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ジュリア VS 死神

 松明の灯りが、そこに集う者たちの影を忙しく壁に落とし、宗教画を上書きする。生々しく飛び散った鮮血によって、瞬く間に汚されていく聖人たち。


 ジュリアは強かった。数で圧倒する敵を次々と斬り伏せながら、息も切らせていない。

 彼女のステータスはもともと優秀であるものの、それはあくまで目安に過ぎないものだ。実戦、それも複数の敵と斬り結ぶとなれば、普通は少なからず乱数が働く。

 それを遥かに超えたレベルで、彼女は、〈強い者は強い〉という当たり前の理屈を、そのまま見事に体現していた。


 だがそれは──参戦したはずの〈双剣の死神〉が静止しているからに他ならない。彼女は勢いよく謁見の間に飛び込んで来たものの、ハルトたちに襲いかかることなく、ただ傍観していたのである。


「何をしている。早く奴らを片付けんか」

 それは策略などではなかった。ゼルギウスが苛立たしげに彼女にそう命じるが、ぼそりと死神は呟く。

「ターゲットが違う……」


 彼女に本来任されていたのは、大公暗殺を成し遂げるはずだった者たちの討伐である。しかし彼らは既に事切れており、ハルトやジュリアは彼女の標的ではなかった。


「ええい、融通の利かん奴め。──変更だ! あの2人を殺せ。でないと報酬はビタ一文払わんぞ」


 主従関係にはない彼ら。そのひとことで〈契約〉が更新された。遂に死神が動く──。


「後ろだ、ジュリア」

 ハルトが叫ぶがジュリアもそれに気付いていた。

 剣を放り投げ、空いた手を着いて身軽に側転しながら死神の攻撃を(かわ)すと、着地点でそれをキャッチする。そしてすぐさま正眼に構えを取った。


 死神は無理に追わず、彼女もまた2本の剣を手に構える。左手が前方下段、右手が後方上段。

 整った顔立ちの美しい少女だが、その表情からは一切の感情が窺えない。


 ハルトは改めて、スキルによって戦力を確認した。

 死神以外では戦闘不能が5人。負傷しながらまだ戦える者が3人。無傷が7人残っているが、うちゼルギウスは戦力として論外。

 これだけなら、ジュリアの調子を見れば、応援など待たずとも彼女ひとりで何とかしてしまうかもしれない。


 だが、死神だけはまさに別格の強さだ。ステータスを比較すれば、明らかにジュリアが不利であった。


 注目すべきポイントは3点。


 まず武器に差がある。互いが剣で、死神のそれは右手の〈朧月夜(おぼろづきよ)〉と左手の〈星月夜(ほしづきよ)〉。刀身までが黒い二対のその剣は、本来、序盤で手にできるような代物ではない。

 対するジュリアの剣は、どこにでもある無銘のバスタード。攻撃力が低い朧月夜の方と比較してさえ、かなり見劣りする。


 次に基礎能力。これも、知力以外はジュリアが大きく遅れを取っていた。死神は特にスピードがずば抜けており、おまけに〈闘気〉が使用可能。残念ながらジュリアはまだ使えない。


 最後にスキル。実力差があっても、それをひっくり返す可能性があるのがこれだ。

 数だけを見れば、ジュリアが2つ所持しているのに対し、死神はわずかにひとつ。


(だけど内容がよくない。ジュリアのスキルはランクDの〈反撃確率+10%〉と同Eの〈物理防御力+5%〉──正直、ショボい。

 死神はランクB、〈空中散歩(スカイウォーク)〉か。見たまんまなら、空中に足場を作れる能力かな。身体能力の高さを考えれば、かなり脅威だぞ)


 ハルトは唇を噛む。好材料と呼べるものが何ひとつ見当たらないのだ。


(ここまで違うのか。やっぱり仲間にするのが難しいレアキャラ──後ろにセリムと大公がいるから逃げの選択肢はないし、かといって説得じゃ仲間にできない。

 普通に()れば100%殺される。ここは話術で時間を稼ぐしか──)


「そいつらを殺せば、妹の手術費用を出してやる!」

「な──に?」


 よりによって最悪のタイミング。睨み合ったまま動かない彼女への檄なのだろうが、ゼルギウスのそれによって、ハルトの思惑は封された。


 妹のことを話せば、すぐに仲間にならずとも、時間稼ぎにはなったはずだ。

 しかしその発言の後では、適当に話を合わせたようにしか聞こえない。逆に手術の話こそ嘘に決まっているが、何を言っても死神は、そしてゼルギウスも信じようとはしないだろう。


(無能のくせに──ここでまぐれ(・・・)かよ)


 舌打ちするハルト。だが彼は「ともに戦う」と決めたのだ。これで諦めるわけにはいかなかった。

 とてつもない早さで情報を反芻(はんすう)し、幾つもの可能性を上げてはその整合性を確認する。


 そしてハルトは〈それ〉に気付いた。彼はポケットに手を入れると、そこにある物の感触を確かめ、ニヤリと笑う。


「お願い……死んで」

「そんなお願い聞けるわけないでしょっ」


 戦闘が始まった。


 合計3本の剣が交錯する。二刀流とはいえ死神の剣は短刀と言っていい長さしかない。間合いの広さではジュリアが上だ。


「やあっ」

 ジュリアは姉に習った剣技を繰り出す。しかし雑魚兵ならまだしも、死神と称される少女相手ではやはり分が悪かった。


 必ずしも双剣が単剣より有利とは限らないが、ジュリアは盾を持っていない。剣を守りに使えばその間、攻撃は止まる。

 一方の死神は、ジュリアの剣を止めた上で反撃もできるのだ。両手持ちで放てば、一撃の重さはジュリアが勝るものの、手数では圧倒的に不利だった。


 そして何より、黒い死神は(はや)い。


 正面からだけでなく、右へ左へ俊敏に動く。ジュリアは何とか凌ぐだけで精一杯だ。

 攻撃の幾つかは完全には(かわ)しきれず、その腕に、足に、僅かずつだが傷が増えていった。


 死神の参戦後、他の兵士たちは呆然と戦いを見守っている。レベルが違い過ぎて手が出せないのだろう。死神をフォローできる者がひとりでもいれば、既に勝負は着いていたに違いない。

 だが、一見不利な戦いを強いられているジュリアにはハルトがいる。彼は叫んだ。


「こっちだ、ジュリア」

「何っ? 今ちょっと忙しいんだけど」


 抵抗しながらもうまく敵と距離を取り、軽く後ろに飛んだかと思うと、彼女はハルトの傍へ着地した。


「このまま壁際まで後退して、僕を背に戦ってくれ」

「えっ? 何でよ」


 勿論、庇ってくれという意味などではない。それはジュリアにも分かる。


「いいから。たぶん〈次〉がそうなる」

「分かんないって。その秘密主義いい加減にしてよね」

「説明してる暇が無いだけだよ。ほら、来るぞ」


 そこへ死神が襲いかかる。あわよくば2人まとめて斬り殺さんとでも言わんばかりの、強烈な殺気──しかしハルトは恐怖に目を反らさず、じっとそれを凝らしてタイミングを図った。


「彼女は左利きだ。まず右が来て、それを止めたら左が来る」

「嘘っ?だって──」


 ジュリアの反論を死神は待ってくれなかった。それまでの構えを左右に反転させたかと思うと、ハルトの言うとおり右腕を先に振った。


「くっ」

 無理に止めずにジュリアは受け流し、それによって続く左への対処が何とか間に合う。次の瞬間──。


 眩いばかりの閃光がジュリアの背から放たれた。突然の事態に死神は虚をつかれ、一瞬完全に(ふところ)が空く。

 それに驚く間もなく、ジュリアの身体は勝手に動いていた。両手持ちによる渾身の一撃──それが確実に、死神の腹部を捉えたのである。


「ぐうっ──」

 衝撃で後方へ飛ばされた死神。そしてその腹ではなく目を押さえたまま、苦しげに転げ回る。


「ビンゴ!」

 この世界で通じるかどうか分からぬ表現とともに、ハルトが拳を握った。

 見事に反撃してみせたジュリアは、自分がそれをしたことにさえ唖然とし、思わず後ろの少年を振り返る。


「……何が起きたの?」

「閃光弾の魔石──ほら、前にセリムが狼煙(のろし)代わりに使っただろ? 僕もラルスにひとつもらったんだ。

 ただ光るだけで威力はゼロの初歩的な魔法だけど、何しろ属性(・・)は〈光〉だからね。〈闇〉の彼女には、ただの目眩ましでもかなり効いたはずだ」


 無属性のキャラが圧倒的に多いこのゲームで、それは目を引いた。暗殺を生業とする死神の属性は〈闇〉。相反する〈光〉は、つまり彼女の弱点なのである。


「そこにジュリアのスキルが発動したのさ。反撃確率アップ──つまりカウンターが」

「あたしの? でもそれって……」

「狙ってできるようなものじゃない──とでも言いたいのかな」


 ハルトは彼女らの戦いの、一部始終を見ていた。明らかにその意図によらない反撃の、頻度と回数。それに〈10%〉を組み合わせれば、高い確率でそのタイミングを予測できたのだ。


(──と言いたいところだけど、次は90%以上だって看破(インサイト)が教えてくれたから)


 敵味方のステータス、近未来予測に続く第3の看破。それが〈行動成果率〉である。

 後の検証で、ハルトの看破(インサイト)はその3つの能力から成ることが判明する。但し相手とのレベル差によって、得られる情報や精度に違いが生じる欠点もあった。


 (もっと)も今は、計算でそうなったことにしておくハルトである。


「利き腕の件は?」

「彼女の武器は左右で攻撃力が違う。それの高い方を、わざわざ利き手じゃない方に持たないさ。ここぞという時には必ず右で先手、左でとどめのコンビネーションで来ると思った」


「へえ──軍師ってそんなことまで分かっちゃうんだね。いっそのこと戦士に転向したら? その読みと合わせたら、無敵になれるかもよ」

「人には向き不向きがあるから。残念だけど僕はジュリアたちのサポートしか出来ない。その代わり最上級の(・・・・)それが出来るようになるつもりだけど」


 ジュリアは何かを思い出し、くすっと笑う。


「ハルトが前に言ってた、『戦いから目を離さない』って意味、漸く分かった気がする。ありがと」

「礼を言われるのはまだ早いみたいだよ。彼女、寸前に闘気でガードしたみたいだから」


 ハルトの言うとおりだった。死神は苦しそうに顔を歪めながらもゆっくりと立ち上がる。

 視界も回復してきたのだろう。その目には先程以上の殺気がこもっていた。


(いよいよ本気にさせた……か。闘気を使ってくるな)


 そのとおり、死神の身体から、煙のようにゆらゆらと闘気が立ち上っていく。それはまだ闘気を使えないはずの2人にもはっきりと感じ取れるほど禍々しく、彼女の通り名が死神であることを肌で理解させるような、不吉さをも帯びていた。


 立ち(すく)む彼らに向かって、死神の少女が動く。これまでとは段違いのスピード。闘気は身体能力の向上に転換できるから、ステータスの基本値にそれが上乗せされたのだ。しかし──。


(僕たちの役目はここまで)


 甲高い金属音とともに、死神の双剣は止められた。彼らの目の前に展開される、黒剣と白剣のコントラスト。


「ソーマっ!」

 2人は同時に、駆けつけた仲間の名を呼ぶ。


「酷い目に遭ったじゃねえかよ」


 そのまま力任せに死神を弾き飛ばしたソーマは、友人たる軍師を横目に愚痴をこぼし、そのまま魔法剣を構え直した。


「主役はいつだって、いいところで登場するって決まってるんだよ」


 ニヤリと笑みを浮かべてハルトはそう返す。危機回避までのカウントはゼロを示していた。

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