最弱勢力
セリムたちがこの地に辿り着くまでの経緯を纏めると、以下のようになる。
今から10年前。すべてが終わり、始まったあの日。皇族の居住区たる塔の中には6人の人間がいた。
まず5歳になったばかりの皇子セリム。その遊び相手として連れて来られたルシアとジュリアの姉妹。これはオープニングで語られたとおりだ。
その他に3人。まず、同じく皇子の遊び相手として呼ばれたリゼット。彼女もまた、皇子やジュリアとは同い年の幼馴染みである。
侯爵家に生まれた貴族令嬢であり、父は帝国魔法師団の長にして、ルシアたちの父ラインホルトの親友でもあった。母も治癒魔法を得意とする優秀な魔法士であったが、夫妻共に、今は行方はおろかその生死さえ知れない。
次にマティアス。彼は士官学校を首席で卒業し、軍の参謀本部に配属されたエリートである。先の統一戦争末期には、〈煌国の四神〉たる天才軍師のもとで、実際に2年ほど軍役に就いた経歴を持つ。
終戦後はその才を買われて皇子の教育係となり、帝王学を教えていた。
そして皇子の身の回りのお世話係であるグレース。彼女もある有力貴族の娘であり、生まれてすぐ病で母を亡くした皇子にとって、母親も同然の存在だった。
気立てがよく豪快な性格で、誰でも分け隔てなく接する。料理が得意で、専属の料理人がいるにも拘わらず、よくその手料理を振る舞った。その影響か、潜伏生活を長く続けた今でも、恰幅のよい体型をしている。
彼ら6人は、ルシアが作動させた〈空間転移〉の魔法によって、王宮からの脱出に成功する。その行き先たる座標には、郊外にある砦のひとつが指定されていた。
そこを守っていたのが、当時常駐部隊の隊長だったクレイグである。彼は傭兵上がりで、その豪胆な活躍ぶりを〈煌国の四神〉たる軍神に認められた生粋の戦士だ。
終戦後は行き場を失ったが、勇名を聞き付けたラインホルトの計らいによって正式に仕官し、砦のひとつを任されるまでになった男である。
しかしながら、そこにも反逆者たちの手は伸びていた。〈意思操作〉の魔法にかかった者、或いは郊外に潜んでいた敵の本隊。
彼は突然現れた皇子たちを必死に守ったものの、多勢に無勢、ついに砦を捨てて逃亡する。その際、彼に随行したのが3人の部下たち。
弓使いのハロルド。槍の達人フーゴ。そして魔石による戦闘を得意とするラルス。
彼らは皆、親を亡くした戦争孤児で、幼い頃クレイグによって拾われ、命を繋いだ過去を持つ。
生き延びるために戦闘訓練を受けていた彼らは、当時まだハロルドが18、フーゴとラルスが17と若年であったにも拘わらず、大車輪の活躍で皇子の亡命に寄与した。
彼らは今でもクレイグのことを〈オヤジ〉と呼び、慕っている。
そして最後のひとり──ロイ、11歳。彼だけが潜伏生活中に仲間に加わった。6歳の時、心ない賊に親を殺され、行き倒れ寸前のところをセリムたちに保護されたのだ。
以来、ずっと彼らの庇護の下で成長してきたが、誰彼構わず悪戯を仕掛ける困った少年である。
彼らは新生帝国の追っ手を躱しながら逃亡生活を続けた。同じ場所にひと月と留まることを許されず、時として野を、山をその住み処として、実に10年もの間生き長らえたのである。
そしてこの村に流れ着いたのが今から1年程前。ウルバノ一家と名乗る山賊一味に、村人が襲われそうになったのを助けたのがきっかけだった。
帝都から遠く離れたこの辺境の地で、ようやく落ち着いた生活が出来るようになった彼ら。しかしいつまでもそうしているわけにはいかなかった。旅立つ算段をしているところに、〈予言の勇者〉たちが現れる──。
「自己紹介はこんなところかな」
セリムは部屋の中を見渡した。全部合わせてもたった14人の〈勢力〉。彼らがアースガルドに覇を唱えるなど、夢物語でしかないように思われた。
しかし、今から僅か数ヵ月後には、戦乱は彼らを中心に目まぐるしく激変することになるのだ。
(面子としては悪くない。だけど──)
照合を終えたハルトは、この世界に足を踏み入れる前から描いていた展望を復習する。
(拠点、財源、人手──天下を志すには、やっぱり何もかも圧倒的に不足してる。このままじゃ本当にゲリラ以下の最弱勢力だぞ。やることはたくさんあるけど、まず注意しなきゃいけないのがセリムの身の安全か)
この〈勢力〉はかなり特殊な立場にある。例えば普通にA国から始めて、B国を占領後にA国を失っても、プレイヤーが健在ならゲームオーバーにはならない。それはB国という基盤が〈勢力〉として認知され続け、A国を奪い返すどころかまだ天下統一の可能性をも残すからである。
一方、元々国を持たない彼らを〈勢力〉足らしめているのは、皇子たるセリムの存在に他ならない。つまり国の代わりがセリムという特殊な個人だということだ。
自らが王にもなれるゲームだが、決して〈元皇子〉にはなれないから、国を獲る前にセリムを失えば、その時点でゲームオーバーになる可能性が高かった。
仮に自分たちが支配者になる野望を掲げるにしても、どこかの国を得てから、その支配権を譲られるか奪う形にしなくては、「最初に所属した勢力で天下統一する」というクリア条件には当てはまらない。
従って、少なくともそれまではセリムに無事でいてもらうことが必須となる。彼を皇帝に返り咲かせるつもりなら尚のことだ。
それは、死んだらゲームオーバーとなるプレイヤーとセリムが同格ですらあることを意味するから、彼の身辺には最大限に気を配る必要があった。
(逆に考えればそれがメリットなんだ。予定通り進めば、セリムの意向にも矛盾しない──但しリスクとコストパフォーマンスの見極めが重要になるぞ)
彼の頭の中はアースガルドの勢力図で満たされ、数ヵ月単位でのシミュレーションが何パターンも繰り返される。
暫くして、それは向かい側に座る男によって中断させられた。
「さて、それじゃ始めるとするか」
のっそりとその巨体を椅子から浮かせたのは、ヤクザの親分にしか見えないクレイグだ。
「……始めるって、何を?」
この10年間で、その性分はよく分かっているセリム。何となく予想はついたが、敢えて訊く。
「こいつらが〈予言〉の3人だってことは分かった。俺もさっき見たからな。だから同行することは反対しねえが、共に戦う仲間となれば話は別だ」
そう言うと、クレイグはソーマたちに挑戦的な目を向けた。
「戦人ってのは理屈じゃねえのよ。──あんたら、俺と戦ってくれねえか。仲間と認めるのは、それからだ」
仕方がないとはいえ、曖昧な自己紹介しかできなかったソーマたちを、彼は試そうとしている。
「待てクレイグ。彼らの腕なら私が保証する。いくら何でもお前が相手では……」
ルシアも立ち上がって、彼を止めようとした。ところが、
「いいよ」
あっさりとハルトが承諾してしまう。
「但し、僕は非戦闘員なんで。戦うのはソーマかダイキの、どっちかってことで」
また勝手なことを──と苦虫を噛み潰したような表情になりながらも、ソーマはまんざらでも無い様子だった。目的が明確になり興奮気味だったのかもしれない。
「面白い。俺がやろう」
ダイキは言わずもがな、だ。笑みさえ浮かべて腰を上げた。
「じゃあ俺は……」
ルシアに向けられる、わくわくしたようなソーマの視線。
「相手してくれる?」
「なっ──」
クレイグの発言以上に、セリム一行は全員が驚きの表情を見せ、暫し言葉を失った。
「あんた……馬鹿じゃないの? 姉上はこの中で一番強いんだよ? そこのデカブツなんかよりもさ」
悲鳴にも似た声を上げるジュリア。
「おいおい、何だよそれ。それじゃまるで俺が弱いみたいじゃねえか」
クレイグが大きな口を開けてガハハと笑った。
「でもまあ、戦えるのが2人いるってのなら、こっちも2人出すのが筋ってもんだ」
「ま、待て。私はそんな……」
ルシアは全力で回避したい様子だ。しかしソーマは既に剣を持ち、外へ歩き始めていた。
「いつまでも〈予言〉とやらに頼ってられねえしな。俺もちゃんと仲間だって認めてほしい」
そう言ってセリムの方へと振り返る。統べる国を持たない皇子は、それに寧ろ力強く頷き返し、止めようとはしなかった。