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ハルト編(3) 月下の悲嘆

 ぼんやりとした月灯りの下で、縁の下に腰かけ、物思いに(ふけ)るハルト。

 父方の実家へ帰省した昨夏を思い出す。そう言えば、今は夏休みの真っ最中だ。


 弟子入りとともにここへの滞在を許された彼ら。昨晩は殆ど寝ていないのであろう、ルディの部屋の灯りは既に消えている。


 驚くべきことに、この屋敷に住むのはジルヴェスターとヘルマンの2人だけで、ヘルマンが家事に執事に身辺警護まで、なんでもひとりでこなしているらしかった。

 そのヘルマンは、夕食の後片付けを済ませてから姿を見せない。もっとも、この屋敷に敵が迫れば、すぐさま現れそれを駆逐するのだろうが。


 幸か不幸か、考える材料に困ることはない。ウェルブルグとの戦を前に、クリアしておくべき課題について、ハルトはあれこれと思案を巡らせる。

 するとそこへ、背後から静かに近付く足音。彼は振り返りもせず機先を制した。


「こうしてひとりで居る時間を作れば、いずれ声を掛けられると思っていました」

「ならば邪魔するわけではないな」


 少しだけ口角を上げ、ジルヴェスター・ベルハイムは彼の隣に腰を下ろす。


 しかしすぐに話を切り出すでもなく──暫くの間、2人とも無言のまま、手入れの行き届いた庭園を眺めていた。

 やがて口を開いたのは稀代の天才軍師。


「皇子は──息災か」

「ええ。お陰様で(・・・・)


 そしてまた、静寂。そこに気まずさは無く、まるで声に出さずとも2人の間では会話が成立しているかのようだ。


「試したわけではないようじゃな」

「確信したのは、閣下の反応を見たときですけどね。せめて声が聞きたいんじゃないかと思って」

「ふん。生意気な口を利きおる」


 確たる証拠があるわけではなかった。ハルトはそれを正直に吐露する。


「〈自動防御(オートバリア)〉に〈空間転移(トランスファ)〉。そこまで用意されていながら、その後は知らん振りなんてことはないだろうと。

 ルーベルク大公が襲われ、セリムがそれに巻き込まれた時──近習は全員殺されたのに、何故か彼らだけは無傷だった。ここに来てやっとその謎が解けましたよ。

 命令されたことだけを忠実に、且つ完璧にこなし、それ以外のことには一切構わない──あれはきっと、冷徹なプロの仕業。そしてマシューの〈探知(ディテクト)〉や僕の〈看破(インサイト)〉さえ潜り抜けるほどの腕の持ち主。

 ──例えばヘルマンさんみたいな」


 答え合わせをするかのように、そこで初めて、ハルトはジルヴェスターの顔を窺う。老軍師は「彼奴(あやつ)ではないがな」と部分的にそれを否定した。


「この10年──ずっと彼らを見守って来られたのでしょう。そして時に、その危機を救った」

「いや。直接手を出したのはあれが初めてのこと。ラインホルトの娘を筆頭に、皆、良くやってくれておるよ」


 その誉め言葉は、彼にとって自虐の意味も持つ。当然の如く詰問を想定したが、それきり口を閉ざしたハルトに、少しの間を置いて彼の方から疑問を投げる。

「何故、とは訊かぬのか」


 しかしハルトはいつもの微笑を湛えて、

「表に出ないんじゃなく、出ることが(・・・・・)出来ない(・・・・)んでしょう? 大陸中が再び戦乱に見舞われようとも、忠義を尽くすべき人物が野山を宿にしようとも──それを上回るくらい深刻な問題がある。理由なんてそれしかあり得ません。

 尋ねるとすれば何故(・・)じゃなくて、それが何か(・・)です。でも多分教えてはもらえない」


 ジルヴェスターは一瞬だけ目を見開き、すぐに元の表情へと戻すと、弟子となった少年に話しかけた目的のひとつを果たした。


「お主──一体何者じゃ」

「〈予言の勇者〉です──っていうのはダメでしょうね、やっぱり」


 手練れの配下を影のように、セリムたちに張り付かせていたジルヴェスターである。当然、それは既に知られていることだろう。

 つまり彼の疑問はこうだ。では──予言の勇者(・・・・・)とは一体(・・・・)何者なのか(・・・・・)


 言葉に詰まるハルトに、ジルヴェスターは彼の考えを披露する。


「未来から時を(さかのぼ)り、この時代へと降り立ったものの、記憶の大半を失っている者。表現としてはそれが一番近い。

 だが、勿論そうではなかろう。まるでこの世界の者ですら無いような違和感──その正体が見えぬ」


(見えないどころか、正解なんだけど)

 苦笑いで誤魔化そうとしたハルト。彼は完全に油断していた。


「アースガルド・レクイエム」

「なっ──?」


 だからジルヴェスターが不意に発したその言葉に、ハルトは平静を取り繕うことが出来なかった。


 それぞれは何の変哲も無い単語。しかしそれを続けて読むとまったく意味が変わる。

 如何に天才という設定とはいえ、ノンプレイヤーキャラたる彼がそれを口にするはずが無かった。


 それは〈このゲームのタイトル〉である。


「やはりな」

 老軍師は至って冷静に、視線をハルトから外すと、今度は独り言のように語る。

「同じユリウスの著書に登場する謎。何らかの接点があるとみて然るべき」


(しまった──そういうことか)


 ジルヴェスターは、ゲームのタイトルとしてそれを言ったのではなかった。あくまでもこの世界において、何か重要な意味がある言葉なのだ。

 しかし一度顔に出てしまった以上、もはや「知りません」では終われない。


「ひとつ訊こう。それは儂の求めるものか、そうでないのか。前者ならばさらに訊くことになる。お主の意思に拘わらずな」


 ハルトは震えた。彼ならば、如何なる偽りの言葉もそれと見抜くだろう。そしてどんな手を使ってでも、必ずそれを成し遂げるだろう。

 力ずくで脅されるより、何物をも見通すかのような、神にも例えられるその眼と知謀が恐ろしい。作られた世界とはいえ、これがひとつの時代を切り開いた者の迫力か──。


 知らぬ間に、ハルトの口は動いていた。


「僕は──僕たちは、この世界の人間じゃありません。自らの意思でここへ来たものの、帰る術を失い──途方に暮れています。

 ただひとつ、セリムに与し、彼に天下を獲らせることに、元の世界へ戻れる可能性があります。閣下へ師事することを望んだのも、それを果たさんがため」


(何を言ってるんだ僕は)

 彼の中に僅かに残った冷静さがそれを諭す。しかしもう止めることが出来ない。


「アースガルド・レクイエムとは、僕たちのよく知らないこの世界を紐解く、キーワードとして既に知った言葉ですが──それが何を意味するかまでは分かりません」


 覆水は盆に返るどころか、ジルヴェスターの胃の中へと消えてしまった。激しい焦燥感が彼を覆う。


 だが、老軍師はちらりとハルトを一瞥しただけで、何ら表情を変えることなく、思わぬことを口にする。


「この庭──屋敷もじゃが──お主らの故郷では普通に見られる光景か」

「えっ──」


 二度は言わぬ。ジルヴェスターは黙ったままその答えを待つ。

 ハルトは抗うことを諦めた。


「──はい。でも昔のもので、近代化とともに数を減らし、今ではかなり限定的ではありますが。それらと何ら変わらないほど、見事な造りです」

「ふむ……」


 ジルヴェスターは暫く、戸惑いを隠せないハルトの目を見ていたが、やがて諦めたように溜め息をつく。


「やれやれ。当たりと踏んでいた予言の勇者でさえ、本当に何も知らぬようじゃな」

「──驚かれませんね。『違う世界から来た』なんて、絵空事と一笑に付されると思いました」

「この世界が唯一無二だと証明出来ぬうちは、非論理的ですらないじゃろう。それにな──実はその想定なら、既にあったのじゃ」

「何だって──っと、何ですって?」


 いつもならハルトが驚かせる側。それが逆転することで初めて気付く。──いちいち心臓に悪いと。


「〈約束の書〉を著したユリウス・キルシュタインという人物──彼には謎が多い。

 儂と同じ〈神眼(グリーフ)〉に加え、〈神が描く筋書き(フェイト・ヒストリー)〉を持っていたにせよ、彼は世界を知り過ぎておる。まるで神の視点から万事を見たかのようにな。

 それは、少なくともここより上位に位置(・・・・・)する世界(・・・・)の人間でなければ叶わぬ。東方そこは数々の文献にその模様が示されながら、実際に到達するまでの〈旅行記〉の類いが存在しない。どこにあるのか、またどうやって行くのか。それが分からぬのに、確かにある(・・)のじゃ。

 ユリウスだけが知る世界。そこからやって来るという勇者。この庭と屋敷も〈約束の書〉にあった挿し絵から模したもの。これに惹かれ、謎多き東方を知る者が現れれば、或いは──と思ったのじゃが」


 目を見開いたまま固まるハルト。ゲームの〈中〉でそれに言及する人物がいようとは、予想だにしていなかった。


 〈約束の書〉の予言とは、ゲームの設定をこの世界へ反映させるための術である。ならばそれを書いた予言者も、純粋な意味ではゲーム中の人物であるはずがない。

 但しそれは、ゲームという難題を仕掛ける側であって、プレイヤーたるハルトたちとも違う。生きたのが400年前であるという設定も、必要以上に彼らとの関わりを避け、〈適度な謎〉を残すためなのだから。


「すいません……」

「別に謝ることではなかろう。お主とてそれに翻弄(ほんろう)される者のひとり。違うか?」

「違いません……」


 我ながら情けない受け答えだとハルトは思う。さすがに神にまで例えられる男。いとも容易く、いつもの微笑を崩してみせた。

 だが不思議と、そこに後悔の気持ちは無く、背負っていた荷が軽くなった気さえする。彼ならば、「これはゲームだ」と言ってもたちまち理解するかもしれない。


 暫く沈黙した後、口火を切ったのは老軍師。


「ハルトよ。〈神眼〉が何故、〈悲嘆(グリーフ)〉と呼ばれておるか分かるか」


 力を付けるために師事したのだが、いざその差を感じるとなかなか自信が回復しない。ハルトは何を言っても正解になる気がしなかった。


「さあ……〈もの〉が見え過ぎるのも困るということですか」

 仕方なくそう答えてジルヴェスターの顔を覗くと──彼もまた眉間に(しわ)を寄せている。彼らは師弟揃って自嘲しているのだ。


「〈神眼(グリーフ)〉は、すべてを見通す目などではない。お主の〈看破(インサイト)〉と、能力としては何も変わらぬ。ただ相手の力量に左右されないのと、偽造をも見抜く点が違うだけ。

 じゃがお主は、〈看破(インサイト)〉だけでそれをやってみせた。つまり高レベル者のそれと〈神眼(グリーフ)〉は、ほぼ同義とも言えるじゃろう。

 皆がまるで千里眼のように〈神眼(グリーフ)〉を誤解しておるのは、儂がそう見えるように振る舞っておっただけの話。実際、本当に知りたい事実など、儂には何ひとつ見えてはおらん」


(そう……だったのか。僕はてっきり)


 〈神眼(グリーフ)〉とは、知性を極めた者に対する、言わば称号のようなもの。すべてを見通せるから天才なのではない。天才だからこそ、すべてを見通すことが可能なのだ。

 つまり、それを手にしたとて、誰もがジルヴェスターになれるわけではないのである。


「1を知れば10の謎が返って来る。知るものとは知らざる者。求める者とは失う者。それを知っていて尚、探求心を抑えられぬ。

 まったく──誰が言い出したのか知らぬが、的を射過ぎて腹が立つわ」


 ジルヴェスターは面白く無さそうに笑う。多くの者には感じることさえ出来ぬであろうその悲嘆(グリーフ)

 少し逡巡(しゅんじゅん)したものの、やがて、今度は老軍師がその胸襟を開く。


「狂黒の乱の引き金を引いたのはこの儂じゃ。いずれその決着(けじめ)はつける」


 唐突なその告白。だが、恐らく(それ)を理解するには手順(ステップ)が必要なのだ。

 そう解釈したハルトは、混乱した頭の中を整理し、懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。


 オープニングの一幕──ラインホルトは「あの事件が」ルーファウスを「狂わせた」と言った。

 ジルヴェスターに対して激しい憎悪を持つことも示唆されたから、その事件に老軍師が深く関係しているのだろう。


「儂の命じるがまま、奴はその手を何度も血に染めた。それも決して英雄譚などでは語れぬ、凄惨(せいさん)なやり方でな。そのことが奴を、誰もが畏れ、近付きすらせぬ男へと変えた。

 しかし奴にも、ただひとり理解を示し、支えてくれた細君がいたのじゃ。それを儂が──殺した」


 相槌(あいづち)さえ打てぬハルト。


 だが長い沈黙によって、彼は落ち着きを取り戻した。その理由も気になるが、今はそれ以上に知りたいことがある。


「復讐、ということですか。だけど──」

「そうじゃ。それならば儂を的にかければいいだけ。奴の狙いは他にある」


 これまでに得た、あらゆる情報がハルトの頭を駆け巡る。

 そしてそれが〈レクイエム〉という単語から来る連想へと帰結したとき──彼をひとつの仮説へ導いた。


「まさか──死んだ妻を生き返らせる(・・・・・・)ために?」


 このゲームでは、死んだ人間は〈基本的に〉生き返らない。では〈応用的には〉どうなのか。

 反魂は恐らく人類最大の禁忌。その術が存在しながら、あらゆる権限によって守られ、手が出せないとしたら──。


 世界を相手に戦争を仕掛ける。


 自らがトップに立てばそれに手が届く。それこそが、ルーファウスが反乱を起こした真の理由ではないのか。

 弟子の意を察した師は、何故か、(うなず)いたのかそうでないのか、曖昧な仕草を見せた。


「〈蘇生(リザレクション)〉──その術は魔法の中に実在する。但しそれは禁呪として封印され、さらにごく限られた条件の下でしか功を成さぬ。

 禁じ手となる前の時代でさえ、数えるほどしか成功例がなく、実際に奴の細君もその条件は満たさぬ」

「では何だと──」

「〈約束の書〉じゃ」


 短い答えで師はそれを遮った。


「その予言は、的中率の高さ故に隠蔽(いんぺい)された部分も少なくない。それは時の権力者にとって不都合な予言だけでなく、世に混乱しかもたらさぬ、ある不可解な〈謎〉も含まれる」

「謎……ですか。でも確か、〈約束の書〉は起こる事象を特定できるほどの、具体性が特徴だったはず」

「その通り。だから具体的に(・・・・)不可解(・・・)なのじゃよ。『死者が次々と蘇り、戦乱の世に(うごめ)く』──とな」

「そんな馬鹿な」


 それは、現実では起こり得ないその現象についての否定ではない。プレイヤーでさえ死んだらゲームオーバーなのだ。ノンプレイヤーキャラだけが次々と──まるで無条件のように甦るとは考え難い。


「皆、お主と同じような顔をしておったよ。如何に〈約束の書〉と言えど、こればかりは当たらぬと」

 さすがに天才軍師もそれとは知らず、ハルトの表情を見たままに受け取った。

 一方、それが過去形で語られたことに彼は気付く。


「もしかして──既に?」

 師は、今度こそはっきりと頷いた。


「その者の存在こそが、儂がここを動けぬ理由。同時にルーファウスを狂気に走らせた理由。そしてアースガルド・レクイエムとは、その禁忌を止めるために必要な〈何か〉。悪いがここまでしか言えぬ」


 ハルトは人差し指を口許に当てて考える。ジルヴェスターは、何も意地悪をしているわけではないだろう。

 幾つもの点が線で繋がりそうな感覚。しかしまだ、肝心な部分ばかりが足りない。


「妻を(うしな)ったルーファウス。彼は彼女を生き返らせたいが、その術が既存の方法にはない。

 ところが、ユリウスの予言に死者の復活を示す文言があり、それは既存の方法より条件が緩い。そして実際に、誰かが甦った。

 彼はそれを知り、その術を得るべく戦争まで起こした。閣下はそれを止めたいが、甦った何者かのせいでここを動くことさえ出来ない。

 そしてアースガルド・レクイエムなるものがそれを解く手段であることまで分かっていながら、まだその正体をはっきり掴めずにいる。──何点ですか」

「70点。根拠の無い憶測が入っておる。そして類推して然るべきものが抜けておる。15点ずつマイナスじゃ」


 ハルトは頭を掻く。現実では全国トップクラスの成績を誇る彼も、異世界(このせかい)では過去最低をあっさりと更新した。


「ユリウスの死者復活については、ほぼ何も分かっておらぬ。それが既存の条件(・・・・・)より緩い(・・・・)かどうかさえもな。

 奴はそれにすがっておるだけ──じゃが既に、試行段階に入ったという情報もある。皇子に天下を獲らせると豪語するなら、知っておいて損は無いじゃろう」


「では──抜けているものとは何ですか」

「ウォーレンとオーランド。奴らもまた、儂と同じ理由で動くことが出来ぬ」


 ゲーム中では初めて聞くその名。だがハルトは勿論それを知っていた。

 生きる伝説の男たち──〈煌国の四神〉。ジルヴェスターとルーファウスを除く、残り2人のことだ。


「四神のうち3人も──? それを止める、甦りし者とは、一体何者ですか」

「それが分かれば苦労はせぬ」


 ジルヴェスターは露骨に嫌そうな表情を見せた。彼ほどの男にそんな顔をさせるだけでも、相当厄介な相手であることが窺える。


「──話は終わりじゃ。明日から修行を開始する故、覚悟しておけ。

 皇子に天下を獲らせるのが〈予言の勇者〉なら、〈予言の勇者〉にその術を教えるのが儂の役目。(ぬる)くはないぞ」


 ジルヴェスターは不機嫌そうな顔を引きずったまま、ハルトに厳しく発破をかけた。「無論、予言(それ)だけが合格の理由ではないがな」と彼には聞こえぬように付け足して。


「閣下──あとひとつだけ」

 立ち去ろうとする老軍師を、ハルトは呼び止める。


「閣下、閣下と(うるさ)い。儂はすべての爵位を返上した身。かと言って〈元閣下〉など、尚更御免」

「では〈師匠〉」

「却下。体が(かゆ)くなる」

我儘(わがまま)だなあ。じゃあ〈先生〉」


「先生か──ふむ、それでよい。実は、退役後は士官学校の教官になる予定だったのじゃ。こんなことさえ無ければ」


 ようやく納得したジルヴェスターだが、自分で言った最後の一言で、また不機嫌になった。

 ハルトは苦笑いしながらも、漸く彼らしい、怖いもの知らずな一面を見せる。


「では先生。謎を解く輪に僕も入れて下さい。悲嘆(グリーフ)も、1人より2人の方が軽くなるでしょう? ──勿論、僕をそこまでにするのも先生ですけど」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「本当に、生意気な口を利きおる」

 老軍師は愉快そうに、声に出して笑う。それは忘れかけていたほどに、久しぶりのことだった。

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