ダイキ VS クレイグ
彼らは表に出た。〈腕試し〉とはいえ、そのただならぬ雰囲気に、村人が何事かと集まって人だかりを作る。
(初めはダイキとクレイグか)
対峙するその2人から少し離れた場所で、早速分析を開始するハルト。直接やり合うわけではないが、彼には彼の戦い方があるのだ。
今後を考えれば、誰に誰をぶつけるかなど、戦術的な要素は彼が決める場面が多くなるだろう。そのためには何と言ってもまず情報。敵味方のそれを引き出すことに慣れておくことが重要である。
(プレイヤー補正があるにしても、今戦る相手としてはきついな)
それは単なる予想ではない。ステータスのほぼすべてが隠されたこのゲームで、ハルトにはそれが見えるのだ。
エナジーと並んで重要な要素、〈スキル〉。
このゲームにおけるスキルとは、魔法や物理の必殺技とは別の、ある特殊技能を指す。
平たく言えば、それは発動している間だけ、そのバトルに特別なルールを課すというものだ。対象は自分だけであったり、相手を巻き込んだりと様々。
能力バトルの要素もあるゲームであるから、それを使いこなすことで強敵を罠に嵌めたり、逆に足元を掬われることもある。
スキルは所持しているだけで効果を表す強制発動型と、好きなタイミングで使える任意発動型に分かれる。上限はひとりあたり4つまでで、プレイヤーは特典として、提示された候補の中からひとつだけを選んで、最初から所持することが出来た。
ハルトは自分に設定した〈看破〉のスキルを発動する。S、A、B~Eの6段階ある中でAランクのそれは、モニターに表示されない敵味方の裏データの他、様々な情報を見抜く上位スキルだ。
但し所有者と相手のレベル差によって、読み取れる情報、精度には違いが生じる。クレイグのレベルはハルトよりだいぶ上であるから、そのすべてを見破れるわけではない。
「リアルではなくなる」という理由で標準装備にならなかった情報群。それを知ることは、逆に「チートになる」ことに他ならないだろう。
しかし自分で戦うより〈戦わせる〉ことを望むハルトは、悩んだ挙げ句、戦術の幅を広げる面白さを選択したのだった。
(多分健闘すればそれでOKの、負けることが前提のイベントなんだろうけど)
ハルトは改めて、脳内に浮かぶ数値を比較する。読み取れる範囲すべての能力で、ダイキは負けていた。
「言っておくが〈闘気〉の使用は無しだ。彼らはまだ使えない」
審判役を務めることになったルシアが、諦めたように仕合の条件を告げる。
「分かってるよ。〈予言の勇者〉を、さすがに殺すわけにはいかねえ。どうやら武器も使わねえようだし、俺も素手でいく」
慣らす為に身体をあちこち動かしながら、クレイグはダイキを睨み付けた。先の山賊などとは別次元の相手だ。敵としてなら、本来は当分出会さないレベルに違いない。
(〈闘気〉と武器の使用禁止、それだけならハンデとしては全然足りない。でも勝機がまったくゼロなわけじゃないぞ。ダイキのスキルさえ発動すれば)
ダイキが持つスキルは〈闘魂〉。感情の昂りに呼応して戦闘に関する全パラメータが上昇する、如何にもプレイヤー、いや主人公らしいスキルである。
他方、クレイグは3つのスキルを持っているようだが、ハルトにその中身までは看破出来なかった。
(さすがに今のレベルじゃ、こんなもんか。得られた情報だけで予想するしかないね)
「何であんたは戦わないの?」
──完全に不意をつかれたハルト。ジュリアがすぐ隣にいたのだ。分析に夢中で、顔を覗き込まれるまで彼は気付かなかった。
「え? ああ……僕は軍師を目指してるから」
やっとの思いで、ハルトはそう返す。
(くそう、ソーマめ。変に意識しちゃうじゃないか)
「マティアスみたいに? あたし、あいつ嫌い」
遠回しな拒絶とも取れるその言葉。まるで大きな石の塊を頭に落とされたようだ。実際にそうなったかのような空耳までした。
そのマティアスは、つまらなそうにひとり離れた場所に立っている。
「だってあいつ、偉そうなんだもん。この前だって、ロイに酷いこと言ってたし」
「……何て?」
過度な期待を寄せていたわけではない。だが〈マティアスと同じ軍師〉というだけの理由で、始まる前から終わるのはあんまりだ。虚ろに彼は聞き返した。
「お前は頭じゃ何も貢献できない。だから身体を鍛えて、いざという時はセリムの盾になるんだぞ、とか。自分は危ない時に〈隠れて何もしやしない〉クセにさ」
「──!」
ハルトの中で、何かのスイッチが入る。ダイキとクレイグ──そしてソーマとルシア。彼らを改めて見渡すと、暫く考え込んでから顔を上げた。
「うん。やっぱり軍師たるもの、上官にはお伝えしないとね」
そしてスタスタと、セリムの側へ歩み寄る。
「……?」
その様子を訝しそうに見つめるジュリア。彼はセリムに何か耳打ちすると、また戻ってきた。
「何も直接やり合うだけが戦じゃないさ。やり方によっては、1万人の命を救うことさえできる──それが軍師だよ。
仲間が戦っているなら、どんなに危ない場面でも僕は隠れたりしない。あいつらの戦いから決して目を離さない」
ジュリアの目は相変わらず疑問符で満たされていたが、彼はすっかりいつもの微笑を取り戻していた。
「──始め!」
ルシアの掛け声で、いよいよ勝負が始まった。
先手を取ったのはダイキ。半身の構えから、上段蹴りを見舞う。しかしそれはあっさりと片手でガードされ、懐にカウンターの拳が炸裂する。
「ぐっ」
辛うじて急所を外したものの、その重い一撃はダイキの巨体をも崩す。続けてクレイグの拳が入った。
2、3、4……撃ち込むたびにそれは加速し、威力を増していく。
堪らずダイキは後ろへ跳んだ。しかしそれすらも読んでいたようにクレイグは突進し、その体重をかけて肩から体当たりを喰らわす。
少し身を屈めていた顎の辺りにそれはヒットし、大きく仰向けになりながらダイキは倒れた。
「容赦無えな、オヤジィ」
クレイグの部下、3人衆の中で年長のハロルドが喚声を上げる。
「うるせえ、黙って見てろ」
クレイグが視線を外したその僅かな隙を、ダイキは見逃さなかった。その体躯からは想像できぬ程の俊敏さで上半身を起こすと、そのまま反転して足払いを掛けたのだ。しかし──。
「なっ……」
絶句するダイキ。隙だらけのクレイグの足を、それは確かに捉えた。しかし彼は転ぶどころか微動だにしなかったのである。
その虚を、今度はクレイグが突いた。上から容赦のない拳の一撃を振り下ろす。躱す暇など無く、それはダイキの腹部を深く捉えた。
「ぐああっ」
苦悶の声が漏れる。確かなその感触──勝ちを確信したクレイグはニヤリと口許を歪めた。
「……強いな、オヤジ殿」
だが次の瞬間、笑みは消え失せる。ダイキがその腕を掴み、そのまま力任せに引いたのだ。
「うお、こ、こいつ」
体勢を崩されたクレイグが、初めて焦りの声を上げた。身体を密着させたまま、ダイキは起き上がる。
「俺様にパワーで挑むつもりか」
クレイグはその目を鋭くさせ、ダイキを引き剥がしにかかった。が──。
その巨体が宙を舞う。
見ている側も、そして本人も、何が起きたのか分からなかった。天地が逆転する視界。クレイグは受け身も取れないまま地面に叩きつけられた。
「──柔よく剛を制す。〈背負い投げ〉だ。単純な力技だけでは俺には勝てんぞ」
形勢逆転。今度はダイキが倒れたクレイグを見下ろしている。
「これは……驚いた」
間近にそれを見て目を丸くしたのはルシア。
「打撃が不利なら組技か。あいつはリアルでも格闘家を目指してるからな」
「普通のプレイヤーなら秒殺されてるところだけどね。このアドバンテージは……ずるいや」
呆れたように友人の戦いぶりを評するソーマたち。
「ぐぬぬぬっ」
思いもかけぬ反撃に、クレイグは歯ぎしりしながら立ち上がった。しかし距離を取らせず、ダイキはまたしても組技に持ち込む。
一進一退の攻防。お互いに有利な体勢に持っていこうと、激しく手と足をぶつかり合わせる。そこから、少しずつ血が滲み始めた。
戦いに集中し、次第に周りが見えなくなるダイキ。その表情が一層険しくなる。
(──発動する)
そうハルトが見てとった刹那、怪物のような握力を誇るクレイグの手を引き離し、ダイキは強引に背負い投げを繰り出した。
「それはもう見切ったわ」
させるかとクレイグが腰を引き、後ろに全体重をかけて踏ん張る。が、急激に重心が崩れた。
一転、ダイキがクレイグの方へ力のベクトルを入れ換え、内側から足を引っ掛けたのだ。大内刈である。
「ぬおっ」
クレイグはそのスピードにまったく対応できず、自分でも情けないと思える程の声を発して、再び背中から落ちた。
そこへダイキの拳が迫る。歴戦の強者たる彼に、相応のダメージを予感させる重い一撃。
一瞬の出来事だった。
何かに目が眩んで、観衆は彼らの姿を見失った。そして次に視界が回復した時──。
倒れているのはダイキ。しかも、さっきまでいたはずの所から、数メートルも離れた場所で、彼は大の字になっていたのである。
「──まずい、やっちまった」
上半身だけ起こしたクレイグの目が、ダイキの姿を追う。その顔は幾分青ざめていた。
「そこまで!」
慌てて仕合を止めるルシア。そしてすぐさまダイキのもとへ駆け寄る。
「むう……何だ今のは……」
幸い、頑丈さが売りの彼には意識があった。怪我の程度も大したことがなく、ルシアは安堵の息を吐く。
「え? 何? ……負けたのか」
ソーマには何がどうなったのか分からない。
「〈闘気〉を使ったのさ。いや、思わず〈使わされた〉んだろう」
「さっきルシアが言ってたやつだな。何だ、それ」
「後で教えてやるよ」
憮然とした表情でハルトを見るソーマ。いつも思わせ振りに話を引っ張る彼に腹を立てたのだが、それも事前に説明書を読んでいないせいだ。
ダイキはクレイグの部下3人衆に担がれ、その場を離れた。しかし宿屋には戻らず、建家の壁に背を預けるように座り込む。
「すまん、負けた」
「いや、いい勝負だったよ」
ダイキを労うハルト。そこへ、クレイグがやって来た。
「〈闘気〉は使わねえ約束だった。それを破ったんだから、負けたのは俺の方だ」
申し訳なさそうにぽりぽりと頭を掻く、顔中古傷まみれの男。
「やるな、お前。特に組技からの投げ……何ていうんだ、あれ」
「背負い投げに大内刈──〈柔道〉だ。俺たちの国が世界に誇る武術。だが、オヤジ殿は本来武器を使うのだろう。それを控えてもらったというのに……俺もまだまだだな」
「いや、それも俺が言い出したことだ。その〈柔道〉っての、今度俺にも教えてくれ」
「〈闘気〉とかいう技と交換なら、構わんが」
健闘を称え合うかのように、2人は笑った。
会話だけ聞いているととてもそうは思えないが、親子ほどの歳の差がある彼ら。しかし戦いにアイデンティティーを見出だすという点では共通している。
互いを〈知る〉には、百の言葉よりただ一度の拳の交わりで充分だったのだろう。
(〈闘魂〉が発動したことも大きいけど、恐るべきは柔道だな。力の差を技で埋め、あわやという所まで追い詰めた。この世界でも充分な武器になる。だけど、それを言うなら──)
ハルトはソーマを見た。剣を傍らに置いて、やや緊張気味に屈伸している。
(あいつもそのはずだ)
柔道を得意とするダイキが格闘家なら、ソーマは剣士以外ではあり得ないのだ。それを知るハルトの分析は、既に次の戦いに向けられていた。