視察計画 ×2
結局セリムたちは、表向きは腕の立つ客将としてラナリアに迎えられる形となった。
それには「山賊討伐の功績を買われて」という理由だけでなく、国を追われた貴族という設定もそのまま活かされ、彼らはラナリアの庇護を受けながら逆に協力もする、特別な立場を得たのである。
「いやはや。もはや一生分の驚きを使い果たした、というところでしょうか」
ミュラーは興奮していた。それもそのはず、「猫の手も借りたい」と願っていたところへ、虎の群れがやって来たようなものである。
行方知れずになっていた皇子セリム。勇名馳せるセノール家のルシア、ジュリア姉妹。クロイツァー家のリゼット。猛者として名が通るクレイグと、その部下だという3人の戦士。参謀本部出身のマティアス。
そして何より、〈予言の勇者〉たち。
思いがけずセリムの素性がバレたとはいえ、ソーマたちについては何とでも偽ることができた。しかし、セリムを皇子と知った者にそれを隠す意味は何もなく、寧ろ皇子同等の発言力を得る方が得策として、彼らはその秘密をも共有することを選んだのだ。
「セリム皇子に加えて〈予言の勇者〉様まで。何たる幸運か。ディオール神に感謝しなければ」
「セリムじゃなくマリオスですよ、ミュラー閣下」
ディオニア教徒らしく祈りを捧げるミュラーに、やんわりと釘を刺すセリム。
謁見後に場所を移し、今は全員が揃ったセリムたちの他にはミュラーしかいない。しかし何処に目や耳があるか分からないから、場所を問わず言動には注意した方がいいだろう。
首都エルムトを訪れる前に抱いていた、彼らの心配は杞憂に終わった。いや、却って面倒な手順を省略し、スムーズに立ち位置を確保できつつあると言えるかもしれない。
但し、そう捉えているのはハルト以外の面々である。
(このまま事を運べるはずがない)
ハルトは人差し指を口許に当てた。
最弱勢力にして最高難易度。そう評されていたのがこのシナリオのはずだ。
それがこうもあっさりと寝食の場を得て、大国の協力を──いや、その動向を左右する程の影響力を持つことができた。これではあまりに順調過ぎる。
ハルトは視点を変えてみた。
ラナリアを勢力に選んでスタートした場合、プレイヤーは、大公の後釜を決めるお家騒動に巻き込まれることになる。愚鈍な一番手と、武力に訴えることも厭わない危険な二番手。
そのどちらに与するか、若しくはそれ以外の選択肢を模索するのか。外敵に対処しながら、国内を落ち着かせることが急務となるのである。
(セリムは大公の上をいく本家の皇子だ。単に、それに巻き込まれるだけじゃ済まない)
同じ皇族とはいえジェラルドは分家の人間。本家の皇子であるセリムがその養子となり、跡を継ぐことは考えられなかった。
しかし大公から、その地位を国ごとまるまる譲渡されることなら大いにあり得る。リーザ皇女が人質同然となっている以上、セリムが公に国主となるのはすぐのことではないだろうが、もしそうなれば、覇権を争う2つの貴族家が恭順の意を示すとは限らないから、セリムを交えた三つ巴の争いに発展する可能性があった。
ジェラルドにせよミュラーにせよ、その人物像は信頼に足る。しかしもうひとり、セリムの素性を知ってしまった人物がいる。
政務大臣ゼルギウス。彼がどちらかの貴族家と繋がっていて、情報をリークしない保証はない。これまで以上にセリムの安全に気を配りつつ、彼の動向はしっかり押さえておいた方がいいだろう。
「今後について、献策をお願いできるかい」
セリムの発言に、一同は驚いたように顔を上げた。内容に対してではない。それが向けられた相手にだ。
マティアスは無表情に、若き皇子と目を合わせた。
山賊の一件があってからというもの、マティアスはあれだけ強かった自己主張を控えている。さすがに自重しているのだろうと周囲は解釈していたが、セリムが、メキメキと頭角を現すハルトではなく、そのマティアスにまず意見を求めたことが意外に感じられたのだ。
それは当然と言えば当然である。この10年、彼らの逃亡生活を事実上仕切ってきたのは、他ならぬマティアスなのだ。山賊討伐では失敗したものの、謁見のひと幕でも彼はその機転でピンチを救った。
だがその場に居なかった、特にジュリアなどは露骨に嫌そうな顔をする。
表情を変えることなく、眼鏡の軍師は静かに口を開いた。
「そうですね……我々がこのラナリアで、どのような役割を果たすべきなのか、それを見定めることがまずは肝要かと存じます。そのために、先入観のない我々自身の目で現状を確認するべきでしょう」
「ならば──」
「待ってました」と言わんばかりに、ミュラーが身を乗り出す。
「我々は軍事演習を予定しております。既に準備は整い、今は私の到着を待つ段階。それを視察されては如何でしょうか」
「そりゃあいい。是非とも見ておきてえ」
応えたのはクレイグ。彼は部隊を指揮した経験者でもあるから、ミュラーにしてもそれを期待しての提案である。
クレイグならば実戦部隊の隊長や、経験の少ない兵士たちの訓練を任せることも可能に違いない。彼らの登場が、ミュラーの抱えていた負荷を低減してくれることは確実だった。
「もうひとつ、ボッシュ家への視察もあります」
さらにミュラーは被せた。
彼の説明によると、隣国ウェルブルグの侵攻に備え、貴族家の抱える私兵にまで動員令が出されているとのこと。
表向きはその進捗を確認するための視察なのだが、ボッシュ家は、跡目争いでパルマ家という貴族に敗れた〈危険な二番手〉である。内偵の結果、あろうことか敵国ウェルブルグと結んで反旗を翻す可能性が示唆されたことから、その牽制と情報収集が本当の目的だった。
「二手に分かれようか。そっちはお願いできるかい、マティアス」
「折角ですが。私は軍の演習を拝見させていただきたい」
「そう……。だけど客観的に内情を探るには、そっちにも僕らの中から誰かに行ってほしいところなんだけど」
結局、ボッシュ家の視察にはハルトを始め〈予言の勇者〉3人が向かうことになった。リゼットとジュリア、グレース、そしてロイを残し、演習はその他のメンバーによる視察に決定する。
「確認ですが、大公殿下は軍を視察されるんですよね?」
セリムが、あくまでマリオスとして目上のミュラーに尋ねた。
「視察と言いますか、激励する公務としてですが。往復を含めて1週間の予定ですので、お話しされる時間は充分にありますよ」
ミュラーがその意を汲む。漸く出逢えた肉親とすぐに離ればなれになるなら、皇子はその視察も遠慮したかもしれない。
「お前らだけで大丈夫か」
一方、クレイグが異国の少年たちに目を向けた。
「力不足ってことじゃねえ。しかし〈予言の勇者〉だってことは隠すんだろ。それを知らなきゃ舐められるんじゃねえか」
目的を考えれば難しい視察である。確かに、見た目が少年でしかない彼らには、気位の高い貴族家を相手にするのは荷が勝つ任務かもしれない。
「なら、ルシアも──」
「私は皇子のお傍から離れません」
それを予想していたかのようにルシア。主君たるセリムを遮る無礼まで働いた、断定的なその言い方には、「皇子を守る」という強い決意が込められていた。
だが若き皇子はそれにうんざりした様子で、
「ルシア。僕はもう子どもじゃない。全体を見て、最も効果的な配置につくべきだ」
「皇子のお傍こそ、私の最も効果的な配置です」
両者とも譲らなかった。
「ま、まあまあ。そちらの視察は私どもの息子が率いますし、主な役割は各々、政務官に指示しておりますから」
見かねて間に入るミュラー。自立心と使命感の衝突──どちらにしてもメインメンバーではないのだから、事情を知らない彼には、そこまでヒートアップする問題には見えなかったのかもしれない。
そんなやり取りを聞きながら、ハルトは理由の分からない気持ち悪さを感じていた。自分の知らないところで、物事が進んでいるような違和感。
誰が、何処で、何を仕掛けてくるのか。「考えすぎ」、「何事もあるはずがない」というのは非論理的である。これはゲームなのだから、寧ろ何かあって当然なのだ。
重要なのは、自分がそれに先回りすること。
ハルトは、ネットや雑誌で賑わっていたゲームの先取り情報の中から、あることを思い起こしていた。




