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【間章】獅子王誕生

 これはアースガルド帝国によって歴史上2度目の大陸統一が果たされる、その少し前──今から20年前の出来事である。


 大陸東方に位置する小国ウェルブルグ。そこは海も無く、ごつごつした岩石ばかりの土壌に覆われ、決して恵まれた土地であるとは言えない。

 さらに周囲を7つもの国と接し、様々な利害関係が入り乱れることから、争いが絶えることは決してなく、国は豊かになるどころか痩せ細る一方だった。


 200年続いた戦争がほぼ大勢を決し、周辺各国が次々とアースガルド帝国の手に落ちる頃になると、次はウェルブルグの番だと、そこに住む民にまで(ささや)かれるほどに求心力は低下していた。

 今や、国家の存続自体が危ぶまれるところまで追い込まれていた、まさにその時代──ひとりの少年がその国の王位を継ぐ。


 彼の名はレオニール・ヴィンフリート。このとき若干16歳。


 歴史に何の功績も刻むことなく散っていったその他大勢の王たち同様、その中にひっそりと埋もれていくしかない存在だと──誰もが思っていた。この日までは。


 ──────────


「頭が高えんだよ」


 彼らが道を通るとき、運悪くそこに居合わせた場合は、道端に平伏してやり過ごすしかないことは分かっていた。

 だが、足腰が弱っていた老婆が、すぐそれに応じるのは無理だったのだ。たったそれだけの理由で──ひとりの偉丈夫が容赦なく、彼女を蹴り飛ばした。


「ウェルブルグ騎士団ご一行様のお通りだ。さっさと道を開けねえか」


 人々は、恐怖と憎悪が半分ずつ混じった目で彼らを見る。そして一刻も早くこの場を去ってくれることだけを願って、次々と地面に額を擦り付けた。

 しかし──その想いに反し、彼らの足は止められた。即位したばかりの少年王が、数名の従者を伴ってその進路を塞いでいたのだ。


「これはこれは」

 騎士団長のイザークが、大袈裟に両手を広げて進み出る。

「レオニール王子……いや、ヴィンフリート陛下。わざわざお出迎えとは恐れ入ります」

 彼はそれを出迎えだと決めつけた。


「城に籠って書物を読み漁り、勉学に励むことが日課の陛下が外に出られるとは……珍しいこともあるものですな」


 日々ひたすら知識を(むさぼ)るその姿は〈餓狼(がろう)〉とも比喩される。だが武官たるイザークにとってそれは揶揄(やゆ)であり、侮蔑の対象以外の何者でもなかった。

 戦時において戦えぬ者の存在意義など皆無。例えそれが王であろうと、何ら変わることはないのだ。


 しかし、少年王レオニールはその挑発に一切乗ることなく、道の端に(うずくま)る老婆のもとへと歩み寄る。そして純白のハンカチを血が(にじ)む肘に躊躇(ちゅうちょ)なく宛がうと、老婆は──そして周囲の人々も、一斉に戸惑いの表情を見せた。


「──何の真似ですかな」

 イザークは顔をひきつらせた。老婆を蹴り飛ばした彼への当て付けだと受け取ったのである。


「控えよ、イザーク。貴様の所業は、確たる証拠を以てすべて露見しておる」

 レオニールに伴われた老将。彼は既に軍を退役した身であるが、先の将軍であり、その後はレオニールの養育係を務めていた男である。


「何を──申されます。ベネディクト閣下ともあろうお御方が、遂に耄碌(もうろく)されたのですか」

 イザークは一瞬だけ目を泳がせたが、すぐに平静を装った。彼らがここに現れた本当の理由を察した彼は、老将からやや距離を取る。


「私腹を肥やす横領に、あろうことか敵方への内応──もはや申し開きは叶わぬぞ」

「ふん……私の武功を妬んだ何者かの讒言(さんげん)を、真に受けられたようですな」


 言葉による否定と行動による肯定。イザークは抜剣していた。


「私がいるからこそ、どうにかウェルブルグが国家としての体裁を保ってこれたことをお忘れか」

「確かに戦功において、貴様の右に出る者はおらんだろう。だがそれもこれまで(・・・・)の話。伏竜が起きた今からは(・・・・)違うのだ」


 騎士団はすべてイザークの手の内にある。彼らも揃って剣を抜き、かつての上官に向けて構えをとった。

 しかしベネディクトは微塵も動揺することなく、また剣を抜くことさえしなかった。

 その素行が度々問題になるイザークだが、闘気をも操るその腕は確かだ。全盛期ならともかく、衰えたその身体ではひとりを相手にすることさえ困難なはず──。


 たが老将は、勝利を(つゆ)ほどにも疑っていない。


「まず右側2人が動く。少し遅れて左の男」


 静かにそう断言したのは、背中越しにその姿さえ見ていない少年王レオニール。

 確かにそれは、騎士たちが動く一瞬()の発言だった。しかし彼らは実際にそのとおり動き、身を(ひるがえ)した王の剣戟によって、瞬きもできぬうちに返り討ちに遭う。


「──何だと?」

 別の騎士たちが驚きの声を発するが、レオニールは戸惑う時間さえ与えない。彼が振る剣技によって、歴戦の騎士たちが、まるで訓練用の木偶人形(でくにんぎょう)のように、次から次へと(ほふ)られていく。

 それは彼らを常に一歩先んじた(・・・・・・・・)動き。まったく抗することさえ叶わぬ。


「畜生!」

 イザークは闘気を解放した。勉強ばかりしていたレオニールが、これほどの腕を持っていることは完全な想定外──しかし彼とて、戦場で幾多の強者たちとやり合い、生き延びてきた男である。

 その経験値が、今は手加減している場合などではないことを瞬時に悟らせたのだ。──しかし、


「うあ?」

 彼は頓狂(とんきょう)な声を上げた。彼のそれを遥かに凌ぐ、ある意味馬鹿げた闘気──それがレオニールの身体から立ち昇っている。

 そしてそれはゆっくり剣へと伝い、刀身がみるみる炎で揺らめき始めた。


「闘気の……具現化だと? そんな──」


 最後まで言うことはできなかった。レオニールの放った一撃によって彼は真っ二つにされ、同時に、骨も残らぬほどに()き尽くされたのだ。


「ひいっ」

 残された騎士たちは完全に戦意を失い、我先にと逃げ出した。レオニールが目だけで指示を送ると、側近たちがそれを追う。


「お見事」

 若き王の初陣を讃え、老将ベネディクトが微かに笑った。彼には充分に想定できた結果とはいえ、いざ実際に事が起こってもまったく動じることなくそれを成し遂げた教え子に、彼は大いに満足していた。


 そのレオニールは再び老婆のもとへ向かうと、膝を落とし、今度は彼女の手を取る。


「この国を守ってきたのは──あんな輩では決してない。この手で荒れた土地を耕し、子を守り、その年までずっと我らの礎となってくれた貴女たちのおかげ。

 どうかご自愛下さい。その恩に報い──私が必ずこの国を変えると、今ここで誓いましょう」

「おお……何と勿体なきお言葉。まるで若き獅子のような、凛々しき王よ」


 老婆は涙を流し、少年王の手を固く握り締めた。


「獅子……か、それはいい。貴方は彼女の身内の者か」

 レオニールは傍にいた中年の男に声をかけた。

「は、はい。息子です」


「この方はもうひとりの名付け親となってくれた。くれぐれも大事に頼む。もう餓えた狼などではなく──これから私は獅子王と名乗ろうぞ。すべての民、兵をその背に負い、守り抜く決意を込めて」


 彼が立ち上がってその剣を高々と掲げると、自然と周囲から歓声が上がった。

 そしてそれはたちまち広がり、この国をも包み込む希望のように、暫く止むことはなかった。


 ──これが後に戯曲〈ウェルブルグ戦記〉の冒頭で語られることになる、獅子王誕生の実話である。

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