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ソーマ VS ルシア

「よし、じゃあ次は俺だな」


 友人の戦いがソーマをヒートアップさせた。ぽんとひとつ手を合わせると、彼は剣を取り、歩み出る。


「……本当に、やるのですか」

 この期に及んで、ルシアはまだ気が進まない様子だ。


「敬語は無しにしようぜ。これから一緒に戦う仲間だろ」

「……。分かった」


 その言葉で漸くルシアも覚悟を決めた。真剣な眼差しになると、彼女はゆっくりと剣を抜く。


「俺も、山賊の時みたいな無様な真似は、もうしねえから」

 ソーマも剣の柄に手を掛けると、それを引き抜いた。


「あのおっちゃんより強いってなら、さすがに鞘付きじゃ相手になんねえからな。両刃なんて初めてだけど──何とかなるだろ」


「ちょっと待って、真剣でやる気なの?」

 ジュリアが2人の間に割って入った。無論、ソーマの方を心配したのである。


「訓練用の木剣だってあるのに」

「不要。──合図を」


 しかしルシアが短く遮った。その目は既に戦う者のそれである。


「始めっ!」


 クレイグが開始の声を上げた。慌ててジュリアが跳び退く。


 次の瞬間、ジュリアが1秒前までいたその場所で、2つの剣が重なり合った。それらは甲高い金属音を弾かせ、火花を散らす。


「ちっ」

 内側にも刃がある剣では、鍔迫り合いの勝手が分からない。ソーマは一旦引いた。

 彼の剣は小振りの片手剣だ。それを右手に持ち、右肩に担ぐような構えを取る。膝と腰を折り、重心は低い。


「……変わった構えだな」

 ルシアの剣は両手でも扱えるバスタード。しっかりとそれを両の手で握り、正眼に構えながら、彼女はソーマの出方を窺う。


「行くぜっ」

 わざわざ宣言してから、ソーマが動いた。低い姿勢からルシアの左手に回る。そして下段からの逆袈裟。

 それは剣を持つ手首を狙ったのだが、あっさりと受け流された。しかしすぐに彼は剣を持ち替え、さらに低い姿勢から抉り込むように膝裏へ剣戟を繰る。が、それも弾かれた。


 ソーマは再び距離を取った。一方ルシアは動かない。


(剣の長さが、つまり間合いが違う。懐に飛び込めなきゃ勝機は無い。いや……)


 食い入るように2人を見つめるハルト。


(それ以前の問題か)


 またしてもソーマから動いた。低い姿勢のまま突進し、今度は真正面から突きを繰り出す──と見せかけて、反転。

 瞬時にルシアの死角へ回り込むと、剣を横薙に払うソーマ。しかしルシアは必要最小限の動きだけでそれを(かわ)し、彼に向けて反撃の剣を振る。


 間一髪、ソーマは慌てて跳び退いていた。


「あっぶねえ。やっぱり慣れないことはするもんじゃねえな」


 ふう、とひとつ息をつく。やはり小手先のフェイントなど通用する相手では無いようだ。


(ルシアはクレイグより上。つまりレベル差もさっきの戦いより大きい。まともにやり合ったんじゃ話にならない)


 ハルトの脳内に表示される、絶望的な力の差。ゲーム開始直後の数字としては、ルシアは大陸でも屈指の実力者と言えるはずだ。


 しかし既に戦いの最中にいるソーマには、そんな事情などもはや関係が無い。再三、ルシアに対して斬り込むと、彼らの剣戟は激しい金属音を響かせた。

 彼は弾かれる度に何度も剣を持ち直してそれを振るが、ルシアは余裕でそれを(さば)いてしまう。彼女は、殆ど初期位置から動いてさえいなかった。


(そう──普通なら(・・・・)こうなる。そして、このまま終わる)


 明らかに友人が劣勢だというのに、ハルトはうっすら笑みさえ浮かべて見せた。


「剣の心得はあるみてえだな」

 クレイグがセリムに解説する。


「やたらと重心が低く、剣先は常に防具の無い急所を狙ってやがる。鎧を着た者への、実戦的な剣術だ」


 彼の言うとおりだった。ソーマの家は道場をやっている。剣道ではなく古流剣術の道場だ。


 しかもそれは、軽装備を想定した素肌剣術ではなく、重装備者同士が切り結ぶ介者剣術であった。攻撃範囲が幅広い前者に対して、後者は肌が露出した箇所や装備の隙間を中心に狙う。

 中でも彼が扱うのは、相手を殺すことだけを考えた文字どおり必殺(・・)の剣──。


 流派を〈蒼真流〉という。〈そうしんりゅう〉と読むが、つまりは彼の名前の由来なのである。


 それは実戦的であるが故に、時代劇のような派手さはまったく無い。崩す為の動作を省き、ひたすら最短で目や首、関節などの急所を狙うことを基本とする。互いに鎧を着ていることを前提としており、相手の剣を捌く防御の型すら存在しない。


「何をやっている、ソーマ。技のひとつでも出してみろ」

 我慢できずにダイキが声を張り上げた。しかし、

「それは無理だよ」

 ハルトが当人に代わって答える。


 基本的な動作でさえ、急所ばかりを狙う流派である。しかも手にするのは真剣。名の付くような〈技〉であれば、それは致命の一撃であるはずだ。ルシアに通用するかどうかは別として、相手を殺す覚悟が無ければ使えるものではない。

 かと言って適度に崩し、追い込む術を彼は知らない。〈お試しの場〉にはひどく向かない剣術なのだ。


「それがソーマが勝てない理由、その1さ」


 さらに武器が悪い。〈蒼真流〉では当然の如く日本刀を使う。それは片刃で、且つ片手でも両手でも扱える。

 彼が今手にしているのは慣れない両刃で、反りもない西洋の片手剣だった。どうしても動きが鈍る。


「それが2つめ。剣の初期装備はあれって決まってるから。早くソーマに合うやつを手に入れなきゃね」


 そして何より、レベルの差がある。このゲームではプレイヤーが自由に能力を設定できるのだが、決められた数値を各項目に割り振る仕様である為、初期値には限界がある。


 素人でも、得意武器を剣に設定した時点でそれは充分に扱えるが、レベルに応じた動きしかできない。

 もともと剣術を(たしな)んでいる彼には、ダイキにとっての柔道のようなアドバンテージがあるものの、それを知らなかったクレイグと違いルシアは根っからの剣士である。数倍ものレベル差を埋めるには至らない。


 つまり現時点で、彼がルシアに勝てる見込みなど殆ど無いに等しい。(もっと)も、将来的に彼女を超えることは充分に可能だが、それには地道なレベルアップが必要だということだ。


「3つめ、決定的なのはそれだ。そもそもこれは負けることが前提のイベントっぽいしね」

「では、どうしようもないのか」

「いや」


 ハルトは──笑うところでは無いはずだが──ニヤリと笑った。


「あいつのスキルなら、それらを全部ひっくり返すかもしれない」


 最初に異変を感じたのは、その彼と対峙するルシアだった。


 武器に不慣れであること、何か奥の手を隠したままであることは彼女にも分かる。

 しかしそれを差し引いても、16の少年にしてはソーマの実力は驚異的と言っていい。やはり、先の山賊などでは相手にならない実力を持っている。


 だがそれも、今の彼女には問題にならないレベルだ。真剣での勝負を選んだのも、自分は勿論ソーマにも怪我を負わせず、彼の実力を正しく見極める自信があったからに他ならない。

 たとえ封印しているらしい〈技〉を使われたとて、完璧に防ぐことが、彼女には出来るはずであった。


 しかし──気のせいか、相手の反応速度が上がってきている。


 抑えていたわけではない。〈技〉の出し惜しみを除けば、彼は始めから全力だった。それが次第にそのスピードを上げてきている。

 いや、正確にはルシアの対応を読み始めている(・・・・・・・)


 ソーマのスキルは〈軍神の寵愛(アレスフェイバー)〉。戦闘センスを大幅にアップさせ、獲得経験値も倍増させる能力だ。それは戦闘中でさえソーマを成長させる。


「このゲームじゃ、あいつは〈戦いの天才〉なのさ」


 繰り出される技を防ぐ選択肢が、ひとつ、またひとつと減っていく。ルシアの表情から徐々に余裕が消えていった。

 剣を交えれば交える程、ソーマの動きは良くなってくる。


「何か……様子が変だ」

 誰にともなく言ったのは槍使いのフーゴだ。周りも気付き始めた。


「ルシアちゃんがあんなに早くへばるわけねえしな」

「──あっ、今のは危なかったですね」


 ハロルドとラルスも声を揃える。戦いに慣れた者たちには、戦況が変わりつつあることがはっきりと見てとれた。


「……くっ」

 ルシアが初めて声を上げた。休みなく振り回されるソーマの剣撃を、もはや考えたとおりに捌くことが困難になっている。

 まるで利き腕などないかのように右手、左手と器用に剣を持ち替え、身軽に動き続けるソーマ。その鋭い目は決定的な隙を待って、ルシアの動きを追う。


 ルシアの中で、余裕の無さは焦りに変わっていった。そして程なく、久しく感じることの無かった感情をも呼び起こす。


 ──恐怖。


 ルシアは、得体の知れないこの少年を畏れた。もはや仕合前とは別人と言っていい。


 遂にルシアは、自ら動いた。


 ソーマの袈裟斬りを大きく弾くと、その懐へ飛び込む。身を返して受け流そうとするソーマだが、その軸足をルシアの足技が払った。

 剣の動きにばかり目を奪われていたソーマは、地面に転がり思わず天を仰ぐ。そこへすかさずルシアが馬乗りになり、剣先を喉元へ降り下ろした。


「そこまで!」


 鋭く響くクレイグの声。刃はあと数センチというところで制止していた。


 ──誰もが言葉を失った。その中で、ルシアが細かく息を吐く音だけが、大袈裟なまでに耳に響く。


「残念。やっぱり差があり過ぎたみたいだね」

 ハルトが溜め息をついた。


「姉上が……肩で息を」

 それは、ジュリアには信じられない光景。


 この10年、新生帝国の追手から身を躱し続け、時には命の危機に陥ることもあった彼ら。その度に、姉はその剣で(ことごと)くそれらを(ほふ)ってきた。

 彼女にとっては剣の師でもある絶対的な存在。足技まで使う程に必死なその姿を、彼女は初めて目の当たりにしたのである。


「──強え」

 ルシアに見下ろされながら、身体中の力が抜けたようにソーマは呟いた。


「情けねえな。一撃も入れれなかった」


 その言葉でようやく我に返り、ルシアが立ち上がる。そして手を伸ばし、ソーマが身体を起こすのを助けた。


「いや、貴方──ソーマこそ、さすがだ。これからもっと強くなるだろう」


 彼女はそれだけを言うとすぐにその場を離れ、真っ直ぐにセリムのもとへ向かう。ジュリアも駆け寄ってきた。


「どうだった、ルシア」

 セリムが尋ねた。彼女の顔色は優れない。


「あり得ないことですが──あのまま彼の攻撃を丸1日受け続けたとしても、無傷でいられます」

「……その程度ってこと?」


 意外な答えだった。セリムは首を傾げる。


「いえ──。ですが、3日後には勝敗は分からなくなり、6日後には私は負けるでしょう。勿論、〈闘気〉を使わなければの話ですが」

 セリムは絶句した。隣で聞いていたジュリアもだ。


「あれ程の剣士を相手にしたのは初めてです。上手く言えませんが──恐ろしく勘がいい」


 勝つには勝ったが、彼の手の者の中で、1、2を争う手練れが続けて苦戦を強いられたことに、思わず苦笑するセリムである。


「さすが〈予言の勇者〉たちだね。3人とも(・・・・)

「──3人とも?」


 その言葉の意味が分からず、ジュリアが聞き返す。


「やる前にハルトが僕に言ったんだよ。ダイキは本能的にクレイグを本気にさせ、恐らく〈闘気〉まで使わせて、負ける。

 ソーマはルシアに完敗するけど、そのルシアが青い顔をして戻って来る──彼の言うとおりになった」

「えっ……」


 仕合前、セリムにハルトが何か囁いていたことをジュリアは思い出した。


「彼らが──下手をすれば敵になっていたかもしれないなんて、考えたくありませんね」


 ルシアが困ったように笑う。東国からの旅人たちに視線を向けると、その健闘ぶりに、クレイグたちに手荒く歓迎されながらも、彼らは笑顔で応えている。


 彼らを仲間と呼ぶことに、もはや誰も異論など唱えるはずがなかった。

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