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謀略合戦、開幕

 ロイはだんだん怖くなってきた。

 

 こんなに広い建物で過ごすのは初めてのことだ。以前、村長の書簡を届けた支城の倍ではきかないだろう。


 長い年月で幾度となく主を変え、改修を繰り返してきたその城。きらびやかな特権階級の日常が営まれるだけでなく、血生臭い争いの舞台となったこともあるに違いない。

 薄暗い回廊や、年季の入った燭台(しょくだい)は、そんな妄想を掻き立てるのに充分な雰囲気を備えている。


 しかし、ロイが怖れる理由はそれではなかった。


「…………、…………」


 張り付いたドアの向こう側から聞こえてくるその声。内容まではよく聞こえないが、誰かに語りかけるような口調である。

 ロイは、彼がノックもなくひとりで部屋入ったのを確かに見た。声もひとつしか聞こえてこない。


 つまり──〈相手〉がいない。


 一体誰と話しているのか。暫く沈黙が続いた後、突然それは始まった。

 少し止まってはまた話すを繰り返しながら、得体の知れない〈会話〉が延々と続く。


 ロイは暫く恐怖に抗っていたが──遂に堪えられなくなり、静かにその場を離れた。


 ──────────


「まったく、どうなっているのだ!」


 その人物は苛立たしげにテーブルを叩く。あと少しで、飲み物の入ったグラスから中身がこぼれるところだった。


「皇子が現れただと? 何故、今頃になって──」

「若、声が大きゅうございます。少しお控え下され」


 政務大臣のゼルギウスは、声を荒げる若者に努めて辛抱強く冷静さを求めた。


 ここは国名をそのまま冠するラナリア城の、とある一室である。そこでは親子以上に歳の離れた2人の男が、不測の事態に対して密談を交わしていた。


「うるさい。僕が養子縁組の内約を得るまでにどれだけの金をバラ撒いたと思ってるんだ。これが落ち着いていられるか」


 ゼルギウスはやれやれと言わんばかりに溜め息をつく。目の前の若者──ジョン・パルマはラナリアでも屈指の名門貴族の跡取りにして、世継ぎのいないルーベルク大公の養子になることが内定していた男である。

 (もっと)もそれは彼自身の力によるものではなく、パルマ家の名と財力──そして早世した父に代わりすべてを取り仕切る、彼の母親の存在により勝ち得た結果であった。


 ジョンの所作は、その発言に至るまで昨夜ヒステリーを起こしたその母親とまったく同じである。彼には意思などない。すべてが母の言いなりであり、この戦乱の世で彼女なしでは恐らく生きてさえいけないだろう。


 だからこそ──ゼルギウスは、そんな彼をとことん利用しようと考えている。

 現大公の統治下では自分は大臣止まりだが、彼のもとで宰相として実権を握り、やがてはこの国のトップを獲ってみせる。それ以外に、この愚鈍な青年に肩入れする理由は何も無かった。


 しかし順調だった計画がここへ来て急変する。言うまでもなく昨日、突然彼らの前に現れたセリムたちのことだ。


「まだ僕が養子になって、大公の跡を継ぐことは公にされてない。あのじいさんの気が変わって、セリム皇子に跡目を譲ると言い出したらどうするんだ」

「しかし彼は本家の皇子。既に実体は無いとはいえ、本家の嫡子が分家を継ぐことなどあり得ないと、昨夜も結論が出たはずでは」


 ゼルギウスは昨夜と同じ説明をさせられた。

 彼の言うとおり大公には、また当のセリムにもその意思が無いことは確認済みである。皇子であることを公表するのも、堂々と本家の再興を宣言する時だということで彼らの意見は一致していた。


「そんなもの──当てになるもんか」

 ジョンは昨日の母親の台詞を繰り返した。

 このままでは話が先に進まない。やはり遅れている公爵婦人にご登場願うしかないか──。


 ゼルギウスは気が重かった。その女性はとんでもない癇癪(かんしゃく)持ちなのである。少しの理性と処世術を持ち合わせている分、愚息よりは幾らかマシという程度だ。

 しかし彼の予想に反して、軽やかなノックの後に現れた彼女は上機嫌だった。


「大丈夫よ、ジョン。お母様がいる限り、貴方の跡目相続は揺るぎ無いわ」

 部屋に入るなり、婦人はにこやかな笑みとともにそう言った。ゼルギウスは、僅か1日にしてすっかり様子の変わった婦人を(いぶか)しそうに見つめるが、そんな彼に対して、不吉な言葉を彼女は重ねる。


「ゼルギウス。例の〈殺し屋〉を手配していただけるかしら」

「〈双剣の死神〉……ですか。では、やはり」


 昨夜も会話に出たその通り名。こうなった以上、より確実にこの国の実権を得るには、皇子に死んでもらうしかない。たとえ大公の座をジョンが継ごうとも、〈その上〉がいたのではまったく意味がないからだ。

 それも諸国から──とりわけ新生帝国から干渉を受けることは必至であるから、セリムの素性が明かされてからでは遅い。


 これまでも邪魔する者たちを(ことごと)(ほふ)ってきたその刺客に、彼女は〈仕事〉をさせようというのだろう。それも、今回は歴史を変えるほどの大仕事を。

 だが婦人は意外にもそれを否定した。


「そうではありません。この状況で皇子が不審な死を遂げれば、一番に疑われるのは誰でしょう。そんな浅はかな考えでは、いつまで経ってもミュラーに敵いませんことよ」


 彼が最も嫌う男との比較。内心で舌打ちしながらも、それを一切表情には出さず彼は問う。

「……では、一体誰を」


 婦人は〈作戦〉を語り始めた。その化粧はいつもより濃く、きつい香水の臭いがした。


 ──────────


「すまんが、明日の視察はパスさせてもらえないか」


 さっきから、ダイキが何かそわそわしているなとソーマは感じていたが、結局本人からそれを聞くことになった。


「分かってるよ。リゼットとデートだろ」

「でで……デートなどではない。彼女の魔法を鍛えるべく、師となる人物を探しに行くのだ」

「どうだか」


 ソーマは、冷めた言葉とは裏腹に暖かい目を友人に向けた。彼がそこまで入れ込んでいるなら、応援してやりたいと素直に思う。


「僕もパス」

 ちょうどその時、ドア越しに会話を聞いていたらしいハルトが部屋に入ってきた。その目にはクマができており、今にも倒れそうな程に足元がおぼつかない。


「おい、大丈夫かよ」

「思いがけずセリムの正体がバレちゃったからね。やることがたくさん出来たんだ。仕方ないさ」


 10年ぶりに肉親に出会った心情を察すれば、セリムを責める気にはなれないものの、昨日の謁見によって、彼の計画はいきなりの変更を余儀無くされた。それにより彼は殆ど寝ておらず、今日もこんな夜更けまで外出していたのである。

 しかし疲れきってはいても、彼はいつもの微笑みを崩していない。それは彼の手の中で事態が動いている証拠だった。明日の予定をキャンセルするのも、何か考えがあってのことだとソーマは推測する。


「何か掴めたのか」

 ハルトは「情報を集める」と言って単独行動していたのだ。ソーマはその成果を知りたがった。


「うん。城や街中でいろんな人から話を聞いて回ったんだけど……みんな結構ペラペラと喋ってくれたよ。その代わりお酒を奢ったりもしたから、ゲーム開始時に持ってた所持金は殆ど使っちゃった」

「おいおい」

「大丈夫、その価値はあったさ」


 まず彼が気にしたのは、セリムの素性を知ってしまった3人についてだ。大公と軍務大臣のミュラーについては、その人柄を悪く言う物は皆無であり、やはり信用に足ると結論づけた。しかし──。


「政務大臣のゼルギウス。奴は恐らく、パルマ家と繋がってる」

 誰に聞いても彼には黒い噂が付きまとっており、中には「昇進するたびに周りの要人が謎の死を遂げる」というものさえあった。


「パルマ家には、セリムのことがもうバレてると考えた方がよさそうだ。それともうひとつ──そのパルマ家だけどね、他にも面白いことが分かった」


 それは実権を握る公爵婦人が、あろうことか敵である隣国ウェルブルグ王の大ファンであることだった。


「何だそりゃ」

「何しろ彼は勇敢で覇気に溢れたイケメン王らしい。政治に明るく民政家としても有名。おまけにまだ若い──まさにカンペキな王様なんだとさ。だから外国にまでファンがいるんだって」


 それは戯曲のモデルになる程だという。彼の話になるとうっとりした目を覗かせる女性も少なくなかったことを、ハルトは付け加えた。


「それが──一体何だってんだ」

「大事なことだよ。例えばウェルブルグから内応の誘いがあれば、彼女はそれに乗っかる可能性が高い」


 パルマ家といえば、その嫡子が次の大公の座につくことがほぼ決まっていると聞いている。それが敵国に寝返れば、ラナリアはもう終わったも同然だ。


「それが──明日の視察をパスする理由か」

 リゼットとのことを蒸し返されることを懸念したのか、ダイキが言いにくそうに訊いた。ハルトは少し笑って、

「いや。遠回しには無関係でもないけど……僕は仲間を探しに行こうと思って」

「仲間──?」

 遠回しも何もまったく無関係にしか聞こえない。ダイキは疑問符を付けて復唱した。


「うん。ラナリアには目ぼしい人材がいないけど、1人だけ例外がいるんだ。ちゃんとゲーム終盤まで頼れる仲間がね」


 そう言うとハルトはちょいちょいと指を動かし、彼らに耳を貸すように言った。


 こうして、この国の覇権を争う謀略合戦が火蓋を切った。その結果は早くも翌日に現れることになる──。

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