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6分間の看破

「セリムっ──!」


 ジュリアはそこら中に転がる血塗れの兵士たちには目もくれず、真っ直ぐセリムのもとへ駆け寄った。

 敵を警戒して一瞬躊躇(ちゅうちょ)したものの、ハルトもそれに続く。


「セリム……セリムっ」

 もし怪我をしているなら、むやみに動かすのは危険だ。しかし彼女はセリムの身体を懸命に揺らし、反応を呼び起こそうと必死だった。


 思わず〈ロード〉の文字に目がいくハルト。だが定点に戻しても、空間モニターにはノイズが走る。


(──前より酷くなってるじゃないか)

 彼は舌打ちし、看破(インサイト)のスキルを発動する。

 それによって頭の中に浮かんだセリムのHPは──正常値だ。弱ってさえいない。それは玉座の大公も同じだった。


「大丈夫、2人とも気を失っているだけだ。それはたぶん返り血だろう」

 それを聞いてジュリアがようやく手を止める。僅かだがその時、それを証明するようにセリムが呻き声を発した。


「でも──どうして?」

「しっ」


 何か言いかけたジュリアを制し、ハルトは続けてスキルに集中する。例えこちらから見えずとも、視認されればそれは効果を表す。

 どうやら──辺りに敵はもういないらしい。彼は息を吐いた。


(生き残ったのはこの2人だけ──それも、この状況で無傷。何が起こったんだ)


 ここで戦闘があったことは明らか。セリムの剣も血で汚れているから、彼も少しは応戦したのだろう。

 しかし、全部が敵ではないにしろ、倒れている人数はざっと見ただけで30人はいる。彼がひとりで大公を守り抜いたとは思えない。


 一体誰と誰が戦い、そして勝った(・・・)のか──ハルトには状況が呑み込めないでいた。

 それ(・・)まだ(・・)起こるはずではなかった事態。さらに備えが不十分だったにも拘わらず、回避されたのである。


(甘かった。すべての可能性に先回り出来なかった。足腰の弱っている大公、セリムとルシアの衝突──材料ならあったはず。

 過不足のない可能性の検証。軍師にとって一番重要なそれを、僕は怠ったんだ)


 無惨な死体の山を見て、彼は唇を噛む。彼らを殺したのは他ならぬ自分──嫌でもそんな思いが脳裏をよぎる。

 しかし今は過ぎたことより、これからをどう乗り切るかだ。タイミングを見誤ったとはいえ、まだ彼の予測が外れたわけではない。それが正しければ、新たな危機がそこまで迫っている。


(場所が謁見の間──やはり狙われたのはセリムではなく大公──セリムは巻き添えを喰っただけだ。そして)


 ハルトは、二度とは起き上がらぬ兵士たちに目を落とす。


(この家紋──視察の資料で見たぞ。ボッシュ家だ。となると、ソーマも目的地には着いてないな)


 本来ならそれによって判断するはずだったが、順序が逆になってしまった。

 まだ分からないことはあるものの、だいたいの情報が出揃ったことで、彼の頭脳は作戦の修正作業に入る。


(セリムだけならともかく、大公もいるから逃げるのは厳しいか。やはりここは──ジュリア(・・・・)に賭けるしかない)


 それまで何度トライしても再現できなかったのだが、その名を強く意識した瞬間に、あっさりとそれは訪れた。

 ウルバノとの戦いで発動した、スキルによる〈近未来予測〉だ。


『危機の到来まで6分。その回避まで20分』


(危機の到来と──回避?)

 ハルトは一瞬戸惑ったが、この状況で考えられるパターンはそう多くない。

(あっちは時間的に無理だろう。なら、こっちだ。となれば、やることはひとつ──)


「言ったでしょ、ハルト。ひとりで抱え込まないで。あたしはどうすればいいの?」


 はっと顔を上げるハルト。それにジュリアが真剣な目を向けている。

 やはり彼女は、ハルトという人間をよく観察していた。いや、正確にはその意図を知ろうと努力していた。

 それを肌で感じたハルトが覚悟を決める。


「ジュリア。もうすぐ新たな敵が来る。でもすぐに応援が来るから──それまで何とか持ち堪えてくれ。無理に倒そうとせず、15分だけでいい」

 そして、腰に据えたまま一度も抜いたことがない剣に、初めて手をかけた。


「分かったわ。でもハルトは下がってて」

「え?」


 無論ジュリアひとりを戦わせる気などない。彼とてゲーム内補正がかかっているから、まったく戦えないわけではないのだ。

 しかし彼女は強く首を振った。


「ハルトには……あたしと違って代わりなんていないから。失ったらダメな人だから」


 呆気に取られて何も言えないハルトに、ジュリアは赤い顔で慌てて付け足した。

「〈予言の勇者〉様でしょ、ハルトはっ!」


 そして剣を抜くと、まだ敵も来ぬうちから入り口目指して駆け出す。だがちょうどそこへ入ってきた人物と鉢合わせになり、互いが驚いたように歩みを止めた。

 それはハルトの予想と相違なかった──政務大臣のゼルギウスだ。


「これは……一体どういうことだ」


(来たか)

 いよいよ対決の時。ハルトに冷笑が宿る。

 それはこれから起こるすべてのことを、その手の中で動かしてみせるという証だった。勿論ジュリアも死なせはしない。


「急な謁見だと言うから来てみれば……これは何事なのだ。おお、貴方たちは確かセリ──いや、マリオス殿のお仲間。まさか、これは」

「違うっ!」


 彼を敵だと認識しなかったジュリアは、結局何もせずに戻ってきた。

 入れ替わるようにハルトが前へ。


「『これは一体どういうことだ』──下手な演技だね」

「何っ──?」

 ゼルギウスもまた、彼らを敵とは認識していなかった。突然浴びせられた攻撃的な言葉に、その目が泳ぐ。


「それとも本心かな。討伐するべき逆賊が、皆やられちゃってるんだから」

 取り急ぎ欲しかったであろう、この事態に対する説明。「そんな馬鹿な」という言葉を辛うじて呑み込んだ政務大臣は、それを成したのが目の前の2人だと誤解する。


「これがパルマ家の仕業だってことは、もう分かってるんだ。セリムの命を狙ったんだろ?」

「我々が皇子を──? 一体何の話だ」

我々(・・)? あんた、パルマ家の人間だったっけ?」

「む……」


 わざと論点をずらし、今この場では証明が難しいことを、相手の口に言わせたハルト。


「そう、狙ったのはセリムじゃない。大公閣下だ。あんたらの計画を全部話すから、違ってたら教えてくれる?」

 さらにハルトは揺さぶりをかけた。予期せぬ展開に、ゼルギウスは完全に後手に回る。


「パルマ家とあんたにとって、消えてほしい存在は2つ。せっかく手に入れられそうな大公の地位を脅かすセリム皇子と、その争いに敗れたくせに、いまだ恭順の意を表していないボッシュ家だ。

 セリムひとりを潰せば終わる前者に対して、血族多数、且つ私設軍隊まで持ってる後者。暗殺が得意な(・・・・・・)あんたらにとって、厄介なのは後者と言えるだろう」


 ウェルブルグによる侵攻が噂される中、彼らとしても長期の内乱は避けたいはずだ。一方的な殲滅(せんめつ)で消えてくれるのが一番望ましい。


「そして浮かんだ案が、そのどちらでもない〈大公暗殺〉だった。これには2つの意図がある。

 公にこそされてないものの、養子内定は周知の事実。大公の気が変わる前にその口を封じることで、まずは既成事実として確定させようとしたことが、そのひとつめ。

 〈死人に二言なし〉とでも言おうか。遺志として尊重されるだろうから、後からセリムやボッシュ家が何か主張したとしても、もう遅い」


 大公の椅子だけではまだ盤石とは言えない。目の上のタンコブとなり得るセリムと、好戦的なライバル貴族の排斥が、やはり必須である。


「もうひとつは、その罪を、黒い噂の絶えないボッシュ家に被ってもらうこと。彼ら──か若しくは彼らを装った者たちに大公を襲わせれば、それをネタに、軍を使って一方的に殲滅できる。

 そのために、ボッシュ家の家臣数名をおびき出して殺害し、彼らを警戒した視察団──つまり国の仕業としてボッシュ家にリーク、挙兵させた。

 軍の大部分が不在とはいえ、勿論それだけじゃ不安だから、用意した〈ニセモノ〉によって、確実に大公を討ち取る手筈だ」


 認めたわけではないだろう。だがゼルギウスは静かにそれを聞いていた。

 彼とて策謀の士。少しずつ落ち着きを取り戻し、ハルトの出方を窺っている。最後まで言わせてから、(かわ)すか殺すかを決めるつもりなのだ。


「残るはセリム。ここまでくれば、〈双剣の死神〉という切り札を持つあんたらには、そう難しいことじゃない。彼を暗殺し──いや、その素性を知るミュラー閣下が先かな──その取り巻きを捕らえる。

 使えそうなら生かすし、そうじゃなきゃ殺す。但し〈予言の勇者〉だけは飼い殺し決定。さらなる保身のために、新生帝国にでも売るつもりだったんだろう」


 死神の名まで出たことで、ゼルギウスの天秤は2人の殺害へと一気に傾く。

 しかし今の話にはまったく根拠がない。この少年が、ここまで断定的に話を進めるには何か理由があるはずだ。ゼルギウスはそれが気になる。


「気付いたようだね。どうして僕がそんなこと知ってるのか。自分だけは、ずっと仕掛ける側でいられるとでも思ったのかい?

 要するにあんたは──もう用済み(・・・)ってことさ!」


 唐突に語気を強めると、ハルトが剣を抜く。剣先を向けられたゼルギウスは激しく狼狽した。


「まさか──公爵婦人か!」

「ご名答。あんたの野望もここまで、観念した方がいいよ」

 ハルトが一歩近寄ると、ゼルギウスはその分後ろへ下がる。


「だ、誰のおかげでここまで来れたと思ってるんだ」


 それは認めたも同然の発言。ゼルギウスはまんまと乗せられたのだ。

 今のくだりでハルトが知っていたのは、彼らが〈双剣の死神〉という二つ名の殺し屋を雇っていることだけ。まして公爵婦人など、会ったこともない。


「やっぱりそうか。視察に行ったソーマから話さえ聞ければ、今の推測に確信が持てたはずだった。

 あいつはまだ戻って来てないから、鎌をかける(・・・・・)しかなかったんだけど──意外にあっさり引っ掛かってくれて助かったよ」

「こ、こいつ──」


 してやられたことに気付いたゼルギウスは、悔しさのあまり顔を真っ赤にして激昂した。

 しかし彼は政務官。武で彼らを黙らせる術は持ち合わせていない。


「大公暗殺は、本当はもう少し先の予定だったんだろう? 計画どおりにしては、ボッシュ家の挙兵から今まで、時間が無さ過ぎるからね。

 公務のキャンセルで軍や要人と分断されたターゲット……今が好機と踏んで、慌てて行動に移したんだ。

 僕にとっては最大の誤算。でもそれは失敗(・・)した。現に大公は──セリムもだけど──まだ生きてる」

「何だと──?」


 すべてを見抜かれた政務官は、玉座に項垂(うなだ)れる大公に視線を向けた。意識は無いようだが、確かに外傷が見当たらない。


「それはあんたらにも予想外だったってことか。せっかく足の付かないゴロツキたちに、ボッシュ家の家紋入り装備まで用意したのに。

 でも何故、彼らが返り討ちに遭ったのか──これだけは僕にも分からない。これは一体(・・・・・)どういうことだ(・・・・・・・)

「黙れ!」


 遂にゼルギウスは大声を張り上げた。それを聞きつけたのか、待機していた何人もの兵士たちが一斉に謁見の間に突入する。


(きっちり6分──正確だな)

 この場合、それは喜んでいいのかどうか分からなかった。


「大公暗殺の大仕事を押し付けといて、口封じ兼、逆賊討伐の栄誉を得ようとは──なかなかえげつないね、あんたも」

「黙れ、黙れっ!」


 もう抑えは効かない。ゼルギウスはもはや取り繕うことをすべて忘れ、金切り声で喚いた。


「ここでお前たちを殺し……大公を亡き者にすれば結果は同じ。やれ! やってしまえ!」


 その声に兵士たちが動く。恐らくパルマ家の私兵だけでなく、金で買われた正規兵も含まれるだろう。

 そうでもなければ、これだけの事態のわりに騒動が落ち着いている理由が不明だ。


「さっき言ったとおりだ。やれるかジュリア」

「任せて。でもあたしもさっき言ったでしょ、ハルトはさっさと下がるの!」

 ジュリアは剣を両手持ちに構え、兵士たちと衝突した。


(絶対に死なせない)

 自分の役割が直接的な戦闘にないことを、ハルトは理解している。正確な分析と的確な指示。応援が来るまで必ずもたせてみせる。


 彼は看破(インサイト)をフル発動させた。ゼルギウスを含む15人すべての敵データが彼の頭の中に流れ込んでいく。

 ひとりひとりは大したことはないから、持ち堪えるだけなら何とかなりそうだ。


 しかし同時に懸念を払拭できない。いや、それは恐らく確定的だ。

 ゼルギウス自ら率いる口封じ部隊が、大公暗殺にかけた人数と同じかそれ以下。謀殺する予定だったとはいえ、バランスを考えればあまりにも少ない。

 それが示す事実はひとつ──。


 そこに突然、桁違いの能力値が紛れ込んだ。仲間に引き入れる為のフラグは立てたはずだが、その証拠となる少女は今ここにいない。ダイキたちと教会に残り、まだ治療中(・・・)である。


「双剣の──死神!」

 全身黒ずくめの少女が、黒剣を左右の手に持ち、再び戦場と化した謁見の間に乱入したのだ。

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