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古宿からの決起

 宿屋の1階、ロビーにあたる広いスペース──そこにある木製の長テーブルに席を取った彼ら。上座と下座にひとりずつ、横に3人ずつが座れる大きさだが、それでも全員が座るには足りなかった。

 溢れたメンバーは、近くの丸テーブルに陣取ったり、壁にもたれて立ったままだったり、思い思いの位置に付く。


(全部で……11人。僕らを入れると14人か。事前に渡された資料の通りだ)

 ハルトはひとりひとりを見渡し、データの照合作業を急ぐ。味方となる彼らの顔と名前、そして能力をすべて合致させ、頭に叩き込むためだ。


 ソーマたち3人は長テーブルの左手に並ぶ。対する新顔の面々は、上座にセリム、右手にルシア、クレイグ、そして神経質そうな眼鏡の男が座った。向かい合うその3人が、皇子たるセリムに続く発言力を持っているようだ。


「髪の色がカラフルで面白えな」

 興奮気味のソーマ。一方ダイキは、誰かを探すようにそわそわと視線を泳がせている。


(……僕がしっかりしないと)

 誰がプレイしても同じ結果となるのはここまで。この先は一気に自由度が上がり、プレイヤーの意思ひとつで展開が大きく変わっていく。

 天下を獲るのか獲らせる(・・・・)のか。まずはこの勢力内での立ち位置を決めることが肝要である。バトルでは大いに期待できる友人たちだが、戦略上の舵を取るのはあくまでも自分──ハルトは小さく息を吐いた。


「ところで先程、僕のことを〈皇子〉と?」

 空気が落ち着いたのを見計らって、口火を切ったのは亡国の皇子セリム。


「そりゃあ……何しろ〈予言の勇者〉だから。多少は勉強してきたんだよ」

 ギクッとしながらも、自らの発言に責任を取るようにソーマが自力で返答する。しかし一行は溜飲を下げるどころか、喉に詰まらせたように無言で彼を見た。

 慌ててハルトがフォローに入る。


「補足しますと、セノールの名に覚えがありまして。彼女が〈あの〉セノール家の方でしたら、〈主〉は当然皇子ということになります。皇子はまだご存命で、どこかに潜んでおられるともっぱらの噂でしたし──もしかしたらお会いできるかもしれないというのもあって、彼女に同行させていただいたのです。彼は貴方をひと目見て、皇子だと確信したようですね」


「成程」

 ようやくセリムは納得した。


「〈予言の勇者様〉に何も隠すことはありません。確かに僕はセリム・レイアースです。

 しかし、ルシアが初対面の方に実名を名乗るとは……まあそのおかげで、こうして貴殿方をお迎えすることができたのですが」

 決して責めるような口調ではないが、セリムがルシアに視線を送る。


迂闊(うかつ)でした……申し訳ありません、皇子」

「皇子じゃない。僕のことは名前で呼ぶようにいつも言ってるだろう。敬称も、敬語も要らないよ」

「は……すみません、セリム様」


 ひと回り近く年下の皇子に(たしな)められて、ルシアが小さく畏まる。それを見て、壁際に立っていた妹のジュリアが割って入った。

「姉上には無理だよ、セリム。10年経っても名前で呼ぶのが精一杯だったんだから」


 それを聞いて彼らの言動にひとつ合点がいき、ハルトが頷く。

「身を隠す為の手段のひとつ──というわけですね」


 周りから勘繰られることがないように、身分の分け隔てなく、彼らは気さくにコミュニケーションを取っているようだった。

 ソーマがここぞとばかりに身を乗り出す。


「じゃあさ……俺たちもそうしねえ? 〈仲間〉になるわけだし」

「いいのですか?」

「勿論。だから、よそよそしいのはやめようって」

「あ、いえ。──今、確かに〈仲間〉と。僕たちと共に戦っていただけるのですか」

「え? あ、うん。そのつもりだけど……」


 ふと、言いかけた彼の口が止まった。ソーマたちからすればこれはただの〈ゲーム〉だ。天下統一を目指すとは言っても、そこに大義名分などなく、目的は単にそれをクリアすることである。

 しかし当事者たる彼らはいったいどうなのだろう。こんな辺境の村に潜伏し、たった10人そこそこの人数で、これからいったい何をしようとしているのか──それが彼は知りたかった。


「あのさ……戦うって、何と戦うんだ?」

 ソーマは素直に疑問を口にする。


「それは勿論、帝国に反旗を翻した輩とですよ。もっとも、奴等も今では〈新生アースガルド帝国〉などと僭称(せんしょう)しておりますが」

 答えたのは眼鏡の男だった。ひょろっとした体型で、学者を思わせる。年は40前といったところだろうか。


「失礼しました。私はマティアスと申します。かつて、軍の参謀本部に籍を置いておりました」

 ハルトの目がぎらりと動くが、それきりすぐにいつもの表情に戻った。ソーマが続けて口を開く。


「──戦う理由は? 追っ手から逃れる為か?」

 これは重要である。肝心の〈勢力〉が終生に渡り逃亡生活を送るつもりなら、統一事業など成せるはずがない。しかし、


「いいえ。我々は打って出ます」

 明瞭に、セリムは違う答えを口にした。


「……彼らは父を殺しました。他にもたくさん──ルシアたちの父上、王宮にいたたくさんの仲間たち、そして何の罪もない街の人々をも」

 セリムの表情が険しくなる。当時まだ幼かった彼にとって、10年という歳月は、それを薄れさせるどころか次第に理解を深め、悔しさを募らせる時間であったに相違ない。


「復讐ってことか」

「それが無いと言えば……嘘になります。でもそれだけじゃない」

 その瞳は強い決意に満ちていた。


「彼らは強硬策によって、今も次々と周囲の国を支配下に治めています。そして刃向かう者たちを殺害したり、理不尽なまでの重税を課したり──圧政の限りを尽くしています。僕は彼らを止めたい」

「そいつらに取って代わると?」

「はい。僕はアースガルド帝国を再建します」


 その言葉に一切の(よど)みはなかった。どうやら懸念のひとつは払拭されたようだが、それでもまだ疑問が残る。


「でもさ……他にもまだ国はたくさんあるよな。それはどうするんだ?」

「彼らとは共闘戦線を張ります。そうでもしなければ、新生帝国にはとても太刀打ちできませんから。そしてその打倒が叶った後は──共存の道を模索します」

「共存?」


 セリムは単に逃げ回っていただけではないようだ。若くして既に明確なビジョンを持っている。


「はい。勿論、対等な立場で、です。それが不可能であれば、採るべき道はふたつ。彼らの治世が民の為ならずばそれを併呑し、そうでないなら──僕が臣下の礼をとります」

「な……何を言われるのです、セリム様」


 マティアスが立ち上がって叫んだ。彼の決意は仲間内にさえ深く語られたことが無かったのだろう。彼らは一斉に若き皇子に注目した。


 ゲームのクリア条件は〈初めに所属した勢力〉でアースガルドを統一することである。どこか別の勢力に吸収されても、〈共存〉されても、たとえそれで世の中が平和になろうがクリアにはならない。──(もっと)も、今はそんなことが言える空気ではなかったが。


「それは無えだろ。だって〈予言の勇者〉がこうして目の前にいるんだぜ」

 クレイグがその空気を変えた。確かにそれを信ずるならば、やがてセリム一行がこの大陸を統一することになるはずだ。少しだけ微笑んで、セリムは頷く。


「──しかしまず、大きな問題が」

 静かに口を開いたのはルシア。


「ご承知かもしれませんが、皇子──セリム様の姉君、リーザ皇女が奴等に囚われているのです」

「──何だって?」


 初めて聞く名だ。〈皇女〉などオープニングには登場しなかった。


「皇族でも一般の学校で学ぶことが、皇帝陛下の方針でした。……王宮で反乱が起きたあの日、皇女は帝立学校の初等部におられたため、皇子とは生き別れになってしまったのです」


「皇女……人質ってことか」

 これではそもそも、表立って動くことが難しい。ソーマは頭を抱えた。


(皇子は殺そうとした。しかし皇女は殺さずに捕らえた。そして〈新生〉アースガルド帝国……成程ね)


 声には出さず、人差し指を口許に当てて、ハルトが思考を巡らせる。


(懐柔策というわけか。まったく新しい国家で上書きするんじゃなく、意のままに動かせる〈アタマのすげ替え〉に留めたわけだ。──但しそれも、いつまでもそうとは限らない)


「つまり、まず皇女を救い出し、他国と連携した上で、新生帝国を滅ぼす。その後は状況次第──こういうことでいいんだな」

 ソーマにしてはすっきりと(まと)めた。まずはセリムが、続けて皆が一様に頷く。


「何か大それた話になってるけどよ。それ以前にすることが山ほどあるんじゃねえか。見ろよ、これ」

 クレイグが豪快に笑いながら、手を広げて見せた。そこは城の会議室などではなく、ボロい宿屋の一室。集まったのは僅か14人のメンバー。しかもこれで全部だ。


「そうだね」

 おかしそうに笑うセリム。この一行のリーダーだ。そのすぐ傍らにルシア、クレイグ、そしてマティアス。


 近くの丸テーブルには30前の男が3人。ハロルド、フーゴ、ラルス。クレイグの部下であるという戦士たち。


 そして飲み物の用意をしてくれた、グレースという中年で恰幅のよい女性。それを手伝った金髪のリゼット。

 壁にもたれるのは赤髪のジュリア。落ち着きなく動き回る少年、ロイ。彼は最年少の11歳である。


 そこにソーマ、ハルト、ダイキの3人を加え、彼らの〈勢力〉はいよいよ旗揚げの時を迎える。


「それにしてもお前……しっかりしてんな。気に入ったよ。若いのにちゃんと皇子様だ」

 ソーマはにっこりと微笑み、その手を差し出した。


「まずは姉ちゃんを助け出そう。そしてその後は──俺がお前を王にしてやるよ」

 一瞬気圧されたものの、すぐに立ち上がり、セリムもその手を差し出す。2人の手が、固い決意と共に、がっちりと結ばれた。


「ありがとうございます、勇者様」

「勇者じゃねえ、俺の名前はソーマだ。敬称も敬語も要らない……だろ?」


 ようやく少年らしい笑みを取り戻し、それを満面に浮かべて、皇子は言った。


「……うん。ありがとう、ソーマ。そしてこれからも宜しく」

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