になる(・・・・・)ことを、他でもないリーザが一番よく理解している。


 だがリーザは満足していた。彼女を縛り付けるためだけに捕らえられた、子どもたちを解放できたこと。

 そしてリーザは喜びさえした。予知が本物だと言っておきながら、彼女に生きることを要求し、誘拐して(・・・・)くれた(・・・)彼と出逢えたこと。


 彼はこの時代において重要な役割を果たすはずだから、きっと無事に生き延びるだろう。〈消え逝く〉のはあくまでも自分だけだ。

 ただ、それが何時なのかを考えると恐ろしい。「死ぬことが」ではない。「間に合わないことが」である。


 子どもたちのことは最後まで責任を持ちたいし、勿論セリムたちにも会いたい。でももし、それが叶う前に〈その時〉が来たら、後は委ねようとリーザは想う。

 彼ならば、きっと皆を輝ける未来に導いてくれる。例えこのまま会えずとも、セリムには人生を変えるような出逢いが、既にあったのだから。


 いつの間にか頬を伝っていた涙の意味は、彼女にもよく分からなかった。ただ、寂しさをすべて包んでくれるかのように、蒼い風は真っ直ぐで、こんなにも力強く──そして暖かい。


 リーザは小さく「ありがとう」と伝えた。

 ソーマは「まだ早え」とだけ返した。


 やがて彼らが街外れまで来ると、さらに事態は好転する。近隣の住民が、列を成して街の外へ避難させられているのだ。

 まるでソーマたちに「そこから逃げろ」と指示するかのように。


「やっぱり変だぜ。〈探知(ディテクト)〉には確実に引っ掛かってるはずだし、さすがにリーザがいなくなったことにも気付いただろ。なのに──何だ、この流れ」

 余りにも上手く行き過ぎている──が、この際、何処まで上手く行き過ぎるのか、確かめてやる。


 混雑する避難の列に加わると、ろくな確認も受けないまま、彼らは簡単にイシュトリアから抜けることが出来た。

 その後は慎重に、少しずつ群衆から離れ、機をみて近くの林へ駆け込む。そして──。


 都合がいいのは(・・・・・・・)そこまで(・・・・)と気付かされた。


 前方に突如として現れた黒衣の騎士。そしてその配下と思われる男たちが7人、ソーマたちの行く手を塞いだのである。


「クライド──!」

 リーザは黒い騎士をそう呼んだ。名前だけならソーマも知っている。

 イシュトリアを拠点とし、このイーリスを統治する、ルーファウスの嫡子だ。


「──結局、こうなるわけね」

 ソーマは近くの木の下に、リーザを避難させた。そしてその両肩を持ち、小さい子どもに言って聞かせるような口調で告げる。


「予知とか、難しいことはよく分かんねえけどさ。戦いに関してだけは信じて欲しいんだ。俺は絶対に勝って、お前を連れて行く。だから、何があってもここから出て来んじゃねえぞ。危ねえから──約束な」

 こく、と無言でリーザは(うなず)く。ソーマの語気からは強い根拠(じしん)が感じられ、(むし)ろ相手のことを心配させた。


「あの──クライドには本当に良くしてもらったのです。だから、殺したりは──」

「分かってるよ。俺だって、そのためにあんな──うぷっ!」


 修行という名のトラウマ。これが消えることは当分無いだろう。


 ソーマが敵に向き直ると、目の合ったクライドは無言のまま手を横に払う。

 すると、7人の部下が一斉に──薙ぎ倒された(・・・・・・)


 リーザにだけ、何が起きたのかが分からない。ただ、蒼い光の線が何本か、一瞬だけ見えたような気がした。

 実際には、クライドが部下に攻撃を指示し、それをソーマが一瞬のうちに撃退した──それだけのことだ。


「〈予言の勇者〉は3人だと聞いていたのだが」

 表情ひとつ変えず、クライドが歩み寄る。


「悪いな。今は俺ひとりだ」

「そうか? その割りには、結構派手に暴れてくれたみたいじゃないか」


 謀略(ワナ)では──無かった。クライドは街の騒乱をリーザ奪還のための陽動と判じ、彼女のエナジーを追って、ここへ来たのであろう。


 そう察したソーマは、取り敢えず無限の鬼ごっこにはならずに済みそうだと考えた。

 結局、騒動の委細は不明なまま。しかしそれが敵の意図するものでなく、如何にもプライドの高そうなボスが自ら始末を付けに来たということは、ここで彼さえ倒せばその後は無い──つまり逃走に成功するということだ。


「何がご不満だったのでしょう。仰っていただければ、幾らでも改善させましたものを」

 今度はリーザに語りかけるクライド。


「子どもたちの未来も──でしょうか」

 一転、クライドは明らかに動揺した。リーザの返答が、彼がこれまでに聞いたことのないほど、強い口調だったからだ。

 だがすぐに平静を取り戻し、代わりに不気味な闘気を立ち上らせる。


「成程、何か吹き込まれたか。貴女がここにおられるということは、あの子たちももう庭にはいない。そしてそうなった以上、貴女ももうあそこへお戻りになる気はないと──そういうことですね。

 残念です、とても。まさかこんな形で──」


 黒い闘気! それが爆発的に膨れ上がった。


貴女の予知が(・・・・・・)成就する(・・・・)とはね(・・・)!」


 クライドはリーザを狙って剣戟を振る──が、その進路をソーマが遮り、刀で止めていた。

「手元に置いとけねえなら、殺すってか。それも、俺たちが街から離れるのを待って──仲間もわざとやらせたな」


「当然だ、相手は皇女だぞ。人目を(はばか)らず刃を向けることなど、政治的判断(・・・・・)として(・・・)できることではない。だが帝国を去ると言うのなら、もはや我らに利するものは何もないのでな──ここで『静かに消えて』戴く。それだけのこと」

「とても『良くしてもらった』奴の台詞とは思えねえわ。でもその方が俺もやりやすいけど──なっ!」


 ソーマはクライドを押し返す。再び、2人の間に決して相容れぬ空間が生じた。


「ふん、貴様が守るとでも言うつもりか? 私の部下を殺しもしない、甘ったれたその剣で」

「甘えじゃねえ、〈余裕〉だ。その程度なら、何度立ち上がってもすぐ飛ばせる。──安心しろ、お前も殺しゃしねえよ」

「それはそれは。だが、私は殺すぞ。例え貴様が〈予言の勇者〉であってもな」


 黒と蒼がぶつかる。瞬きする程の間に、互いの剣技が幾重にも繰り出され、激しい火花を散らした。

 手数で上回るソーマが隙を窺うが、クライドは崩れない。一進一退の攻防が数十秒に渡って続く。


 機をみて瞬間的に闘気を上げたクライドは、地を()うような位置から剣を振り上げようとした。が、ソーマは底に鉄板を敷いたブーツでその剣を踏みつけ、逆に愛刀で斬り掛かる。

 クライドはそれには構わず、さらに闘気を上乗せすることで強引にその足を払った。宙に投げ出されたソーマはすぐさまバランスを立て直し、追撃を牽制する余裕まで見せての着地。


 両者、無傷。初動は互角。


「──強えな、お前」

「闇を担った四神の子が、温室育ちだと期待したか」

「いや、そういう意味じゃなくてさ。1ヶ月前の俺ならやばかったわ。トラウマのことはアレだけど──やっぱり感謝しなきゃと思って。

 俺は多分、この先どれだけ強い奴が現れても──たいしたことないって感じる。どんな絶望的状況でも、何とかなるって思える。それだけの相手と……戦ってきたんだ!」


 ソーマもさらに闘気を解放した。その爆発力はクライドより──上だ。


「ちっ」

 再度、仕掛けたのはクライド。蒼黒の武の饗宴が、つい先刻まで平和だった林間の空気をざわつかせる。


 彼らの技量はほぼ拮抗しており、基本的な所作だけでは互いに決め手を欠いた。

 斬り、突き、払う。そして受け、避け、転じる。そんな膠着(こうちゃく)状態が、今度は数分にも及んだのである。


 一旦、ソーマは退く。そしてその後で、自分が先に退いた理由に気付く。


 ──俺だけ、肩で息をしてる?


 そんなはずは無かった。剣技も向上したが、修行によって得たものの多くは基礎能力であり、とりわけスタミナと闘気の総量は、以前と比べるべくもなく上昇している。

 何しろ、世界一の男とひと月もの間、休みなく戦い続けたのだ。ものの数分で息切れするわけがない。


 ──試してみるか。


 ソーマは闘気を調節し、膂力(りょりょく)への比率を上げる。そして初めて、彼の方から斬り掛かった。

 直後、わざと隙を作り──クライドに軽く腕を斬らせ、その状態から尚も踏み込むことで、逆にその腕に傷を付けることに成功する。


 行動の意味が分からず、今度はクライドがソーマから離れた。


「何の真似だ?」

「確認しただけだよ。意味が分かんねえまま戦うのは、精神的にきついからな」


 ソーマの目は、クライドに付けた腕の傷を注視する。するとそれは、僅か数秒のうちに塞がった。

 その程度の傷であれば、今のソーマにも同じことが出来るだろう。ただ、クライドは〈自分の闘気をまったく消費せずに〉それをやってのけたことを、ソーマは見逃さなかった。


「成程、相手の力を吸収して利用する能力か。厄介だな」


 〈吸収せし者(ソウルアブソーバー)〉。それはクライドが生まれつき持つ〈血統スキル〉であった。

 ユルゲンの〈時間外活動(アウトオブタイムズ)〉と違って、彼の血縁に連なる者は皆、所有している。つまりルーファウスもだ。


「たいした洞察力だ──と言いたいところだが、これは我がシュトラー家の代名詞とも言えるスキルだぞ。それを知らずに挑んで来たとは、滑稽(こっけい)なことだ」

「悪かったな、俺はお前なんかに興味なくてさ。──で、状況によって吸収力に差が出ることも、奪った力は真っ先に回復に使われることも、バレバレなのか」


 僅かだが、クライドは眉をひそめた。


 ソーマの言う通り、〈吸収せし者(ソウルアブソーバー)〉が奪える力の量は、敵との接触方法で変わる。

 闘気がぶつかるだけでも吸収できるが効果は低く、直接接触することでこそ真価を発揮する。それは相手にダメージを与えたときに最大になり、その場合は遠隔攻撃でも充分に強力だ。さらに一定時間ならそのストックまでも可能なのである。


 だが逆に、同じ接触でも一方的にダメージを受けた場合は力が拡散し、吸収できないため完全無欠というわけではない。

 そして奪った力は、スキル所有者の意図によらず、傷や体力の回復に優先的に消費されてしまうのも事実であった。


 クライドとの接触を最小限にするため、ソーマは闘気を薄い膜にまで抑え、防御力を下げた分をさらに膂力に分配した。修行によって自然と身に付いたその所作は、当然のことのようにスムーズだ。


「さて、ネタバレしたところで──行くぜ!」

 再びソーマが口火を切る。本気のスピードなら自分が上回っている自信があった。

 ソーマは体はおろか闘気も接触させず、剣も合わせない。クライドの攻撃をすべてかわしながら攻め切るつもりだ。


 一方、クライドもその変化に気付いていた。崩す動作を抜きに、さすがに易々と斬らせてくれる相手ではない。


「どうした、さっきより腰が引けているぞ。そんなに力を奪われるのが怖いか」


 ソーマは答えない。流れるような剣技は、美しい円周を幾重にも描き、ひたすら手を止めずに攻撃し続ける。

 1つ、2つ、3つ──雲外蒼天の刃先がクライドの傷を増やしていくが、どれも浅く、すぐに塞がってしまう。このままでは、攻撃を刀で受けない制約を課したソーマのリスクが高まるばかりだ。


 だがソーマが思ったより早く、そのときは訪れた。転がるように突然、クライドが逃げた(・・・)のである。その呼吸は先程のソーマ同様、酷く荒い。


「き、貴様──何故」

「そりゃ〈致命傷〉をあれだけ喰らって、それをいちいち治してたら息も上がるさ」


 蒼真流奥義、〈竜爪〉。ソーマは間合いを広げるため、そしてクライドに〈自分の闘気で傷を治させる〉ため、それを使うことを選択したのだ。

 切っ先だけで目、脛椎(けいつい)、首、手首、腱──あらゆる致命的箇所を狙うそれは、見た目以上の破壊力がある。クライドからすれば、自分が感じた以上の、それこそ命に関わるダメージすら受ける。


 ソーマから力を奪えないなら、彼はそれを自力で回復させるしかない。闘気の消費量は自然と莫大なものになり、自ずと戦闘に回せる量が激減する。


「これ位いつでも治せる──とか思ってたんだろ。〈小さい傷への無防備〉が、お前の弱点だ」


 〈予言の勇者〉とは言え、相手はまだ少年と見縊(みくび)っていた。クライドはそれを認めざるを得ない。

 基本的な運動能力、洞察力は標準の遥か上。そして何より、適応力が恐ろしいほどにずば抜けている。生かしておけばいずれ、新生帝国にとって看過できぬ脅威となるだろう。


「暗黒剣、蛇道(じゃどう)──」


 さっきの攻撃を続けられたら負ける。敵の実力を知り、闘気の消耗も五分となった今、もはや一切の手加減は不要。クライドは勝負を決めにかかった。


「〈(じゃ)神鳴(いかづち)〉!」


 それは術者にさえ読めぬ軌道で、剣から発せられる黒い雷。しかしソーマは集中していた。防御どころか避ける素振りさえ見せず、あろうことかそれへ向かって行ったのである。

 それも戦いが始まって以降、最大の闘気、最高の膂力で。クライドが見立てたように、今、2人の状態は五分などでは──無かった。


 黒雷に触れる寸前、ソーマは超速移動を難なく制御、それを掻い潜る。そしてそのまま距離を詰め、技の発動直後で硬直したクライドを、正面から──。


「馬鹿な──」

 叩き斬った。

「入ったァ!」


 勝敗を左右するほどの手傷──それを先に負わせたのはソーマだ。

 クライドは混乱し、そのまま恐慌に陥る。


 初見で躱される技ではない。まして、消耗していたはずの体から溢れる、途方もないその闘気は、今までどこに隠していたのか──。


「ぐう……っ」

 鮮血に塗れ、遂には膝を付くクライド。


 持てる力を最大限に発揮できるのは、まだそれを消耗する前、つまり戦闘開始の瞬間である──その常識はソーマには通用しない。


 〈軍神の寵愛(アレスフェイバー)〉は戦闘中にさえ彼を成長させ、〈戦闘狂の愉悦(バーサクプレジャー)〉は時間経過とともに提供する力の量を増やす。そこに雲外蒼天の〈背水の陣(リスキーバースト)〉を加えれば、スキルの組み合わせとしては、最強のスロースターターとなる。

 加えて、技の選択ミスが効いた。これに関してはまったくの偶然だが、オープニングでルーファウスが使ったのを見た(・・)ソーマにとって、今の技は初見では無い。


 だが、そうとは知らぬクライドは、死のイメージからそれを想起する。


『クライド──逃げて──!』


 幼い頃の黒い記憶。時とともに塗り潰されたそれが、次第に色彩を取り戻す。黒から赤へ、赤から絶望へ。そして絶望から──狂気へ。


 ──奪われる。またしても(・・・・・)──。


 〈吸収せし者(ソウルアブソーバー)〉を持つクライドが恐れるもの──それは皮肉にも、彼から何かを奪う者だった。

 混乱した記憶が理性を失わせ、明らかに無謀と思われる状態から、クライドは大技に転じる。


 暗黒剣、大蛇道(おろちどう)──〈隷属の螺旋(デッドスパイラル)〉!


 クライドを中心に、大地に広がる黒影。そこから蜷局(とぐろ)を巻く大蛇のような闘気が浮かび上がった。

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