ソーマ編(2) 最強?タッグ
「──で? その後どうなったんや?」
荒野を早駆けする2人の男。ひとりはソーマ、もうひとりはユルゲンという戦翼傭団のメンバーだ。
彼らの目的地はかなり遠方にあるから、普通なら馬を使うべきだろう。
しかし「却って遅くなるから」という理由で徒歩になったことを、今のソーマは何の疑問も持つことなく受け入れることが出来た。このひと月で、少なくとも体力とスタミナだけは、驚異的に上昇している自覚があったためだ。
「覚えてねえ。剣を振り下ろしたとこで意識が飛んだ。んで、気が付いたら買ったばかりの剣が折れてた──それだけだよ」
入団の儀の顛末。3年ぶりの新人加入は戦翼傭団内でもかなり話題になったらしく、ユルゲンにせがまれて、ソーマはそれを語ったのだ。
「成程。バケモノやな」
「ああ。俺もまさか、あれほどとは──」
「ちゃうわ、ボケ。お前のことや」
いつか来るだろうと思っていた関西弁キャラ、ユルゲンは呆れたようにソーマを見た。
「団長のアレな、〈威圧〉ってスキルなんや。相手の力を抑え込む能力で、格下になるほどその効果が大きゅうなる。それを最強の男が持ってるんやから世話ないわ。素人やったら殺気だけで殺されるで。
まあ、俺らは門番を倒せるレベルでアレを喰らうわけやから、死にはせんけど……まず身動きすらできんし、息も苦しゅうなる。どれだけ耐えられるかで、最初のランクが決められるっちゅうわけや。それをお前は──向かって行ったやと? そんな奴、前代未聞や」
ソーマは自覚してそれをしたわけではなく、体が勝手に動いたのだ。まして、「一戦交えた」などとはとても言えない状況だったから、誇れることでもない。
「ワイらが気になってたんは、さらにその後のことや。てっきりお披露目があるって思てたのに、お前、あのまま地下から出て来んかったやろ。一体何してたんや?」
「それは……」
思い出すことをソーマは何となく躊躇する。
目が覚めたとき、マックスたちの姿は既になく、傍にいたのはウォーレンのみ。そしてそのまま、ソーマはさらに下の階へ連れて行かれた。
「地下2階ってことは、武器庫やな」
「うん。折れた剣の代わりに、どれでも好きな武器を選んで持って行けって」
「ほう。気前がええな」
さすがに世界一を誇る傭兵団。そこにはあらゆる種類の武器、それもかなりの逸品ばかりが所狭しと並んでいた。
迷わず剣の前に足を運んだソーマ。その中に何振りか──あったのだ。〈日本刀〉が。
その1本を選ぶのに時間は必要なかった。この世界の文字ではなく、漢字で打たれた銘──〈雲外蒼天〉。
勿論、自身の名と一字が被っていることだけがその理由ではない。握り部分の柄巻、そして鞘が鮮やかな蒼であったことにまず魅せられ、それ以上に惹き付けられる何かを、その刀に感じ取ったためだ。
「それで、その後はまた上に戻って──うぷっ!」
急に吐き気に襲われ、ソーマは足を止める。ユルゲンの問いに答えようとして浮かんだ言葉は〈地獄〉の2文字。苦痛を3乗したような感覚が、その場面を思い出すことで再現されたのである。
状況説明どころか殆ど言葉を交わすことさえなく、ソーマは強制的にウォーレンと戦わされた。ウォーレンがソーマの〈少し上〉にレベルを合わせることで戦いが成立したが、いつまで経っても決着は付かない。
1時間ほどが過ぎると、ウォーレンは自らの闘気を具現化した〈闘気ウォーレン〉をその場に残し、自身はどこかへ去ってしまった。〈残気〉というらしい。
その〈闘気ウォーレン〉というのが曲者で、ソーマが死ぬ気でかかって漸く倒せるほど、ギリギリの強さに調整されていた。それを倒した頃には丸1日が経過しており、戻ってきたウォーレンによって傷や体力を回復させられた後、また本人とのバトルから同じことを繰り返すのである。
それはひと月もの間、まったく休むことなく続けられた。
「噂以上にとんでもねえな、戦翼傭団って。入団早々こんなじゃ、体が──じゃねえな、心が幾つあっても足りやしねえ」
「……阿呆か。そんなん、お前だけや」
急に真顔になったユルゲンは、まだ苦しそうなソーマをじっと見つめる。
「団長が団員に稽古を付けることは……まあ、たまにはあるわ。でも正式に挑戦権を持ってんのはナンバー2のクレイティスだけ。好きな武器をタダでくれるなんてのも聞いたことない。それに〈超回復〉の魔石──お前、あれが1個ナンボするか知ってるか」
「え? いや」
「百万Jや」
「ひゃく……まん?」
ハルトから、この世界の通貨は日本円とほぼ同じ価値だと聞いていたソーマは、呆然と口を開ける。
それを毎日1個ずつ使っていたから、総額で3千万Jほどにもなる計算だ。
「何もかも異例だらけの待遇や。新人がランク付けもされんまま、ひと月も仕事はおろか雑用すらさせられんなんて。こりゃあお前、選ばれたな」
意味が分からず、ソーマは呆け顔のまま。ユルゲンは冷や汗さえ浮かべて、その意を説く。
「ウォーレンが戦翼傭団を設立した〈表向きの〉理由は聞いてるやろ。商業保護とか言うて看板上げてるし、それを主な仕事にもしてるけど、ちゃうねん。実は〈後継者選び〉のためなんや。素質のある奴を集めて、その中から選んだ奴を徹底的に鍛える。団長本人から聞いたわけちゃうけど、多分間違いない」
「後継者……って、ちょっと待ってくれ。俺は傭兵の団長なんて──」
「そっちやない。〈覇剣〉の方や」
覇剣──それはウォーレンが扱う剣技の総称であり、絶大な威力を誇る代わりに、習得が非常に難しい。
尤も、それを出すまでもないほどウォーレンが別次元の強さを持つために、第2次統一戦争でも滅多に見られることのなかった、幻の剣技でもある。
「それを──俺が?」
「ああ。お前、覚悟しといた方がええで。この仕事が終わったら、もっとえげつない修行が待ってる」
最強の男から奥義を伝授される──それはソーマにとって願ってもない展開であるはずだ。が、それを聞いた今は、吐き気が一層酷くなっただけ。
暫くそのことは考えずにおくことを決めたソーマであった。
「さて──これから1級指令に挑むからには、悪いけど手の内晒してもらうで」
戦翼傭団の団員たちは、あらゆる意味で国家の抱える軍隊とは違う。それぞれに異なる目的や思想があり、仲間内にさえその素性を明かす者は少ない。
とは言うものの、難しい指令に於いては、どうしても互いにそれを知る必要性が生じる。それを成功させるため、延いては戦場で生き残るため──最善の策と信頼を構築するのに不可欠となるからだ。
ユルゲンは〈能力探査〉を発動し、ソーマの持つスキルを調べた。
「ほう、その歳でスキルを5個も持ってるんか。やっぱり大した奴やな」
「スキルを──5個? いやいや、そんなはずねえよ。それにスキルはひとり4つが上限だろ」
ハルトが傍にいない今、それを確認する術のないソーマは慌てて反論する。「つまらないスキルでキャパを埋めるなよ」という、彼の忠告を思い出したのだ。
「確かに個人所有は4つまでやけどな。武器とかアイテムに付いてるスキルは、それに足せるんや。お前の場合、その刀に2つあるわ。てか、そんなことも知らんと選んだんか」
ユルゲンが読み取ったソーマのスキルを纏めると、以下のようになる。
【個人所有】
①軍神の寵愛(A):戦闘の素質、獲得経験値UP
②魔法剣(C):魔法を剣技で発動できる
③戦闘狂の愉悦(B):戦闘が長期化するほど闘気、魔力UP
④空
【武器固有】
①所有者リンク(B):攻撃力が持ち主のレベルに同期する
②背水の陣(B):持ち主が傷を負うほど攻撃力が上がる
〈軍神の寵愛〉は最初から所有していたもの。魔法剣は〈スキルの書〉というアイテムで習得した。それは中古の剣を買った店でたまたま見つけ、店主の口車に乗せられて買ったものだ。
魔石に頼らずとも魔法剣が使えるようになるが、所有者が魔法を使えなければ結局は意味のないスキルである。しかし、これまでの経緯もあって、ソーマにはどうしてもその衝動を抑え切れず、ラナリアから援助された資金の殆どをそれに使ってしまった。
しかし次の〈戦闘狂の愉悦〉とやらはまったく身に覚えがない。ソーマがそれをユルゲンに告げると、彼はスキルの習得方法について教えてくれた。
「店で買えるのはせいぜいCランクまでやな。あとは敵から奪うとか、隠された秘境で手に入れるとか、色々あるけど──稀に欲したスキルが自然と身に付くことがあるんや。所有者に空きがあって、且つ所持制限数が満たされてへん場合にな。〈環境習得〉って呼ばれとる」
思い当たる節は──あった。ウォーレン本人と1時間、その闘気と23時間、毎日ひたすら戦い続けたソーマは、それを乗り越えるための〈何か〉を強く求めた。
〈戦闘狂の愉悦〉なる名前は本人の意に沿うものではないが、力が上がるスキルなら悪くはない。
「次はワイの番やな。持ってるスキルは2つ。ひとつはさっきの〈能力探査〉で、もうひとつは──見た方が早いか」
それを言い終えた瞬間、ユルゲンが消えた。
ソーマは咄嗟に気配を探る。しかし何処へ消えたのか皆目見当もつかなかった。
姿を透明にする能力か。それにしても、気配すら完全に消せるとは思えない。超速移動だとするなら、ソーマの目では追えないほどのスピードだということになる。
キョロキョロするしかなかったソーマは、突然後ろから頭を叩かれた。
「痛っ」
「ブッブー。今、お前が考えたやつ、多分全部ハズレやで」
いつの間に現れたのか、ソーマの背後に、ユルゲンはにやけた顔で立っていた。
「これがワイのメインスキル、〈時間外活動〉や。訳分からんやろ?」
〈時間外活動〉はAランク、且つ所持制限ひとりの超レアスキルであった。
それは所有者を別の時間軸へと送る。但し視覚と聴覚、嗅覚の3つは常に現在と繋がっており、時間旅行を可能にするものではない。
「よく分かんねえ」
「そやろ。実はワイもや」
オイオイ、とソーマはツッコミを入れる。当のユルゲンは面白くなさそうに、
「しゃーないやんけ。〈生まれつき〉持ってたスキルやし、ワイにはこれが当たり前やったんやから。傭兵言うても色んな奴がおってな。スキルの研究者なんかもいて、実際そいつから教えてもらったことの方が多いんや」
ユルゲンの能力を分かりやすく言えば、意識を現在に保ちながら、体だけ時間軸を移動させる力ということになる。
それは周囲の者にしてみれば、その姿は見えなくなり、声はおろか足音さえ聞こえず、一切の気配を感じなくなるということに他ならない。
だがそれ以上に有用なのは、能力発動中は誰も彼に干渉できない点であろう。彼への攻撃は勿論、探知系のスキルや魔法でも捉えられず、同時に壁や結界といった障害物すべてをスルーできるのだ。
解除の条件は、現在の──つまり目に見えている何かを攻撃すること。それ以外は、ユルゲンの方からも現在へ干渉することは出来ない。
「けどまあ、気配を消す類やないから、溜めに溜めた闘気全開の一撃を、敵の正面からいきなりドン! とか、可能なわけや」
ユルゲンのドヤ顔が若干ムカついたソーマだったが、その利便さは認めざるを得ない。
「すげえな、お前。最強なんじゃねえの」
「ワイもそう思とったわ。……戦翼傭団に入るまではな」
ドヤ顔を急速に萎ませて、ユルゲンは項垂れる。
「実際、門番は楽勝やった。入団の儀こそ1秒で飛ばされたけど、順調にランクを上げて、最高で21まで行ったんやで」
逆接の接続詞が続きそうだとソーマは推測する。それと同時に、ウォーレンを始めとする上位ナンバーの顔が浮かび、その先が何となく分かった。
「それやのに、会心の一撃喰らわしてピンピンしてる奴とか、首の皮一枚切っただけで反応して躱す奴とか、上の方はバケモノだらけやったんや。おまけに珍しい能力やから、すぐに正体が広まって──闘気を張り巡らせるとか、堂々と準備されたらもう敵わんわ。だから徐々に順位を下げて、今は26や」
「そ、そうか」
何となく可哀想になってソーマは相槌を打つ。それでも地力を上げ、工夫すればまだまだ強力な能力なはずだが。
「せやけど、せっかく世界にひとりだけの能力なんやし、ワイはあくまでも、この能力を活かす方向で食っていくんや。暗殺は相手次第やけど、秘密会議の盗み聞きとかやったら、まさに最強の能力やろ。
ただ、この能力は遺伝するらしいねん。もしワイが結婚して、最初の子どもが産まれたら、男女に関わらずその子に全部引き継がれ、ワイは力を失う。男として限界までのし上がるか、家庭を持つ幸せを取るか──難儀なこっちゃで、まったく」
ユルゲンの志向については、この際触れずにおこうと考えるソーマであった。
「ところでさ、1級って言うくらいだから、お前らから見てもこの指令って難しいんだろ。ラスボスの城に乗り込むようなもんなのに、俺たち2人だけって」
ラスボスの意味は通じなかったようだが、ソーマが疑問を口にすると「待ってました」と言わんばかりにユルゲンは目を光らせる。
「2人〈しか〉やないで。2人やないと〈あかん〉のや」
〈時間外活動〉は、自分以外にあと2人まで効果を発揮できる──それがユルゲンの説明だった。
但し、解除できるのはユルゲン本人だけで、後の2人が消えたまま誰かを攻撃することは出来ない。
「そうと知ったのは戦翼傭団に入った後やけどな。いろいろ検証して、半径3メートル以内におる人間やったら、最大であと2人までいけることが分かったんや。たまに失敗もするけど、確率は高い」
「そうなのか! つまりお前と俺、あとは──」
「そう、リーザ皇女やな。3人までなら安全に脱出出来るっちゅうわけや。でも気を付けなあかんこともある」
こちらから攻撃さえしなければ、発動時間に制限はない。だが代わりに、一旦解除されると前回の発動と同じ時間、能力が封印されてしまう。それをユルゲンは〈待機時間〉と呼んだ。
待機時間は、人数が増えればその分だけ加算される。例えば2人で5分使えば、10分ほど経たないと次の発動が出来ない仕組みらしい。
加えて、複数人での発動は同時でなければならない。先にユルゲンとソーマだけに使って、解除せずに後からリーザを加えることは不可能なのである。
「成程。確かに便利な能力だけど、救助を成功させるには綿密な作戦が必要だな」
「そういうこっちゃ。で──お前の役割は何や?」
思案げに俯くソーマの耳を、唐突に声色を変えたユルゲンの鋭い問いが射抜く。
ソーマは半ば無意識に警戒し、体を硬直させた。
「ワイは手の内を全部吐き出した。誤魔化したかてあかんで。上が俺ら2人を選んだっちゅうことは、お前にも何かあるはずや。ワイの能力が潜入と脱出なら、お前は何や?
〈軍神の寵愛〉を持った奴が、みっちり団長に鍛えられたとは言え、戦闘対応だけなら他の上位ナンバーを寄こすやろ。覇剣の後継者やとしても、まだ教わる前の段階──つまり、現時点でお前やないとあかん理由が見つからんのや」
間が抜けたところもあるが、彼もさすがに戦翼傭団の一員。飄々とした仮面の下に、歴戦の士であることを証明するかのような迫力を備えていた。
「俺は別に……何も隠しちゃいねえよ」
意外な展開に、ソーマは上手く表情を取り繕うことが出来ない。
ルーベルク大公からの依頼でリーザ皇女を救出する──それは事実上の依頼主がセリム皇子であり、つまりハルトの描いた絵だということは明白だった。
アースガルド帝国の復興宣言を前に、囚われのリーザという最大の憂いを、戦翼傭団を使って拭うことを画策したのだろう。ハルトは「ゲリラ的にしか動きようがない」と言っていたし、それを成すには申し分ない選択だ。
彼は修行の合間にラナリア城へ戻り、「戦の準備も並行して進める」とも話していたから、恐らくそれは間違いない。
この指令にソーマが選ばれたのは、依頼主からの指名か、依頼主と強い関係があることを、既に戦翼傭団の上層部に知られているかのどちらかであると思われる。
問題は、この場面で何処まで話すことが許されるのかということだ。
たった2人での大仕事。自らの能力を明かすリスクを背負ってまで、信頼を築こうとしたユルゲンの想いを、些細な疑心で無にしたくはない。
一方、今後のことを考えると、まだ明らかに出来ない情報はそのまま伏せておきたい。
ソーマは静かに闘気を発動した。するとユルゲンの表情が一変する。
「おま……それって──まさか、〈予言の王子様〉かい!」
「王子じゃなくて勇者、な。俺はラナリアから来たんだ。ルーベルク大公とも面識がある」
「それってつまり──あのラナリアがアースガルドを統一するっちゅうことか? んな阿呆な。大穴もいいとこや」
ユルゲンは流れ出る汗を拭おうともせず、ソーマが期待したとおりの勘違いをしてくれる。
「ならお前は皇女の〈説得役〉ってことやな。これで納得や」
〈時間外活動〉の発動中は、所有者を中心に半径10メートルがその有効範囲。万一、リーザに反抗され、勝手な行動を取られると非常にまずい。ムリヤリ連れ去るにしても、意識を失わせると〈物扱い〉となり、能力が維持出来なくなる。
従って、作戦を成功させるには、リーザ本人の協力が不可欠だということだ。
若干の後ろめたさはあるが、セリムのことだけはまだ口外できない。ソーマはその役目を引き受ける意思表示として、軽く頷いた。
「よし、ほんなら今のうちに細かい作戦立てとこか。まずは──」
彼らが引き起こす事件によって、局地的な争いがいよいよアースガルド中を巻き込む戦乱へと変貌していくことを、まだソーマは感じられずにいた。
2人の人間と運命的な出逢いをすることも。




