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ダイキ編(3) その力の使い方

「せっかく稽古をつけてやろうってのに。何だそのツラ」

「いや。何と言うか、その──」


 村から外れたその場所で対峙する、師と弟子。


 ダイキはいきなり言葉を詰まらせた。言うべきことと言いたいこと。そして聞くべきことと訊きたいこと。それらがあまりにも多過ぎて、なかなか形になってくれない。

 不器用な弟子の姿に、フィンレイは溜め息をつきながらも世話を焼く。


「1つ。死因がすべて取り除かれていること」


 視線を上げたダイキを諭すように、フィンレイは努めてゆっくりと、まずはミリーを蘇らせた術について触れた。


蘇生(あれ)を成功させるための条件だよ。あんな離れ技が、無条件で可能なわけ無えだろうが。

 2つ、死後72分以内であること」


 それは正確な時間ではない。反魂術が盛んに研究されていたその時代(むかし)、狂気とも言える実験データに基づく、最長記録である。

 だからそれ以上も可能かもしれないが、そこから先は未知の領域というわけだ。


「3つ。その復活が世界に〈揺らぎ〉を与えないこと。──そんな顔すんなっての。俺だって意味不明なんだ」


 それらを(まと)めたのは彼のユリウス・キルシュタインである。

 先の2つに対して、あまりに抽象的な最後の条件。それは今のところ、世に与える影響力の大きさであると解釈されている。

 言い換えれば、時代を変えるような権力者や英傑(えいけつ)の復活は認められないと言うことになろうか。それでも、その基準が曖昧であることに違いないが。


「ミリーは条件をすべて満たした。それだけのことだ」


 ダイキにとっては全然「それだけ」ではない。昨日、彼が目撃した事実を合わせると、フィンレイはミリーの死因を取り除いた──つまり闘気によって、死んだはずの者を〈治療〉したことになる。

 さらに彼は、あのタイミングで〈蘇生(リザレクション)〉を使える者を連れて戻って来た。それが単なる偶然でないことくらいダイキにも分かる。


「あのミーナとかいう女性。確かに『この娘は大丈夫』と言った。まさか──」

 フィンレイは少し視線を逸らし、眉間に(しわ)を寄せただけで、何も答えなかった。


 死後72分という条件など、とっくに外れていたはずだ。それでも尚、師はそれが成功する可能性に賭け、彼女を連れて来たのだと──ダイキはそう確信した。

 山で魔物に襲われた、あの哀れな女性が生き返るその可能性に。


「悪かったな」

 意外なことに、ダイキがそれを言う前に、フィンレイが謝罪の言葉を口にする。

「ミリーやお前を──酷い目に合わせた」


「何故、師匠が謝るのだ。頭を下げねばならんのは俺の方──教えを破り、私情に走ったこと。その愚かさがミリーをあんな目に……」

 深々と頭を下げるダイキ。フィンレイは、何やら思い詰めた顔でそれをじっと見ていた。


 しかし短く息を吐くと、ぱっと表情を切り替え、およそ人にものを教える人間とは思えぬ持論を展開する。

「つまんねえ野郎だな。〈蘇生(リザレクション)〉だって立派な禁呪(ルール)なんだぜ? それを破るような人間の教え(ルール)を、律儀に守る必要なんかどこにある」


 頭を上げることさえ忘れて、ダイキは上目遣いにその顔を窺う。師は笑っていた。


「当たり前のことをさも偉そうに言う──師匠なんてそんなモンさ。弟子はそれを〈耳では〉聞くべきだが、実際にどうするかは自分の〈頭で〉考えろ。要らないことなら忘れてさえいい」

「だが──」

「後悔してんのか」


 反論しかけたダイキの口を、フィンレイの鋭い問いが塞ぐ。


 確かに、自分が逃げなかったせいでミリーは〈一度〉殺された。しかしそうしなければ、別の男が殺されていた。

 どちらが正しかったのかなど、すぐに──いや、いつまで経っても断じることは出来ないだろう。


「後から考えても分からねえことが、その前に分かるわきゃねえだろ。俺は俺の都合で、お前に死なれちゃ困るから『逃げろ』と言った。でも、お前はお前の信念でそうしなかった。

 今必要なのは、それについてウジウジ悩むことか。(むし)ろお前も含めて、誰も死なな(・・・・・)かった(・・・)結果を素直に喜べ」


 フィンレイは笑ったまま、何でも無いことのようにそう言うが、当のダイキには笑みのひとつも作ることが出来ない。

 ミリーが息を吹き返した喜びに隠れて、自責の念を必死に拭おうとする、身勝手で些末な安堵が確かに存在した。


 逃亡という選択肢を採らなかった自分が何故まだ生きているのか。山ではチンピラにさえ勝てなかったのに、どうして〈十聖〉を倒せたのか。

 葛藤の中から彼が求め、そして既に得たはずの答え。


 第3の選択肢、不条理(てき)を超えること。


 しかし体の理解に、頭が追い付いていない。昨日は怒りに任せてそれを成したものの、いざ目の前の危機が払われると、そんな都合のいいパワーアップで〈次〉も(しの)げるとはとても思えなかった。

 どれだけ強くなっても上には上がいる──そのことも、この地は教えてくれたのだ。


「それまでのお前は〈出来なかった〉んじゃない。〈しなかった〉んだよ」

 不安が顔に出たのだろう。それを見たフィンレイは「やれやれ」溜め息をつくと、ようやく口許を引き締め、その故を説く。


「戦う理由なんざ人それぞれ違う。自分のため、他人のため。忠義や誇り、復讐──戦闘そのものに生き甲斐を感じる奴まで、色々いるよな。だから俺は、お前が誰かを守るために戦うなら、それ自体は別に否定しやしねえよ。

 でもどの理由(つごう)がどれに勝ち、どれに負けるかなんてことは決して言えねえ。想いが人を強くするのは本当だが、勝因は──逆に言えば敗因もだ──常に、戦う理由とは別物だと理解しろ」


 勝っても正義とは限らない。負けても不条理とは限らない。もっと単純な理由がそこにはある。

 例としてフィンレイは、素質、努力、工夫の相対性と──そして〈裏切り〉を挙げた。


「それらは状況によってバラバラだが、ひとつだけ共通してることがある。当たり前のことを偉そうに言うから、よく聞いとけよ──それは、勝者は勝利の(・・・・・・)瞬間まで(・・・・)絶対にそれを(・・・・・・)諦めなかった(・・・・・・)ってことだ。それが英雄であれ、ただの戦闘狂であれ」


 師の言葉は耳に入り、そして脳で止まる。

 それを自身に当てはめるならば、ダイキは諦めたのだ。戦いに自ら足を踏み入れておきながら、〈勝つ〉という選択肢を、途中で、或いは初めから捨てていたのだ。


「上位のスキルは所有者を選ぶとまで言われててな。〈闘魂(スピリッツ)〉もまた然り──それが所有されることを望んだのなら、敵が何者だろうが関係なく、そいつはただひたすら勝利に餓えた男のはずだ。

 だからお前も、本来は闘争心を剥き出しにして戦うタイプなんだろ。だが今はそれが失せ、誰かの犠牲になることを一番に考えて行動していやがる。それが無意識に、お前の能力に──闘気の発現にもな──蓋をしてたんだよ。

 何がお前を守りに走らせた。〈予言〉か。〈仲間〉か。〈闘魂(スピリッツ)〉が真価を発揮するのは、別にブチ切れた時なんかじゃねえ。正しくは〈勝利への意欲〉が最大になった時だ。それが怒りの感情と重なることが多いから、誤解されやすいってだけで。

 その意思さえ強く持てば、〈闘魂(それ)〉はいくらでも、お前の限界さえ超えて力を与えてくれる。逆に諦めた奴にはそれ相応にしか力をくれねえ──そんなスキルなんだよ。

 思い出せ、お前という人間の本質を。戦いに関してのみ、お前はもっと厚顔無恥でいいんだ」


 師の発言はダイキから言葉を奪う。深い霧が晴れ、一斉に視界が開けるような不思議な感覚。


「つまり誰かを守るための戦いであってさえ、お前の力は犠牲(たて)じゃなく撃破(ほこ)だってことだな。なら、なってやれよ。その弱っちい誰かの──〈最強の矛〉に」


 最後の台詞が決定的だった。


 自らの勝利を疑う者が、戦う術の何を教わるというのか。あるとすれば「勝つ気が(・・・・)無いなら(・・・・)逃げろ」という一言のみだ。

 ダイキは師の言わんとすることを、ようやく彼の〈頭で〉理解した。


「成程──確かにまだ早かった」

 自虐的にそう呟くと同時に、ダイキにはさらなる疑問も沸き起こる。

 〈予言〉は闘気の色から見抜かれたのだろう。しかし彼は、まだ自身のスキルについて師に話してはいない。さらには仲間と命が繋がれている可能性によって、臆病になっていた心の奥底までを、さらりと突いてみせたこの男とは──。


「師匠……あんたは、いや、あんたたちは一体何者なのだ。そして何をしようとしている」

 初めて会った時から、余計な詮索はすまいと決めていたダイキだが──どうしてもそれを訊かずにはいられなかった。


 しかしそこに、思わぬ邪魔が入る。二度とは聞きたくなかったその声。


「見ぃつけたぜぇ!」

 アドルフだ。彼は昨日以上に手下をゾロゾロと引き連れ、性懲りもなく彼らの前に現れたのである。


 その死を確認していない以上、それは驚くことではない。遺体さえ治療する闘気──それが使えるなら、こんな汚れた存在であっても回復を可能にする。

 彼も含め、その手には様々な武器が握られ、既に臨戦態勢だ。目的は勿論、報復であろう。


「貴様……」

 今でこそ、まるでそんな事実など無かったかのように回復したミリー。だがその無惨な姿は、まだはっきりと目に焼き付けられたままだ。

 ダイキの体から、知らぬうちに蒼い闘気が立ち上る。


「昨日はよくもやってくれたな。闘気を隠して不意討ちとは──さすがに俺様でも」

「ちょうどいい」

 フィンレイは無表情でそれを遮ると、2人の間に割って入った。話の区切りはついたと言わんばかりに、弟子に向かって〈修行〉の開始を宣言する。


「俺は闘魂(スピリッツ)こそ持ってねえが、闘気の扱いにはちと自信がある。だが勿論、それは発動させただけじゃ意味が無え。今からその使い方を教えてやる」

「いや、ちょっと──」


 怒れる〈十聖〉とその手下たちに対し、自ら後ろを取らせたその行為。山火事にガソリンの雨を降らせたに等しい。

 ダイキは慌てて、望んだはずの教えを止めようとしたが、フィンレイはそれには構わなかった。


「まず、闘気を使える者とそうでない者には、どうやっても埋められない溝がある。それはお前も身を以て体験した通りだ」

「おい……無視してんじゃ、ねえよ!」

 戦斧によるその一撃。決して遅くも、軽くも無かった。しかし振り返りもせず、フィンレイは素手で──いや、指3本だけでそれを止めてみせた。


「なっ──」

「例えば、闘気を使う武術の達人が、それを使えない素人に負けることは絶対に無えが──その逆ならあり得るってことだ」


 アドルフは斧を引っぱるがビクともしない。次第にその顔が赤みを帯び──遂には闘気を発動したが、結果は変わらなかった。

 フィンレイはまだ闘気を使っていない。彼は、言っていることとやっていることの不一致に気付き、漸くその手を放す。


「やりにくい教材だな。もうちょっと頑張れよ」

「ど、どうなってんだ、こりゃあ」


 アドルフは、その理由を目新しい自分の戦斧にあるとみて、何度もそれを確かめる。だが勿論それは不正解だ。

 それを見たダイキを襲う驚愕──否、違和感。2つの疑問符が頭の中に浮かぶ。


 ひとつめ。本当にこれが、(みじ)めにもミリーの助命を嘆願した相手なのか。

 確かに、地力ではまだダイキより上であろう。しかし手下は勿論、アドルフ本人さえも、今はさほど恐い相手に感じない。〈闘魂(スピリッツ)〉無しでも、充分に勝算はあるように思えた。


「こいつは寧ろ、昨日より全然やる気だぜ。お前が強くなったんだよ。常人が10年かけても辿り着けるか分からない領域に、お前は1日で達したんだ」


 意を察した師が笑って教えてくれた。そう言われても、ダイキにはまだその実感が無い。


 いや、それよりも。


 2つめは疑問と同時に答えも得た。フィンレイが、敵の力を上手く使う戦い方を得意としていること──恐らくそれは事実だ。

 しかしそれは、華奢(きゃしゃ)な武道の達人のように、力の差を補うためでは無かった。そんな必要性など何処にも、微塵も無く──。


 圧倒的に強い。


 それは、目の前にいる〈十聖〉など問題にならぬほどに。ただひたすら、もはや形容する詞が追い付かぬほどに。

 まだまともに戦ってさえいないのに、ダイキにはそう確信できたのである。


「闘気の会得は大きく分けて2段階、細かくはそれぞれ4段階、計8段階に分けられる」

 そんな彼の洞察を知ってか知らずか、淡々と講義を続けるフィンレイ。


「まず第1段階。基本中の基本だな。闘気を身体能力に変えて向上させる。するとこうなる」

 闘気を発動させると同時に彼は消え、同じくしてダイキの後ろにいた。

 しかしダイキが目を見張ったのは、回り込んだその(はや)さ故ではない。


「あ──え?」

 一番驚いたのはアドルフだ。彼の戦斧はフィンレイの手に握られていた。

「いつの間に──」


「ちょっと貸してくれ」

 アドルフに事後承諾を強要すると、師はそれを空に向かって放り投げた。

 その場にいた全員がそれに釣られ、視線を上げる。──しかしそれは落ちては来なかった。


 訝しげに視線を落とすと、フィンレイが右手に闘気を集中させている。そして左手を右手首に添え、それを前に(かざ)した直後──掌から射出される、光の砲弾。


「これが第2段階。蓄えた闘気を放出することで、遠距離攻撃が可能になる」

 それは実演のはずだったが、轟音によってよく聞こえず、さらには目が眩んで、何が起こったのか分からない。

 やがてその視界が回復し──ダイキは結果からそれを理解した。


 数えるまでも無く、20人以上はいたであろう手下が、ちょうどその真ん中から右半分だけ、居なくなった(・・・・・・)のだ。

 さっきまでそこにいた名残すら無く、初めからその陣容だったかのように。


「て、てめえ!」

 それが奇術の類ではないと悟ったアドルフは、怒りの形相でフィンレイに向かって突進する。

 が、目で追うより早く、既に高く宙を舞っていたフィンレイは、ようやく落ちて来た戦斧をそこでキャッチし、そのままアドルフの頭上へ。

 振り下ろされたそれは、頑丈そうな彼の肩当てをあっさりと砕き──そのまま右腕を切断した。


「ぐぎゃああっ」

 切断面を押さえながら喚くアドルフ。対照的に、闘気を発動しながら戦っているとは思えぬほど、穏やかなままのフィンレイ。

 彼は、血に塗れた斧を、不満げにアドルフの眼前へ落とした。


「返してやるよ。思ったより斬れ味が良くて──ちょっと分かりにくかったな。

 これが第3段階。闘気を物へ伝える。武器でも防具でも、それを強化し──勿論、そこから射出することも出来る」


「くそがアッ!」

 恐慌に陥ったアドルフは、残る左腕で斧を掴むと、彼こそがその教えを実践する弟子であるかのように、闘気を込めてフィンレイの胴を払う。

 しかし、それを師の〈剣〉が止めていた。


「そんなに恐えかよ──アドルフ」

 初めて、アドルフの目を見て言葉を発するフィンレイ。

 彼は武器など持っていなかった。その手に光るのは──それに似せて形作られた〈闘気の剣〉。


「腹に穴の空いた鎧まで着て。それでも手離せないほど、防御力の高い逸品なんだろうな。

 おまけにあれだけのダメージを、たった1日でそこまで回復させる治療の腕──それも〈恐怖〉がそうさせたのか。弱いお前(・・・・)を守る(・・・)ために」

「うぐ……」

 アドルフは益々その力を高める。しかしそこから、1ミリも押し込むことは出来なかった。


「その鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、自分より弱い奴をひたすら手にかけ続け──千人斬りの異名と共に、遂には十聖の仲間入り。四神や他の十聖を避ける為に、わざわざ場所まで(・・・・)選んだ(・・・)のに、お前にはさぞ迷惑な話だったろうよ」


 アドルフは何かを言おうとするが、言葉にならない。──怯えているのだ。


「同情するぜ。あんなバケモノたちと並べられ、比較される気持ちはよく分かる(・・・・・)。だが他の誰が十聖に選ばれても、お前だけはそれに相応しくない。

 残虐非道という変な尾ひれこそ付いちまったが、実はただ単に弱い。それをはっきり区別するための〈非聖〉なんだからよ」


「て……てめえ、何者だ……」

 アドルフの全力を、顔色ひとつ変えずに抑え込むフィンレイ。しかしダイキにはそれが分かった。


 師は──怒っている。


「悪いことしたな。会ったことも無えのに、ノリでジルヴェスターのオッサンにそう言ったら、それが思わぬ形で広まっちまって──つまりお前の(・・・)名付け(・・・)親は俺(・・・)なんだ」


 フィンレイが闘気を少し強めただけで、バラバラに砕け散る戦斧。そして次にそれを振りかぶったとき、剣は巨大な〈(ハンマー)〉に変わっていた。


「これが第4段階──造形美じゃ魔法に敵わねえが、要は〈性質〉だ。斬る、貫く、そして叩き潰す(・・・・)!」


 師は確かにそう言ったが、アドルフがその下敷きになる不幸に見舞われると、そこを起点に巨大な爆発が巻き起こった。

 その衝撃は大地を伝い、風圧も手伝って、少し離れた場所にいるはずのダイキも立っていられない。周囲に放たれた激しい閃光は、遥か遠くからでも視認できただろう。


 どうにか吹き飛ばされずに済んだダイキ、そして手下たち。

 やがて砂煙が風に運ばれ、爆心地が(あらわ)になると──そこに現れたのは、何事も無かったかのように佇む、フィンレイの姿のみであった。


 〈非聖〉の男は、その存在すべてを、この世界から抹殺されたのだ。


「──闘気の具現化。武術の達人でも、大抵の奴はここまでしか出来ねえ。だからその習得には、ここでいったん線が引かれる」


 講義はまだ続いていた。しかしその視線が自分たちに向けられていることに気付くと、残りの手下たちは、事を理解できぬまま尋常でない恐怖に襲われる。


「うわああっ!」

 弾けたように逃亡するその先には──村があった。


「──まずい!」

 暫し呆然としていたダイキが声を上げる。パニックに陥った彼らが、村人に危害を加えるかもしれない。しかし、

「落ち着け、大丈夫だ」

 師が弟子を制したその瞬間、突如として発生した爆炎が手下たちを呑み込む。


 地雷を踏んだ(・・・・・・)。ダイキの視線の先で、そうとしか言えない現象が起こったのだ。


「闘気習得の最終形態──〈残気〉だ。本当に使えねえ教材だな。順番が狂っちまったじゃねえか」


「あああ、あんたは、一体、何を……」

 次から次へと驚愕の上塗り。せっかくの実演付き講義が、すぐに実を結ぶことはなかった。

 ダイキはただ声を震わせるしかなく、結局また、何から訊けばいいのか分からない状態へと戻る。


 それに対しフィンレイは、燃え盛る炎に目を向けながら、教えているはずの弟子へと逆に問い掛けた。


「あれをもし、完璧に敵を判別し──且つ永久的に機能するように出来たら、お前は止められると思うか。ミリーのことじゃねえ。もっと大きな、あの娘の両親を奪ったものに対してだ」


 その場を離れても効果が残るという、闘気の極意、〈残気〉。フィンレイはそれをさらに応用し、村を外敵から守るための研究をしていた。

 この地を選んだのも、完成には程遠く、どんな失敗があるか分からぬその対象を、人を襲う魔物に出来るからだ。


 昨日の事件を受け、まだ試作段階ながら、彼はそれを仕掛けておいたのだが──混乱するダイキがそれと理解したのは、それからだいぶ時間が経ってからのことだった。


「これを確実に、それもアースガルド中に張り巡らせるには、まだまだ全然足りねえ。力も、技も。今の俺じゃまるで話にならねえんだ。

 だがお前は限界を突破する〈闘魂(ほうほう)〉を持ってる。分かるか──俺はお前が羨ましい(・・・・)んだよ」


 フィンレイもまた、戦乱の世で戦いを挑んでいた。

 戦争という〈最大の不条理〉に対して、弱者を守るという理由(つごう)で。そこに物理的な〈勝因〉を持ち込んで。

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