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蒼の衝撃

「さっきは悪かったな」


 ソーマは軽く挨拶を交わす。刺客の少女は、血が(にじ)むほど強くその唇を噛み締めた。

 彼女にとって、夕刻の一戦は絶命の瞬間を見届けられなかった初めてのケース──嫌な予感が的中したのだ。


「続きだ。今度はちゃんとやってやるからよ。──いいよな?」


 語尾はハルトに向けられていた。

 死神を仲間に引き入れたい理由は、敵の戦力を削ぐことだけではない。なるべくなら双方無傷で乗り切りたいが、戦闘はもはや不可避──ハルトは無言で(うなず)く。


「奴は……確か殺したはずではなかったのか。ミュラー(あいつ)の息子と一緒に」

 ゼルギウスのそれは、報告に誤りがあったことへの指摘。死神は黙って(うつむ)いたままである。


「どういうこと?」

「どうやら死神は、一度仕事を失敗したみたいだね」


 首を(かし)げるジュリアに、ハルトは他人事のように答えた。視察団が()められた時、否、それは回避したはずだから、恐らくはその後の出来事だろう。

 事情がよく呑み込めないジュリアは、視線だけで補足を求めるが、ハルトは「ここはあいつに任せよう」とだけ言った。


「だけどあの娘──強いわよ。姉上ならともかく、たぶんあのクレイグでさえ苦戦するくらい」

 それはつまり「ソーマひとりでは厳しい」ということが言いたいのだろう。だがその点は、ハルトは心配していない。


(僕のスキルは危機の回避を示した。現にソーマの登場とゼロカウントは重なったから、あいつがその理由であることは間違いない。勝つか、何かの理由で中断するかは分からないけど、最悪でも負けることはないはずだ)


「大丈夫だよ。あいつは天才だから」

 ジュリアを、そして自分を安心させるかのようにハルトはにっこりと微笑んだ。しかし、戦いはそんな彼の予想を遥かに超える──。


「今度こそ──死んで」

 先に動いたのは死神。その体は闘気を帯びたままだ。身体能力が飛躍的に向上した彼女は、さらに(はや)くなった。


 ソーマは彼女をぎりぎりまで引き寄せると、相手の間合いに入る直前に反撃に出た。獲物の長さでは若干ソーマが有利。それは僅かな差でしかないものの、戦いのレベルが上がるほど有意差となって表れる。

 瞬時に軌道を変え、側面からの攻撃に転じる死神。対するソーマは、大きく距離を取って斬り合いになるのを避けた。


(単純なスピード勝負じゃ彼女の方が上──それも闘気による補正で差はますます大きくなってる。だから下手に動かず、彼女が近付くその瞬間に的を絞るってわけか)


 ハルトが評したとおり、ソーマの策は当たり死神の攻撃は当たらない。彼を仕留め損なった焦りもあるのか、彼女の攻撃はやや大振りで、その(ことごと)くが空を切った。

 死神がムキになるほど対応が楽になる。決して勝負を急がず、敢えて焦らすように同じ攻防を繰り返すソーマ。


 一転、(らち)が明かないとみた死神が、今度は自分から距離を置く。そして剣を交差させるように構えると、そこに闘気を集中させた。


「何とかクロスか──させるかよ」

 一度見た技。ソーマはそれを待っていた。瞬時に間合いを詰めると、双剣が交わる一点を、魔法剣で縦に切り裂く。

 続けて剣先を上げ、武器が弾かれ無防備となった(ふところ)に強烈な突きを叩き込んだ。


「ぐはっ」

 鳩尾(みぞおち)深くへのクリーンヒット。偶然にもそこは、ジュリアの反撃(カウンター)を喰らいダメージが残る箇所である。防具と闘気によって緩和されたものの、一気にHPの3分の1が削られた。

 チャンスとばかりに、ソーマは接近戦を挑む。


 だが既に死神は飛んで(・・・)いた。彼女のスキル、〈空中散歩(スカイウォーク)〉──Zの文字を描くように、何もない空間を数段蹴ると、そこは天井にまで届くほどの高さ。

 〈血色の雨(ブラッド・レイン)〉の構えから、目標を見定めようと身を(ひるがえ)す。


「〈火炎球(ファイアーボール)〉!」


 しかし一瞬だけ眼前に見えたのは、敵ではなく巨大な炎の塊だった。短く「あっ」と声を上げると、抗う暇もなく彼女はそれに呑み込まれる。

 炎は闘気に相殺されすぐに消えるが、その衝撃までは防ぐことができない。天井に激しく身体を打ち付けられたかと思うと、次の瞬間には重力によってそこから引き剥がされ、彼女は力無く床へと落下した。


 ソーマはしたり顔で仲間を振り返る。


(見事──だけどネーミングセンスだけは相変わらずだな)

 親指を立ててみせながら、ハルトが苦く微笑む。


 ソーマは完全に、死神と戦う術を会得していた。

 放出系の技に転化する際は、闘気による能力補正が弱くなる。それを見抜いたからこそ、防御からの反撃を基本にしながら、彼女がその構えに入ったと同時に攻勢に転じたのだ。

 そして溜めの瞬間を狙って、確実に攻撃をヒットさせた。それは〈軍神の寵愛(戦いの天才)〉に再戦で勝利することが、如何に困難かを証明するかのようだった。


(いつの間にかまたレベルアップしてたんだな。だけどまだ数字の上では彼女の方が強いはず──恐ろしい奴だ)


 それはジュリアも同じ思いである。ソーマが死神をこうも圧倒するとは意外だった。

 彼女が最強だと信じて疑わない、姉ルシアをも震撼させたそのセンスと、何をしてくるか分からない発想力。味方には期待を、敵には脅威をそれは(もたら)す。

 底の見えない穴を覗き込んだ時のように、ジュリアは身震いさえ覚えた。


 しかし死神は執念を見せる。


「負けられ……ない。私は負けるわけには……いかないんだ」


(HPは残り僅か──まだ立つのか)

 ハルトは迷った。このまま決着まで続けさせるか否か。


 仕方なく刃を交えることにはなったものの、勝負が見えた今、これ以上彼女を傷つける必要はない。本当の敵は他にいるのだ。

 だが彼女の戦意は、消えるどころかますます高まっていた。最後の力を振り絞ると、さらに闘気を捻出する。それはまるで、その命を落とすことさえ(いと)わないかのような気迫。


(せめて1日空いてくれれば──)

 ハルトは抜き身で持ったままの剣を握り締める。

 見逃す可能性の高いイベントを拾い、病気(・・)の妹を発見した。シルビオ司祭の、治療の腕も確かだった。ハルトは正しい手順を踏んでいたのだ。

 ただ、死神との接触まであまりに時間が無さすぎた。展開を読みきれなかったことが、改めて悔やまれる。


(ここは仕方ない。戦闘不能に追い込む程度にして、間違っても殺さないでくれよ)

 ハルトが心配したのはあくまでも〈やり過ぎ〉についてだったが──顔を引きつらせたソーマの発言によって、その余裕は瞬時に消え失せた。


「もう魔石が──無え」

「え?」


 魔石は使い捨てである。それは初めはただの石で、そこに魔法を籠め、発動条件を組み込むことでようやく便利な道具として成り立つ。専門の魔法士でなければそれを造ることができないほど、高度な知識と腕が必要だった。

 彼らに魔石を用意してくれたのはラルスであるが、彼は戦士であり魔法自体を主としていない。魔石をたくさん造ることは魔法をたくさん使うことでもあるから、どうしても数に限りが生じてしまうのだ。


「ちゃんと考えて使えよ、馬鹿!」

「うるせえ。あれで決まりだと思うだろ、普通」


 少年たちは内輪揉めを始めた。ソーマの魔法剣は、さっきの火炎球(ファイアーボール)を最後に、ただの木刀に成り下がっている。これではただ剣を合わせるだけでも厳しいだろう。


「〈血の代償(ブラッド・ペイン)〉」


 死神はその命さえも消費した闘気を、すべて身体能力の補正に使った。放出系の技は使えなくなるが、その分、能力は大幅に上昇する。

 手負いの体をカバーすることと、溜めの大きい技ではソーマを捉えられないことを踏まえた選択だ。


「私は──死神」

 それは相手に向けた死の宣告。一足飛びにゼロ距離まで接近したかと思うと、彼女は左手の星月夜(ほしづきよ)を振る。

 ソーマは反射的に剣で防ぐが、それはあっさりと真っ二つにされてしまった。


「ああっ、俺の自信作が」

 回転しながら宙を舞う剣先を追い、彼は叫ぶ。しかし無情にも、ただの木片と化したそれは、未練たっぷりに伸ばした手の遥か先まで運ばれていく。


「危ないソーマ!」

 死神がその隙を逃すはずがない。2本の黒剣が振り払われる瞬間、ジュリアが悲鳴にも似た警告を発した。

 が、ソーマの姿は既にそこから消えている。後方に大きく跳躍していたのだ。


 ──剣を失って丸腰。敵はもともと地力で勝る上に闘気で能力アップしている。今この状況でそれに〈勝つ〉には──。


 着地まで1秒も無かったはずだ。だがその僅かな間だけで、彼の〈軍神の寵愛(スキル)〉は勝機を模索し、方法を閃かせ、そして実践までさせた。

 それを一瞬、ハルトは〈魔法〉だと誤解する。無いと思った魔石が実はあったのか、それとも何かの効果がまだ続いているのか──しかし彼の〈看破(スキル)〉もまた、瞬時にそれを訂正した。


 ソーマの体から発した光が、血塗られた戦場を蒼く塗り潰す。


「闘気──!」

 それを操れるのは100人にひとり。それも良き師について厳しい訓練に耐え、素質が花開いて漸く可能になるはずの能力──。


自力で習得した(・・・・・・・)──だって?)


 ハルトは目を丸くした。とても信じることができないが、他でもない目の前の光景が、それを現実として受け入れることを強要させる。


(それも戦いの途中で。──どうりで戦う〈前〉から危機回避のカウントがゼロになるわけだ。次から次へと勝つための方法を生み出す──戦いに関しちゃあいつはバケモノだ)


 そんなハルトの想いを余所(よそ)に、ソーマはひとりで得心していた。


「なるほど……これが闘気ってやつか」

 それは頭ではなく体の理解。蒼い光に包まれる腕や足を順番に動かしながら、ソーマはその身に起きた〈変化〉を確認していく。

 気分は高揚しているがどこか落ち着いており、それに反して力が(みなぎ)ってくるのが分かる。


「あ、あ……」

 その驚愕はハルト以上。この場でただひとり、元から闘気を操れる死神には、それがはっきりと戦闘力として感じられた。

 初めて発現させたとはとても思えぬ、圧倒的なまでの闘気に──自然と体が震え出したのだ。


「……ここまでにしようぜ」

 その様子を窺って、ソーマが死神へ静かに語りかける。


「お前だって仕方なく戦ってるだけなんだろ。でも悪いけど、もう素手でも負ける気がしねえ。何故だか分かんねえけどそれが分かる──闘気ってホントすげえのな」

 ソーマが少し歩み寄ると、死神は恐れを隠そうともせず後ずさった。だがその背にゼルギウスの檄が飛ぶ。


「何をしている! 奴を殺さねばお前の妹は助からんのだぞ」

「うわあああっ!」


 何かが心の中で弾け、反射的に彼女は突進していた。せっかくの二刀流のうち1本を投げ捨て、両手持ちに握った残りでソーマを突き刺すような動作──それはもはや技とも呼べぬ捨て身の攻撃だった。


 同時に、ゼルギウスが不吉に動く。死神の背中越しに、それを視界に捉えたソーマ。僅かな一瞬で予感が確信へと変わる。

 彼は死神を抱き抱えるように捕まえると、体を反転させた。次の瞬間──。


 乾いた銃声が夜の静寂を貫く。


 この世界に〈銃〉は無い。だがそれとしか形容できぬ炸裂音。それとともにゼルギウスから延びた一筋の光線が、ソーマの肩を後ろから射抜いていた。


「ソーマっ!」

 叫ぶと同時にゼルギウスへ視線を向けるハルト。彼が手にしているのは──魔石だった。


「私とてここまで上り詰めた男。簡単に敗北するわけにはいかんのだ」

「あいつ!」

 ジュリアが剣を手に駆け出そうとするのを、慌ててハルトが止めた。まだゼルギウスは未発動の魔石を持っている。

 しかしそれ以上に、何か異様な気配を感じたからだ。


「てめえ──今、何しやがった」


 死神を抱き抱えたまま、顔だけをゆっくりとゼルギウスへ向け、ソーマが体を起こす。


「護身用の貫通弾(ペネトレイト)だ。まだまだ持ってるぞ。死にたくなくば──」

こいつごと(・・・・・)殺そうとしたのか(・・・・・・・・)?」


 その鋭い視線によって逆に貫通されたかのように、言いかけた口を開いたまま、ゼルギウスは沈黙する。


「あ……」

 よろよろとソーマから離れる死神。その手に持っていたはずの剣は、彼の腹部に深々と刺さっていた。

(かわ)せた──はず。私を……庇った?」


 ソーマが無造作にそれを引き抜くと、そこから大量の血が噴き出した。だがそれにも構わず彼は──近くに落ちていた、襲撃者の物と思われる剣を拾う。


「──ダメだソーマ。待てっ!」

 滅多に聞くことのないハルトの絶叫。それを無視して彼はゼルギウスの方へ向き直り、真剣を肩に担ぐ構えをとった。

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