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出発前夜

 ここが彼のよく知る世界とは違う(・・)と、最も強く感じさせるのが夜だった。

 あるのは月明かりだけで、それが嫌でも闇を意識させる。大きな街であれば魔石を街灯として使う所もあるそうだが、辺境の村に当然そんな物は無い。


 昼間の喧騒が嘘のように、村は静まりかえっていた。ダイキは緊張したように、落ち着きのない視線を動かしていたが、左側だけは見ようとしない。いや見たいのだが見れない。

 そこには小柄なリゼットが、ちょこんと膝を抱え座っていたからだ。


 彼女の美しい金色の髪は月光にとてもよく合う。その目は何かを思い詰めるように真っ直ぐ前を見ていた。

 彼女もまた緊張しているようで、それが僅かに隔てた2人の距離を越えて伝わってくる。ダイキは高鳴る鼓動を聞かれまいとこっそり深呼吸を繰り返すが、それがどれほど効果があるのかは定かでなかった。


 要するに今、なかなかいい雰囲気なのだ。


 3人の中で自分だけ、山賊討伐で活躍できなかったことを引きずり、へこんでいたダイキ。しかし思わずして放った〈会心の一撃〉によって、リゼットの方から声をかけられ、今こうしてここにいるのである。

 それはレイス村における、最後の晩餐(ばんさん)での出来事──。


「何か今日の飯、味薄くねえ?」


 如何に予言の勇者とはいえ、居候同然の身でありながらソーマが無遠慮に感想を口にした。

 食事の担当は主にグレース。高価な材料は使えないはずだが、いつもあっという間に完食させるだけの料理を出してくる。ソーマはそれを密かに楽しみにしていたのだ。


「うん……確かに」

 だがそれは彼の勘違いでも無かったらしく、他の面々もあまり食事が進んでいない。ただひとり大食漢のダイキを除いて。


「そうか? 俺にはむしろいつもより旨いと感じるが。余計な味付けを抑え、素材の味を引き出している。食べる者の身体のことまで考えた優しい料理だろう。有り難く味わったらどうだ」

 それは特に何も考えず発した感想のはずだったが、続くグレースの言葉で大きくその価値を変えた。


「あら、作り手の気持ちまで味わってくれるなんて嬉しいね。出発の準備で忙しくて、今日はリゼットが全部作ってくれたんだよ」

 静まる一同。そのリゼットが真っ赤な顔で(うつむ)いた。


 彼女はよくグレースの手伝いをしているから、特に料理が不得手というわけではない。今夜彼女が出した手料理──それはまさにダイキが言ったとおり意図的なものだった。

 皆の口には合わなかったようだが、それをひとりだけ美味しそうにもぐもぐと食べ、そして褒めてさえくれた──。


 それを彼の優しさだと受け取った彼女が決心したのだ。家族同然に過ごしてきた仲間には却って話しにくい悩みでも、彼なら、もしかしたら聞いてくれるのではないかと。


「私……魔法士なんです」

 長い沈黙を破ってリゼットが切り出した。

「でも殆ど魔法が使えなくて……父も母も優秀な魔法士だったのに」


 まだ幼かった彼女に直接その記憶は無いだろう。だが彼女が旧帝国魔法師団長の娘であることは周知の事実であり、立場的にはルシア、ジュリアの姉妹とも変わらぬ名家の血を引いている。

 その短い言葉だけで、ダイキは彼女の悩みが何であるのか見当がついた。


「初歩的な魔法でさえよくミスするし、かといって腕力じゃロイにも勝てないし」

 リゼットの口調は重い。本来なら士官学校に通い、その才能を引き出す訓練を存分に受けることができたはずだ。

 しかし僅か5歳にして追われる身となり、貴族の子女とはとても思えぬ険しい道のりを歩んできた彼女にそれは叶わなかった。


 同い年のジュリアは〈闘〉タイプであり、姉のルシアを始め手本がたくさんいるから、逃亡生活の中でもその腕を磨くことは可能だっただろう。

 だが彼らには魔法に長けた者がいない。中程度の魔法ならラルスが使えるが、彼はバランスタイプで、しかも魔石に応用して戦うから、彼女が目指すスタイルとは違う。

 つまりこの10年間、彼女がまともに魔法を学ぶ術は無かったのだ。


「このままでは私、ただの足手まといになってしまいます」

 彼女の想いは切実だった。これまでならグレースを手伝い、皆の身の周りの世話をすることで何とかその存在意義を見出だすことができた。

 しかし、いよいよ戦乱の世に打って出ようとする今、彼女はやはり〈魔法士として〉皆の役に立ちたいと考えるようになったのだ。

 まして最年少のロイでさえ今日は手柄を立てた。それが一層彼女の焦りを加速させたのである。


 ──無理をせずとも、ゆっくりやればいい。それまでは皆が守ってくれる。無論俺だって──。


 その言葉が喉まで出かかってようやく彼女の顔を見たダイキは、思わずそれを呑み込む。リゼットの瞳──それは普段はおとなしい彼女が見せたことがないような、固い決意に満ちていたのである。


「それは……助かる」

「えっ──」


 彼女が欲しいのは気休めや生温い慰めの言葉などではない。はっきりそれと自覚したわけではないが、自然とダイキはまったく違う台詞を発していた。

 リゼットは意外に思い、彼女もまた武骨な格闘家の顔に視線を向ける。


「ハルトが言っていたのだ。この一行の弱点は魔法──特に〈治癒〉魔法に長けた者がいないことだと。リゼットがそれを志してくれるならこんなに心強いことはない」

「治癒……魔法……」


「確かに、今から手を広げていろいろ覚えるとなれば即戦力からは遠いだろう。しかし何かひとつに特化すれば──どうだろうか。ましてそれが弱点の補強になることなら」

 リゼットは目を見開いた。探していた答え、そのきっかけが今にも掴めそうな──そんな予感が頭をよぎったのである。


 彼女は元々、回復を得意とする魔法士という設定だが、まだ駆け出しでレベルも低い。一方、隠しパラメータである〈成長〉はSで、SSSから数えて上から3番目。ここから魔法士としてどの方向にも伸びる逸材だ。

 恐らく、無意識の内に〈何にでもなれる素質〉も迷いの要因になっていたのだろう。つまり彼女に必要なものとは志向性。ダイキの言うように、回復しか(・・)出来ない魔法士ではなく、回復こそ(・・)を比肩なきレベルにまで昇華させることが出来れば──。


「実は俺も戦いの師を求めている。都に行けばたくさん人がいるのだろう。そこで一緒に探さないか。誰かに師事して技を磨き──そして皆を驚かせてやるのだ」


 ひとりメキメキとこの世界で戦うスタイルを確立していくソーマを見て、ダイキもまた若干の焦りを覚えていた。

 本当に彼はそのつもりだったのだが、それも優しさからくる言葉だと受け取った彼女は、両手をパタパタと振り、慌ててそれ以上の世話を敬遠する。


「そんな──私なんかと違って、ダイキさんはもう充分お強いじゃないですか。それに師となる人ならもう……例えばクレイグさんとか」

「そのオヤジ殿に、手加減してもらって俺は負けたのだ。オヤジ殿は当面、俺の目標──彼から学んだのでは追い付くことはできても超えることはできない。あの髭面をひきつらせてやるのが今の俺の楽しみなのだ」


 ダイキの精一杯のジョーク。不器用だがそれは、彼女の気持ちを和ませるのに、彼が考える以上の効果を(もたら)した。


「……あははっ」


 リゼットは久しぶりに声に出して笑った。彼に相談して良かったと、心から思えたのである。

 彼女は立ち上がると、自分でも驚くほど大きな声で「宜しくお願いします」と頭を下げた。


 ──────────


 そこから宿屋を挟んだちょうど反対側。期せずして、そこにもまったく同じような光景が見られた。


「すごいね、ハルトって。軍師なんてみんなマティアスみたいなのばっかりだと思ってた」

 建築用の石材に腰掛け、足をぷらぷらさせているのはジュリア。少しだけ見下ろすような視線の先に、それにもたれるように立つハルトの姿があった。


「あたし見直しちゃった。ホントだよ?」

 殆ど怪我人すら出さず目的を達成した彼ら。その立役者は言うまでもなくハルトだった。

 しかもあのマティアスをぐうの音も出ないほどにやり込め、お荷物だと言われていたロイに活躍の場を与えたことが、彼女の見る目を変えたのである。


(何か……いい感じだな)

 作戦の立案にそれを意識しなかったと言えば嘘になる。無論ジュリアの目を優先したわけではないが、それらは彼が望む本来の目的とも矛盾しなかったから、期待しつつ(・・・・・)結果的に二兎を得ただけのことだ。


「あたしも頑張らなきゃな。今日だって殆ど何もしてないし」

「大丈夫だよ、ジュリアならやれるさ」


 調子に乗ったハルトは、深く考えずにそれを言ってしまった。ジュリアが顔色を変え、和やかな雰囲気が一瞬にして氷結する。


「──どうしてそんなことが言えるの?」

 キッとした鋭い目を彼に向け、声色の変化さえ隠そうしないその態度に、ハルトは大いに戸惑う。

 いつもの思慮深さを失った彼は、ジュリアが何を言わんとするのか予想せぬまま、手持ちのカードをそのまま切った。


「それは……ジュリアの、剣士としての素質が優れているからだよ」


 最も重要なパラメータと言える〈成長〉。既にある程度完成された強さを持つ、ルシアのそれがBなのに対し、ジュリアはリゼットと同じSだ。確かに彼女には育て方(・・・)次第で姉を超える素養がある。

 しかしそれはプレイヤーの視点から予想したことであって、ノンプレイヤーキャラへの説明にはなっていない。慌ててハルトは付け足す。


「僕は他人の能力を見破るスキルを持ってるんだ。戦力を把握するためとはいえ、勝手に見たのは謝る」


 ノンプレイヤーキャラにもスキルについての自覚はある。それは人から教わったり敵から奪ったり、簡単なものなら店で買うことさえできる設定だ。だからその言い訳は理屈としては間違っていない。

 だがBならどこまで強くなって、それがSならどうなるのか、そこまでは不明である。終始エースとして活躍するキャラ、序盤は使えた(・・・)のに終盤では役立たずになるキャラ、その逆──様々なタイプが予想される中で、ジュリアが〈これからのキャラ〉であると明言する理由は、これまでにプレイした他のゲームの経験則でしかなかった。


「え……そうなの? ホントに?」

 しかしドギマギするハルトの想いに天は応える。ジュリアの顔がぱっと明るくなり、すぐに機嫌を直してくれたのだ。

 少し拗ねたように赤くなった彼女は、彼女らしからぬか細い声で続けた。


「あたしてっきり──『姉上の妹だから』とか『セノール家の娘だから』とか言われるのかと思っちゃった。……ごめん」


(そういうことか──焦った)


 あれだけ優秀な父や姉がいればそれは無理からぬこと。彼女とて彼らを誇りにし敬意も抱いているようだが、どうやらそれを以て彼女を評するような〈血の話〉は禁句らしい。

 ハルトは難しい女心をひとつ学ぶことができたのだった。


 ──────────


「何だ……こっちもかよ」


 その様子をたまたま遠くに認めた寂しい少年がいた。ソーマだ。


 ダイキとハルトが部屋に戻らないことを不審に思い辺りをふらついていた彼は、つい先ほど、そのダイキがリゼットと楽しげに談笑しているのを見たばかりだった。


「何であいつらばっかり……納得いかねえ」

 ゲームのキャラといい雰囲気になるなど否定的だった彼だが、こうも見せつけられるとさすがにムカムカしてくる。しかし根がポジティブな彼のことだ。すぐに都合のいいように発想を転換した。


「待てよ。この流れ──もしかして」

「ソーマ」


 その妄想は背後からかけられた声によって確信に変わった。


「──ルシ……ああっ?」

 そして即座に砕けちった。


「グ、グレースぅ?」

「何だい、お化けでも見たような顔して」


 けらけらと声高に笑う恰幅の良い女性──それは彼の期待していた待ち人ではなかった。ソーマのドキドキは違うドキドキに変わってしまったのだ。


「いや……ごめん。ちょっとびっくりして」

「やだよ、もう。幾ら暗がりでもそんなに驚かせるほど老けたかしらねえ」


 肌を気にするように手を頬に当てるグレース。

 まったく予想外の展開ではあったが、彼女を見てソーマはあることを思い出した。「まあいいか、丁度いい機会だし」と心の中で前置きして彼は口を開く。


「あのさ……ちょっと聞きたいことがあったんだけど」

「あらま、何かしら。こんなオバサンで良ければ何なりと」


 からかわれている──さすがにソーマもそれに気付き、苦々しい表情になりながらも用件を伝えた。


「セリムのことなんだけど──あいつ、やたらとルシアに厳しくない?」


 するとグレースは急に難しい顔になって、

「……ふむ、そうさね。あの子も反抗期なんだと思うよ。だってほら、ルシアちゃんは〈超〉が付くくらい過保護だから」


 グレースにとってセリムは皇子である前に我が子同然なのだろう。「あの子」という言葉に違和感は無かった。


「使命感……ってやつかね。彼女はセノール家の娘だし、こうなった経緯も経緯だし」

「使命感か」


 ソーマはオープニングのひと幕を思い出す。確かに多くを失ったルシアにしてみれば、その分セリムに対する想いは強いはずだ。


「そりゃ、あんまり〈過ぎる〉とセリムも息苦しいよな」

 ひとつしか歳が違わない彼には、セリムの気持ちが分からなくもなかった。


「でも普通、それって親に向くんじゃないの? グレースはセリムの母親代わりなんだろ。だったらルシアじゃなくてグレースに反抗してもよさそうだけど」

「あたしゃのんびりと放任主義だからさ。それにセリムからしたら母親代わりはあたしかもしれないけど、ルシアちゃんからすればセリムは主君であり、弟であり、子どもみたいな──とにかくかけがえのない存在なんだからね」


 そう言うとグレースはまた笑顔に戻った。セリムは、皇子には違いないが、その環境で育ったのは僅かに5歳までだ。甘やかされるだけではなかっただろうし、何より芯のしっかりした少年である。

 その自立心の強さがルシアの使命感と衝突するのはやむを得ないことかもしれない。


 そんなもんかと──この時はこれ以上、彼も深く考えることはしなかった。このことが、彼らが次に辿り着く土地で大きな事件に繋がるとは、予想だにしなかったのである。

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