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ハルト編(2) 面白い魔石

「試すような真似をしてしまって……さぞお気を悪くされたことでしょう。たいへん申し訳ごさいません」


 すっかり人が変わってしまったヘルマンは、小さく縮こまり何度も謝罪の言葉を繰り返した。


 ジルヴェスターの偽者を演じたとはいえ、彼自身もまた相当な実力を持つ武人である。庭にあった争いの痕跡──それも彼が敵を撃退した際についたものに相違ない。

 その厳つい顔に似合わぬ腰の低さに、彼らは思わず笑みをこぼした。


「いえ、どうかお気になさらず。閣下を慕い、師事を望む者はいくらでもいるでしょうから、そうでもしなければキリが無いのでしょう」


 本物を引きずり出すことに成功したルディは、緊張の糸が緩んだのか、本来の上から目線を少し取り戻す。確かにその正体を見破ることができなければ、その者は力不足を悟らされ、何度も門を叩くような真似はしないであろう。

 しかし高名なる軍師は、口調こそ穏やかに、それをさらに高みから諭した。


「力を試す以前に礼儀であろう。人に師事を乞うのであれば、その人物についてよく学び、それなりの準備をしておくのが筋というもの。

 儂の顔さえ知っておれば、理屈をこねくり回す前に初見でそれと分かったはずじゃ。その意味では2人とも、それを(わきま)えているとは言えぬ」

「う……」

 ()しものルディでさえ閉口する。


 確かにジルヴェスターの言うとおり、彼の素顔を知る方法なら存在した。


 例えば写真。現実で言うところの写真技術こそ無いものの、それに代わる魔法なら魔石とともに普及している。マシューが婚約者の写真入りペンダントと会話していたように、それは魔石の存在を善しとしないラナリアでさえ見られる流行だ。

 或いは肖像画。模写(コピー)まで含めるとそれは数多く存在するに違いない。下手な描き手であっても、左目の縦傷という大きな特徴のあるヘルマンを、別人と認識することくらいはできるだろう。


 いずれにしろ、彼はその名を知らぬ者がいないほどの有名人であるから、探す気さえあればわりと容易く手に入ったはずである。


「それをしなかったのは、お主らが生半可にもその知略に自惚れておるからじゃ。安易に答えを得うる手立てがありながら、それに目を閉じ耳を塞ぐは愚者の我欲と心得よ。

 賢者ならば、それで得た時間を挑むべき難問に費やす。要するに、使えるものは何でも使えということじゃ」


 腑に落ちたと言わんばかりに目を輝かせ、頭を下げるルディ。


「──はっ。閣下の初めての教え、しかと心に刻みました」

「勘違いするでない」


 あっさりと、ジルヴェスターはそのテンションを打ち砕く。嫌な予感のしていたハルトがその目を光らせた。


「今のはただの、年寄りから若者への小言。師事を許したわけではない」

「──ジル様!」


 すぐに声を上げたのは、何故かヘルマン。彼は我が事のように老軍師に訴える。

「ハルト様、ルディ様──お二方とも、見事に我らの正体を見破られたではありませんか」


(さっきまで確か〈小僧〉だったよね。どこまでキャラが変わるんだ)


 まだ認められていない──その事実よりも、彼らの味方をしてくれているはずの、ヘルマンという人物像の方を疑問に感じてしまうハルトであった。


「呑気に隠居生活を謳歌(おうか)しているように見えるじゃろうが、こう見えて儂は多忙でな」

「しかし、そうでなければ何故、このようなお戯れを──」


 ジルヴェスターはハルトとルディに対して言っているのだが、反論するのはヘルマンで、そのためにどこか会話がちぐはぐである。

 しかしもはや必死と言っていいほどの食い下がりを見せる彼に、当事者たるハルトたちは口を挟む余地さえない。


(何か──いい人だな)

 相手の裏を、隙を、先の尖った物で突っつき合うような謀略に少し疲れていたハルトは、つい顔を緩めてしまう。


「これは話を聞くに値する人物かどうかを見極めるための(ふるい)──師事を認める試験などではないわ。しかし──ふむ、試験か」

 ジルヴェスターは急に思案顔になると、誰かが横槍を入れる前に再び口を開く。


「良かろう。ヘルマンはお主らを気に入ったようじゃし、頑固者の此奴(こやつ)を黙らせるには骨が折れる。師事に値するか否か──望みどおりお主らを試してやろうではないか」


(今からが本番ってわけか)

 さすがに一筋縄ではいかないようだ。ハルトは思わず頭を掻いた。


「明日のこの時間までに〈面白い魔石〉を持って参れ。儂を唸らせた者を弟子として迎えよう」


 端的にだが、今度こそはっきりと、彼自身の口から提示されたその条件。そう言われては、さすがにヘルマンも口を閉ざす以外にない。

 対して、急に課題を突きつけられた彼らは、慌てて老軍師へ疑問の声を上げる。


「魔石と申されましても──魔法を籠める前の原石を持ち合わせておりませんし、それを組み込む技術どころか、私たちは魔法さえ使えません」

「それに、何を以て〈面白い〉とされるのか──漠然とし過ぎて定義が曖昧です」


 しかしジルヴェスターは無表情のまま、用は済んだとばかりに腰を浮かせた。

 沈黙がその答え──彼らははっと顔を見合わせる。試験は既に始まっているのだ。


 ジルヴェスターが何を欲しているかを読み、魔石を作る術も知らぬ中でそれを形にする。つまりそれこそが試験の本質。

 彼らは揃って席を立つ。最寄りの街までは30分。そこに魔石が無ければ、さらに遠くまでそれを仕入れに走る必要がある。とにかく時間が無い。


 先を争うように屋敷を飛び出した彼ら。二手に分かれる瞬間に、互いに視線をぶつけ、火花を散らすことを忘れなかった。


(負けてたまるか)

 移動中も貴重な時間だ。課題をクリアするために、目まぐるしく回転し始めるハルトの頭脳。


 その背後には、遠くからそれを見守る老軍師の姿があった。


 ──────────


 翌日。彼らは庭に出ていた。


 まだそれが如何なる効果を発揮するものかは分からぬが、攻撃系の魔石であれば家の中で発動させるわけにはいかない。


「──参ります」

 緊張した声で構えるのはルディ。最初の挑戦者は彼女だ。

 その顔は疲れきっており、目の下にはクマができている。


「やあっ」

 彼女が用意した魔石は3つ。そのうち2つを同時に放り投げた。


 地に触れた途端、そこに激しく立ち上る火柱。熱気が彼らの肌へと伝わる。

 ひと呼吸置いて、ルディは最後の魔石をその中へ。するとそれは水を召喚し、あっという間に火を鎮める。


 彼女の所作はそれで終わりだった。


 訝しげにその様子を窺うハルト。だが次の瞬間、一面に撒かれた水がバチバチと音を立て──弾けた。


「──スパーク!」

 彼はその意図に気付く。火と水と雷──それぞれは初歩的な魔法に過ぎないが、2度の投石で3つの現象が生じたことに意味があるのだ。


「初めの投石はこちらからの攻撃を、2度目のそれは防御側の対抗処置を模したものです。火で攻められたら、それを消すために水を使う。

 そこへ──対抗処置を(・・・・・)発動条件(・・・・)とした(・・・)3つ目の魔石が発動する。この場合、雷属性の魔法が効果的でしょう。

 それを最初の投石に混ぜておくことで、2度目になるはずの攻撃を1度目で済ませておくのです。敵は対処する時間も無く、それを喰らうしかありません。

 魔石は発動するまで効果の見分けがつかない。加えて、一度きりの魔法で使い捨て──そんな先入観を逆手に取った戦法です」


(僕らは魔石職人に弟子入りするわけじゃないからね──解釈は僕と同じだ。)


 彼らは、魔石そのもので評価されるとは考えていない。たとえ既製品であっても、〈使い方〉さえ工夫すれば、充分にその対象となり得る。

 ましてルディの魔石は、発動条件をアレンジしてあった。さぞかし得意気な顔をしていることだろうと──ハルトがそれを覗き混むと、彼女は悲愴な表情で唇を噛み締めている。


 やや呆気に取られた彼は、その続きを待つ。


「確かに魔石は便利です。しかし何も、特別な効果を持つ物だけが有用なわけではありません。

 百の力を持ったそれを、そのまま百にするのも、千にするのも──そしてゼロにしてしまうのも、すべては使い手次第。

 そしてそれを千にする者こそが真の軍師であり、ゼロにする者はそれこそ──その名を騙る偽者に過ぎません。私は千を生み出す軍師になりたい」


 彼女は意味ありげにそう言葉を閉じた。


 その決意の程はひしひしと、彼らへ伝わったが、何となく湿った空気を老軍師が乾いた声で吸収する。

「次じゃ。ハルト」


 彼はルディに対して何も評することは無かった。事務的なそれに彼女は不安げな目を向けたものの、視線を落とすことなく後ろへ下がる。


(何か変な雰囲気だな。こんな中で出すには気が引ける内容だけど)


 少し躊躇(ちゅうちょ)するハルト。だが彼の用意した魔石は、左手に持ったそのひとつ。

 他にどうすることもできず、強く握りしめてから手を離すと、庭に落ちたそれは静かに発動する。


 ぼんやりと緑色に光る魔石──それは語り始めた(・・・・・)


『これでいいのかい、ラルス』

『ええ、今度こそ。多分もう始まってますよ』

『そうなの? 何だか緊張するな。あー、あー』

『何か喋れって言われても──改まると難しいよ』

『いいから。何でもいいんだよ。ほら、早く』

『うーん。今日はいい天気だね。あ、もう夜中だった』

『あれーっ。ハルトじゃない。どっか行ったんじゃなかったの? ──て言うか、こんな所でこそこそと、何してるのよ。あんたたちまで。セリ──』

『わーっ! ジュリアこそどうしてここに──あれ、その剣どうしたんだ?』

『ふふん、ハルトには教えてあげない。どうしてもって言うなら、考えてあげてもいいけど』

『相変わらず、君たちは仲がいいんだね』

『どこをどう見ればそう言えるのさ』


 そして唐突に、魔石は砕けた。


 暫し呆然とするルディ。傍にいたヘルマンもだ。

 しかし──ジルヴェスターだけは目を見開き、跡形も無くなった地面を見つめていた。


 その様子を見たハルトはひとつ(うなず)き、彼の〈宿題〉を提出する。


「魔石は使い捨て──それはルディも言っていたとおりです。

 だからインプットとアウトプット、2つの魔法から成る〈音声記録(メモリー)〉は、これまで魔石に籠めることは不可能とされていました。言葉を記録した瞬間に壊れ、それを引き出すことが出来ないからです」


「まさか──それをやってみせたと言うの?」

 思わず声を上げたルディであったが、ハルトはバツが悪そうに眉に(しわ)を寄せた。


「いや……実際にこれを作ってくれたのは、魔石の工作が得意な僕の仲間でね。努力はしたんだけど、完全には理解出来なかった。

 ただそれは『使えるものは何でも使った』結果ということで」


 昨日、彼はまっしぐらにラナリア城へ帰還し、ラルスの助けを借りた。時間的にはギリギリだったが、魔石の普及率が低いこの国では、それが一番確実だったのだ。


「魔法と一対であるという弱点──それに対して、発動条件を多種多様に組み込めるのが魔石の最大の長所です。ならば、魔法の発動をも(・・・・・・・)その条件のひとつ(・・・・・・・・)として(・・・)組み込めば(・・・・・)、効果を分割して発揮できるのでは──と考えました。

 〈音声記録(メモリー)〉はひとつの例えで、何度も試行して成功したのはこれひとつ。まだまだ研究の余地はありますが──応用の幅は広い」


 それはリユースを可能にするセリムの魔煌石を、人工的に造り出すことに等しい(わざ)。ルディは唖然と、ジルヴェスターは憮然と、そしてヘルマンはニコニコしながらハルトを見る。


 こうして2人の〈披露(テスト)〉は終了した。


 彼らはともに、魔石の長所、短所をよく捉え、そこに自らの発想を加えることで、新たな可能性を見い出した。それはジルヴェスターの出した課題に見事に応えたと言えるだろう。


 2人とも合格であることを確信したヘルマンは、主たる老軍師の顔を見る。

 だが彼は──その厳しい表情を崩すことなく、やがて静かに口を開く。


「ルディ。お主は自分でも分かっていたはずじゃな。しかしその手立てが思いつかぬまま、この試験に(のぞ)んだ」

 下を向くルディ。ジルヴェスターがそれを指摘せぬはずはなかった。


「戦局を賽子(サイコロ)のように操る軍師にはなるな。よく眼を養うことじゃ」

「はい……」


 ルディの出した作戦(こたえ)──それは彼女自身も認めるとおり、ある前提の上に成り立つ。


 仮に敵の対抗処置を読み違えた(・・・・・)場合、雷の魔石は発動することなく、戦果は彼女が言うところの〈ゼロ〉になる。

 かといって、いちいち予想されるパターンすべてに応じるにはコストパフォーマンスが悪く、投じた魔石の数から策を見破られることにもなるだろう。それでいて尚、起こり得るすべてに対し完璧に備えることなど、不可能なのである。


 汎用性が高いように見えて、読みが的中したときにのみ有効な、実は恐ろしく限定的な策。それを外そうものなら、その作戦を前提に構えていた味方をむしろ危険に(さら)す──。

 ジルヴェスターはそれを賽子に例えたのである。


「そしてハルト」

 今度はハルトに目を向ける老軍師。一瞬の間を置き、ルディへのそれとは対照的に、彼の口に上った評価は僅かに一言。


フェアではないな(・・・・・・・・)


 自分に対して言われたものではない。それでもルディは怪訝な顔を上げた。


 魔石の工作を他の誰かに依頼する──それも目的を果たすためのひとつの手段だ。仲間にたまたまそれを得意とする者がいたからといって、それが評価を落とす理由にはならないだろう。

 むしろその幸運を最大限に生かすのは当然のこと。彼女にはその言葉の意味が分からなかった。


 だがハルトと──そしてヘルマンもその意図するところを理解したのか、落胆するどころかうっすらと笑みさえ浮かべている。

 ジルヴェスターは、睨みつけてさえ確信犯的に彼を見つめ返す、肝の据わった少年を前に、やがて呆れたように息を吐く。


「2人とも──合格じゃ」

 そしてそれだけを言い残すと、彼らに背を向け、屋敷の中へと姿を消した。


「どうして──私はてっきり」

 策の不備を見抜かれたルディ。喜ばしいはずの通知に彼女は納得できず、どちらにともなくそれを訊く。


「敢えて広く解釈できる課題を出された──それはつまり、お2人の人となりを知るためでもあったのですよ。ひねくれた自己紹介とでも言いましょうか」

 苦笑しながら答えたのはヘルマン。


「その素養は勿論、お2人を競わせることで、ライバルに『負けなくない』という強い想いが、その決意の程を試験内容へと落とす。ここをお訪ねになった理由も如実に(あらわ)れます。

 ルディ様は、過去に何か、人生をも変えるような〈失敗〉をされていることが窺えました。だからこそ、決して折れることなくやり遂げると──そう判断されたのでしょう」


「ですが──」

 彼女はまるで傷でも負ったように苦悶の表情を浮かべる。いや、実際に傷が痛むのだ。心に深く刻まれたそれが。


 しかしヘルマンの声はあくまでも優しく、それを包み込むような温かさに満ちていた。


「ルディ様の策に対する、ジル様のご指摘──それは読みの精度に起因するもの。ならばそれを上げればいい。そしてその方法こそ、ジル様へ師事すること。順番どおりで、何もおかしなことはありません」


 当たり前過ぎるその理屈。百発百中の〈目〉を既に持っているなら、ジルヴェスターに師事する必要などない。

 彼を本当に唸らせようとしたことが、そもそもの(おご)りなのだ。


 彼女は少し表情を和らげた。そして「フェアではない」らしいが、どうやらそれを成したと思われる東洋人の少年に目を向ける。


「一方、ハルト様は──」

 ルディが合格した理由を説いたヘルマンは、話の流れでハルトについても言及しようとして──何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせた。


 そんな彼の意を汲んだハルトは自ら宣言する。〈面白い魔石〉の裏に隠された、ジルヴェスターが真に望むもの。


「天下を獲る──いや、獲らせる。あの天才軍師から、僕らが時代を受け継ぐんだ」


 そして決意も新たに、澄みきった青空を仰いだ。

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