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死にたがる魔法士と双剣の死神

「マリア……僕は君を守り抜くことができるだろうか。かつてない難敵が迫るこの国で」


 数頭の騎馬を護衛に付けて馬車は行く。もうだいぶ西陽が強くなっていた。


「いや、この命に代えても……必ず君を守ると約束した。僕は決して逃げたりしないぞ」


 弱音を吐いたかと思えばころっと決意表明──何とも忙しい。同乗する青年は出発からずっとこの調子である。

 しかもペンダントの写真と真剣に語り合っているのだから、ソーマは心の中で溜め息をつくしかなかった。


 青年の名はマシュー・クレメンス。肩書きの多いミュラーの息子で、ソーマより6つ年上の魔法士である。

 ラナリア魔法師団の副団長であり、これでも今回の視察団を率いる立場だというのだから困ったものだ。


 不穏な動きを見せるボッシュ家への視察──直前になってハルト、ダイキが別の予定を入れてしまったことから、セリム一行の中で、結局ソーマひとりがそのメンバーとなった。

 視察などには不向きな彼が、それでも予定をキャンセルしなかったのは、ハルトから指示された〈視察以外の目的〉があったからに他ならない。


「僕が死んでも──君だけはどうか幸せになってほしい。僕のことは気にせず、誰かいい人を見つけて、その人と一緒になるんだ」


 どこまでも続きそうな1人芝居──さすがにそろそろ突っ込もうかとソーマが口を開きかけたとき、マシューの妄想ではなく馬車が止まった。

 まだ目的地に着く時間ではない。何事かと彼らは窓から顔を出す。


「大変です、マシュー様」

 ひとりの騎士が馬を寄せ、異変を告げた。馬車の護衛は白鷹騎士団が担当している。


「この先で──どうやら戦闘があった模様。何人か倒れています」

「何っ?」


 マシューは慌てて馬車を降り、騎士が示した方角を見る。そこには確かに、数名の兵士が血を流して倒れていた。


「こんな所で──何故」

 そこはラナリア大公国のほぼ中央に位置する平原である。外敵と遭遇するような場所ではない。

 まだ息のある者がいるかもしれぬ。急ぎ彼らのもとへ駆けつけた一行であったが、既に全員、事切れていることが確認されたのみであった。


「これは……酷い」

 一見しただけで生存の可能性を全否定させるような惨殺死体。10人近くはいたであろうか。

 彼らは皆、単に命を奪うには不必要なまでの斬撃を受け、正確な人数が判別できないほどバラバラにされていた。


「余程の多人数に、よってたかってやられたか」

「──違う」


 マシューの推測を鋭く否定したのは、いつの間にかその隣にしゃがみ込んでいたソーマ。


「殺ったのはひとりだ。全員、同じ太刀筋で斬られてる」

 ゲーム内補正で得た目によって、彼はそう断言する。


 戦争をテーマにしたゲームで初めて見る人の死──それは目を背けたくなるほどに生々しく、理屈ではニセモノだと理解していても、感情には正直に作用した。

 吐き気を堪えながら、修正作業が捗っていないらしいメーカーを彼は恨む。


「マシュー様、この家紋──」

「うん。どうやらボッシュ家の私兵らしい」

 どす黒く染まる着衣から辛うじて読み取ったそれによって、マシューは彼らの素性を特定した。


「それって──俺たちが今向かってる所だよな」

 ソーマが驚いたように顔を上げた。ボッシュ家はラナリア有数の名門貴族であり、その領地こそが彼らの目的地である。


「一体、誰がこんなことを」

 マシューは事態の故を理解しようと思考を巡らせるが、納得できる答えには結びつかない。

 このままボッシュ家の領地に向かうか、それともいったん引き返し本国に報告するか──それを悩み始めた時、遠くから慌ただしい喚声が聞こえてきた。


「──いたぞ、あいつらだ」

「仲間がやられてる! 畜生、遅かったか」


 それはボッシュ家の私兵──援軍(・・)だった。総勢100、いや200名はいる。彼はそれを呆然と眺めていた。


「何やってんだ、逃げる(・・・)ぞ」

 ソーマがその腕を掴む。彼にはその意味が分からない。


「え? どうして」

「今のこの状況。あいつらにとって俺たちは何に見えると思う」

 即答しない彼に苛立ち、ソーマは強引にそれを引っ張った。

「これをやった〈犯人〉だよ!」


 彼らは迫り来るボッシュ家の連中はもとより、その敵であるパルマ家とも無関係だ。しかしいずれジョンが王になれば、正規兵はパルマ家の配下となるから、勘繰られる材料なら幾らでもある。

 ボッシュ家の反乱計画が事実なら、さらに言うまでもない。彼らとて、今回の視察がただのそれではないことくらい察しがついているだろう。

 そして何より──これは様々な可能性を挙げたハルトが〈最悪〉と形容したシチュエーションなのである。


「でも僕たちじゃない」

「そんなこと分かってるよ。事実がどうこうじゃなくて、あいつらがこれを見てどう思うかだ」

「でも逃げたら余計に怪しまれるんじゃ」

「問答無用で斬り合いになったらどうする? 反撃しなきゃ殺されるし、したらしたでそれこそ本当に犯人だ」


 軍勢は怒号を上げながら彼らに近付いてくる。確かに話が通じる雰囲気ではなさそうだ。


「まだ分かんねえのか。嵌められた(・・・・・)んだよ、俺たちは」


 彼らの視察は周知の事実。その通り道にあった死体の山。そして彼らがそれを発見したと同時に、私兵が駆けつけた──あまりにタイミングがよすぎる。

 ハルトの予測を抜きにしても、明らかに何者かの謀略にかかってしまったとしか考えられない。


「もしそうなったら、決して戦わず視察団を逃がせ」と、そのハルトから言われている。それこそが、ソーマがひとりになってでもこの視察団に同行した目的であった。


「馬車は捨てろ。足りない分は2人ずつ馬に乗って、なるべくバラけて逃げるんだ」

 ソーマはまるで、彼が指揮官であるかのように仲間に命じた。それには有無を言わせぬ迫力があり、皆が黙ってそれに従う。

 彼は自然と近くにいたマシューと組になり、手綱を手に馬の背に乗った。自分がゲーム内補正により馬を操れることは山賊討伐の時に分かっている。

 視察団総勢12名は(きびす)を返し、来た道を逆走し始めた。


「しかし──嵌められたというなら、今ここを去ることは敵に背を向けることになる」

 事態を未だよく呑み込めていないマシューは、この期に及んで反論を試みる。その脳裏にはひとりの女性の姿が浮かんでいた。

「僕は……約束したんだ。たとえこの命を投げ打ってでも、許嫁のマリアをこの手で守ると。なのに逃げるなんて」


「またそれかよ」

 ソーマは舌打ちした。

「なら、黙って乗ってろ。俺たちの〈敵〉はたぶんあいつらじゃない」


 彼らは敢えて近くの山道へ。その中で遮二無二、馬を駆る。

 暫くすると追手の声が聞こえなくなったが、仲間とも完全にはぐれてしまった。


「撒いた──かな」


 ソーマは馬を止めた。と言うより止めざるを得なかった。馬ではそれ以上進めぬほど山奥まで来ていたのだ。

 彼らはそれを降りると漸く一息つき、その場に座り込む。


 まだ暫く動かない方がいいだろう。間もなく陽が暮れるから、闇に乗じて逃げた方が、見つかる危険性は格段に減る。


「お前さ……守りたい人がいるなら、そんな簡単に死にたがるなよ」

 この状況に際して、ソーマの口から最初に出た言葉がそれだった。積もりに積もった想いを遂に吐き出したのだ。

 しかしマシューがその意味を咀嚼(そしゃく)している間、彼は待ってはいなかった。いきなり体を起こすと、両手で彼を突き飛ばしたのだ。


「──なっ?」

 数秒前まで彼がいたその場所に、刀剣が突き刺さる。それは真ん中まで地面に埋もれる程、強烈な一撃だった。


「尾けられた──?」

 彼ら以外の馬の気配など断じて無かった。しかも、逃げ道はランダムに選んだから待ち伏せなどあり得ない。

 ソーマは体勢を立て直し、急襲した人物を見る。


 全身、黒一色──。


 その服装はもとより、手に握る刀身、髪、顔を上げたその瞳──露出した肌以外のすべてが黒だった。そしてそれは──。


「──女?」

 髪は肩のあたりでバッサリと切られている。その刺客は紛れもなく女性──いや、まだ少女と形容しても差し支えない程の年齢に見えた。


 彼らが狼狽した一瞬の隙を、少女は突く。

 地面に刺さった剣を力任せに引き抜くと、持っていた剣と合わせ左右に握る。そして次の瞬間には、ソーマの眼前まで一気に距離を詰めた。


「二刀流か──(はや)い」

 だが彼は辛うじてその剣戟を(かわ)す。そして身軽に飛び跳ねて距離を取ったかと思うと、まだ着地もせぬうちから〈それ〉を発動した。


「まっ……〈魔法剣〉?」

 事態にまったくついていけないマシューの目が、それだけを何とか認めた。ソーマが手にした木剣が白い輝きを放つ。

 しかしすぐ、マシューは2人の姿を見失った。気配は確かにそこにあるし、何かがぶつかり合う音も聞こえる──だが疾過ぎて目で追えないのだ。


「ちっ」

 刺客の少女は初めて、短く言葉を発した。想像以上に〈ターゲット〉の動きがいい。

 いったん引き、手近な木の枝に飛び乗ると、そこで息を整える。が──。

「休んでんじゃねえよ」

 彼女が乗る木の幹が横薙ぎに斬られた(・・・・)。木製の剣で同じ木が斬れるはずがないという先入観が、少女の対応を数瞬だが遅らせる。


「あっ……」

 バランスを崩す少女。そこへソーマの渾身の一撃が炸裂する──はずだった。が、ならなかった。

 あり得ないことに少女は空中で体勢を変え、何もない空間を蹴って、さらに高く飛び上がったのだ。


「〈血色の雨(ブラッド・レイン)〉」


 感情の無い声でそう言うと、少女がまたも空間を、今度は逆のベクトルで蹴る。

 そして自由落下以上のスピードで迫りながら、回転するように双剣を振り回し、まるでスコールのような連撃を降らせた。それは間合いすべてをカバーする範囲攻撃──。


 ソーマの剣は〈防御力強化魔法〉から〈風魔法〉による斬撃に上書きされ、且つそれはもう効力を失っている。

 とても防ぎきれないとみた彼は、転がるようにそのエリアから飛び退いた。


 その攻撃は無差別に、そして彼女自身を表すかの如く無感情に、周囲の景色をズタズタに斬り裂く。

 間一髪、難を逃れたソーマはそれを見て確信した。


「あれは……お前の仕業だな」

 ボッシュ家の私兵を殺したのは間違いなくこの少女だ。そしてこの動き──とても信じられないが、恐らく自らの足だけで彼らに追い付いたのだろう。

 だが少女は相槌さえ返さない。それに苛ついたソーマは重ねて声を張り上げた。


「何者だ、てめえ!」

「死神……」


 少女にとってそれは確定的な死の宣告を意味する。呟きと同時に動く──はずだった。が、今度は彼女がそうさせてもらえなかった。


「着地点に氷の地雷。ホント魔石って便利だよな」

「くっ……」


 少女の足元がいつの間にか氷で固められている。ソーマはその隙に反転し、走り出した。


「おい、今のうちだ。逃げるぞ」

「え?」


 ハルトは「戦わずに逃げろ」と言った。仕方なく少し剣を合わせたが、彼の言うことなら素直に聞いておいた方がいい。

 しかしマシューは、まるで彼が氷の魔法にかかったように、呆然としたまま動けないでいた。


 彼とて魔法士だ。しかも魔法師団の副長を名乗る身であり、これまでにも充分な訓練を積んできたはずである。

 だが実戦としては、彼にはこれが事実上の初戦だった。間近に見る本物の戦い。安全圏で指示を飛ばすだけの(ぬる)いものではなく、命を賭けた本当の戦場──。


 その経験の無さがここにきて致命的となった。動けない彼を見定め、遥か離れた場所にいるはずの少女が、2本の剣を高く(かざ)す。

 そして一瞬の溜めの後、それを交差させるように振り抜いた。


「〈血に染まる十字架(ブラッド・クロス)〉」


 届くはずのないその攻撃。だがそれは少女の間合いをいとも簡単に超え、目に見える闇の刃となって彼らを襲う。

 〈闘気〉を伝達した武器からの射出──間にあった木や枝を難なく薙ぎ倒し、それは瞬時に彼らの眼前にまで迫った。


「危ねえ!」

 目を見開き、その進路で固まったままのマシューをソーマが庇う。

 彼らはもつれるように倒れ込んだが、その場所が最悪だった。崖に面した(もろ)い地面──それが彼らの重みで崩れたのだ。


「うわああっ……」


 滑落──。絶壁というほどではないが、かなりの角度には違いない傾斜、さらには下が臨めない高さ。

 そこを2人は、文字どおり転がるように滑り落ちた。


 その様を認めた刺客の少女は、氷の足枷を砕き、解放された歩をすぐさまそこに進める。

 そして崖の上から目を凝らすものの、陽が落ちすっかり暗くなった視界も手伝って、下の様子はまったく窺えない。


「殺さないと……終わらない」

 少女が無表情のまま双剣を鋭く振ると、近くにせり出していた大岩が容易く真っ二つに斬れた。そしてその片方が、ちょうど彼らが落ちていったのと同じ軌道で崖を転がっていく。

 たとえ彼らが生きていたとしても、そんな物が頭上から降ってくればひとたまりもないだろう。


 それでも少女は不満だったのか、暫くその場に留まっていたが──やがて踵を返すと、静かに立ち去った。

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