討伐作戦(2) プランC
「今日の俺はちょっと違うぜ?」
それはここへ向かう道すがら、何度も考え直し余多の候補の中から選び抜いた言葉だった。
細長い布袋の口を切り、中から颯爽と〈剣〉を取り出す。それを山賊たちに突きつけるように構えると、ソーマは満足げにニカッと笑った。
「あいつ……確か森にいた奴だ」
「止まるな、銀髪が来る」
腕の立つ東洋人旅行者のことは報告を受けていたウルバノ。この村に無関係なはずの彼らが協力しているのならそれも誤算と言えるが、背後に女剣士が迫っている以上ここは突破するしかない。
「銀髪もあいつも、わざわざ溜めを作ってから現れた──初めから挟み撃ちを狙ってたってわけか」
舌打ちしながら彼はそう推測した。だが荷駄車の方にも戦力を割いていることは明確だから、敵も確信があって策を講じたわけじゃない。
戦力的に村を銀髪が、荷駄車を傷男が恐らくは担当しているのだろうが、その分それぞれの人数は絞られる。銀髪にさえ捕まらなければ充分逃げ切れるだろう。
先頭を走っていたはずのウルバノが絶妙な手綱捌きで速度を落とすと、自然とすぐ後ろの騎馬が前に躍り出た。東洋人の役目は銀髪が追い付くまでの足止め──ならばそれを逆に足止めするのみ。無論それは〈彼ではない誰か〉にやらせるのだ。
ソーマを迂回する為に少しだけ進路を変えると、彼はその横を通り抜けようとした。が、出来なかった。横目で見たその場所に既にソーマがいない。はっと正面に向けたその顔の先、数センチの位置に横薙ぎの剣──。
「うげべ!!」
鈍い音がしてウルバノは仰向けに飛ぶ。急に身軽になった彼の馬だけが、無情にも彼を置いて〈予定どおり〉走り去ってしまった。
「頭ッ!」
彼無しでは何も出来ぬ烏合の衆である。山賊たちは慌てて馬を返し、彼のもとへ駆け寄った。
「ふが……ぢぐじょう」
だらだらと鼻血を垂らしながらウルバノは身を起こす。次々に起こる予想外の出来事──それは彼にとって最も忌むべきものであった。早くその身を安全圏に──事態を〈手の内〉に戻さなければならない。
「何じでやがる──早くやっちばえ」
「へ、へいっ」
山賊たちは馬上で戦う術など知らぬ。その命を受け一斉に馬から降りると、走って逃げた手下たちも追い付いてきた。
各々が武器を手に、ソーマを取り囲むように散開する。彼らが最も得意とする形、〈多勢に無勢〉だ。
──しかしそれが1秒で崩れる。
「オラァ」
電光石火の早業で手近なひとりの首に剣を叩き込むと、反転、ソーマはそれを返す。下段からの逆袈裟が隣の男の手首を捉え、その手にしていた武器が宙を舞った。
視線がそれに釣られた隙に低い重心から膝、足首を立て続けに彼に払われ、山賊たちはドミノのようにバタバタと倒れていく。
「何だこいつ──疾い!」
「そっち……こっち……いやどっちだ?」
山賊たちは、その姿はおろか影さえ捉えることができなかった。右にいたかと思えば左にいて、次の瞬間には意識が飛ぶ。休むことなく繰り出される剣撃にパニックになるヒマさえ与えられない。
しかしただひとり──首領たるウルバノだけは手下の馬に跨がり、既にその場から離れていた。10人がかりでもとても仕留められそうにないが、彼も期待していない。僅かでも足止めが成ればここから逃げられる。村の出口はすぐそこだ。
その彼の目がふと、1頭の馬の姿を捉えた。逃げた彼の馬ではない。誰も乗っておらず所在なさげだが、手綱と鞍が付いている。
何やら嫌な予感がして視線を動かしたその先に、彼は信じられないものを見た──。
「ウルバノだあっ、絶対に逃がすな!」
「き……傷男?」
クレイグ──銀髪と並ぶ彼の宿敵であり顔中古傷まみれの化物。ウルバノにとっての出口を入口として村に突入する4頭の馬。砂埃と喚声を上げるその先頭にいるのは、まさしく〈傷男〉だった。
「馬だと? そんなもの──」
何処から……と自問しかけて彼はすぐその答えに気付く。荷駄車だ。その中に隠れていたのは彼らだけでは無かった。馬をも荷駄車で運んでいたのだ。それを使って僅か30分足らずの間に村まで戻って来た──それしか考えられない。
ここ数日、彼らは村を見張り続けていたから、予めそれを外に隠しておくのは無理だ。如何にクジャタとはいえ馬を数頭も引くとなれば相当な重量になるはずだが──不可能ではない。本来運ぶ予定の魔石さえ積んでいなければ。
すべてを悟った首領の男は馬を止めた。敵は荷駄車の護衛に戦力を割きながら、村のフォローもしていたのだ。しかも狙いが村だと判明すれば、その村人とも協力して時間を稼ぎ、荷駄車の戦力を村に戻す準備までしていた。
これらが指し示す最悪の事実──それは彼らの目的が〈追い払う〉ことではなく〈殲滅〉だということ。つまりもう逃げ道が無い。
「ソーマは……いた。無事みたいだね」
「喋ると舌噛むよ」
後ろから覗き込むように村の様子を窺うハルト。颯爽と手綱を取るのは〈白銀色の鎧〉に身を包んだジュリア。
「落ち、落ち……落、ち、そう、ですっ!」
「もう着く。頑張るのだ」
振動でまともに話せないリゼット。彼女を支えながら、片手で馬を駆るのはダイキ。
馬に乗るのは初めてだが、何故か自然と乗りこなすことが出来た。これもゲーム内補正であろう。
「……ちゃっかりしてやがる」
遠目にその組み合わせを見て思わず苦笑したのは、馬をひとりで使い先行したソーマ。そして残り2頭の背にクレイグとハロルド、ラルスにフーゴ──これで荷駄車護衛隊9人全員の帰還だ。
「何が……どうなっているのだ」
嵌められたウルバノでさえその事態の故を理解したが、ひとり──まったく状況が呑み込めないでいる男が仲間内にいた。マティアスだ。
何故山賊が荷駄車ではなく村を襲ったのか。何故村人たちがそれを迎え撃つことができたのか。何故ルシアがここにいて、何故クレイグたちがこんなに早く帰って来れたのか。何故、何故、何故……。
そんなはずはない。自分の立てた計画は完璧だった。万一それが破られたと言うのなら、村は窮地に追い込まれているはずだ。しかし実際にそうなっているのは山賊たちの方──。
マティアスは自身の部屋である宿屋の窓からふらふらと離れると、力なく座り込んだ。
「〈プランC〉。ここまでは順調のようだね」
爽やかに微笑みながらハルトは馬を降りた。他の面々もそれに倣う。
「正直、驚いた。ここまで計画どおりに事が運ぶとは。尤も──」
彼らとは逆の方向からゆっくりと歩み寄ったのはルシア。傍らには目の辺りを布で押さえているセリムの姿があった。
「一番驚いているのは貴様だろうがな」
「ぬうっ……」
ウルバノは唸った。行きたい方向にクレイグ、逆からルシア。それ以外にも邪魔な人間が何人もいる上に、この村は塀で囲まれている。馬での逃走はもはや不可能──完全なる〈挟撃〉に遭ったのだ。
手下でまだ立っているのは僅かに3人だけになっていた。だが彼らを犠牲にしてでも何とか逃げ延びなければならない──いや、必ず逃げ延びてみせる。
「もうダメだあっ」
しかし彼の意に反して手下が勝手に動いた。ひとりが西側へ駆け出し、周囲の目がそれに向くと別の男が反対側へと走る。
「させるかよ」
長髪にバンダナのハロルドが、予想していたかのように素早い動作で矢を射た。同時にフーゴが重そうな槍を片手で軽々と投げつける。
それらは事前に打ち合わせでもしていたかのように、逃げた男たちの足をそれぞれ捉え、まったく同じタイミングで2人は地面に転がった。
「くっそがあっ」
残るひとりがヤケを起こしソーマに襲いかかる。しかし彼は冷静にその動きを読み、半身になってそれを躱すと高々と剣を振り上げた。
「──待てソーマ!」
ハルトが叫ぶがもうその軌道は止まらない。容赦なく男の脳天にそれは叩きつけられる。
「あっ──」
惨劇を予想して思わず背けそうになった目の端で、ハルトはそれを見た。斬撃ではなく〈打撃〉──その一撃で男は声もなくその場に崩れたのだ。
「──木剣?」
ソーマの剣はルシア戦で使ったそれではなかった。訓練用の木剣──いや、木製のようだがそれとも違う。
「いいだろ、これ。手に馴染むように仕上げるの苦労したんだぜ」
それはまるで〈木刀〉だった。木剣を削り、彼が扱い慣れたそれに作り変えたのだ。刀身は少し長めで柄も両手持ち仕様。ソーマは自慢するようにそれをくるくると回してみせた。
「いつまでもお前に余計な心配させるわけにはいかねえからな」
「ソーマ……」
彼は彼なりに〈リアルな描写〉について対策を立てたのだ。ハルトはひとつ息を吐くと、にっこりと微笑む。
しかし──その一方で、ウルバノもまたニヤリと口角を上げていた。
彼はその臆病とも言える慎重さ故、戦乱の世では大物になりきれなかった。だが本来はそれなりの戦術眼と統率力、戦闘力を兼ね備えた男である。その姑息なまでに保守的な性格さえなければ、恐らく山賊の頭領などとは違う人生を送れただろう。
その彼が何かを思い付き、そしてひとつの提案を持ちかける。
「おい、お前。俺と〈決闘〉しねえか」
「決闘……?」
ソーマはその意図が分からず聞き返す。
長く戦乱を繰り返してきた、この世界における〈決闘〉──その古い仕来りにはある特別なルールがあった。
それを承諾した場合、敗者は勝者と事前に取り交わした約束を必ず守らなければならない。命を賭けたその約束を反故にすることは御法度であり、それこそ山賊行為以下とも見なされる。
無論、条件が釣り合わなければ承諾する義務などない。通常は戦において双方の人的被害を極小化する為に、指揮官クラスが行うことが殆どである。
だがそれを拒否すれば逃げたと見なされても仕方がなく、つまりは名誉を損なうことになるから、それがどんなに無茶な取引であっても、プライドの高い者ほど断ることが難しい。
「もし俺が勝ったら──見逃してくれ」
「何を馬鹿な。山賊相手に決闘など──」
ウルバノには決闘するだけの利があるが、対する彼らは既に圧倒的優位な立場だ。それに勝ったところで何も対価は得られない。
しかし代わって口を開いたルシアを、ソーマが遮ってしまった。
「いいぜ。俺が勝ったらお前は一生俺の下僕な」
かかった──ウルバノは笑いを禁じ得ない。
彼の読みどおりだった。5頭の馬に9人の人間──身軽になるひとり乗りを選択し、実際に先駆けしたと思われる好戦的なこの少年なら、深く考えず決闘に応じる可能性は高かった。しかも彼の武器は殺傷力のない木製の剣──。
「決まりだな」
「お、おいソーマ。大丈夫かよ」
心配そうな声を上げたのはクレイグ。彼とてソーマの実力は認めている。しかし同時にウルバノがただの山賊ではないことも承知していた。
まともに戦ったことはないが少なくともその手下などとは格が違うし、何より敵がズバ抜けて狡猾であることを懸念したのだ。
「心配すんなって。まだ試したいこともあるしな」
だが肝心のソーマは目を輝かせている。皆が見守る中で敵のボスとやり合う──これぞ主役の醍醐味だと言わんばかりに。